バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十三話 海辺の恋人たち

 マリナポートへ向かう馬車の中、僕たちは事の顛末(てんまつ)を聞いた。事の顛末とはもちろん昨晩の魔獣襲撃の件だ。

 

 姫路さんは語った。アイちゃんという仔山羊との出会い、別れ、そして再会。更にはラーバという魔人の存在。魔障壁の故障はこの魔人に仕組まれたものだったと言うのだ。

 

 この第3の魔人の登場には僕はもちろん、その場の全員が驚いていた。ハルニア王国で僕を襲った魔人ギルベイト。ガルバランド王国で雄二を陥れた魔人ネロス。そして仔山羊を生体改造し、ローゼスコートを襲った魔人ラーバ。彼らは一体何者なのか。なぜ僕らを襲うのか。その正体は未だに不明だ。こうなると学園長と繋がった時に聞けなかったのが悔やまれる。

 

 それにしても意外だったのがムッツリーニの反応だ。仔山羊が魔人に改造され操られていたことを聞くと怒りを顕にしたのだ。この話が出る前のムッツリーニは寝ているのかと思うくらいに微動だにしなかった。ところが話を聞いた直後、あいつは座席をバンと叩きブルブルと拳を震わせたのだ。こんなにも感情を表に出したムッツリーニを見るのは久々だった。

 

 こうした姫路さんの話のおかげで一連の騒動は魔人の引き起こしたものだと分かった。3人の魔人が僕らに敵意を抱いていることも分かった。けれど僕らには恨みを買うような覚えはない。雄二や姫路さんは事前に接触があったので関連性がまったく無いとは言い切れないが、僕を襲ったギルベイトについては理由が皆目見当もつかない。気になるのは奴の言っていた”(あるじ)”だ。残る2人の魔人のどちらかがその主に当たるのだろうか。

 

 考え込む僕に対し、雄二は気にするなと言う。残り時間が少ないので今は無事元の世界に帰ることだけを考えろというのだ。雄二の言うことも分かる。ただ、僕にはこのままでは終わらないような予感がしていた。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 夕刻になり、僕たちはついにマリナポート港に到着した。

 

「やっと着いたのね」

「ここがマリナポートかぁ」

「さすが港町じゃな。潮の香りがするわい」

 

 町の形は他の町と同様に上空から見れば円形。もちろん町の真ん中には魔壁塔が聳え立っていて魔障壁で町全体を包み込んでいる。ただし南側の端は湾岸になっていて、そこから海に出られるようになっているようだ。

 

 構造だけを見ればリットン港とさほど違いはない。しかし雰囲気はだいぶ違うようだ。リットン港には大きな帆船が停泊していて、町にも旅行客用の店が多かった。しかしこのマリナポートには小さな船しかなく、店もほとんど見当たらない。町を歩いていた人の話によると、ここは漁港であり、町を出入りする人も行商がほとんど。だから旅行客用の店はあまり無くて、海で捕れた魚を扱う店ばかりなのだそうだ。

 

「なるほどな。王妃がここに船を置いた理由も納得だぜ」

「魚釣りをするなら漁港ってわけだね」

「そういうことだな」

「坂本君、それで船はどこにあるんですか?」

「知らん」

「えっ? し、知らないんですか!?」

「あぁ。知らん」

「ちょっと坂本! どうすんのよ! せっかくここまで来たのに聞きに戻れって言うの!?」

「ンなわけあるか。最後まで話を聞け。ムッツリーニ、例の物を」

 

 ムッツリーニは小さく頷き、上着の内ポケットから1枚の紙を取り出した。

 

「土屋君、なんですか? それ」

「…………証明書」

「証明書……ですか?」

「…………船の譲渡証明書」

「あ、分かりました。つまり引換券というわけですね」

「…………そういうことだ」

「これを管理している者に渡せってことらしいぜ。あとはそいつがどこにいるのか調べればいいってわけだ」

「なんだよ、それならそうと早く言えよ雄二。無駄に心配しちゃったじゃないか」

「まぁいいじゃねぇか。それで肝心の管理者ってやつなんだがな――」

「……聞いてきた」

「と、いうわけだ」

「な~んだ。もう翔子が聞きに行ってたのね。おかえり翔子」

「……ただいま」

「早かったな翔子。で、どうだった?」

「……管理人室は一番東側の建物。でも今日はもう閉まってる」

「そうか。それじゃしょうがねぇな。……よし、今日は宿を取って休むぞ。明日の朝一番で船を受け取る」

 

 宿を取る……か。昨日みたいな襲撃はもう勘弁して欲しいな……。

 

「では宿を探さねばなるまいのう」

「そういえばさっき歩いてる時に一軒見かけたわよ」

「よし島田、そこへ案内しろ」

「えっ? いいの? 値段とか見てないわよ?」

「桁違いに高くなければいい。昨夜は魔石を大量に仕入れているからな」

「それもそうね。じゃあ行きましょ。こっちよ」

 

 こうして僕たちは美波の案内によりひとつのホテルに入った。そこは確かに高くはなかった。むしろローゼスコートより安いくらいだ。ただ、少々ボロっちいのが残念な感じのホテルだった。

 

 ここでも部屋は2つ借りることにした。当然、男子部屋と女子部屋だ。たった一晩の宿なのだからどのような部屋であろうと文句はない。ただ……。

 

「ねぇ雄二、もう1つ部屋借りない?」

「そうだな……さすがにちょっと狭いか」

「どう見たって狭いよ。だってここ2人部屋だろ?」

 

 部屋にはベッドが2つ置かれていて、他には何もない。そのベッドもわりと小さくて完全に1人用だ。つまりこの小さいベッドに2人ずつ入り、密着して寝ることになる。テーブルや椅子が無いのは気にしないが、またゴリラと一緒になったり床で寝たりするのはゴメンだ。

 

「よし明久、お前受付に行ってもう1部屋借りてこい」

「いいけど部屋割りはどうすんのさ」

「ンなもんグーパーに決まってんだろ」

「だよねぇ……まぁいいや。行ってくるよ」

「おう」

 

 そんなわけで僕たち男子は部屋を2つに分けることにした。でも女子は3人が1つの部屋でいいんだろうか? そう思った僕は女子部屋に行って聞いてみた。

 

「ウチらは大丈夫よ。ね、瑞希」

「はい。私と美波ちゃんが一緒のベッドで寝ますので」

「……私と一緒でもいい」

「それなら3人一緒に寝るというのはどうですか?」

「それもいいわね」

「……それだとベッドが1つ余る」

「そうね。あ、それじゃアキがこっちの部屋に来る?」

 

 ぶっ!?

 

「そっ……! そんなことできるわけないだろ!?」

「み、美波ちゃんっ! さすがにそれはちょっと……」

「ふふ……冗談よ」

 

 ペロリと舌を出して(おど)けてみせる美波。本当に美波は人をからかうのが好きだな……。

 

「えっと、それじゃ女子はこのままでいいいんだね?」

「いいわよ。ウチはやっぱり瑞希と一緒にするわ。ごめんね翔子」

「……美波がそうしたいのなら私はかまわない」

「明久君、お気遣いありがとうございます」

「あ、うん。それじゃ僕はこれで。おやすみ」

「うん。おやすみアキ」

「おやすみなさい」

「……おやすみ」

 

 こうして僕は女子部屋を離れ、廊下を歩き始めた。そして思うのだった。相変わらず女子は仲が良いな……と。まぁ僕ら男子があれを真似できるかって言うと絶対無理だけどね! そもそも真似したら気持ち悪いし!

 

 

 

      ☆

 

 

 

 ホテルの受付で事情を話すと、受付の男性は快く受けてくれた。この町は外部からの宿泊客が少なく、借す部屋が増えるのは大歓迎なのだそうだ。なるほど。言うなればここは辺境の地。ハルニア王国で言うラドンの町のような存在なのだろう。追加で借りた部屋は男子部屋のすぐ隣。結果、女子部屋と連なって男男女という並びで3部屋を借りることになった。

 

 そして交渉を終えた僕は2階の部屋へと向かった。だがその途中、ある場所に差し掛かった所で僕はふと足を止めた。

 

「……」

 

 廊下の窓から斜めに差し込む光。省エネ志向なのか、ホテル内の照明はほとんどない。この歩いている廊下も灯りの類いは一切なかった。

 

 頼りになるのはこの窓からの月明かりのみ。そう、窓から差し込んでいるのは月明かりだった。それはシンと静まり返った廊下を静かに照らし、心和む雰囲気を作り出していた。

 

「月……か」

 

 何気なく窓から外を見てみる。

 

 黒い空。

 黒い海。

 その中に浮かぶ2つの月。

 

 月は僕の目にはこうして2つ映っている。だが月が2つ存在しているわけではない。片方は空に浮かぶ満月。もう片方はそれが海に映し出されたものだった。海に浮かぶ月は波によってゆらゆらと揺らめいている。何だろう。この景色を見ていると胸に不思議な好奇心が湧き上がってくる。

 

「……綺麗だな……」

 

 僕はその光景に魅了され、誘われるように外に出た。

 

 

  ザァ……ザァ……ザザァ……

 

 

 いくつもの小さな波が海面を盛り上げ、そのたびに海をざわつかせる。気温は低くもなく、高くもない。湾岸に吹く潮風は心地よく、磯の香りを乗せて僕の耳を優しく撫でる。

 

 漁港の船はすべてが港に接岸され、沖に見えるのは映り込んだ黄色い月のみ。誰も居ない海辺。優しげな光を放つ月。定期的な波の音は僕の心を落ち着かせてくれた。

 

 ……この海のどこかに扉の島があるのか……。

 

 思えばここまで長かったな。最初にハルニア王国の草原に放り出されてから今日で……34日か。もう1ヶ月以上経つのか。ここに飛ばされた時が1月の上旬だったから、もう2月の初旬になるんだな。

 

 学校はどうなってるんだろう? 僕らがいない間も授業が行われていて須川君たちはどんどん先に進んでいるのだろうか。いや、彼らなら先に進んでいてもあまり変化は無いか。どうせ頭に入ってないだろうし。

 

 むしろ気になるのは出席日数だ。留年の基準はよく知らないけど、たぶん3分の1くらいの欠席があると危険域だと思う。僕は強化合宿の時に1週間の停学処分を受けている。美波や姫路さんは大丈夫かもしれないけど、僕ら男子は危ないんじゃないだろうか。学園(ババァ)長が事情を知っているから何かしらの手を打ってくれると信じるしかないのだけど……。

 

「なーにしてんのっ」

 

 ぼんやりと考え事をしていると、突然後ろから声を掛けられた。

 

「あ……美波?」

「海辺にアキが見えたから来てみたの。こんな所で何してるの?」

 

 月明かりの中で輝く瞳。潮風にサラサラとなびく長い髪と黄色いリボン。いつもと変わらない文月学園の制服。

 

 美波は寝る時はいつもポニーテールを解き、寝巻に着替えている。この姿でいるということはまだ寝る準備をしていないのだろう。

 

「ちょっと……ね。この夜景が気になってさ」

「夜景って、この真っ暗な海のこと?」

「うん。窓から見た時とっても綺麗に見えたんだ」

「ふぅん……言われてみれば確かにちょっと綺麗かも」

 

 美波はそう言って僕の隣に並び、海を眺めた。

 

  ザァ……ザザァ……

 

 目の前の黒い海は繰り返し同じ音をたてる。月明かりの下、僕たちは何も言わずにただ海を見つめていた。

 

 ……そういえば美波には悪いことしちゃったな。美波だけじゃなくて姫路さんや霧島さん、それに雄二たちにも。こんな目に遭ってるのは僕が携帯ゲーム機を無理矢理繋いだりしたのが原因なわけだし。あれさえなければ今頃は普通に学園生活を送っていたはずなんだよね……。

 

「あの……さ、美波」

「なぁに?」

「えっと……」

 

 待てよ? そういえばサンジェスタを出る時も謝ったけど「気にするな」って言われたっけ。同じ事を繰り返すのは人としてどうなんだ? これじゃ物覚えの悪いバカみたいじゃないか。

 

「? どうしたのよ。何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「いやぁ、その……」

 

 どうしよう。悪かったって気持ちはあるんだけど、同じ事を2度も言わせるなと怒られるかもしれない。

 

「もうっ! ハッキリしなさいよ!」

「ご、ごめん。やっぱりなんでもない」

「……嘘ね」

「うっ……」

「やっぱりね。アンタって本当に嘘が下手ね。で、何なの?」

「いや、いいよ……怒るかもしれないし……」

「まさかアンタまたウチが怒るようなことしたんじゃないでしょうね」

「い、いや! そんなことないよ!? 絶対に! たぶん!」

「何よそれ! ウチをバカにしてるの!?」

「えぇっ!? ち、違うよ!?」

「何か言いたいことがあるんでしょ! 男らしくハッキリ言いなさい!」

 

 美波は大きな目をキッと吊り上げ、掴みかかってきた。

 

「う、うわわっ!?」

 

 僕は屈んでそれを咄嗟に避ける。

 

「こらっ! 逃げるなんて卑怯よ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ美波!」

「問答無用よ! (いさぎよ)く隠してることを話しなさい!」

「だ、だから本当に何でもないんだってば!」

 

 掴みかかろうとする美波。それを紙一重で避ける僕。

 

「む~っ! アキのくせに生意気よ! もう許さないんだからっ!」

 

 ヤバいっ! 捕まったらバックドロップか卍固めだ! それどころか関節技のフルコースかもしれない!

 

「あっ! こら! 待ちなさいアキ!」

 

 危険を察知した僕は一目散に逃走。湾岸に沿って走り出した。

 

「待てと言われて待てるか~っ!」

「いいから待ちなさ~いっ! ウチに隠し事なんて百年早いわよ!」

「だから何でもないって言ってるじゃないか~っ!」

「嘘おっしゃい! アンタ今何か言いかけたじゃない! 白状しなさ~いっ!」

「い、嫌だぁ~っ!!」

 

 誰も居ない町中。月明かりの湾岸。僕たち2人は薄暗いマリナポートの町を駆け回る。

 

 美波とこうして追いかけっこをするのは何回目だろう。もう数え切れないくらいだ。思えば美波とは1年生の頃からこうして一緒に遊んできた。知り合った当初、僕たちは「島田さん」「吉井」と呼び合っていた。けれど2年生になったある日、ひょんなことから「美波」「アキ」と下の名前で呼び合うようになった。そして去年の暮れ。僕たちは互いの気持ちを知り、恋人同士となった。

 

 それからの僕は美波を”特別な女の子”として見るようになった。登下校は必ず一緒。土日にはデートもした。それまで女の子と付き合った経験の無い僕は”女の子との付き合い方”について様々な物を参考にし、考えるようになった。

 

 その中にこんなシーンがあるのを思い出す。砂浜で遊ぶ2人の男女。楽しそうに砂浜を走り、追いかけっこをしているシーン。「捕まえてごらんなさ~い」「あはは待てこいつぅ~」ドラマや漫画ではそんな台詞と共に描かれていた。

 

 こんなシーンを目にする度に自分と美波に当てはめて想像した。いつか僕たちもこんな風に砂浜を舞台に遊ぶ時が来るんだろうか……と。それはいつしか僕の願望となり、そう遠くない未来に向けての目標にもなっていた。

 

 そして今、僕たちの状況はそれに近い。

 

 そう、ついにその時が来たのだ!

 

 

 

 …………と、いう気がしていた。

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ……ちょ……ちょっと……た、タンマ……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……や、やっと……つ、捕まえ……た……はぁ、はぁ……」

 

 真っ直ぐ湾岸に沿って走っていた僕は東側の外周壁にまで到達。行き止まりになってしまった。けれど捕まるわけにはいかない。僕はそのまま外周壁に沿って北上し、更に逃亡を続けた。

 

 しかしそれで諦める美波ではなかった。彼女はどこまでも追いかけてきたのだ。逃げる僕。追う美波。僕たちはいつの間にか町中を全力疾走していた。そして体力の限界を迎えた時、僕たちはマリナポートの町を3周半も回っていたのだった。

 

「ぼ、僕が……ぜぇ、ぜぇ、はぁ……わ、悪かった……はぁ、はぁ、はぁ……」

「わ、分かれば……はぁ、はぁ……いいの……よ……はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 どうやら僕たちにベッタベタの恋仲というのは無理のようだ。ところでなんでこんなに走り回ったんだっけ?

 

「あぁ~疲れたぁ……アンタのせいで無駄に汗かいちゃったじゃない」

「それも僕のせいなの?」

「当たり前でしょ? アンタが逃げるからよ」

 

 理不尽だ……。

 

「そろそろ帰りましょ。ウチ、シャワー浴びたくなっちゃった」

 

 美波はそう言って座り込む僕に手を差し伸べてきた。この微笑みを見る限り、怒って追いかけてきたのではないような気もする。やはり女の子の気持ちを理解するのは難しい。

 

「そうだね」

 

 僕は差し出された手に自らの手を重ねた。少し汗ばんだ手の平。けれど嫌な感じはしない。

 

 僕たちは互いに手を取り合い、借りている宿へと帰っていった。

 


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