バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十話 芽生えた愛情

 俺が坂を登り切った時、怪しい人影は既に林の中に消えていこうとしていた。林の中は見通しが悪い。あの中に逃げ込まれたら捕まえるのは難しい。

 

「クソッ! 逃がすか!」

 

 奴を追い、俺は林の中へと駆け込んでいく。

 

 林の中は木々が行く手を阻むように生えていた。1本1本は間隔が開いているため、通り抜けられないほどではない。だがこの中を走るとなると困難を極める。

 

 幹の太さはどれも約5、60センチ。わりと細い木が並んでいる。これらが整然と並んでいるのならば苦労したりはしない。しかしこの林の木々は不規則に生えていて、走りながら1本を避けるとすぐに別の1本が目の前に迫ってくる。中には幹がぐにゃりと曲がって進路を塞いでいるものもあり、非常に走りづらい。

 

 にもかかわらず、黒いローブの()はこんな障害物の中をスイスイと駆け抜けて行く。まったく、どうなってやがるんだ。このままでは見失っちまう。

 

「おいお前! ちょっと止まれ!」

 

 走りながら怒鳴ってみたが黒いローブの男は止まらない。それどころかますます加速して木の間をスルリスルリと駆け抜けていく。チッ。無視ってわけか。どうやら俺を誘い出しているつもりのようだな。そうは行くか!

 

「俺に用があるんだろ! ネロス! 言いたいことがあるのなら聞いてやる! 正面から来たらどうだ!」

 

 ――決めつけはよくない。

 

 ここに翔子や姫路が居たならそう言ったかもしれない。だが俺が奴の姿を見間違えることはない。あのイカれ狂ったゲス野郎はな。

 

「姑息な手使ってんじゃねぇぞ! 俺に用があるのならそう言えばいいだろ!」

 

 俺がこう叫ぶと奴はピタリと足を止めた。ようやく観念したか?

 

《……》

 

 黒いローブの男はフードで顔を隠したまま振り向いた。林の中は薄暗くてよく見えない。だが間違いない。こいつはガルバランド王国で俺がぶっ飛ばした魔人、ネロスだ。

 

《……人違いじゃありませんかね》

 

 ローブの男が静かに答える。この期に及んでしらばっくれるつもりらしい。

 

「あんなでかい岩を投げられる奴が他にいるわけねぇだろ。魔人ネロス!」

 

《……おやおや。もうバレてしまいましたか》

 

 このすました口調。間違いない。

 

「やはりお前だったか」

 

《……お久しぶりですね。会いたかったですよ》

 

 そう言うと奴はゆっくりとフードを脱いでみせた。

 

 この氷のように冷たい青い目。

 欧米人のような高い鼻。

 サラサラの長い金髪。

 

 人間に化けた時のネロスの姿だ。

 

「俺は二度と会いたくなかったがな」

 

《……そうですか? 私は貴方に会いたくて会いたくて堪りませんでしたよ》

 

「けっ、気色悪(きしょくわり)ぃ。俺にそんな趣味は無ぇぞ。それより俺に会いたかったと言うのなら、なぜ逃げた」

 

《……何を言うかと思えば……決まってるじゃないですか》

 

 奴はそこで一旦言葉を区切ると、ニタァと不気味な笑みを浮かべてみせた。

 

《……貴方と2人きりになりたかったからですよ。……サカモトユウジ! 貴方とね!》

 

 開いた口には上下から2本ずつ牙が生えていた。青い瞳はまるで獲物を狙う蛇のように鋭く、狂気に満ちている。こいつ……やべぇぞ……。

 

「なぜだ! なぜ俺につきまとう!」

 

《……私にそれを言わせるのですか? 無粋な人ですねぇ》

 

 奴はそう言うと身をくねらせて頬に片手を当てた。なんだこいつ……急に女みたいな雰囲気になりやがった。狂ってることに違いは無いが……しかしこの背筋と腹に同時にドライアイスを当てられたような悪寒。こいつは生理的に受け入れがたい……。

 

《……貴方に興味があるからですよ。サカモトユウジ》

 

「はァ? なんだそりゃ。ワケわかんねぇぞ」

 

《……おや、分かりませんか? 貴方に好意を寄せている。と言えばご理解いただけますか?》

 

「ぶっ!?」

 

 奴の台詞を聞いた瞬間、全身の毛が逆立った。更に背中や胸の辺りにゾクゾクと強烈な寒気を感じ、体中から変な汗が噴き出してきた。人は恐怖を覚えた際にこのような症状を引き起こす。今俺が感じたのも恐怖だった。ただしそれは魔人という脅威に対してではなく、奴のイカれた愛情に対してだった。

 

「ふっ……! ふ、ふふふふざけんなてめぇ! 頭おかしいんじゃねぇのか!?」

 

《……ふざけてなどいませんよ。それにどこがおかしいと言うのです? 人を求めてやまない想い。これを愛と言うのでしょう?》

 

「バカ言ってんじゃねぇ! てめぇのようなイカれた野郎の愛なんざ死んでもお断りだ!」

 

《……あぁっ、なんと冷たい言葉なのでしょう。私はこんなにも熱く燃えたぎるほどの想いを寄せているというのに》

 

「だぁーーっ!! やめろぉーーっ!!」

 

 そうだ思い出した。この雰囲気、久保に似ているんだ。明久の奴はバカだから久保の思いには気付いていないようだったが。だが久保はここまで狂った思考の持ち主じゃないだけマシだ。そうか、野郎に好かれるってのはこんなにも寒気がするものだったのか……。

 

 ――ザッ

 

「……見つけた」

 

 その時、落ち葉を踏む音と共に女の声が聞こえてきた。驚いて振り向くと、そこには長い黒髪の女が息を切らせて立っていた。

 

「しょ、翔子!?」

「……やっぱり魔人」

「お前なぜ来た! 待ってろと言っただろ!」

「……嫌な予感がしたから」

 

 あぁ。嫌な予感的中だよ。しかも心底寒気のする異常な愛のおまけ付きでな。

 

《……おや、もう来てしまいましたか。残念です。貴方ともう少しお話をしたかったのですけどね》

 

「じょ、冗談じゃねぇ! これ以上話すことなんかねぇ! さっさと()せろ!」

「……雄二」

「なんだ」

「……この人と何をしていたの」

「何もしてねぇよ。ただ睨み合ってただけだ」

「……見つめ合ってたの」

「ちげぇよ! どうしてそういう発想になるんだ!」

「……雄二」

「なんだよ!」

「……浮気は――」

「やっ、やめろッッ! それ以上言うな! 俺にそっちの()はねぇっ!!」

 

 あぁくそっ! また鳥肌が立っちまった! こ、こんな変態野郎に構っていられるか! とっとと帰ってやる!

 

《……どうやら邪魔が入ったようですね。ですがサカモトユウジ。これだけは貴方に伝えておきたいのです。聞いてください》

 

「聞くわけねぇだろ!」

 

《……そう言わず聞いてください。私の想いを》

 

「わぁぁーーっ! やめろぉぉーーっ!!」

 

 俺は耳を塞ぎ、音声を遮断した。それでも奴の声は俺の耳に届いてしまった。

 

《……愛していますよ! サカモトユウゥゥジ!!》

 

「うぎゃぁぁああーーっっ!!」

 

「……雄二。やっぱり浮気――」

「うがぁーっ! やめろっつってんだろ! こいつ男だぞ!? しかも人間ですらねぇ!」

 

 くそっ! どいつもこいつもバカばっかりか! なんだって俺の周りは性別どころかヒト科の壁すら超越する思考の持ち主ばかりなんだ!

 

《……さぁご覧ください! これが私の……愛の深さです……!!》

 

 奴は語気を強めながらそう言い、両腕を広げてみせた。すると奴の姿が一瞬ぼやけた。目の錯覚か? そう思って目を擦った次の瞬間、俺は仰天した。

 

 青いスラックスに黒いブレザー。

 短くて青いネクタイ。

 ツンと逆立った赤い頭髪。

 そして自信に満ちた口元。

 

 そう、目の前には俺が立っていたのだ。

 

「……雄二が……2人……」

 

 後ろから翔子の声が聞こえてくる。その声はどこか嬉しそうに弾んでいるように聞こえた。翔子のことだから俺が2人になったとか言って喜んでいるのだろう。だが俺の心中は穏やかでない。

 

「てめぇ……何のつもりだ」

 

 ネロスの野郎が俺に化けたことにより、俺の中で何かのスイッチが入った。もう寒気など感じない。代わりに湧き上がってくるのは激しい怒りだった。

 

 俺は余程のことがなければ怒りはしない。疲れるし、正常な判断ができなくなるのが分かっているからだ。とはいえ、あの野郎の執拗なまでの挑発行為はいいかげんウンザリだ。しかも俺の姿を真似をするなどというフザけたことをしやがった。ここまで来るとさすがの俺も怒りが抑えきれなくなってくる。

 

《……分かりませんか? 私もサカモトユウジになったのですよ》

 

 その一言に危うくプッツン切れるところだった。すんでの所で堪え、なんとか平常心を保つ。そうだ。挑発に乗ってはいけない。怒ってしまえば奴の思う壺だ。

 

「姿形を似せただけで俺になったつもりか? おめでたい奴だな」

 

《……さて。どうでしょうね。試してみますか?》

 

「ケッ、そんな安い挑発に乗るとでも思ってンのか?」

 

 こう切り返したが俺は警戒していた。奴の言葉はハッタリではない。必ず何か仕掛けてくる。古城での時のようにゾンビどもを(けしか)けるのか。それとも奴自身が襲ってくるのか。俺は神経を研ぎ澄ませ、奴の行動に備えた。

 

《……ところでサカモトユウジ。貴方はそこの女性を愛していますね》

 

 ぶッ!?

 

「なっ……! 何バカなこと言ってやがンだ! ンなわけねぇだろ!? て、適当なことほざいてんじゃねぇぞ!?」

 

《……おやおや。もしやと思いちょっと鎌をかけてみたのですが……図星でしたか。これは失礼しました。クックック……》

 

 く……こ、この野郎……いちいちカンに触ること言いやがって……!

 

「……雄二、それ本当?」

「ばっ、バカ! こんな奴の言葉を信じるんじゃねぇ! 嘘に決まってンだろ!」

 

《……この期に及んでまだしらを切るおつもりですか? 往生際が悪いですねぇ》

 

「黙れ!」

 

《……ふむ。何故かは分かりませんが貴方はご自身の想いを隠しているようですね。何故なのでしょう?》

 

「うるせぇ! 貴様にとやかく言われる筋合いはねぇ!」

 

《……ハハハッ! 実に良い顔ですよ! サカモトユウジ! その顔が見たかったのです! 憎悪に満ちたその表情をね! もっと……もっと憎しみなさい!》

 

「くっ……」

 

 い、いかん。奴の言葉で完全に頭に血が上ってしまっている。落ち着け。心を静めるんだ。奴の言葉に惑わされるな……。

 

《……おや。もう恨み顔はおしまいですか?》

 

「けっ。てめぇの思い通りにはならねぇよ」

 

《……そうですか。では次に――》

 

「黙れ!!」

 

 きっとまた俺の心を乱すようなことを言うに決まっている。そう思った俺は奴の言葉を無理矢理遮った。だが奴は余裕の表情でとんでもないことを言ってきやがった。

 

《……まぁいいでしょう。大体分かりました》

 

「あァ? 何が分かったってんだ?」

 

《……貴方という人物像が、ですよ》

 

「ケッ、馬鹿馬鹿しい。たかだか2、3のやりとりで俺のすべてを把握したつもりか。本当におめでたい奴だな。てめぇは」

 

《……フフ……2、3ではありませんよ》

 

「なんだと?」

 

《……先日の一件の後、私はずっと貴方を見ていたのです。砂漠の横断。山岳の町での防衛。実に見事でしたよ。その中で貴方について色々なことを学ばせていただきました》

 

 こいつ、俺の行動をずっと見てたってのか? まるでストーカーそのものじゃねぇか。き、気味が悪いぜ……けど一体どうやって見ていやがったんだ? こいつら魔人も魔障壁の中には入れなかったはずだが……。

 

《……そして今、もうひとつ学ばせていただきました。貴方はその女性を愛しています》

 

「だっ! 黙れ! これ以上何か言いやがったらぶっ飛ばすぞ!」

 

 ああくそっ! イラつく! なんでこいつはこうも俺の神経を逆撫でするようなことばかり言いやがるんだ!

 

《……その憎悪に満ちた顔。良いですね。実に良い顔ですよ! サカモトユウジ! さぁ! もっと憎しみなさい! そして絶望するのです!》

 

「くっ……」

 

 何度も同じ手に乗るな。冷静になれ、俺。

 

《……なかなかしぶといですね。ではこういうのはどうでしょう》

 

「口を閉じろネロス。そして消えろ。もはやお前の話など聞く耳持たん」

 

《……やれやれ。大人げないですねぇ。心配しなくても良いのですよ。ちょっとそこの女性に協力いただくだけですから》

 

 !!

 

「てめぇ……翔子に手を出してみろ。地獄に叩き落としてやる!」

 

《……クックックッ……良い表情ですよ。そう。それで良いのです。ですがまだ足りません! 憎しみと悲しみが足りないのですよ! だから私が手伝ってさしあげましょう! 愛する者を失い、絶望しなさい! そして私のものになるのです! サカモトユゥゥゥジ!!》

 

 頭の中で何かがキレる感じがした。次の瞬間、俺は奴の胸ぐらを掴み、拳を握り振り上げていた。

 

 目の前にあるのは鏡を見ているかのような自分の顔。いやらしく口元に笑みを浮かべた自分の顔。俺は拳を握った手を震わせ、戸惑った。

 

《……乱暴ですね。それが貴方の性格。分かっていますよ。でも貴方は本当の自分を隠しています》

 

 奴が氷のように冷たい視線を俺に向ける。すべてを見透かしたような目。俺もこんな目をして他の連中を見ていたのだろうか。そう思うと余計に目の前の男に対する嫌悪感が増す。

 

「黙れ……」

 

《……図星を指されて悔しいですか? そうでしょうね。けれど貴方はもっと自分をさらけ出すべきです。ありのままの自分をね》

 

「黙れ!!」

 

 俺は怒りに任せて拳を突き出した。すると奴は首をひょいと傾け、この拳をかわした。胸ぐらを掴んでいるのだから拳を外すなど通常ならあり得ない。にもかかわらず軽々しく避けられたのは、俺の心が激しく乱れていたためだろう。

 

《……良いですよその表情! さぁもっと感情を表に出すのです! さぁ! さぁ!!》

 

「黙れぇぇーーっ!!」

 

 完全に頭に血が上った俺はもう一度大きく拳を振りかざした。するとその時、

 

 ――ヒュッ

 

 空を切るような音が聞こえた。それと同時に、左頭上から何かが迫り来るような圧力を感じた。危険を察した俺は掴んでいたネロスを咄嗟に放し、身を仰け反らせた。直後、俺と魔人ネロスとの間に銀色に輝く刃が割って入った。

 

「……雄二。呑まれてはダメ」

 

 チャキッと片刃の剣を構え、翔子が静かに言った。ピンクのミニスカートに和風の武者鎧。いつの間にかあいつは試獣装着していた。

 

 そうだ。翔子の言う通りだ。俺は奴の言葉に惑わされ、ペースを乱されていた。奴の目的は俺を怒らせて正常な判断力を失わせること。そして俺たちを捕らえ、殺し、ゾンビの材料にしようとしている。

 

「すまん翔子。だがもう手出し無用だ」

 

 もうこんな奴の言葉は聞くに堪えない。

 

「ネロス。お前の言いたいことは分かった。だが俺もお前の思い通りにはならん。だから――――試獣装着(サモン)!」

 

 足元に幾何学模様が現れ、俺の身体は光に包まれる。その中で俺は体が浮くような感覚を覚えた。

 

 恐らくこの光は装着中の者を守るためのもの。きっと学園長が仕込んだものなのだろう。光の中で服が書き換えられる中、俺は常々そう思っていた。

 

「終わりにしよう。ネロス!」

 

 光が消えると、俺の衣装は白い特攻服に変わっていた。見慣れた召喚獣のスタイル。メリケンサックを装着した両手に力があふれる。奴に対する怒りが俺の力を増幅しているかのようだった。

 

《……そう来ると思っていました。その力、既にこの身をもって知っています。ですが前回のようには行きませんよ》

 

 奴はそう言うと、スッと片手を天にかざした。すると一瞬奴の身体に(もや)のようなものが掛かった。先程俺の姿に化けた時と同じ光景だ。そしてその靄が消えると、奴の服は俺と同じ白い特攻服に変わっていた。

 

「てめぇ……どこまで真似しやがる……」

 

《……無論、どこまでも。です》

 

 この野郎……とことんカンに触る野郎だ。もうこんな奴にかかわるのは御免だ。

 

「翔子、下がっていろ。奴は俺が倒す」

「……でも」

「いいから任せろ。これは俺と奴の問題だ。……大丈夫だ。あんな偽物野郎はすぐにぶっ飛ばして黙らせてやる」

 

《……ぶっとばす、ですか。ふむ……まだ私は完全に貴方になりきれていないようですね。……では》

 

 奴は数回咳払いをすると、「アー、アー、あー」と発声練習のような真似をしはじめた。秀吉も声真似をする時にこういった仕草をよくやっていた。ということは、まさかこいつ……。

 

《オラかかってこいや! てめぇなんざこの俺が叩きのめしてやる!》

 

 片手に拳を握り、グッと突き出して奴が怒鳴る。眉間にしわを寄せて睨み付ける俺の顔。それに加えて声までも俺と同じとあっては、もはやドッペルゲンガーだ。

 

「て、てめぇ……! いい加減にしやがれ! この人マネ野郎!」

 

 握った右拳にすべての力を込め、俺は奴との間合いを一気に詰める。そして渾身のストレートを奴の顔面に放った。

 

《そんなのろい攻撃が当たると思ってンのか!》

 

 奴の言う通り、俺の拳は空を切った。だがこの攻撃が当たらないことなど分かっている。俺は空振りでつんのめったフリをし、すかさず足払いを放った。

 

《フッ、甘いぜ!》

 

 奴はスッと身を引き、俺の足を難なくかわす。

 

「くっ……」

 

 間髪入れずに間合いを詰め、懐に潜り込んで下から伸び上がるようにしてアッパーを繰り出す。鋭い拳線は奴の腹から胸を伝い、顎を目指す。だが奴は上半身を軽く仰け反らせ、涼しい顔をして避けやがる。

 

《どうしたどうしたァ! サカモトユウジとはこんなものなのか! 期待外れもいいところだぜ! 女の手を借りた方がいいんじゃねぇのか!》

 

「うるせぇ! 余計なお世話だ!」

 

 俺はフットワークを使い、奴との距離を詰め、連続して素早い拳を放つ。ボクシングで言うジャブに当たる拳だ。これは当てて大ダメージを狙うものではない。むしろ避けさせて相手の隙を作る”牽制”として用いるものだ。

 

《遅い遅い! まるで蚊が止まるようだぜ!》

 

 召喚獣を装着した俺は力も速度も常人の数十倍になっているはず。だが奴はそんな俺の攻撃をのらりくらりとかわしていく。この俺がまるで子供扱いだ。

 

 このままでは奴の思う壺だ。とにかく主導権を握らなくては負ける。奴の行動は俺の思考をベースにしているはず。考えろ。奴の――いや、俺の思考パターンを。

 

 俺は相手を挑発して正常な判断力を奪うやり方が多い。興奮した相手ほど手玉に取りやすいものはない。今回の奴の手法がまさにそれだ。もうひとつは有無を言わさず力でねじ伏せるやり方。だがこれは不意打ちや相手の力が弱い時に使う手法であり、奴のように力が拮抗している相手には適さない。

 

 やりにくい相手だ。正直言って有効な手が思いつかない。やはり翔子の手を借りるべきなのだろうか。いや、そもそも相手にするべきではないのかもしれない。

 

《ところで貴様、船を直すとか言っていたな。あれはどういうことだ?》

 

「あァ? 俺が答えると思ってんのか?」

 

《いや? ただ、貴様らが先程見ていた船なら既に無いと思ってな》

 

「何だと? どういうことだ!」

 

《気付いていないのか。アッハハハッ! こいつぁお笑いぐさだ!》

 

 魔人ネロスは背を丸くして肩を揺らせて笑う。しかも俺の姿をしたままで。こいつ、俺を苛立たせることに関しては天才的だな。

 

「何がおかしい!」

 

《分からないのなら教えてやる! 貴様の言う船は俺の投げた岩の下敷きよ! あれを直せるものならやってみるがいい! ハッハッハッハッハッ!!》

 

「なっ……なんだ……と……!」

 

 そ、そうか。あの時は翔子を守ることで頭が一杯だったが、確かに岩の落ちた位置には見つけた船もあった。なんてこった……せっかく見つけた船が……お、俺たちの希望が……!

 


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