バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十一話 激闘の果て

 横たわるアイちゃんに駆け寄り、私はその身を抱え上げる。そしてあの子の顔を覗き込んだ瞬間、心臓が止まりそうなくらいの衝撃を受けた。

 

 左の(つの)から斜めに右の顎にかけての激しい裂傷。傷は小さなアイちゃんの顔を深く抉っていて、その傷からは真っ赤な血が止めどもなく流れ出ている。そのせいで白かったアイちゃんの顔は真っ赤に染まってしまっていた。

 

「アイちゃん! しっかりしてください! アイちゃん!!」

 

 胸の中のアイちゃんを揺らし私は必死に呼びかける。するとアイちゃんは僅かに首を動かし、小さく嘶いた。

 

《ミ……ミェ~…………》

 

 この一声を出すのが精一杯だったのか、アイちゃんはそのままカクンと首を垂れてしまった。直後、(ひたい)に埋め込まれていた赤い魔石にピシッとヒビが入った。

 

「アイちゃん! アイちゃん! 目を開けてください! アイちゃん!!」

 

 私は小さな身体を抱きかかえながら呼びかけ続けた。その間に魔石はパラパラと静かな音を立てながら崩れ、私の腕や膝を撫でるように伝って落ちていく。

 

「姫路よ!」

 

 そこへ木下君が駆け寄ってきた。

 

「姫路……アイ殿は……」

「……大丈夫です。アイちゃんは……生きています……」

 

 そう、アイちゃんは生きている。この子の体からはトクトクと心臓の鼓動が聞こえる。でもその鼓動はとても弱々しく、不定期になってきている。このままでは出血多量で本当に死んでしまうかもしれない。一刻も早く手当てしなくては……。

 

《な……何故だ! 調整は完璧だったはず! 何故我が意思に逆らえるのだ!》

 

 気付くと魔人が頭を抱えながらワナワナと身体を震わせていた。これほど取り乱した様子を見せているということは、きっとアイちゃんの行動が心底予想外だったのだろう。

 

「残念であったな魔人とやら! お主の研究は失敗じゃ! 姫路とアイ殿の絆を崩せなかったのがお主の敗因じゃ!」

 

《お、おのれぇェェッ!! 人間風情が我を愚弄するか! 許さん! 絶対に許さんぞ貴様ら!!》

 

「許さなければどうだというのじゃ!」

 

《この下等生物めが! 我自ら始末してくれようぞ!!!》

 

 緑色の服をバッと脱ぎ捨て、魔人が本性を現す。

 

 真っ青な肌。

 冷気を帯びたような銀色の頭髪。

 頭部後方に伸びた山羊のような2本の(つの)

 そして背に背負った竜のような黒い翼。

 

 その姿は明らかに人間ではなかった。けれど恐怖は感じなかった。むしろ怒りの感情が溢れ、私の体中の血は熱く(たぎ)っていた。

 

「アイちゃん……どうしてアイちゃんがこんな目に……」

 

 私はアイちゃんをそっと寝かせ、転がしていた剣を取り立ち上がる。

 

「許しません! あなただけは……絶対に!!」

 

 剣を握る手に力が入る。こんなにも怒りに満ちた気分は初めてだった。相手は魔人。危険な存在であることは明久君や坂本君から聞いて知っている。それでも私の怒りは恐怖を遙かに上回っていた。

 

《許さぬのはこちらの方だ! 実験体の分際で我に刃向かいよって! すべて貴様が余計なことをするのが悪いのだ!》

 

「無理矢理改造しておいて勝手なことを言わないでください!!」

 

《小賢しい! 貴様のその偽善、聞き飽きたわ! もうよい! 死ねぇぇぇい!!》

 

 怒鳴ると同時に魔人が5本の指から爪を伸ばし、襲いかかってくる。その大きな手から不気味に突き出す爪の長さはおよそ10センチ。ホラー映画などで見た、人を殺傷することを目的にした刃のように見える。

 

「姫路!」

「っ!」

 

 ――ガキィンッ!

 

 突き付けられた黒い爪を剣の腹で弾きあげる。この防御は以前坂本君から教わったもの。至近距離戦に弱い私にと身を守る術を教えてくれたものだった。

 

《貴様のせいで我が実験は失敗した! これまでの苦労が水の泡だ! その罪、貴様らの命で(あがな)ってもらうぞ!!》

 

 魔人はすぐに体勢を立て直し、両腕を乱暴に振るう。私は大剣を盾のように扱い、その攻撃を防いだ。爪が当たるたびにガキンガキンと金属がぶつかるような音がする。あの爪は金属のように硬く、ナイフのように鋭い。そう思わせるのに十分な音だった。

 

《えぇい! しぶとい奴め! ならば――!》

 

 と大きく腕を振りかぶる魔人。その大振りに隙を見た私はすかさず剣を横一線に小さく振り抜いた。

 

《ヌゥッ!?》

 

 魔人は紙一重でこれを避け、一旦距離を取る。私も体勢を立て直し、魔人に向かって剣を構えた。

 

「絶対に負けません。あなただけには!」

 

 剣を持つ手にぐっと力を入れる。大丈夫。私にも戦える。今の攻防で私はそう感じた。けれど斬ることにはやはり抵抗がある。できることなら諦めて退いてもらいたい。

 

小癪(こしゃく)な……。ならばこうするまでよ!》

 

 魔人が突然向きを変え、横に向かって走り出す。私との正面衝突を避けて一体何を……。

 

 ――っ!

 

「木下君! アイちゃん!」

 

 魔人の向かった先はアイちゃんを抱える木下君だった。虚を突かれた私は反応しきれず、足が動かない。ダメ! 間に合わない!

 

 強く目を瞑った瞬間、

 

《ぐッ!? き、貴様……!》

 

 聞こえてきたのは魔人の悔しがるような声だった。私は恐る恐る目を開けてみる。するとそこには装着した木下君がいて、魔人の喉元に薙刀を突きつけていた。

 

「甘く見てもらっては困る。ワシとてアイ殿を守る力くらいは残っておるぞ」

 

《き……貴様らァ……そんなに我を怒らせたいかァァ!!》

 

 逆上した魔人は木下君の薙刀を払いのけ、黒く鋭い爪を突き出した。

 

《許さん! 許さんッ! 許さァァン!!》

 

 もの凄い勢いで何度も何度も攻撃してくる魔人。けれど木下君も負けてはいなかった。巧みに薙刀を操り、繰り出される爪のすべてを受け流している。

 

《お、おのれェェ! 小賢しい真似を!》

 

「この程度でワシを落とせると思うたか! たとえ魔人であろうとやられはせぬ! 特にお主のような外道にはな!」

 

《小娘が生意気を言うでないわ!》

 

「ワシは男じゃあぁぁぁっ!!」

 

《どうでもよいわぁぁッ!!》

 

「ワシにとっては切実な問題なのじゃ!」

 

 木下君と魔人は繰り返し刃を交え、激しく火花を散らす。2人は一進一退を繰り返しながら少しずつ遠ざかっていく。私がこれに気付いたのは木下君が戦いの最中にチラリと私の方に目をやった時だった。その視線の意図していることはすぐに分かった。

 

 ―― アイちゃんを安全なところへ ――

 

 木下君の目はそう言っていた。私は彼の意思を察し、魔人に気付かれないようにじりじりと移動を始めた。

 

《えぇいしつこい奴め! いいかげんに離れぬか!》

 

「お主が訂正するまでは許さぬ! ワシは男じゃ!」

 

《どうでも良いと言っておろうが!》

 

「どうでも良くないのじゃ!!」

 

 2人は言い合いながら庭園の中央へと移動していく。木下君が魔人を遠ざけようとしている。今のうちにアイちゃんを……。

 

(……少しだけ我慢してね……)

 

 アイちゃんの耳元で囁き、私はその体をそっと抱き上げた。小さな仔山羊の体は暖かく、私の胸の中でか弱く息をする。できることなら今すぐにでも手当てしてあげたい。けれど魔人を木下君だけに任せるわけにはいかない。今私がすべきは、この子を誰かに預けて手当てしてもらうこと。そう判断した私はアイちゃんを抱き、そっと扉を開けてホテルの中に入った。

 

「ヒメジ様!」

 

 ホテル内に入るとすぐに奥から先程のホテル従業員の男性が駆け寄ってきた。また状況の報告に来てくれたのかもしれない。良かった……これでアイちゃんの治療を頼める。

 

「すみません! この子をお願いします!」

 

 私も駆け寄り、胸に抱えたアイちゃんを男性に見せる。

 

「こ、この仔山羊は……?」

「アイちゃんといいます。魔獣にされかかって傷を負ってしまいました。すぐに手当てをお願いします!」

「え……えぇぇっ!? ま、ままま魔獣ぅぅぅ!?」

「大丈夫です! もう元に戻りましたから!」

「へ? そ、そうなんですか? ……わ、分かりました! これは酷い傷だ……すぐに治療帯を!」

「お願いします!」

 

 アイちゃんを託した私は体を反転。すぐさま駆け出した。

 

「あっ! ヒメジ様! どちらへ!?」

「すみません! まだ襲撃が続いているので! アイちゃんをお願いします!」

 

 私は振り向かずに返事をし、館内を走り抜ける。そして扉を開けて庭園に出ると、

 

《ハッハッハッ! さっきまでの威勢はどうした! やはりその程度か! 人間!》

 

 木下君が押されはじめ、防戦一方になっていた。早く加勢に行かないと……。幸い今なら魔人の気は木下君に向いている。不意打ちなんてちょっと卑怯な気もするけど……でもそんなことも言っていられない。とにかく追い払うことが最優先!

 

 私は剣を右下方に構え、タタッと2人の元へと駆け寄る。そして、

 

「やぁぁーーっ!」

 

 地面の砂をすくい上げるように剣を振り抜いた。

 

《ウッ……!》

 

 咄嗟(とっさ)に身をかわす魔人。けれどこの一撃は元々当てるために放ったものではない。

 

「はぁっ!」

 

 一瞬怯んだ魔人に対し、木下君が薙刀を突き出す。そう、私の攻撃は隙を作るためのもの。木下君を援護するために仕掛けた攻撃。

 

《ぐッ……!》

 

 薙刀の切っ先は魔人の腕を捉え、傷をつけた。すると魔人はパッと飛び退いて距離を取り、私たちを恨めしそうに睨み付ける。

 

《お、おのれ小娘がァ! どこまでも小賢しい真似をしよってェェ!!》

 

 魔人はギリッと歯を食いしばり、低い声で呻くように言う。青い腕からはシュウシュウと真っ黒な煙のようなものが吹き出している。あの感じ……魔獣を倒した時の様子と同じ? まさか魔人というのは魔獣の一種なの?

 

(姫路よ、ワシに策がある)

 

 その時、木下君が小さな声で呼びかけてきた。私は剣を構え、魔人から視線を逸らさないようにしながら小さく頷いた。

 

(お主もワシも得物が大物故、素早い攻撃ができぬ。こんな時はムッツリーニが頼りじゃが、それも今は叶わぬ)

(そうですね……)

(ワシはこれ以上素早く動くことはできぬ。じゃがお主には1つだけ素早く強力な技がある。その攻撃ならば奴にも当てられるじゃろう)

(えっ? 私に?)

 

 私にそんな攻撃があったかな……考えてみても思い当たるものがない。剣は自分の身長ほどの大きさがあるし、足だって遅い。他に武器になりそうなものは持っていないし……と考えていると、木下君は私の疑問を察知してか、答えをくれた。

 

(腕輪じゃ。お主の腕輪の力ならば瞬時に奴を焼くことができるじゃろう)

 

 そうだった。私の腕輪の力は”熱線”。遠距離からでも攻撃することができる。

 

(じゃが腕輪の力はエネルギーを大きく消耗する。残量はどうじゃ?)

 

 バイザーに映る棒はだいぶ短くなっている。けれど1回使うくらいは残っていると思う。

 

(大丈夫です。行けます)

(よし、ワシが囮になる。隙を見て撃つのじゃ)

(えっ? でも木下君に当ったら……)

(お主の腕、信じておるぞ)

(……分かりました。必ず魔人だけに当ててみせます)

(良い返事じゃ)

 

「では行くぞぃ!」

「はいっ!」

 

 木下君が飛び出し、薙刀を大きく振りかぶって魔人に攻撃を仕掛ける。

 

《一度攻撃を当てたからといって自惚れるなよ! 人間!》

 

 魔人はその攻撃を片手で難なく受け止める。

 

「まだまだぁっ!」

 

 木下君は薙刀を強引に引き抜き、再び刃を突き出す。ところがこの攻撃も軽く避けられてしまう。それでも木下君は繰り返し繰り返し、何度も何度も突きを繰り出した。

 

《ハッハッハッ! どうしたどうしたァ! その程度で我に歯向かおうなど片腹痛いわ!》

 

 魔人は避けながら余裕の表情を見せる。今、魔人の注意は再び木下君に向いている。チャンスは一度きり……外せばもう後がない。私は左腕を真っ直ぐ前に突き出し、狙いをつけた。

 

《オラオラ! もう終いか! ならばこちらから行くぞォ!!》

 

 狙っているうちに木下君が押されはじめる。でも私が狙っていることには気付いていないようだった。慎重に狙いを定める私。けれど2人が激しく動き回るせいでなかなか合わせられない。

 

 ――ガッ!

 

「う……っ! しもうた!」

 

 そうこうしているうちに木下君が武器を弾かれてしまった。くるくると空中で回転した後、カランと音を立てて地面に落ちる薙刀。

 

《くたばれ! 人間!!》

 

 魔人が右腕を大きく振りかぶる。撃つなら今しかない!

 

「木下君っ!」

 

 私が叫ぶと木下君は地面の砂を掴み、魔人に向かって投げつけた。

 

《ぐォッ!? き、貴様――》

 

「今じゃ!!」

 

「――熱線(ブラスト)っ!」

 

 私の声と共に腕輪がカァッと激しく輝いた。その光は私の開いた手のひらに集中し、一筋の光となる。そして次の瞬間、魔人の青い身体は真っ赤な炎に包まれ、燃え上がった。

 

《ギァァァーーッ!?》

 

 燃えさかる炎の中、魔人が悲鳴をあげる。や、やったの……?

 

《ぐ……ぐゥゥッ……! お、おのれェェ……! に、人間の分際でェェ!》

 

 炎は魔人を焼き尽くすには至らなかった。魔人は炎に包まれながらもゆっくりとこちらに向かって歩を進める。

 

「そんな……これでもダメだなんて……」

 

 私はやむなく両手で剣を構え直す。この時、バイザーに表示される棒は今にも消えそうだった。やっぱり腕輪の力を使うと消耗が激しいみたい。このまま戦い続けたら装着が解けてしまう……。

 

《こ、このムシケラども……ゆ、許さん……絶対に……許さんぞォ……》

 

 (くれない)の炎に包まれたまま、魔人は一歩、また一歩と近付いてくる。その表情はまさに鬼か悪魔のようだった。今まで気を張っていて気にしなかった恐怖の感情が前面に出てくる。この時、私の剣を持つ手はガタガタと震えはじめていた。

 

「させぬぞ!」

 

 その魔人に対し、横から飛び込んでくる影があった。木下君だった。しかし魔人は身体を仰け反らせ、この攻撃を紙一重でかわす。すると木下君は間髪入れずに薙刀をぐぃっと持ち上げ、振り上げた。

 

《ガはッ……!》

 

 木下君の刃が魔人の胸を引き裂いた。苦悶の表情を見せる魔人。その胸からバッと黒いものが吹き出す。それはきっと人間で言う血に当たるもの。魔人はそのままガクリと片膝を突いた。

 

《ぐッ…………お、おの……れェ……ッ!》

 

 私の腕輪が放った炎はまだ魔人を包み込んでいる。燃えさかる炎の中、ギラリと目を光らせる魔人。その目はまだ戦意を失っていない。魔人の恐ろしさを目の当たりにし、私の恐怖感は急激に増大していく。それは剣がカタカタと音を立てるほどの腕の震えが証明していた。

 

「観念せい! まだやるというのならワシも奥の手を出さざるを得ぬぞ!」

 

 木下君は庇うように私の前に立ち、ぐっと両手で薙刀を構える。こんな異常な者を相手にしても木下君はちっとも臆する様子を見せない。なんて強い心を持っているのだろう。この時、私は木下君を心底頼もしいと感じた。

 

《ク…………やむを……得ん……》

 

 魔人はそう呟くと、黒い翼を広げ、パッと後方へとジャンプした。そしてザッと葉の擦れる音をたて、魔人は森の中へと消えていった。

 

 吐き捨てていった台詞からすると諦めたようにも思える。けれどまだ安心はできない。相手は今まで私たちを欺いてきた魔人。退いたように見せかけて不意打ちをしてくるのかもしれない。私は襲撃に備え、警戒を続けた。

 

 

 …………

 

 

 …………

 

 

 …………

 

 

 数分が経っても襲ってくる気配はない。耳を澄ませても聞こえてくるのは風でざわつく葉の音のみ。魔獣が襲ってくる様子もなかった。

 

「……逃げた……の……?」

 

 静けさを取り戻した庭園。動く物はなく、魔石灯の薄暗い灯が私たち2人の影を庭園に映し出している。

 

「やれやれ……どうやら去ったようじゃな」

 

 木下君のこの言葉を聞いた瞬間、私は気が抜けてしまい、へったりとその場に座り込んでしまった。よかった……もう戦わなくていいんだ……。

 

「姫路よ、助かったぞい」

 

 チャキッと薙刀を下ろし、木下君が優しく微笑む。そう。戦いは終わったのです。私たちの勝利という形で。

 

「こちらこそありがとうございました。でも魔人、逃げちゃいましたね……」

「構わぬ。退けただけでも上出来じゃ」

「そうですね……」

 

 その時、衣装がスゥッと消え去り、いつもの制服に戻ってしまった。ちょうど時間切れみたい。

 

「それにしてもあのルイス殿が魔人であったとはな……」

「はい……」

「しかし今にして思えば確かに不審な点はあったのう」

「えっ? そうなんですか?」

「思い出してみぃ。最初に奴に会ったのはどこじゃった?」

「えっと……」

 

 最初に彼に会ったのはアイちゃんを救い出した後。マトーヤ山の洞窟で魔獣を討伐した後、町に帰ろうとした時だった。

 

「確かマトーヤ山の麓でした。あ……」

「お主も気付いたか。奴めは町の外を歩いておったのじゃ。王宮騎士団のニール殿やヒルデン殿さえあれほど怯えていたのに、一般人が平気な顔をして外を出歩いておるのもおかしいじゃろう」

「そうですね……そういえばカノーラの町の外も歩いてました……」

「んむ。当初は気にしておらなんだが、今にして思えば解せぬ部分も多い」

「もっと早く気付くべきでした……」

「お主のせいではない。それにアイ殿も救い出せたのじゃ。結果オーライじゃろう」

「……はいっ」

 

 その時、どこからか馬の嘶きが聞こえてきた。声のする方角を見ると、暗闇の中にぼんやりと光る何かが動いているのが見える。光はこちらに向かって徐々に近付いてくるようだった。あの光は……馬車の光?

 

「どうやら到着のようじゃな。――装着解除(アウト)

 

 装着を解いた木下君は、ふぅと一息ついた。あれは間違いなく馬車の光。それはつまり修理用の魔導コアを取りに行った土屋君が帰ってきたということ。

 

「……私たち、守りきったんですね」

「そうじゃ。これでもう安心じゃな」

「はいっ……」

 

 すぐにガラガラという車輪の音が聞こえてきて、1台の馬車が見えてくる。2頭の馬が引くその馬車は私たちの目の前を通り過ぎ、建物を回り込んで東へと通り抜けて行った。

 

 その直後、サァッと眩しい光が目に差し込んできた。私は眩しくてその光に手をかざす。目を細めると、山の向こうがどんどん明るくなっていくのが見えた。

 

 

 

 長かったローゼスコートの夜明けだった。

 


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