バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十八話 見えてきた未来

 マッコイ爺さんの家を出ると町には既に夜が訪れていた。人通りもほとんど無く、魔石灯の揺れる灯りが周囲の建物を橙色に染めている。もともと茶色い建物ばかりなのであまり色は変わっていないのだけど。

 

「むう。これは急がねばなるまい。今夜の宿を探すぞい」

 

 この時間ではもう馬車は出ていない。つまり雄二たちを連れてくるのは明日になるということだ。現状では秀吉の言うように、まずは今夜の寝床(ねどこ)を確保しなければならないだろう。

 

「でもこの辺にホテルは無さそうね。探すなら町の中心付近がいいんじゃないかしら」

「そうだね。中央通りならホテルの2つや3つはありそうだし」

「では行ってみるとしようかの」

 

 マッコイさんの家は町の最東端。少し南側に行けば町の中央道に出る。中央道とはこの町を横一線に横切っている大きな道だ。

 

「それにしても辺り一面橙色だらけだね」

「そうね。それと地面が土でちょっと歩きにくいわね」

 

 この町――というより、この国はどの町も道が舗装されていない。ハルニアやガルバランド王国の町では道が石畳で舗装されていた。けれどこの国の道路は土がむき出しなのだ。一応何か特殊な加工で固めてあるようなのだけど、やはり歩くと砂埃が舞い上がる。美波の言うように、やや歩きにくい道だ。

 

「あそこから中央通りのようじゃな。じゃがあまり()(ごの)みをしている時間は無さそうじゃ」

「それじゃ最初に見つけた所に泊まるってことで、どうかな」

「ウチは構わないわよ。余程変な所じゃない限りね」

「決まりじゃな」

 

 中央通りに出た僕たちは道沿いに歩きながらホテルを探した。中央道は幅10メートルほどの大きな道。道の両脇には商店と思しき家屋が建ち並んでいる。だがどの店も(あか)りが消されている。既に閉店しているようだ。

 

 思ったより遅い時間になってしまったな。まさかハルニア祭の時みたいにすべてのホテルが満員なんてこと……ないよね?

 

『おーい。見つけたぞーい』

 

 先行していた秀吉が道の向こうで手を振っている。どうやらホテルを見つけたらしい。

 

「見つけたってさ。行こう美波」

 

 秀吉の後を追い、僕は土の道を駆け出した。

 

「あっ、ちょっと待ってアキ」

「ん? 何?」

 

 立ち止まって振り向く。すると美波は真面目な顔をして聞いてきた。

 

「あのねアキ、さっきのことなんだけど……」

「さっき?」

「マッコイさんの所での話」

「う、うん……」

 

 キスをしろって言われた話かな……あれは恥ずかしいからあまり触れないでほしいんだけどな……。

 

「あんなことして、もし砂上船に乗せてくれなかったらどうするつもりだったの?」

「へ?」

 

 あ……そっちの話か。

 

「え? じゃないわよ。乗せてもらえなかったらウチら帰れないかもしれないのよ?」

「う、うーん……確かにそうなんだけど……」

 

 どうするつもりかと聞かれれば、”何も考えてなかった”が答えになる。なぜならさっきの僕は無我夢中で、後先のことなんかこれっぽっちも考えていなかったから。とにかく美波のキスを阻止したい。それだけが僕の頭を支配していたからだ。

 

「じ、実は、何も考えてなくて……」

 

 正直に答えるしかなかった。嘘を言えば美波にはすぐ見破られる。それに言い訳を考える思考力なんて僕には無かったから。

 

「ハァ……やっぱりね」

「ご、ゴメン……」

 

 今にして思えばなんと愚かなことをしたものか。今更ながら後悔の念に駆られてしまう。マッコイさんが笑って許してくれたから良かったが、もし怒って乗船を拒否されたら雄二や姫路さんたちに合わせる顔がない。元の世界に帰るのは諦めろと言っているようなものだ。

 

「やっぱりアキはアキね」

「だ、だってしょうがないじゃないか。頭がふわーってなってわけわかんなくなっちゃって……それで……その……ゴメン……」

「そうね。今回はしっかり反省してもらうわよ。危うくウチらの未来が断たれるところだったんだから」

「はい……ごめんなさい」

 

 がっくりと項垂れる僕。やはり僕は感情に任せて動いてしまう悪い癖が抜けないようだ。

 

「いいことアキ。これからはもっと考えてから行動するのよ。いいわね?」

「はい。反省します……」

 

 こんなことでは近い将来に痛い目を見ることになるだろう。本気で直す努力をしないと……。

 

「……アキ。ちょっと耳を貸しなさい」

「ほぇ? 耳?」

「いいから早く!」

「う、うん」

 

 きっと罰として思いっきり耳を(つね)るつもりなのだろう。仕方ない。罰を受けるとするか。

 

「あんまり痛くしないでよね……」

 

 僕は呟きながら耳を差し出した。すると、

 

(……ウチの唇はアキだけのものよ)

 

 美波は耳元で囁き、

 

「さぁ行きましょ! 木下に置いて行かれちゃうわよ!」

 

 そう言うとスキップするように土色の道を走り出した。

 

 

 

 ――頬に優しい湿り気を残して。

 

 

 

 

 〔 タイムリミットまであと6日 〕

 

 

 

 

「でかしたぞ明久!」

「す、凄いです明久君! 本当に砂上船を動かせるんですか!?」

 

 翌日、王都モンテマールに戻った僕たちは雄二たちに経緯のすべてを説明した。もちろん皆は大喜び。早速マッコイさんの所に行って皆で船の準備を手伝おうという話になった。

 

 そしてカノーラの町への馬車の中、僕は王都に残った雄二チームの成果を聞いた。

 

 まず、北の海路については時間短縮の術なしという結果だった。この国の北側はリアス式海岸になっていて、非常に入り組んだ暗礁海域らしい。このため、定期船は大きく沖に出て暗礁を避けているそうだ。しかも海流が激しく、小型船などを出そうものなら、あっという間に岩に叩きつけられて沈没してしまうと言われたそうだ。

 

 では雄二たちに全く成果がなかったのかというと、そうでもない。姫路さん曰く、なんと扉の島に関する情報を得たらしい。

 

 それはモンテマールを訪れていたというマリナポートの漁師から聞いたと言う。男が言うには、1ヶ月ほど前、新しい魚場を求めて沖へ繰り出した時に奇妙な島を目にしたというのだ。その島は異様と思えるほどの黒くて濃い霧に覆われていて、その霧の中で連なる灰色の山が見え隠れしていたそうだ。

 

 今までこんな所に島があるなんて聞いたことがない。興味を持った漁師は船を進めたが、霧の中に入るといつの間にか出てきてしまっていたのだという。不思議に思いながら何度か進入を試みるも、やはり出てきてしまう。まるで何者かが侵入を拒んでいるかのようだったという。気味が悪くなった漁師はそのまま帰還。そして仲間にこの話をし、翌日再びその場所へ行ってみると、なんとそこには何も無かったのだそうだ。

 

 この話は普通の人が聞けば「不思議なこともあるもんだね」で終わるだろう。しかし僕らにとってこの話は重要だ。なにしろまったく同じ話をリットン港で聞いてきたのだから。

 

 これで目撃証言が2つになった。どちらの証言もマリナポートの南海。扉の島はきっとそこにある。砂上船の問題も解決し、島の存在も確認できた。馬車の中、僕たちの士気はこれ以上にないくらいに上がっていた。

 

 ただ、気になるのは”翌日その島が消えていた”という話。もしかして移動する島なのだろうか。それとも潮の満ちかけで沈んだり浮上したりする島? 真相は分からない。けれど僕たちはそこに行くしかないのだ。

 

 雄二も”百聞は一見にしかず”と言っている。きっとこの目で見れば何かが分かるはず。これは僕たち全員の一致した意見であった。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 雄二たちを連れ、僕は再びカノーラの町へ戻ってきた。この頃には既に日が落ちかけていた。往復で8時間も掛かる上に、馬車の便が少ないので時間が掛かってしまうのだ。

 

 ――コツコツコツ

 

 早速マッコイさんの家の扉を叩く僕たち。しかし中から返事はなかった。

 

「う~ん……いないのかな」

「明久よ、こんな時のためにこれを預かっておるのじゃ」

 

 秀吉が上着のポケットから小さな金属の棒を出して言う。

 

「そういえば合い鍵を預かったんだっけ」

「んむ。では開けるぞい」

 

 秀吉が合い鍵を使って扉を開ける。すると家の中は真っ暗だった。

 

「マッコイ殿、失礼しますぞい」

 

 そう言って秀吉が中に入って行く。家の中は真っ暗闇。返事をする者もいない。やはりここにはいないようだ。

 

「おらんようじゃな」

「きっと地下ドックね。行きましょ」

 

 美波も続いて家の中へと入って行く。

 

「あ、あの……美波ちゃん? 勝手に入っちゃっていいんですか?」

「いいのよ。だって昨日来た時に入っていいって言われたんだもの」

「でもちょっと……気が引けます……」

「……瑞希。美波は嘘をつかない」

「それは分かってるんですけど……でも……」

「瑞希ったら心配性ね。大丈夫よ。もし叱られたらウチが責任を取るから安心しなさい」

「……美波もああ言ってる。行こう瑞希」

 

 霧島さんは姫路さんの背を押して家の中へと入って行く。雄二やムッツリーニもそれに続き、僕たちはぞろぞろと家の中へと入って行った。

 

 地下ドックへの行き方は覚えている。寝室のベッドの下にスイッチがあり、それを入れることでベッド下の隠し階段が現れるのだ。

 

「おおっ? なんだこりゃ!? すげぇな!」

「…………からくり屋敷」

 

 早速スイッチを入れて階段を出すと、雄二やムッツリーニが興味を示した。特にムッツリーニの鼻息が荒い。エロ以外にも興味を示すとは意外だ。

 

「マッコイさんが作ったんだってさ。地下ドックはこの先だよ」

「家の地下に秘密のドックか。面白ぇじゃねぇか」

 

 雄二とムッツリーニが面白がって地下階段に入って行く。2人の気持ちはよく分かるよ。僕も最初にこれを見た時はワクワクしたからね。

 

 

 

      ☆

 

 

 

「おうキノシタ。来よったか」

 

 そして地下ドックに入ると、黄色いツナギを着たマッコイさんが出迎えてくれた。至る所に黒いシミが付き、いかにも作業着といった感じだ。この格好からするとまだ作業中なのだろうか。

 

「マッコイ殿。すまぬが勝手に上がらせていただいたぞい」

「構わん。しかし茶は出せんぞ。見ての通り作業の真っ最中じゃからな」

 

 そう言うマッコイさんの背後には巨大な船の姿があった。見た目は昨日とほとんど変わらない。マストが取り払われているくらいだ。本当に進んでいるんだろうか。

 

「マッコイさん。俺たち7人を代表して礼を言わせてください。ありがとうございます」

 

 雄二は一歩前に出るとペコリと頭を下げた。学園長に言われた通り礼儀を実践しているのだろう。それにしてもこいつ、目上の人にちゃんと挨拶ができるんだな。いつも横柄な態度を取っていたから、てっきりできないものだと思っていたよ。

 

「フン。男に感謝なんぞされても嬉しぅないわい」

「……」

 

 あ。この雄二の顔、イラッと来てるな? 頬がピクッと動くからすぐ分かる。

 

「マッコイさん、よろしくお願いしますね」

「おぉ、お前さんも来たか! このマッコイにすべて任せておくがよい! お主らに快適な旅をプレゼントしてやるぞい!」

 

 ところが姫路さんが挨拶するとこの対応である。こちらも分かりやすい性格だ。

 

(おい明久、このジジイ蹴り飛ばしていいか)

(だ、ダメだよ! そんなことしたら乗せてもらえなくなっちゃうじゃないか!)

(俺はこのジジイと仲良くできる気がしねぇんだ)

(ちょっと変わった人ではあるけど我慢してよ。今怒らせたら砂漠を越えられないんだからさ)

(チッ、わーったよ。けど口を開くと喧嘩しちまいそうだから俺は黙ってるぜ。後は任せる)

(へいへい。りょーかい)

 

「マッコイさん、動力はどんな感じですか?」

「既にほぼ完成しておる。あとは魔石タンクとの接続部分のみじゃ。なぁに、心配するでない。明日の朝には完成してみせるわい」

 

 美波の問いにマッコイさんは自身たっぷりに答える。なるほど。このお爺さん、女の子”だけ”に優しいんだな。

 

「マッコイ殿。手伝えることは無いじゃろうか。ワシらは一刻も早く東に渡りたいのじゃ」

「ならん! 何人(なんぴと)たりともワシの船には触らせん!」

「しかしワシは――」

「ワシの夢が詰まった大事な船じゃ! たとえキノシタであろうとも触らせはせぬ!」

「むぅ……」

 

 秀吉にまで怒鳴るなんて……この船にはそれほどまでに大事な船なのか。

 

「まぁ慌てるでないキノシタよ。焦ると思わぬ失敗を招くものじゃ。事は慎重に運ばねばならんぞ」

「そうじゃのう……」

「ここはワシに任せてお主らは休むがよい。先程も言うたが明日の朝には完成じゃ。楽しみにしておれ」

「分かり申した」

 

 ということは明日の朝にまた出直しかな?

 

「すまぬ皆。明日の朝また出直しじゃ」

「ウチらに手伝えることは無さそうだし、仕方ないわね」

 

 そんなわけで僕たちは町に戻りまた宿を取ることにした。来たばかりだけど出来ることが無い以上、居ても邪魔になるだけだからね。

 

 しかし明日はいよいよ砂漠越えだ。砂上船なんて初めてだ。一体どんな旅になるんだろう。なんだかワクワクしてきた。

 


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