バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第十三話 境界を越えて

 僕らは馬車に乗り、峠町サントリアへと向かう。この馬車にはお婆さんとおじさんが1人ずつ。それに護衛と思しき銀色の鎧を纏った男が1人乗っている。僕とムッツリーニを合せると計5人。その誰もが一言も喋らず、馬車の蹄音とガラガラという車輪の音だけが耳に入ってくる。

 

 別に話すことが無いから黙っているわけではない。話したいことなら山ほどある。”何も話すな”というムッツリーニの言葉に従い、口を(つぐ)んでいるだけなのだ。それにしても重苦しいというかなんというか……。話したくてウズウズする……。

 

(ね、ねぇムッツリーニ)

 

 堪りかねて小声で話し掛けてみたが、ムッツリーニは黙って首を横に振る。黙って座っていろということか。辛いなぁ……。

 

 仕方なく僕は口を閉じ、目を瞑る。そういえば昨晩はあの硬いベッドだったからほとんど眠れなかったんだっけ。今のうちに少し寝ておこうかな。

 

 なんて思った直後、僕の意識はもう夢の中だった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「…………起きろ」

「んぅ……」

 

 ゆさゆさと肩を揺すられ、僕は目を覚ました。

 

「ふぁ……あぁ……。やぁムッツリーニ、おはよう」

「…………サントリアに着いた」

 

 そういえば馬車に乗ってたんだっけ。寝ぼけ(まなこ)で客車内を見渡すと、他の乗客は既に降りているようだった。そうか、サントリアに着いたのか。しかしよく寝たなぁ。いつも馬車に乗ってると尻が痛くて眠れやしなかったのに。ムッツリーニと再会できて少し安心したってのもあるのかな。

 

「…………行くぞ」

「うん」

 

 僕らも馬車から降り、早速例の柵で閉鎖されている道に向かう。このサントリアという町は今まで訪れたどの町よりも小さい。と言っても、(はじ)から(はじ)まで歩いて距離を計ったわけではない。馬車を降りたところに町の全体案内板があって、それを見て大凡(おおよそ)の距離を計ったのだ。例の閉鎖されていた道までは歩いて10分程度。案内地図を見た感じでは、その先の町の(はじ)まで行ったとしても30分は掛からないと思う。

 

 あの兵士たちは今日もいるだろうか。昨日はずいぶん馬鹿にしてくれたな。ここでギャフンと言わせたいところだけど、通行許可証は偽物。バレないようにサッと抜けなければならない。悔しいけどミロードに向かうという目的を果たすためだ。ここはぐっと我慢だ。

 

 例の柵のある道に出ると、今日も4人の兵士が警備しているのが見えた。しかし兜で顔が隠れていてあの時と同じ人たちか分からない。4人とも同じような気もするし、違うような気もする。う~ん……。まぁいいか。どちらにしても大手を振って通れるわけでもないし。

 

(…………俺が話をつける。お前は黙って通行許可証を見せろ)

(うん)

 

 ムッツリーニは僕にそう耳打ちをすると、背筋をピッと伸ばし、颯爽と歩き出した。僕も真似をして彼の後ろについて歩いていく。き、緊張するなぁ……。

 

「…………殿下の命令だ。通るぞ」

 

 ムッツリーニはそう言って通行許可証を兵士に見せる。僕も同じように紙を広げ、許可証を見せた。

 

「「…………」」

 

 すると4人の兵士たちはその紙をじっと見つめ、固まったように動かなくなってしまった。なんだか難しいことを考えているような硬い表情をしている。やはり偽物だとバレたんだろうか……。

 

 隣を見るとムッツリーニは口を一文字に結び、眉ひとつ動かさず毅然(きぜん)とした態度を見せていた。ホント、こいつはなんでこんなに冷静でいられるんだろう。僕なんかこんなに心臓がバクバクしちゃって堪らないというのに……。

 

「承知しました。どうぞお通りください!」

 

 しばらくして兵士たちは顔を上げると、ピッと敬礼をして道を開けてくれた。やった! 作戦成功だ!

 

 思わず顔がニヤけてしまう。いやダメだ。今笑ったらバレてしまう! なんとか堪えて澄まし顔を作り、僕らは小さめの扉を通り抜ける。すると後ろでガチャリという音が聞こえた。鍵が閉められたのだろう。僕らは小走りにその場を離れ、適当な道路脇の茂みに入った。

 

(やったねムッツリーニ)

(…………当然だ。完璧に模写した)

(じゃあこの服もう脱いでいいよね?)

(…………うむ)

 

 僕らは茂みに隠れながら重たい兵士服を脱ぎ捨てる。ふぅ、これでやっと思うように動ける。

 

(それじゃこの後はミロードに移動だね?)

(…………そうだ)

(この兵士服はどうする? 捨てて行っていいのかな)

(…………持って行きたければ持って行け)

(いや、鉄板が縫い付けられてて重いし、いいよ)

 

 僕らは文月学園の制服に着替え、再び道に出る。よし、それじゃ早速ミロードに行こう。えぇと、ミロード行きの馬車乗り場は……お、あれか!

 

 すぐに案内板を見つけ、場所が分かった僕らは早速乗り場へと向かう。そして10分と掛からずに乗り場に到着した僕らはミロード行きの馬車に乗り込んだ。待たずに乗れてラッキー。なんて思っているうちに馬車は出発。僕らはようやく普通の声で話をはじめた。

 

「さて。色々と話したいことはあるんだけど、まずはムッツリーニの知ってることを教えてくれる?」

「…………(コクリ)」

 

 ムッツリーニが頷き、静かに語り始める。

 

「…………俺が目を覚ますと、そこは王宮の庭だった」

 

 まるで小説の出だしの一節だ。

 

「うんうん、それで?」

「…………様子がおかしいので更衣室に潜入した」

「はいそこ! おかしいよ!? なんでいきなり更衣室なの!?」

「…………目の前の部屋に入ったらたまたま更衣室だった」

「あ、そ、そうなんだ。うんまぁ、それで?」

「…………色々あって臨時の諜報員として雇われた」

「は?」

「…………以上だ」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってよ。色々って何があったのさ」

「…………色々だ」

端折(はしょ)り過ぎだよ!? それじゃ何も分からないじゃないか!」

「…………(シー)」

 

 ムッツリーニは人差し指を口に当て、目だけを動かして周囲を覗う。そうか、言ってみればこの地域は敵地。どこで誰が聞いているか分からないというわけか。それじゃ話題を変えよう。

 

「レオンドバーグには帰る方法を探しに行くってことはさ、まだ帰り方は分からないわけだよね」

「…………うむ」

「じゃあさ、この世界が何なのかっていうのは分かった?」

「…………(フルフル)」

 

 ムッツリーニは黙って首を横に振る。

 

「そっか……」

「…………結局ドルムバーグでは何も分からなかった。だからレオンドバーグへ行く」

 

 行き着くところは同じってわけか。僕も情報を求めてレオンドバーグに行くところだったし。

 

「それにしてもずいぶん熱心なんだね。これだけ馴染んでたらむしろこっちの世界の方が性に合ってるんじゃない?」

「…………この世界にはカメラや盗聴器が無い」

「うん、まぁそうだけど」

「…………俺の趣味のほとんどがこの世界には無い」

「なるほど、言われてみればそうだね」

「…………それに」

 

 そう言ってムッツリーニはそこで言葉を切ると、遠くを見るように少し目を細めた。

 

「それに?」

 

 そしてわけの分からないことを言ってきた。

 

「…………俺を待っている」

「誰が?」

「…………くど……」

「くど?」

「…………」

 

 彼はそれっきり黙り込んでしまった。何だ? くど?

 

「何だよ。ちゃんと言ってくれよ。気になるじゃないか」

 

 待てよ? ひょっとして……。

 

「ねぇムッツリーニ、それってもしかして工藤さ――――」

「…………違う」

 

 速攻否定された。

 

「じゃあ何なのさ」

「…………クドリャフカ=アイマートフ」

「は? クド……なんだって?」

「…………クドリャフカ=アントノフ」

「さっきと名前変わってない?」

「…………気のせいだ」

 

「「…………」」

 

 怪しい……。

 

「それで、そのクドリャフカ=アントニオってなんなのさ」

「…………パソコンだ」

 

 名前が違うのに否定しないのか。こいつやっぱり適当に名前を付けたな? というか、

 

「パソコン?」

「…………俺のすべてがそこに入っている」

「すべてって?」

「…………撮影した写真と収集した画像」

「あぁ、そうなんだ……」

 

 つまりエロの集大成がそのパソコンに入っているということなのだろう。きっとそこには僕の女装姿の写真も沢山入ってるんだろうな。そのパソコンが処分されてしまうから一刻も早く元の世界に帰りたいってことか。理由は違うけど目標は僕と一緒なんだな。

 

「ところでさ、この世界って僕らが遊んでたゲームに似てると思わない?」

「…………うむ。だが似ているのは町の名前くらいだ」

「そうなんだよね……何なんだろ」

「…………分からん。だから調べに行く」

「まぁそうなんだけどさ。……じゃあ次は僕の番だね。それじゃ、まずはこの世界に来た時の話なんだけど――――」

 

 僕はこの世界に来てからの出来事を話した。ラドンの町付近で目を覚ましたこと。ルミナさんから教わったこと。レオンドバーグへ元の世界に帰る方法を探しに行くこと。そしてミロードで文月学園の制服を見たという男の子の話。覚えているすべてのことを話した。

 

「あの男の子が言ってたのってムッツリーニのことだったんだね。まさかあんなところで会えるなんて思いもしなかったよ」

「…………おかしい」

「ん? 何が?」

「…………俺はずっとドルムバーグにいた。他の町には行っていない」

「ほぇ? そうなの? おっかしいなぁ。じゃあ、あの子が町の名前を間違ったのかな」

「…………それも違う。俺は目を覚ましてからすぐに兵士の服に着替えた。その間、誰にも見られていない」

 

 自信たっぷりに言うムッツリーニ。恐らく言うことに間違いはないのだろう。でもひとつ疑問がある。

 

「なんで着替えたのさ」

「…………変装は情報収集の基本」

「へぇ、そうなんだ……」

 

 それにしても一体どういうことだ? ハーミルで聞いた男の子の話と違う。あの子は確かに同じ格好の人を見たと言った。それがムッツリーニじゃないとしたら……。

 

「そうか! ムッツリーニじゃないってことは他の人なんだ! つまり僕ら2人以外にもこの世界に飛ばされてきた人がいるってことなんだよ!」

「…………俺たち2人がここにいるということはその可能性は高い」

「そうだよ! きっとそうに違いない! だとしたら合流すべきだよ! 何か知ってるかもしれないし、帰るなら一緒じゃなくちゃ!」

 

 それにもしそれが美波だとしたら、すぐにでも合流したい! いや、助けに行かなくちゃ!

 

「…………確かに」

「よぉし、それじゃ決まりだね! レオンドバーグに行く前にミロードで仲間探しだ!」

 

 僕は心の高揚を隠せず、興奮気味に言う。そうさ、仲間がいればきっと道は切り開ける! たとえ魔獣に襲われるようなことが――っと、そうだ! 大事なことを忘れていた!

 

「ムッツリーニ、もうひとつ不思議なことがあるんだ」

「…………なんだ」

「実は召喚獣なんだけど、どうもこの世界でも使えるみたいなんだ」

「…………本当か?」

「うん。ただ、いつもとちょっと違うんだ」

「…………どう違う」

「どうって……うーん……。召喚獣と合体するっていうか着るっていうか……」

「…………? 分からん」

 

 困った。なんて説明すればいいんだろう。

 

「とにかく召喚獣の力が使えるんだ。やってみれば分かるんだけどさ」

「…………分かった」

 

 ムッツリーニは立ち上がり、スッと片手を上げる。って! ヤバイ!!

 

「待って待って! こんなところでやったら馬車が吹っ飛んじゃうよ!?」

「…………そうなのか?」

「うん。呼び出すと光の柱が沸き上がってきて、周りの物を吹っ飛ばしちゃうみたいなんだ」

「…………そうか」

 

 ムッツリーニは上げた手を降ろし、座席に着いた。ふぅ……焦ったぁ……。

 

「馬車を降りてから適当なところで試してみてよ」

「…………うむ。ところでひとつ聞きたい」

「うん」

「…………お前はなぜ捕まっていた」

「う……そ、それは……」

 

 僕は戦争が始まりそうだということを伝える。しかしそれはムッツリーニも知っていることだった。考えてみれば当然だ。なにしろ王宮の諜報員として働いていたのだから。それにドルムバーグの地下牢でムッツリーニがそんな話をしていたような気もする。

 

 ムッツリーニは言う。確かに戦争に加担するのは御免だが、何かと理由をつけて避けることはできた。だからあのまま諜報員として行動していても良かったのだと。ただ、争いは情報を閉鎖的にする。もちろん戦争に加担したくないという思いはあるが、これもあってドルムバーグを出たのだと。

 

 しかしムッツリーニのやつ、凄い適応力だな。いつも教室でカメラのレンズを磨いている姿からは想像もできないくらいだ。けどこの状況ではとっても頼もしい仲間だ。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 数時間して、馬車はミロードに到着した。太陽は既に真上に来ている。もう昼過ぎのようだ。そこら辺の店で軽く食事を済ませた僕らは、早速手分けして聞き込みに当たることにした。

 

「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

「はい? 何ですか?」

「この町でこんな服を着た人を見ませんでしたか?」

「さぁ……見た事ないですね」

「そうですか……ありがとうございます」

 

 こんなやりとりを何度繰り返しただろう。聞けども聞けども一切情報が無い。交番的なものでもあれば聞きやすいのだけど、この世界にそんなものは無い。だから聞いて回る手法を取るしかなかったのだ。

 

 このミロードの町はそんなに広くなかった。ラドンと同じくらいだろうか。それでもやはり町中を聞いて回るのは骨が折れる。僕は休憩を挟みつつ、店の人や町を歩く人々に根気強く聞いていく。

 

 その途中で思った。この町、至る所に小川が流れている。それに公園も多く、植物も沢山植えられている。他の町より清々しさを感じるのはこのせいなのだろうか。

 

 町の人の話によると、どうやらこの町はそれを特徴としているらしい。水の豊かな町、”水の町ミロード”として、国中から注目を集めているそうだ。なるほど。空気も良いし住むには良い環境かもしれない。しかし皆町のことは自慢げに話してくれるのだが、肝心の仲間の情報が得られない。僕はなんとか足取りを掴もうと、聞き込みに精を出していた。だが――

 

「あれ? ここは……」

 

 どうやら町をひと回りして元の場所に戻ってきてしまったようだ。見上げると空は紅色に染まり、日が傾き始めていた。結局何の情報も無しか……。

 

「…………明久」

 

 ムッツリーニもちょうど戻ってきたようだ。

 

「どうだった?」

「…………ダメだ」

「そっか……こっちも全然情報なし」

 

 もう別の町に移動してしまったのだろうか……。

 

「どう思う? ムッツリーニ」

「…………既にこの町にいない可能性が高い」

「やっぱりそう思う?」

「…………(コクリ)」

 

 どうするかな……。確かに町をひと回りしてきたけど、隅々まで見て回ったわけではない。もしかしたらもっと時間を掛けて探せば何か見つかるかもしれない。けれどムッツリーニの言うように、既に別の町に移動している可能性も高い。このまま継続して捜すか、それとも別の町を当たるべきか。

 

 今、サントリアの町は行き来が制限されていて一般人は通れない。もし移動しているとしたら西側の町のどこかだろう。ここから移動できるのは北のレオンドバーグか、西のガラムバーグのどちらか。

 

 ……よし、決めた。

 

「ムッツリーニ、手分けして捜そう。僕はガラムバーグへ行って捜してみるよ」

「…………分かった。俺はレオンドバーグへ行って捜す」

「おっけー。それじゃ、えーと……2日あればいいかな。僕も明後日の夜にはレオンドバーグに行く。馬車の駅の所で落ち合おう」

「…………了解」

「絶対に元の世界に帰ろう! それじゃ2日後、レオンドバーグで!」

「…………うむ」

 

 僕らは互いに拳を突き出し、ガッとぶつけ合う。そして背を向け、それぞれの道に向かって歩き出した。僕はガラムバーグへの駅馬車乗り場へ。ムッツリーニはレオンドバーグに向かう馬車乗り場へ。

 

 こうして僕らは一旦別れて行動することにした。

 

 互いに使命を果たし、再会することを約束して。

 


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