バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十一話 双頭の悪魔

「こりゃぁ~っ! 何をやっとるんじゃ~っ! しっかり腰を入れてやらんかぁ~っ! ほれっ! そこじゃぁ~っ!」

 

 甲板に出た瞬間、マッコイさんの声が耳に入ってきた。お爺さんは船首の突き出したポールに片足をかけ、身を乗り出しながら大声を張り上げている。どうやら雄二たちを叱咤激励しているようだ。この様子からすると雄二たちは苦戦しているのだろう。急がなくちゃ!

 

 腕を振り回しながら叫んでいるマッコイ爺さんを尻目に、僕は船の脇からバッと飛び降りた。船の高さは7、8メートルある。普通に飛び降りたら足を骨折するレベルの高さだ。しかし召喚獣を装着している今、この程度の高さなど、どうということはない。

 

「うっ……こ、これは……」

 

 着地の瞬間、足がズブリと沈む。さすが砂漠だ。公園の砂場なんか比にならないほどに足場が悪い。でもそんなことを気にしていられない。

 

 砂地につけた右足が沈む前に左足を前に踏み出す。そして左の足が沈む前に、今度は右足を前に出す。召喚獣の力を得ているからこそできる歩行方だ。こんな具合に砂漠を走り、僕は魔獣と戦う雄二の元へと向かって行った。

 

「雄二! お待たせ! 僕も戦うよ!」

「遅ぇよ! 早く手伝え!」

「なんだよ。さっきは役立たず呼ばわりしたくせに」

「お前がグズグズしてるから状況が悪化しちまっただろうが!」

「悪化? 悪化って何が────」

 

《グォォゥ~~ン!!》

《シュゴォ~~!!》

 

「って!? なんで2匹になってんの!?」

「こいつ、ぶった切ったら両方が固体になりやがったんだよ!」

「気をつけるのじゃ明久よ! 不用意に切り付けると更に分裂するやもしれぬぞ!」

 

 まるで単細胞生物かプラナリアのようなヤツだ……。

 

「…………足場が悪い」

 

 ムッツリーニが凄いスピードで移動しながら呟く。スピード自慢のあいつでも砂漠の砂の上では思うように動けないようだ。

 

「こうなったらあれを試してみるほかあるまい。こやつに効果があるのか分からぬが……」

 

 秀吉が左腕に装着した腕輪を見ながら言う。きっと腕輪の力を使うつもりだ。ところで秀吉の腕輪の力ってなんだっけ?

 

「ムッツリーニよ、少し離れるのじゃ!」

「…………了解」

「ゆくぞい! 幻惑の光(イリュージョン)!」

 

 考える間もなく、秀吉は腕輪の力を発動させる。すると空の青と砂漠の黄色ばかりであった周囲の風景が一変した。パァッと辺りが桃色一色になり、召喚フィールドにも似た空間が広がる。

 

「か……可愛い……女の子が……」 ← 幻覚に惑わされる僕

 

「なんて……美しい……絶世の美女だ……」 ← 同じく雄二

 

「…………(ブバッ!)」 ← 耐え切れなくて噴水のごとく鼻血を噴き出すムッツリーニ

 

 秀吉の力により幻覚を見せられ、僕たちはすっかり夢の世界に陥ってしまっていた。

 

『――お主らが魅了されてどうするのじゃぁ~~っ!!』

 

 秀吉が叫んでいたような気がする。けれど僕の意識はキラキラと輝きながら舞うように踊る”胸の大きなポニーテールの女の子”に完全に奪われていた。

 

『――こ、この(うつ)け者どもめ! 霧島よ! そやつらの目を覚まさせてくれ!』

『……分かった』

 

  パーン!

 

「はっ!」 ←ハリセンで後頭部を叩かれて正気を取り戻す僕

 

  スパァン!

 

「ハッ!」 ←同じように叩かれて我に返るムッツリーニ

 

  プスッ

 

「うぎゃあぁぁぁあっ!!」 ←チョキで目を潰されて悶絶する雄二

 

 霧島さんの喝で僕たちはようやく幻術から解かれた。

 

「あ、危なかった……さすが秀吉。すべてを持っていかれるところだった……」

「…………恐る……べし……(ガクリ)」

 

 正気に戻ったものの、ムッツリーニはダメージが大きいようだ(血液的に)。この技は非常に危険だ。仲間のうち半数が動けなくなってしまう。

 

「な、なんで俺だけ……目潰し……」

「……雄二は私に魅了されるべき」

「だからってこんな時に目を潰すやつがあるか!」

 

《ウヴォォォ~~ッ!!》

《ゴァァ~~ッ!!》

 

 うっ!

 

「散会!」

 

 雄二の指示で全員がパッと飛び退く。

 

 ――ズ、ズズゥン

 

 2本の巨大な(くだ)が僕たちのいた場所の砂をまき散らす。重い砂がまるで水のようだった。

 

「こんの――やろぉぉーーっ!!」

 

 目の前に横たわる丸太のような身体を見て、僕は攻撃のチャンスと判断。思いっきり木刀を叩きつけてみた。

 

 ――パリィン!

 

 ガラスが割れるような音と共に、奴の身体の一部が砕けた。砕けたのは体に埋め込まれていた魔石だった。

 

《ゴハァッ!? グオォァァァ~~ッ!!》

 

 すると奴は(よじ)るようにして身を起こし、天を仰いで叫んだ。なんだ? ひょっとして今の一撃は効いたのか?

 

《ゴァァァッ!》

 

「うひゃぁっ!?」

 

 (そび)えるような管状(くだじょう)の身体を天から落とし、再び襲いかかってくるサンドワーム。僕は咄嗟に脇に飛び、これを避ける。

 

「わたっ、たったっ……! んべっ!」

 

 しかし足下が砂地で思うように動けない。間一髪ワームの一撃をかわしたものの、顔面から砂に突っ込んでしまった。

 

「明久よ! 無事か!?」

「ぺっぺっぺっ、うえぇ~……口に砂が入っちゃったよ……」

 

 ううっ、口の中がジャリジャリする……皆こんな足場で戦ってたのか。そりゃ苦戦するよね。

 

「おい明久。お前、今何をやった」

 

 シュッと隣に雄二が飛び降りてきて聞いてきた。

 

「何って……攻撃を避けただけだけど?」

「違う。今攻撃しただろ。どうやって攻撃した」

「どうやってって言われても……普通に木刀で叩いただけだよ?」

「こいつ、今までどれだけ攻撃してもまるで効果が無かったんだ。それがお前の攻撃で苦しんだように見えるんだ」

 

 そういえば魔石を叩き割ったらグォーって叫んだっけ。

 

「魔石を叩き割ったからじゃないかな。今までの魔獣も魔石を割ると消えていったし」

「いや。俺たちもいくつかの魔石を叩き割っったんだが、あの野郎平然としてやがったんだ」

 

《ウオォォ~ン!》

 

 話しているところへ、もう一方のワームが襲ってきた。だが奴の動きはそれほど速くない。

 

 ――ズ、ズゥン……

 

 砂の上を走って避ける僕と雄二。避けるのは造作も無いが、問題は足場が悪くて着地しづらいところだ。

 

『明久! お前どの魔石を砕いた?』

 

 魔獣の向こう側へと避けた雄二が奴の身体越しに聞いてきた。どんな魔石って言われても、そんなのよく覚えてないよ……。

 

「よく覚えてない! でも黄色かった気がする!」

 

 このサンドワーム型の魔獣の身体には無数の魔石が埋め込まれている。それこそ全身に散りばめたように。魔石の色は赤、緑、黄色、青、紫などで、大きさも大小様々。僕が叩き割ったのはこのうち小さな黄色い魔石だ。……たぶん。

 

『黄色だと!? そういうことか!』

 

 どういうことだ?

 

『翔子! 秀吉! ムッツリーニ! 黄色い魔石を狙え! 今まで身体の色と同化していて気付かなかったが、きっとそいつが弱点だ!』

 

 雄二は大声で皆に指示をする。そうか、こいつの弱点は特定の色の魔石だったのか。僕が偶然それを見つけたってわけか。

 

「了解じゃ!」

「…………加速(アクセル)

「……吉井。ありがとう」

 

 雄二の指示で皆がサンドワーム2体に一斉に攻撃を仕掛ける。ムッツリーニは腕輪の力を発動させ、超高速で一気に勝負をつけるつもりだ。

 

《グォ……ォォ~ゥゥ…………》

 

 ――ドズゥゥン……

 

 やがて1体のワームが大きな身体を横たえ、動きを止めた。直径3メートルはあろうかという巨大なサンドワーム。その身体のあちこちからはシュウシュウと黒い煙が吹き出しはじめる。こういった光景はこれまで何度か見てきた。魔獣の最期だ。

 

 ――ド、ドォン……

 

 僕の後ろで大きなものが倒れる音がした。振り向けばもう片方のサンドワームが横たわり、全身から煙を出していた。あっちの魔獣はムッツリーニが倒したようだ。

 

「…………任務完了」

「よくやったムッツリーニ。しかし1人で倒しちまうとはな」

「…………動きは遅かった。弱点さえ分かればどうということはない」

 

 両手を腰に当てて自慢げに胸を張るムッツリーニ。その後ろでは巨大な丸太のようなサンドワームが徐々に煙となり、消えていく。それを見ながら僕は思った。

 

 以前雄二から聞いた話では、魔獣は動物の死骸から作られたものだという。この巨大な虫も骸から作られたのだろうか。今まさに目の前で消えようとしている虫型の魔獣。こいつも魔獣なんかにされなければ安らかに眠っていたのだろうか。勝利したものの、僕の胸にはやるせない思いが(くすぶ)り始めていた。

 

『おぉ~~~いぃ! お主ら~~~っ!』

 

 そこへどこからかお爺さんの声が聞こえてきた。あの声はマッコイさんだ。どうやら砂上船を降りてきたようだ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……す、砂の上は走りづらいのう……ハァ、ハァ……」

 

 全力で走ってきたマッコイ爺さんは苦しそうにゼェゼェと息を切らせる。口調が完全に元の爺言葉に戻っているようだ。やはり舵から手を放すと元に戻るんだな。

 

「いやぁ~よくやったぞお主ら! よくぞワシの積年の恨みを晴らしてくれた! おかげで胸がスカッとしたわい! これで安心してここを通れるってモンじゃよ! カッカッカッ!」

 

 うん。完全に口調が元のお爺さんに戻ってる。こうして見ると結構面白い人かもしれない。

 

「マッコイ殿。魔獣の消えた跡からなにやら色々と出てきたのじゃが……見てもらえぬじゃろうか」

「む? どれ、見せてみぃキノシタ」

「こっちですじゃ」

 

 秀吉はマッコイさんを連れ、自身が倒した魔獣の跡に向かって歩いて行く。何が出てきたんだろう。僕も見に行こうっと。

 

 秀吉の後について行くと、そこには沢山の木の破片が散乱していた。どれも圧力をかけて割られたような感じになっている。でもなんで魔獣の跡からこんなものが出てくるんだろう? この疑問にはすぐにマッコイさんが答えてくれた。

 

「こ……これは……!」

「? どうした爺さん。何か大事なものでも見つけたか?」

「大事も大事……こいつぁ……ワシのクイーン……エメラルド号の……破片じゃ……」

 

 お爺さんはそう言って破片を握る手をワナワナと震わせる。その手に握る破片には、筆記体の黒い字で”Queen Emerald”と書かれていた。

 

 クイーンエメラルド号。先程もマッコイ爺さんがその名を口にしていた。仇だと言っていたと思う。つまりこれは例の魔獣の襲撃を受けたという、先代の砂上船の欠片ということなのだろう。

 

「そうか……まぁ、なんだ。見つかって良かったじゃねぇか」

「……」

 

 雄二の掛ける言葉にマッコイさんは反応しなかった。ただ手に握った板をじっと見つめ、小刻みに肩を震わせている。このお爺さん、本当に船を愛しているんだな……なんだかその気持ち、分かるような気がする。

 

「ムッツリーニよ、お主は何をしておるのじゃ?」

 

 気付けばムッツリーニが散らばった木箱や布の袋を漁りまくっていた。

 

「…………宝物」

「や、やめんか! これらはマッコイ殿が預かった品じゃ! 持ち主に返すのじゃ!」

「…………」

「そのように悲しそうな顔をするでない……」

 

 砂漠には魔石以外にもキラキラと光る物が多数散乱している。ムッツリーニが拾っていたのはこれらのようだ。それはネックレス型であったり、指輪の形をしているものもある。食べ物の類いもありそうだが、既に干からびていて食べられそうにない。なるほど。これらが運搬していた貨物というわけか。

 

「マッコイ殿、これらの品々を王妃殿に返却すれば運営の再開も許可してくれるのではないか?」

「いや、あの王妃のことじゃ。返却したものを受け取りはしても許しはせぬじゃろう」

「そうじゃろうか……」

「いいんじゃよ。ワシにはもうキングアルカディス号があるによってな」

「主様がそう言うのならば良いのじゃが……」

「……でも預かった物は返すべき」

「嬢ちゃんは律儀じゃのう。分かった。返すべき物は返そう。手伝ってくれるか?」

「……うん」

「おいおい、これ全部持って帰るつもりか? 俺たちは先を急ぐんだが……」

「……持って帰る。絶対に」

「分かった。分かったからそう睨むな翔子」

「しかしこうして見ると壊れている物もだいぶあるようじゃな」

「破損した物はワシが見よう。キノシタたちは綺麗なものをそこらの袋に詰めてくれ」

「承知した。では掛かるとするかの。ムッツリーニも手伝うのじゃ」

「…………報酬……」

「まだ言うておるのか。ワシらの報酬なら魔石があるではないか。ほれ始めるぞい。明久よ、お主も手伝うのじゃ」

「へいへいっと」

 

 えぇと、魔石は僕らの報酬で、それ以外はマッコイさんに返す物……と。それで壊れた物は無視して、綺麗なものだけを拾う……と。

 

 僕は砂漠に散らばった木片の中から無事なものを選び、布の袋に詰めていった。けれど正直言ってどれが壊れていてどれが無事なのか分からない。面倒なので、とりあえず木片以外を全部放り込むことにした。

 

『アキ~~っ!』

『明久く~~ん!』

 

 その時、どこからか女の子の声が聞こえてきた。どうやら砂上船の方から聞こえてくるようだ。

 

「美波~! 姫路さ~ん! こっちこっち~!」

 

 手を振りながらこちらに走ってくる2人に手を振り返す僕。きっと静かになったから様子を見に来たんだな。

 


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