バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十五話 幻の島と小さな太陽

 霧島さんが船室から出て行った後、僕たちは顔を見合わせていた。考えがあるって言ってたけど、どんな考えなんだろう?

 

「ワシらも行ってみるとするかの」

「だね」

「ウチも行くわ」

「私も見てみたいです」

「雄二とムッツリーニはどうする?」

「俺はいい。ここで見ている」

「…………俺も」

「そっか。それじゃちょっと行ってくるよ」

 

 霧島さんが何をするつもりなのか。僕たちはそれを見届けるため彼女の後を追って甲板に出てみた。船の前方にあるのは黒い入道雲ただひとつ。あの怪しい雲までの距離はざっと見て100メートルといったところだろうか。意外に近くに寄れるものだ。

 

「えーっと、霧島さんは……」

 

 甲板に出てみたものの、彼女の姿が見えない。

 

「明久君、あそこです」

 

 姫路さんが指差したのは前方だった。よく見ると船首から突き出ているマストの上に誰かいる。

 

「霧島よ! そのような所に立つのは危険じゃぞ!」

「ねぇ翔子、そんな所で何をするつもりなの?」

 

 秀吉や美波が声を掛ける。そんな彼女らに対し、霧島さんはチラリと振り返って微笑んでみせた。黙って見ていろってことなんだろうか。

 

「――試獣装着(サモン)

 

 右手を上げ、霧島さんは召喚獣を喚び出した。すぐに光の柱が彼女を包み込み、一瞬で衣装を変化させる。

 

 赤い上着。

 ピンク色のミニスカート。

 黒色の手甲(てっこう)に銀色の武者鎧。

 頭にはほぼ透明のバイザー。

 

 アンバランスなこのスタイルもこうしてよく見ると結構かっこいい。美波にも似合うかもしれないな。

 

「おい翔子、本当にやるのか?」

 

 どうやら雄二も甲板に出てきたようだ。後ろにはムッツリーニの姿もある。なんだかんだ言っても2人ともやっぱり気になるんだな。

 

「……伏せていて」

 

 霧島さんはそう言うと腕輪を装着した左手をスッと天にかざした。僕たちは言われた通り、匍匐(ほふく)前進の体勢で甲板に伏せる。”伏せろ”ということは相当な衝撃が来るということだろう。そう思った僕は両手両足にぐっと力を入れ、衝撃に備えた。

 

「……閃光(フラッシャー)

 

 伏せていると霧島さんの小さな声が聞こえた。すると彼女の腕輪がピカッと輝き、

 

 ――ドンッ!

 

 低く重い音が鼓膜に響き、僕の身体は甲板に強く押しつけられた。とてつもない重圧がのし掛かってくる。意識して呼吸しないと息が止まってしまうくらいだった。この感覚は飛行機が離陸する時の重圧を遙かに超える。

 

「うぅっ……!」

 

 何が起きているのか一目見ようと思い、僕は両腕で上半身を支えて首を上げてみた。

 

  !?

 

 そこに見えたのは光だった。いや、これは……光の玉? まるで太陽のように激しい輝きを放つ光の玉だ。その光の玉の下、霧島さんは手を高く掲げていた。

 

 

 ――ヴゥゥン……ヴゥゥン……ヴォゥン……ヴォォン……!

 

 

 腹の底に響くような低音を響かせ、光の玉はどんどん大きくなっていく。その迫力は凄まじいものであった。その大きさは直径10メートル……いや、20メートルは超えている。既にこの船の倍以上のサイズに膨れ上がっているのだ。しかもそれを身体の小さな霧島さんが1人で支えている。

 

 僕は夢でも見ているんだろうか。この光景はそう思ってしまうほどに現実離れしていた。まるで魔法バトルもののアニメを見ているような感覚だった。

 

「しょ……翔子! そ……そいつを……ど、どうする……つもりだ……!」

 

 後ろから雄二の息苦しそうな声が聞こえてくる。あの雄二でさえもこの重圧に苦しんでいるようだ。

 

「……これをぶつける」

 

 僕たちが重圧に押し潰されている中、霧島さんは直立不動で平然としている。もちろんそれが召喚獣の力であることは理解している。けれどそれを含めて見たとしても、この時の霧島さんは強く、凛々しく、美しかった。

 

「ぶ、ぶつけるってお前――」

 

 と雄二が言いかけた瞬間、霧島さんは掲げた左手をスッと前方に向かって下ろした。それと共に頭上の巨大な光の球がゆっくりと動き出した。

 

 

 

 ――ヴォォン……ヴォォン……ヴォォン……ヴォン……

 

 

 

 光の玉はゆっくり、ゆっくりと海の上を進んで行った。身体に掛かっていた重圧が徐々に薄れていく。ようやく立ち上がれるようになった僕は上半身を起こし、光の球の行方を見守った。

 

 美波や姫路さん、秀吉たちも起き上がり、その行方を見守っている。皆が見守る中、光の球はその大きさを維持したまま真っ直ぐ黒い入道雲に向かって進んで行った。

 

 それにしてもなんて大きさだ。アドバルーンなんてもんじゃない。まるで月を放り投げたような感じじゃないか。あれを霧島さんが作り出したのか。学年主席の力がこれほどとは……。できれば試召戦争でも相手にしたくない人だ。

 

 そんなことを考えている間も光の玉はゆっくりと進んでいく。そしてついに光の球は黒い雲と接触。

 

 

 

 ――カッ!

 

 

 

 その瞬間、光の玉は破裂した。同時に凄まじい爆発音を発し大気を振動させる。爆発は海面を激しく揺らし、大きな”うねり”を生み出した。海面は大きく隆起と陥没を繰り返し、4、5メートルもの巨大な波を作り出す。舞い上がった大量の海水は大粒の雨となって降り注ぎ、大波と共に僕たちの船を襲う。

 

「きゃぁぁーーっ!」

「ちょ、ちょっと翔子! アンタ(ちから)入れすぎよ!」

 

 船は大波に(あお)られ、グラグラと上下左右に大きく揺れる。姫路さんや美波は手すりにしがみつき、なんとか(こら)えているようだ。

 

「……普通に腕輪を使ったらこうなった」

 

 霧島さんはこの揺れの中でも顔色ひとつ変えず船首に立っていた。これが普通に使った力だって? ヤバイ……もうAクラスに勝てる気がしない……。

 

「な、なんという恐ろしい力じゃ――うぷっ!」

 

 ザァッと右手の波が大きく盛り上がり、手すりに掴まっている秀吉を襲った。

 

「秀吉!」

「……な、なんのこれしき!」

 

 波はすぐに引き、その中からずぶ濡れになった秀吉が現れた。無事でよかった……そ、そうだ! 美波と姫路さんは!?

 

「美波! 姫路さん!」

 

 僕は手すりに掴まり、辺りを見渡す。今僕は船の左端の手すりにしがみついている、右側には秀吉。僕の後ろ側には雄二とムッツリーニの姿が見える。2人の姿がない……ま、まさか波にさらわれて……!?

 

『ここです明久君!』

『アキ! こっちよ!』

 

 その時、どこからか2人の声が聞こえてきた。だが声はすれども姿が見えない。ど、どこだ?

 

『こっちよこっち!』

 

 更に美波の声。こっちってどこさ……って。

 

「なんだそこにいたのか。あぁ良かった……波にさらわれたのかと思ったじゃないか……」

 

『だってここが一番安全だと思ったんだもの』

『ご心配おかけしてすみません……』

 

 彼女らは霧島さんの足下にいた。なるほど。この揺れの中でも微動だにしない霧島さんは確かに一番安全な場所かもしれない。

 

 なんてことをやっているうちに、どうやら波がおさまってきたみたいだ。船の揺れも緩やかになってきた。もう大丈夫だろう。

 

「ふぅ……ったく、なんて無茶をしやがるんだ」

「…………海水を飲んだ」

 

 雄二やムッツリーニも無事のようだ。でも皆ずぶ濡れだ。

 

「ねぇ皆見て! 雲が消えていくわよ!」

 

 突然大声で叫ぶ美波。彼女は船の前方を指差していた。見れば先程までの黒い入道雲は散り散りになっていた。霧が晴れていくかのように次第に視界が晴れていく。いよいよ扉の島の登場か? でも凄い爆発だったけど中は無事なんだろうか。まさか島ごと吹き飛ばしちゃったなんてこと……ないよね……?

 

「む? なにやら見えてきたようじゃな」

「あれは……島……ですかね?」

「ホント!? どこどこ!?」

 

 喜び勇んで身を乗り出す僕。次第に(あらわ)になってくる黒雲の内部。目を細めてよく見てみると……?

 

「え……島って……あれが?」

 

 僕が疑問に思った理由はその姿形が僕の予想していたものと違っているからだ。

 

 通常、島とは海に浮かぶ盛り上がった大地のことを呼ぶ。緑が生い茂っていたり、ゴツゴツした岩山もしくは火山を乗せたもの。それが僕にとっての島のイメージだった。ところが前方に現れた”あれ”は僕のイメージとはかけ離れていたのだ。

 

 そいつは味噌汁のお椀をひっくり返したような形の”半球体のドーム状”だったのだ。僕の記憶にあのような形をした島はない。

 

「何か膜のようなもので覆われているように見えますね」

「うん。僕にもそう見えるよ。っていうかさ、あれってなんか……」

 

 何かに似ている。この世界に来てから何度も見ている光景。

 

 

 ―― 魔障壁 ――

 

 

 そう。あの黒いドーム状のものは、町を守るために張られている魔障壁にそっくりなのだ。

 

「雄二よ、あれが扉の島なのか?」

「ちょっと待て。…………お。白金の腕輪が反応してやがるぜ」

 

 雄二の左腕に装着された腕輪がぼんやりと妖しい光を放っている。学園長と通信が繋がった時の光り方と同じだ。

 

「この反応からして扉の島に間違いなさそうだな」

「うぅむ……しかしあの様子はどういうことじゃ? まるで魔障壁ではないか」

「見たとおり魔障壁なんじゃねぇか?」

 

 もし雄二の言う通りあれが魔障壁なのならば人体には無害だ。けれど見た感じ、町を守るそれとは根本的に違う物のような気がする。なぜなら――

 

「…………黒い」

「雄二よ、このように黒い魔障壁などあるのじゃろうか」

 

 その魔障壁は黒かった。通常の魔障壁はよく見なければ分からないほどの薄い緑色をしている。だがこの魔障壁はよく見なくても分かるほどはっきりと見える”黒”なのだ。

 

「そうだな……不用意に近付かない方がいいかもしれねぇな。とはいえ、俺たちの目的地はあそこだ。もう少しだけ近寄ってみるか」

 

 雄二はそう言うと船内に戻って行った。しかし黒い魔障壁か……なんか不気味だな。常に黒雲で覆われていて、僕たちから逃げるように姿を消していたことも気になるし。

 

『おーいお前ら! 中に入るか掴まるかしろ! 少し揺れるぞ!』

 

 操舵台から雄二が叫ぶ。僕たちは指示に従い、手すりに掴まった。

 

 

  ドッ……ドッ……ドッ……

 

 

 エンジン音が轟き、船はゆっくりと進みはじめる。海は既に静けさを取り戻していて波も穏やかだ。風はほぼ無風。船の進行により、優しいそよ風が頬を撫でるように流れていくのみ。この静けさが不気味だ。何か大きな災いが待ち受けているような……そんな気がしてならない。

 

「こんなもんでどうだ?」

 

 雄二が船室から出て来て尋ねる。船は例の黒い膜までほんの数メートルの所まで来ている。つまり90メートルほど進んだということだろうか。

 

「見れば見るほど魔障壁にそっくりね」

「……中に島が見える」

「本当ですね……こんな膜が張られているということは中に誰かいるんでしょうか」

「でも見た感じ岩ばかりよ? ウチには人が生活しているようには見えないけど……」

 

 確かに目の前の黒い膜の中には島らしきものが見える。その島はゴツゴツした岩山が見えるのみで、人どころか生き物がいるようにすら見えない。島そのものにまるで生気が感じられないのだ。これじゃまるで死の島だ。

 

「これってこのまま入れるのかしら? 魔障壁なら害は無いはずよね」

 

 美波はそう言って船首から身を乗り出して手を伸ばした。そして彼女の指が黒い膜に届こうとした瞬間、

 

「待つのじゃ島田! 触れてはならぬ!」

 

 何かに気付いたのか、秀吉が大声をあげた。

 

「……えっ?」

 

 ――バチィッ!

 

「きゃぁっ!?」

 

 しかし秀吉の声が届くよりも先に美波は黒い膜に触れてしまっていた。その瞬間、電気のような衝撃がほとばしり、彼女を襲った。

 

「美波!!」

 

 僕は慌てて駆け寄り、彼女の身体を強引に引き戻した。

 

「大丈夫か美波!? 怪我は!?」

「う、うん。大丈夫……ちょっとビリッとしただけ……」

 

 甲板で尻もちをつく美波。そう言う彼女の右手はピクピクと痙攣していた。まるで電撃を受けた時の反応のようだ。でも見たところ傷を負った様子はない。

 

「よく気付いたな秀吉。助かったぜ。島田も不用意に近付くなと言っただろ」

「そうだったわね……ウチが迂闊だったわ」

「まぁ無事で何よりだ」

「じゃがやはりこの島はワシらの侵入を拒んでおるようじゃな」

「あぁ。どう見てもな。さてどうするか……」

 

 雄二は目の前の黒いドーム状の膜をじっと見つめる。僕も釣られて見てみると、ドーム内の中央に細長い岩山があることに気付いた。天辺に向かって伸びる針のような山。それもまた町中で言う”魔壁塔”にそっくりだった。

 

 この感じ。どう見ても人が作ったものにしか思えない。だとしたら秀吉の言うように僕らの侵入を拒む何者かが居るということなんだろうか。でも学園長はここに扉があると言った。ならばなぜ僕らを拒むのだろう。ひょっとして学園長は僕たちを帰らせたくないんだろうか?

 

「……現実世界に帰るには入るしかない」

「けどこのバリヤーをなんとかしねぇと入れねぇぞ。このまま突入したら船がぶっ壊れちまうぜ」

「…………破るか」

「それしかねぇんだろうけど、問題はその手段だ」

 

 魔障壁を打ち破る手段か。そんな方法なんてあるんだろうか。今まで魔障壁には守られてばかりだったし、すぐには思いつかないな……。

 

「それなら今度は私の番です!」

 

 と、そんなことを考えていると姫路さんが声をあげた。

 

「――試獣装着(サモン)っ!」

 

 姫路さんは召喚獣を喚び出し装着。タタッと小走りに前に出て船首に立った。そして腕輪を左腕に装着し――

 

「ま、待て姫路! 早まるな!」

「大丈夫です! 人がいない場所を狙いますので!」

「そうじゃねぇ! とにかく俺の――」

「――熱線(ブラスト)っ!」

 

 雄二の制止も聞かず、姫路さんは腕輪の力を発動させてしまった。腕輪から発せられた一筋の赤い光は防壁に向かって真っ直ぐ突き進む。そして光が触れた瞬間、

 

 

 

 ――バチィンッ!

 

 

 

 打ち返すかのように壁はその光を反射した。そして跳ね返った赤い光は僕たちの乗っている船のすぐ下の海面に吸い込まれ――

 

 

 

 ――ドッバァァォン!!

 

 

 

 凄まじい爆発音を轟かせ、僕らは船ごと空中に投げ出された。

 

「きゃぁぁぁぁーーーーっ!?」

「だから待てと言っただろぉぉぉぉーーっ!」

「な、なんじゃこの爆発はーーっ!?」

「……水蒸気爆発。水が温度の高い物質と触れることによって気化する爆発」

「冷静に解説してる場合かぁーーっ!」

「アキぃぃーっ!」

「み、美波ぃーーっ!」

 

 空中で見えたのは粉々に粉砕された船の破片。それと悲鳴を上げる美波の姿だった。

 

 

 ――――――

 ――――

 ――

 


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