バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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―― タイムリミットまであと3日 ――



第四十四話 魔の海域

 翌朝。

 

 町に出て朝食を済ませた僕たちは早速”小型船舶を管理している”という管理人室に向かった。そこで出迎えてくれたのは茶色いゴワゴワの髭をたくわえたおじさんだった。頭に手ぬぐいを巻き、タンクトップ姿に丸太のような腕を組んで仁王立ちするおじさん。そのはち切れんばかりの筋肉は鉄人をも驚かせるであろう。

 

 おじさんは僕たちが事情を話すと眉間にシワを寄せてあからさまに怪しむ顔を見せた。見知らぬ者が突然やってきて「王妃様の船をよこせ」というのだ。管理する者としては当然の反応だろう。でもこちらには譲渡証明書がある。これを見せれば納得してくれるはず。

 

 と思っていたのだけど、おじさんの態度はムッツリーニが証明書を渡しても変わりはしなかった。それどころか「お前らのような若造がなぜこんな物を持っている」とますます疑われてしまった。王妃様から話が伝わっていないのだろうか。けれど僕たちにはこれ以上証明するものがない。信じてもらう以外に手は無いのだ。

 

「証明書に王妃様のサインがあります。どうかご確認ください」

 

 雄二がそう進言するとおじさんは「しばし待て」と言い、奥の部屋へと入っていった。

 

「信じていただけなかったらどうしましょう……」

 

 姫路さんが心配そうな顔をして言う。証明書を見せたらすぐに貰えると思ってたけど、簡単には行かないもんだな……。

 

「ねぇムッツリーニ、あれは本当に王妃様から貰ったものなんだよね?」

「…………そうだ」

「偽装したものじゃないんだよね?」

「…………その手があったか」

「いや、しなくていいんだけどさ……」

 

 本物なら大丈夫。きっと信じて貰えるだろう。

 

「姫路さん、今は信じて待とう。きっと大丈夫さ」

「……そうですね。今私たちにできるのは信じて待つことだけですものね」

 

 パッと明るい笑顔を取り戻す姫路さん。やはり姫路さんには笑顔が似合う。

 

 

 

 ――そして10分後

 

 

 

「おいお前ら、名を名乗れ」

 

 口をへの字にして戻ってきたおじさんは僕たちにそう言った。確かに人にお願い事をするのならば名を名乗るのは礼儀だ。

 

「坂本雄二。坂本と呼んでください」

「吉井明久です。僕も吉井でいいですよ」

「ウチは島田美波です」

「……霧島翔子」

「木下秀吉じゃ。ワシも木下と呼んでくだされ」

「姫路瑞希です」

「…………土屋康太」

 

 皆が口々に自らを名乗る。すると(いか)つい顔をしたおじさんはムッツリーニに向かってこんなことを言ってきた。

 

「お前、ツチヤと言ったな。それを証明する物はあるか」

「…………」

「証明するものがなければお前が偽の名を名乗っていると見なす」

 

 ムッツリーニがムッツリーニである証拠を出せって? そんなの持ってるわけないじゃん。学生証も携帯電話も現実世界において来ちゃったんだし。エロい所でも見せれば証拠になるか? って、そんなの通用するわけないか。

 

「…………これを」

 

 僕がこうして頭を悩ませていると、ムッツリーニは(ふところ)から1枚の紙切れを取り出し、おじさんに見せた。

 

「こ、これは……!」

 

 すると髭のおじさんは目を見開き、食い入るような目でその紙を見つめた。

 

「うむ。これは間違いなくハルニア王家の証。そうか。お前がツチヤか。先程の証書には王妃様の筆跡でツチヤの名が書かれていた。お前たちを信じよう」

 

 厳つい顔をフッと緩め、おじさんは笑みを見せる。そうか! ムッツリーニはハルニア王国の諜報員の証を持ってるんだった!

 

『『ぃやったぁぁーーっ!』』

 

 僕たちは全員で万歳。歓喜の声をあげた。よぉし! 扉の島は目前だ! とうとう元の世界に帰る時が来たんだ!

 

「ところでひとつお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

 飛び上がって喜ぶ僕たちの中で1人、落ち着いた声で尋ねる者がいた。

 

「俺の知っていることなら答えよう」

「ありがとうございます。俺たちはこの海の沖にあるという島を目指しています。その島は深い霧に包まれ、しかも姿を消すこともあると聞きます。そのような島にお心当たりはありませんでしょうか」

 

 雄二が落ち着いた声で丁寧に尋ねる。いつもながら紳士な対応だ。こういったところは見習わないといけないと思うのだけど、どうにも苦手だ。

 

「……誰から聞いた」

 

 しかし管理人のおじさんは眉間にしわを寄せて嫌悪感を見せた。これに対して雄二は顔色ひとつ変えずに答えを返す。

 

「カノーラの町でリックという方から伺いました。マリナポートで漁師をしていたと仰っていました」

「リックか……あの野郎、カノーラなんぞにいやがったのか」

「ご存じなのですか?」

「ご存じも何も、そいつは俺の息子だ」

「そうでしたか……」

 

 管理人のおじさん曰く、息子は「漁師が飽きた」と言って出て行ってしまったらしい。もちろん父親であるおじさんは引き留めた。しかし息子リックは一切耳を貸さず、何も持たずに町を出て行ってしまったそうだ。父親としては当然息子を探しに行きたい。けれど立場上、この町を離れるわけにはいかないのだという。おじさんの名はジェラルド。この漁港の最高責任者らしい。

 

「よく教えてくれた。えぇと……確かサカモトだったな。感謝する。近いうちに休暇を取って連れ戻しに行くとしよう」

「お役に立てて何よりです。それで島の方はどうでしょう? 何かご存じないでしょうか」

「息子の言う島は俺も船に同乗して見ていたので知っている。あれは本当に不思議な出来事だった……だがあの島に何があるというのだ?」

「俺たちの未来を左右するものです」

「ほう。そいつは深刻だな。まぁ深くは問わん。だが俺が知っているのはだいたいの場所くらいだ。それでいいのか?」

「はい。それで十分です」

「いいだろう。今海図を書いてやるから待ってろ」

「ありがとうございます。とても助かります」

 

 こうして僕たちは扉の島への海図を手に入れた。そして管理人のおじさんは王妃様から預かっていたという小型船舶も港に出してくれた。しかしやはり運転は自分たちでなんとかしろということらしい。

 

「どうする雄二?」

「そりゃ俺たちで運転するしかねぇだろ」

「だよねぇ……」

 

 確かローゼスコートで話した時に雄二と姫路さんが船の操縦を覚えたって言ってたっけ。

 

「それじゃ雄二が運転するの? それとも姫路さん?」

「ま、俺だろうな」

「いいんですか? 坂本君」

「あぁ、一度やってみたかったしな」

 

 雄二は歯を見せてニカッと笑う。こいつも相当な物好きだな。確かに船舶の運転とかできたらカッコイイかもしれないけど、僕には手漕ぎボートが限界かな。

 

「よし、皆乗れ! すぐに出発するぞ!」

 

 雄二の指示に従い、僕たちは王妃様の船に乗り込んだ。船は帆船。全長は10メートルといったところだろうか。屋根の付いた船室もあり、7人が入るのに十分な広さがある。操舵台もこの中にあった。

 

「これはなかなか快適じゃな」

「小さいわりに中は結構広いのね」

「さすが王妃様のお船です。これなら雨が降っても平気ですね」

「みんな席に着け。遠洋に出ると結構揺れるぞ」

 

『『は~い』』

 

 僕たちは雄二の言葉に従い、座席についた。特にシートベルトなどは無いようだ。

 

「……これが推進装置で……こいつでスタートか。まぁなんとかなるだろ」

 

 雄二は操舵台で舵を握り、ブツブツとなにやら呟いている。大丈夫なんだろうか……。

 

『海は荒れると危険だ! 危ねェと思ったらすぐ引き返せよォー!』

 

 船の外からおじさんの声が聞こえてくる。さっきの管理人のおじさん、ジェラルドさんだ。僕たちを心配してくれているのか。最初は凄い顔で睨まれたけど、結構いいおじさんなんだな。

 

「おじさ~ん! ありがとうございま~す!」

 

 僕は感謝の気持ちを込めて手を振った。

 

『おう! 気ィつけてなァ~~ッ!』

 

「は~い!」

 

「よし、出発だ!」

 

 ――ガコンッ

 

 雄二が操舵台のレバーを倒すと、船の底から振動が伝わってきた。この世界における動力は人力か馬などを用いたものがほとんどだ。たまにマッコイさんのような科学者が作った動力もあるが、魔石を使った僕には理解できない構造のものばかり。この船に搭載されているエンジン(のようなもの)もきっと”よく分からない魔石の力”で動いているのだろう。

 

 ――ドッ、ドッ、ドッ、ドッドッドッドドドドドド……

 

 エンジンの音が次第に早くなり、景色が動き出す。手を振るおじさんの姿も景色と共に流れ始めた。

 

 こうして僕たちは扉の島を目指し、ついに海に繰り出した。客船以外で海に乗り出すなんて初めてだ。それも案内役もなしに僕ら7人だけなのだから不安は大きい。でもこの先に世界の扉がある。そう思うと不安よりも期待感の方が上回ってしまう僕であった。

 

 

 

      ☆

 

 

 

「雄二よ、この辺りではないか?」

 

 出発から1時間ほど経過した頃だろうか。秀吉が海図を見ながら雄二に声をかけた。

 

「そうだな。けど何も見えねぇぞ?」

 

 青い海と青い空。その間にある水平線。船上から見えるのはそれだけだった。周囲をぐるっと見渡してもそれ以外に何も見えないのだ。

 

「ねぇ秀吉、本当にこの辺りなの?」

「この海図が間違いなければこの辺りのはずなのじゃが……」

 

 そうは言っても島なんか影も形もない。おかしいな。それじゃジェラルドのおじさんが海図を書き間違えたのかな。もしそうだとしたら困った。こんな広い海の上で島を探すなんてできないぞ? そう思っていた矢先、

 

「……皆、後ろを見て」

 

 外にいた霧島さんが船室に戻って来てそう言った。

 

「どうしたんですか翔子ちゃん? 後ろに何かあるんですか?」

「……黒雲が見える」

「ねぇアキ、もしかして……」

「うん。行ってみよう!」

 

 早速甲板に出て後方に目をやると、遙か後方に入道雲のような形をした黒い雲が見えた。それはまるで煙のようにモクモクといった感じで海面から立ち上っていた。

 

「ほ、ホントだ! きっとあれに違いないよ!」

「でもおかしいわね。ウチら海を真っ直ぐ進んでたのよね? 途中にあんな雲あったかしら」

「気付かないうちに通り過ぎてしまったんでしょうか……」

「ともかく位置的にもあそこに違いないじゃろう。雄二よ! Uターンじゃ!」

 

『あァ? なんでだよ。忘れ物でもしたってのか?』

 

「ワシを明久と一緒にするでない。忘れ物などしておらぬわ。そうではなく、扉の島が後ろにあるのじゃ」

 

『はァ? 何言ってんだ。島なら前に……って()ェ!? どこ行きやがった!?』

 

「だから後ろにあるのじゃ。先程の黒い雲が後ろに回っておるのじゃ」

 

『俺は追い越したつもりはないんだが……。分かった。旋回する。皆を船室に戻せ、横に揺れるぞ』

 

「了解じゃ」

 

 僕たちが船内に戻ると雄二は大きく舵を切り、船は左に旋回。前方に黒い雲が見えてきた。

 

「あれが扉の島なんですね」

「ついにウチらここまで来たのね」

「…………ようやく帰れる」

「土屋君も早く帰りたいんですね」

「…………当然だ」

「帰ったら真っ先に愛子ちゃんに会いたいですか?」

「……………………」

「土屋君?」

「…………そんなことはない」

 

 なんだ、その()は。

 

「ふふ……私は会いたいですよ。もちろん両親にも」

「でも帰ったらきっと叱られるわよね……」

「そうでしょうか?」

「だって1ヶ月も行方をくらませたのよ? その間、何の連絡もしてないし……」

「学園長先生が説明してるんじゃないですか?」

「だとしてもやっぱり叱られる気がするわ……」

「まぁ良いではないか。叱られるだけで済むのならば安いものじゃ」

「そうですよ。だから帰ったらしっかり言いましょう。”心配かけてごめんなさい”って。ね、美波ちゃん」

「そうね。瑞希や木下の言うとおりかもしれないわね。分かったわ」

 

 そうこうしているうちに船は進み、黒い雲が目前に迫って……って、あれ?

 

「ちょっと待って皆、黒雲はどこいった?」

「何言ってるのよアキ。目の前に…………えっ? また無くなってる!?」

 

 そう。つい今しがたまで目前に迫っていた黒い雲が無いのだ。今目の前にあるのは青い海。それと一切雲のない澄み切った青い空。一体どういうことなんだろう……。

 

「おかしいですね。ついさっきまで前に見えてたんですけど……」

「……幻を見ていた?」

「そうなんでしょうか……」

 

 どうだろう。全員が同じ幻を見ていたというのは考えにくい気がする。もしや蜃気楼のようなものだったのだろうか。でも蜃気楼にしては真っ黒な雲だったけど……。

 

『皆、こっちに来るのじゃ!』

 

 その時、甲板の方から秀吉の声が聞こえてきた。いつも落ち着いている秀吉にしては珍しい大声だ。

 

「どうしたの? 木下」

 

『いいから来てみるのじゃ!』

 

「だって。行ってみましょアキ」

「そうだね」

 

 早速秀吉の声がする方に行ってみると、秀吉は甲板の後方で後ろを指差していた。

 

「見るのじゃ! あの黒い雲を!」

 

 指差す先にあった物。それはついさっきまで見ていた黒い入道雲だった。

 

「なんだ。後ろにあったのか。急に消えたからビックリしたよ」

「待つのじゃ明久よ。ワシらは確かに真っ直ぐあの雲に向かって進んでおったはずじゃ。それが何故後ろにあるのか疑問に思わぬのか? しかもこれで二度目じゃ!」

「そんなの雄二がまた操縦をミスしたに決まってるじゃん」

「お主は楽観的じゃのう……」

「おーい雄二! ちゃんと操縦してくれよ! 島がまた後ろに行っちゃってるじゃないか!」

 

『あァ? なんだと? そんなハズはねぇぞ。俺は間違いなく真っ直ぐ舵を握ってたぞ』

 

「そんなこと言ったって後ろに来てるんだからしょうがないじゃん。Uターンしろよ」

 

『っかしいナァ。わーったよ』

 

 こうして船は反転。再び暗雲立ちこめる扉の島に向かって進み出した。

 

 

 

 ところが――

 

 

 

「あ、あれぇ? おっかしいなぁ……」

 

 またも黒雲が目の前から消えたのだ。それも瞬きをした瞬間に。

 

「どういうことなんでしょう。また消えちゃいました」

「……急に見えなくなった」

「翔子ちゃんもですか? 私も注意して見てたんですけど突然なくなっちゃいました……」

 

 皆が同じように見失ったのか。やはり僕らは幻を見ていたのかな。でもあんなにハッキリ見える幻なんてあるんだろうか。

 

「…………こっちだ」

 

 その時、ムッツリーニが船の右側を見ながら呟くように言った。その方角を見てみると、そこには黒い雲が先程と同じように海面から吹き出す煙のような姿を見せていた。今度は右に移動してるのか……なんだかバカにされてるような気がする。

 

「こいつは間違いないな」

「ん? 何が間違いないのさ雄二」

「あれが扉の島だってことがだ」

「なんでそんなことが言えるのさ」

「考えてみろ。今まで聞いてきた話の通りじゃねぇか」

「話?」

「リックって人やハリーって人の話だ。2人とも島が消えちまったって言ってただろ」

「あ……そういえばそうだね」

「つまりあの島には真っ直ぐ突っ込んだところで何らかの力が働いて追い出されちまうってことだ」

「なるほど……」

 

 と納得してみたものの、どうすりゃいいのさこんなの。

 

「どうすんのよ坂本。これじゃ島に近付けないじゃない」

「そいつを今考えている」

「まるで蜃気楼みたいですよね……近付いたらフッと消えてしまって、また別の所に現れるなんて……」

「雄二よ、船の位置はどうなのじゃ? 間違いなく真っ直ぐ進んでおったのか?」

「そのハズだ。だがこの羅針盤を見る限り、見えない力で反転させられちまってるようだな」

「ふむ……やはり何かしらの拒む力が働いておるように見えるのう」

「問題はその力をどうやって打ち払うか、だな」

「そうじゃのう……」

 

 見えない力が船を押し返す……か。そういえば昔やったゲームでもそんな場所があったな。あの時はどうやって解決したんだったかな。確か……呪われた魂を鎮めるアイテムを入手して岬で使う、だったかな。ダメだ、参考になんないや。だってここ海のド真ん中だし……。

 

「……雄二」

「ん。どうした翔子」

「……蜃気楼は昔、巨大なハマグリが作り出した幻だと言われていた」

「今そんなことはどうだっていいだろ!!」

「……現代では空気の温度差によって光が屈折して見えるものだと解析されている」

「で? お前は何が言いたいんだ?」

「……光の屈折によって生まれる幻なら、別の光線を与えることでその屈折は打ち消せる」

「うんまぁ、そうだな」

「……私に考えがある」

「まったく意味が分からん……」

 

 ゴメン霧島さん、僕にもさっぱり分からないよ。

 

「どうするんですか? 翔子ちゃん」

「……私の腕輪を使う」

「腕輪の力ですか? 翔子ちゃんの腕輪ってどんな力でしたっけ?」

「……強い光を放つ」

「そうなんですね。あ、だからそれで蜃気楼を消せるかもってことなんですね?」

「……うん」

 

 なんだかよく分からないけど、姫路さんは納得しているみたいだ。ならきっと良い案に違いない。

 

「おいおい、これは蜃気楼ってわけじゃねぇんだぞ?」

「……やってみなければ分からない」

「いや、やらなくても分かるだろ……」

「……雄二。船をできるだけあの雲に近付けて」

「やれやれ……無駄だと思うがな」

 

 雄二は渋々と舵を切り、船をあの黒い雲へと向かわせた。雄二は信じてないみたいだけど、僕は霧島さんの”やってみなければ分からない”という考え方には賛同する。この世界では僕らの世界での常識が通用しない部分も多い。このような不可思議な事象ならば尚のこと常識にとらわれるべきではないと思う。

 

「で、翔子。どの程度近付けばいいんだ?」

「……もう少し」

「もう少しってどれくらいだよ……」

「……私が止めてと言うまで」

「ったく、わーったよ。好きにしろ」

「……うん」

 

 霧島さんは船内の前方でじっと前を見据える。彼女には何かが見えているのだろうか。そう思わせるほどに真剣な眼差しだった。

 

「……止めて」

 

 しばらくして霧島さんが小さく呟いた。

 

「おう」

 

 その指示に従い、雄二は船を停止した。動力の音が止まり、急に静かになった船内。

 

 ……どうするつもりなんだろう。

 

 恐らく誰もがそんな気持ちで見ていたに違いない。僕たちは霧島さんが次に何をするのか黙って見守っていた。

 

「……やってみる」

 

 霧島さんはそう言うと、スッと船室を出ていった。何をやってみるつもりなんだろう。霧島さんの行動はいつもミステリアスだ。

 


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