バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十五話 束の間の日常

 借りた部屋は4人用が2つ。結局いつも通り男子部屋と女子部屋に分けることにしたのだ。早速それぞれの部屋に別れて荷物を下ろす僕たち。その後は全員を男子部屋に集め、明日の行動について確認することになった。

 

「お待たせしました」

「来たか。まぁ入れ」

「お邪魔するわね」

 

 美波と姫路さん、それに霧島さんがこちらの部屋に移動し、ベッドに腰掛ける。部屋は今まで借りたどのホテルよりも広く、装飾品もお洒落で高級感に溢れている。これほど安価な宿泊料で本当に良いのだろうかと疑問を抱いてしまうくらいだ。

 

「よし、それじゃ明日の予定を伝えるぞ。皆よく聞いてくれ」

 

 広い部屋の中、雄二の声が響く。皆は黙って頷いた。

 

「明日、朝一番の馬車でマリナポート港へ向かう。恐らく丸一日の移動になるだろう。マリナポートについたらすぐに管理人に証書を渡して小型艇を受け取る。ムッツリーニ、証書は持っているな?」

「…………当然」

「ちょっと待って坂本。島の場所ってまだ分かってないわよね」

「そうだ」

「どうすんのよ。船を貰ったところで行き先が分からないんじゃしょうがないじゃない」

 

 そう、僕たちはまだ扉の島の正確な位置を知らない。目撃したマリナポートの漁師の話では「港町から真っ直ぐ南下した」と言うが、その島は翌日には消えていたとも言う。にわかには信じがたい話だが、嘘だとも思えない。こうなると行ってみるしかないのだろうけど、漠然と海を彷徨って辿り着けるほど甘くはないだろう。雄二には何か考えがあるんだろうか。

 

「分かっている。だが俺たちは前に進むしかねぇんだ。幸いマリナポートには他にも目撃者がいるというからな。その人を尋ねて、見たという場所を教えてもらう」

「そういうこと……納得したわ」

「しかし雄二よ、島の位置が把握できたとして運転はどうするのじゃ? ワシは船の運転などできぬぞい?」

「…………俺もできない」

「僕だって無理だよ? 免許も持ってないし」

 

 船といえばマッコイさんだけど、マッコイさんは砂上船と共にカノーラに戻ってしまった。今から呼び戻すなんてこともできないし、他の運転ができる人を雇うしかないんじゃないだろうか。

 

「その点は心配無用だ」

 

 皆の疑問に対し、雄二は自信満々に答えた。やはり何か手を考えていたようだ。こいつってホント用意周到だよな……。

 

「この世界の船のことは本を買って頭に叩き込んでおいた。特に小型艇を中心にな」

「あ、もしかしてアンタが馬車の中で読んでた本?」

「そういうことだ。姫路にも読ませてあるから運転の関する心配はないと思ってくれ」

「えっ? 瑞希も?」

「はい。一応本は読みました」

「船の運転ができるなんてアンタ凄いじゃない!」

「いえ、運転できるかどうかは実際にやってみないと分かりません。ただ頭で覚えただけですので……」

「大丈夫よ。瑞希ならきっとできるわよ」

「そうでしょうか……?」

 

 そうか、雄二と姫路さんが船の運転をできるようになったのか。これは心強い。でもどうして姫路さんなんだろう?

 

「ねぇ雄二、どうして霧島さんじゃなくて姫路さんなの? 霧島さんだって記憶力良いと思うんだけど」

「お前忘れたのか?」

「? 何を?」

「翔子は機械が苦手なんだよ」

「あ……そっか」

 

 そういえば霧島さんは機械音痴なんだった。以前も使い方が分からないって、携帯電話の操作について聞かれたことがあったっけ。

 

「……ごめんなさい」

「あっ、別に翔子ちゃんが悪いわけじゃないんですよ? 苦手なものって誰にだってあるものですから」

「……瑞希は優しい」

 

 うんうん。そうだね姫路さん。苦手なものって誰にでもあるものだよね! でも君はもう少し食べられるものとそうでないものを区別してほしいな!

 

「以上だが、何か質問はあるか?」

 

 

  ぐうぅぅぅ~……

 

 

『『『…………』』』

 

 突如として部屋に響き渡った奇妙な音。全員が何事かと辺りをキョロキョロと見て回す。……1人を除いて。

 

「…………俺の腹の虫だ」

「あ、あはは……」

 

 真顔で答えるムッツリーニに、姫路さんが愛想笑いする。

 

「質問もないようじゃし、晩飯にするかの」

「じゃあ私、何か作りましょうか?」

 

 !?

 

「い、いや! 作っておってはムッツリーニの身がもたぬ! ここはひとつレストラン街に行くのはどうじゃ!?」

「はいはい賛成! 僕もここの料理に興味あるんだ!」

「よし、今日はこのホテルの料理を楽しもうぜ! 実は俺も腹が減ってたまらないんだ!」

「ウチは別に食事を作ってもいいけど……。でも手っ取り早く食べに行くのもいいわね」

「美波もこう言ってるし、決まりだね! じゃあ皆で行こう!」

 

「「「おーっ!」」」

 

「どうしたのよ皆。やけにノリがいいじゃない」

「まぁまぁいいじゃないか。さ、早く行こうよ美波」

「えっ? な、何?」

「ほらほら、ムッツリーニが餓死しそうだってさ」

「ちょ、ちょっと待ってアキ。そんなに押さないでよ」

 

 やや強引に美波の背中を押して部屋を出る僕。お腹が空いたというのもあるけど、この空腹状態で姫路さんの手料理は勘弁してほしいからね……。

 

 

 

      ☆

 

 

 

「美味しかったわね」

「私、こんな山奥でシーフードグラタンが食べられるなんて思いませんでした」

「ウチの頼んだパスタも海の幸いっぱいでとっても美味しかったわよ」

「私もそれにすれば良かったかな……」

「瑞希ったら食いしん坊ね。2つも食べるつもりだったの?」

「ふぇっ!? ち、違いますっ! パスタもちょっと美味しそうって思っただけですっ!」

「ホントに?」

「ほ、本当……です……」

「ふふっ、無理しちゃって。でも2つを半分ずつ交換すれば良かったかもしれないわね」

「あ、その手がありましたね。もっと早く気付けば良かったです」

「じゃあ今度はそうしましょ」

「そうですね。ふふふ……」

 

 2人はそんな話をしながら通路を歩いている。僕たちは飲食エリアで食事を済ませてきたところだ。

 

 食事をしたのはホテルの1階。レストラン街だ。そこは多数の飲食店が集まり、デパートのレストランフロアのようなものを形成していた。カフェレストラン、肉料理店、エスニック料理店など、種類も様々だ。僕たちが入ったのはそのうちの一つ。パスタをメインにした洋食屋だった。

 

「む? どうしたのじゃ?」

 

 そんな秀吉の声が後ろから聞こえた。振り向いてみると、壁をじっと見つめているムッツリーニと、それを見つめる秀吉の姿があった。2人とも何をしてるんだろう?

 

「…………館内図」

「ほう。どれ、ワシにも見せてくれぬか」

 

 館内図か。せっかくだし僕も見てみようかな。と思って秀吉たちの元へと行ってみると、他のみんなもゾロゾロとついてきたようだ。

 

「ふ~ん……このホテルって綺麗な三角形をしてるのね」

「私たちが入ったのは下側の正面入り口ですね」

「……ここは西側のレストラン街」

「へぇ、西と東にも入り口があるんだな」

「3ヶ所の出入り口がそれぞれ通路で繋がっておるのじゃな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 なるほど。この建物は3本の通路で囲むような形になっているのか。1階の中央部分はイベントホールのようだ。それにしてもなんて広い通路だ。向かいの店舗があんなに遠くに見える。まるで4車線道路だ。これが建物の中だというのだから本当に驚きだ。さすが王家の別荘。このスケールは僕の常識を覆すほど壮大だ。

 

「この辺りは全部レストランなんですね」

「凄いわね。お店、40くらいあるんじゃない?」

「本当ですね。あ、東側はお洋服やアクセサリのお店なんですね」

「……行ってみる?」

「そうですね。時間があれば行ってみたいですね」

「北側は食品売り場か」

「このような山奥で買っていく者などおるのじゃろうか」

「さぁな。ここら辺の飲食店が買っていくんじゃねぇか?」

「なるほどのう。それにしても沢山の店があるのう」

「これがホテルとは思えねぇな」

「…………ショッピングモール」

「あぁ。まさにそれだな」

「これがこのホテルが(まち)と呼ばれる由縁というわけじゃな」

 

 皆の言うように、このホテルにはあらゆるものが揃っていた。3階には大浴場が。2階には娯楽施設もあるというのだから、至れり尽くせりだ。ここで暮らそうと思えばできなくもないくらいだ。

 

「ねぇ瑞希、翔子、ショッピングもいいけどその前にお風呂に行かない?」

「確か3階に大浴場があるんでしたよね」

「そうよ。すっごく広くて見晴らしも良いらしいわよ」

「……行く」

「私も行きますっ」

「じゃあ決まりね」

 

 美波たち女子はお風呂か。僕もひとっ風呂浴びて馬車旅の疲れを癒すとするかな。

 

「雄二、僕らも風呂にしようか」

「そうだな。明日は早くに出発だ。風呂に入ってさっさと寝るか」

「じゃあ部屋に戻ったらすぐ準備を…………って、なんで睨んでるのさ」

 

 痛いほどに視線を感じると思ったら、美波の視線だった。彼女は腕を組んで目を細め、横目でじっとこちらを睨んでいる。どうみてもこれは何かを疑っている目だ。

 

「大浴場って言うと思い出すのよね」

 

 大きな目を吊り上げて美波が言う。

 

「思い出す? 何を?」

「決まってるじゃない。あれだけの騒ぎを起こしておいて忘れたとは言わせないわよ」

「騒ぎ? あれだけ? はて……?」

「アンタ本当に忘れてるの?」

「あ……」

 

 思い出した。美波が言っているのはきっと強化合宿の時の話だ。あの時はお尻に火傷の痕がある女子を探すために女子風呂を覗きに行ったんだ。盗撮の犯人を探すためにね。結局目にしたのは世にもおぞましい光景だったけどね。うげぇ……思い出したら吐き気が……。

 

「どうやら思い出したようね」

「う、うん。2度と思い出さないように封印していた記憶もね……」

「いいことアキ! あの時みたいに覗きなんかしたら承知しないんだからね!」

「いくら僕だって公共の場でそんなことしないよ!?」

 

 それに大浴場+覗きは僕にとって、もはやトラウマに近いし……。

 

「ふ~ん……どうかしらね」

「もう2度とあんなことはしないよ! 神に誓って!」

「怪しいわね」

「大丈夫ですよ美波ちゃん。明久君は嘘はつきません」

「そうね。アキってホント嘘が下手だものね。いいわ。信じてあげる」

 

 良かった。信じてもらえたようだ。というか、今回は本当に嘘は言っていない。

 

「……雄二は私だけなら見てもいい」

「見るかっ!」

 

 あ、なんかデジャヴ。

 

「こ……公衆の面前で……そんなことはできないという……意味だ……」

 

 霧島さんの細い指が、鷲の爪のように雄二の顔面に食い込んでいる。いつもの光景だ。

 

「……じゃあ2人きりなら?」

「ばっ! バカ言ってんじゃねぇ! ンなことするわけねぇだろ!?」

「ふふ……坂本君、顔が真っ赤ですよ?」

「うがーっ! からかうんじゃねぇっ!」

「……雄二は素直じゃない」

「お前は少し場を(わきま)えろ……」

「やれやれ、騒々しいのう。ほれお主ら、他の者の邪魔になるぞい」

 

『『は~い』』

 

 そんなこんなで僕たちは一旦2階の客室に戻ることにした。まったく、秀吉の言うように騒々しいな雄二は。でもこんな騒々しさは嫌いじゃない。いつもの生活に戻った気がするからかな?

 


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