それは出航してから数時間が経過した昼下がりのことだった。
「……なぁ、明久」
「うん」
「お前、今までRPG(ロールプレイングゲーム)は何本くらいやってきた?」
僕は雄二と共に甲板で外の様子を眺めていた。
「うーん……そうだなぁ。20本はやってるかな」
辺り一面金色に輝く砂だらけ。その中を突き進む一隻の船。恐らくは二度と経験できないであろうこの光景を目に焼き付けておきたくて、僕たちはこうして景色を眺めているのだ。
「そうか。俺もそれくらいだな」
「なんでそんなことを聞くのさ」
「……この光景を見ていて思ったんだ」
「光景? 砂漠のこと?」
「あぁ。こういう砂漠を見ていると思い出さねぇか?」
「? 何を?」
「あぁ。なんつーかさ。こう……」
「なんだよ。もったいぶらずに言えよ」
「こんな感じの砂漠、ゲームではよくあったよな」
「そうだね。他にも氷の世界とか緑で覆われた町とか色々あるね」
「あぁ。そんでよ、こんな感じの砂漠にはよくいるだろ?」
「いる? 生き物?」
「あぁ」
僕は今までプレイしてきたゲームたちの記憶を思い起こしてみた。確かにこういった砂漠エリアはRPGの定番だ。この世界で言うカノーラのような”砂漠の町”なんてのもよくある。そしてこういった砂漠は往々にして冒険者の行く手を阻むものだった。
しかしゲームではその障害を乗り越える何らかの手段が用意されている。それはラクダのような乗り物であったり、今僕らが乗っているような砂上船であったり。空を飛ぶ飛行船なんてのもある。ただ、こういった障害を乗り越える際はコントローラーを握る手に汗が滲むほど緊張していたことも少なくない。なぜなら強敵が潜んでいることが多かったからだ。
そう、こういった砂漠に潜む強敵とは────
「あんな感じの……ヤツがよォォォ!!」
雄二が目を見開きながら大声をあげる。その視線の先では、管状の巨大生物が砂の中から長い首を出していた。
「「さ、サンドワームだぁーーっ!!」
僕と雄二はその名を叫ぶ。
サンドワーム。それは砂漠に生息するミミズ型のモンスターだ。砂漠の砂の中に潜み、近付くと姿を現し、その大きな口で人でも乗り物でもあらゆるものを飲み込んでしまうのだ。そんなヤツのことを僕は”黄色い悪魔”とも呼んでいる。
《グロロロォ……》
黄色い悪魔は鎌首をもたげながらこちらを向き、気味悪く喉を鳴らす。なんとおぞましい姿だろう……。
「ムゥッ!? あれはまさしくあの時の魔獣!!」
突然、舵輪台の上で舵を握っていたマッコイさんが身を乗り出して叫んだ。あの時の魔獣? ”あの時”ってなんだろう? って! そんなこと考えてる場合じゃない!
「じいさん! 船を止めろ!」
雄二がマッコイ爺さんに停止を命じる。そうだ。止めなければヤツに正面からブチ当たってしまう。ヤツの体長はぱっと見でこの船の倍以上はある。あんなのに体当たりされたら木造のこの船はひとたまりもないだろう。
「船長だ」
「は?」
「船長と呼べ!」
マッコイさんの返答は僕にもよく分からなかった。この状況で何を言ってるんだろうこの爺さん。こんなわけの分からない問答に付き合っていられない。無理矢理にでも船を止めさせないと!
「ねぇマッコイさん! そんなこと言ってないで止めないと――」
「マッコイ船長。船の停止をお願いします」
僕が止めにかかると、それを遮るように雄二が言った。その雄二の対応は驚くほど意外なものだった。なんと背筋を伸ばし、頭を下げて丁寧にお願いしたではないか。そうか……君も大人になったんだね、雄二。などと感慨に耽っていたら、マッコイ爺さんは更にわけの分からないことを言ってきた。
「だが断る!」
さすがにこれには雄二もキレたらしい。
「はぁ!? 何をバカなこと言ってやがる! あれが見えねぇのか! 魔獣だよ魔獣!」
「ンなモン分かっとる! それに奴はクイーンエメラルド号の仇! 今こそ奴を討ち、我が恨みを晴らす時!! いざ行かん! 宿敵の元へ!!」
く、クイーンエメラルド号? 何それ? この人ホントに状況分かってんの!?
「いいから止めてよマッコイさん! このままじゃあの化け物に激突しちゃうよ!?」
「やかましいッッ! 邪魔をするでないッッ!!」
あぁもうっ! なんなんだよこの爺さん!!
「翔子! お前からも何とか言ってやってくれ! この爺さん俺たちを乗せたまま体当たりする気だぞ!?」
「……雄二がキスしてくれるなら」
「ンなことするか! いいから早く止めるように言え!」
「……約束してくれないなら止めない」
「分かった分かった! 分かったから早く爺さんを止めろ!」
「……本当に?」
「あぁ! 約束でもなんでもしてやるから早くしろ!!」
雄二のやつ、あんな約束しちゃって大丈夫なのかな。きっと後で後悔するんだろうな……。
「……船長。お願い。船を止めて」
「おうよ!」
霧島さんの願いに対して威勢の良い返事がひとつ。僕らがお願いしても聞く耳持たずって感じだったのに、女の子の言うことならあっさり聞き入れるんだな。もう嫌だこの爺さん……。
シュゥゥゥン…………プシュウウー……
後方のエンジンが蒸気を噴き出しながら止まり、船は進行を停止した。やれやれ……これでひとまず激突は避けられたか。
《ヴロォォォォ~~ン》
しかし現れたワーム状の魔獣は雄叫びをあげ、砂の上をくねりながらこちらに向かってにじり寄ってきた。僕らを襲うつもりのようだ。ゲーム中では何度か見た光景だけど、こうしてリアルに迫られるともの凄く気持ち悪い……。
「おいやべぇぞ! あいつこの船を狙ってやがる! あんな巨体をぶつけられたらこの船なんか粉々だぞ!」
「分かってるさ! 奴を倒すんだね、雄二!」
「あぁそうだ! 行くぞ!
「おうっ! サモ──」
「どうしたんですか!? 明久君!」
「何なの!? 何が起きたの!?」
召喚しようと手を上げると、船室から姫路さんと美波が飛び出してきた。急停止したことに驚いたのだろう。
「「っ────っっ!?」」
だが2人は目の前の巨大生物を見るなり絶句し、顔を真っ青にしてしまった。そして、
「「きゃぁぁぁーーーっっ!!」」
と叫びながら僕にしがみついてきた。
「きゃーっ! きゃーっ! わわわわわ私ああいう虫、だ、だだだダメなんですぅぅ!!」
「ううううウチもむむむむ無理ぃぃっ! は、ははは早くなんとかしてぇぇっ!」
悲鳴をあげながらぐいぐいと僕の胴を締め付ける姫路さん。美波も同じように悲鳴をあげながら僕の首を締め付けている。
「ぐ、ぐるじ……い……」
しがみつく2人を振り払おうともがく僕。しかし凄い力で掴まれていてまったく身動きが取れない。装着もしていないのになんて力だ。
「や、やめて2人とも……っ と、特に美波……く、首はやめて……」
「なんじゃ! 何事じゃ!?」
美波たちの大騒ぎを聞き付けてか、秀吉とムッツリーニも船内から飛び出してきた。
「ど……どうもこうも……ないよ……ま、魔獣が……ほら……あ、あれ」
僕は死の抱擁に耐えながら前方を指差し、秀吉たちに状況を知らせる。
「なっ……!? なんじゃあれは!?」
「み、見てのとおりサンドワームだよ……。と、突然砂の中から……現れ、て……」
「なんじゃと!? ……で、お主は何をしておるのじゃ?」
秀吉が呆れ顔で僕を見つめる。僕だって好きでやってるわけじゃないのに……。
「いや、なんていうか……魔獣がドバーって出てきて、美波たちがきゃーって怖がって、それでこの有様なんだけど……」
「やれやれ……お主も大変じゃのう」
「あ、ありがと秀吉……」
そんな会話をしている僕の横では、霧島さんがじっとこちらを見つめていた。
「……」
しばらくして”ピン”と何かを閃いたような顔を見せる霧島さん。そして彼女はくるりと向きを変え、スタスタと雄二の方へ歩いて行った。何をするつもりなんだろう? と見ていると、
「……きゃー。雄二助けて」
彼女は静かに叫びながら雄二に抱きついた。”叫ぶ”というにはあまりにも静かな口調だったが。
「フっざけんなぁぁっ!! その棒読みのどこに助ける必要性があるってんだ!」
「……雄二は冷たい。吉井のような包容力が必要」
「あぁもう! 今はそんなことやってる場合じゃねぇ! 明久! てめぇもイチャついてねぇで手を貸せ!」
「これのどこがイチャついてるっていうのさ! むしろ動けなくて困ってるんだよ!」
「くそっ、役にたたねぇ奴だ! 翔子! 秀吉! ムッツリーニ! 手伝え!」
「……うん」
「了解じゃ!」
「…………了解」
「「「──
「よし、行くぞ!」
雄二を先頭に皆は甲板から飛び降りていく。
『秀吉とムッツリーニは先行して奴の足を止めろ! 俺と翔子で頭を討つ!』
船体の脇から雄二のそんな指示が聞こえてくる。直後、砂漠を駆けていくムッツリーニと秀吉の姿が視界に映った。雄二たちはあの魔獣と戦うのか。こうしちゃいられない。僕だって!
と思ったが、やはり身体が動かない。
「ね、ねぇ2人とも、ちょっと放してくれないかな。あの魔獣を倒さないといけないんだけど」
「「っ…………!!」」
ダメだ。姫路さんも美波もガクガク震えていて全然放してくれない。
「ねぇ雄二ぃー! 僕はどうしたらいいの!?」
『お前はそこで2人を抱えてろ!』
「えぇ~……そんなぁ~……」
『変に暴れられて船を壊されては困る! 姫路と島田の力はお前も知ってるだろ!』
「う……わ、分かったよ」
姫路さんの腕輪の力は熱線。ぶ厚い石の壁を軽々とブチ抜くほどの力がある。そして美波の力は風の力。凄まじい竜巻を発生させ、湖の水をすべて巻き上げるほどの力がある。こんな2人がパニック状態で装着したらどうなるだろう。想像するのも恐ろしい……。
「明久君っ、明久君っ!」
「うぅ~っ……ま、まだなの? は……早く処理しちゃってよぉ……」
……こんなに震えている女の子を放って行くわけにもいかないか。
「大丈夫だよ。雄二たちが行ったからすぐ終わるさ」
右腕に姫路さん、左腕に美波が必死にしがみつき、彼女らはブルブルと震えている。いざとなると頼もしい2人だけど、やっぱり苦手なものはあるんだな。
『だめじゃ! こやつワシの
『……私の剣なら切れる。でもすぐ回復してる』
『弱点に攻撃を集中させろ! 魔獣なら魔石がどこかに埋め込まれているはずだ!』
『…………そこら中に埋まっている』
『なんだと? そんなバカな!? うぉっ!?』
『……雄二!』
『大丈夫だ! けど気をつけろ! こいつ凄ぇ馬鹿力だ! マトモに食らったらひとたまりもねぇぞ!』
『承知した! しかしこやつ、どうやって倒せばよいのじゃ!?』
『とにかく片っ端から魔石を潰せ! それしか方法は考えられん!』
船の前方では雄二の指揮のもと、秀吉たちが魔獣と戦っている。でも巨大なワーム相手に苦戦を強いられているようだ。やはり僕も加勢したほうがいいんじゃないだろうか。たとえ装着時間が短時間でも、1人でも多い方がいいはず。でもそれには美波と姫路さんをどうにかしないと……。
「2人とも、船内に戻ろうか」
「は、はい……」
「そっ、そうね。見えないほうがいいに決まってるわよね。そうしましょっ」
僕は2人を両脇に抱えるように船内に入り、客室のベッドに座らせた。すると美波は少し落ち着いたようで、ホッと胸をなで下ろしていた。けれど姫路さんはまだガタガタと震えているようだった。
「美波、姫路さんを頼む」
「アキはどうするの?」
「決まってるさ。雄二たちに加勢してくる」
そう告げて僕は外へ出ようとする。
「あ、アキっ!」
すると美波はそれを呼び止め、
「気をつけてね……」
大きな目を潤ませながら、そう言ってきた。こういう台詞は何度か映画やゲームのシーンで見たことがある。戦地に赴く兵士や決戦に向かう勇者を送り出すヒロインの台詞だ。まさかこの台詞を自分が本気で受けることになるとは想像もしていなかった。しかも美波の言葉ということもあり、僕の心にこの言葉は深く染み入っていった。
「大丈夫さ。皆と一緒だからね。じゃあ行ってくる! ――
へへっ……なんか僕、格好良いかも。
装着した僕は少し調子に乗っていた。自分が映画やゲームの主人公になったつもりでいたから。