バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

128 / 169
第二十七話 愛の形

 地下ドックを後にした僕たちは最初の部屋に戻り、再び丸いテーブルの席に案内された。

 

「ではマッコイ殿、この機械を預ければ良いのじゃな?」

「そうじゃ。調べるのには少々時間が掛かるが、明日には解析してみせるぞい」

「じゃあ、砂漠を越えることもできるのね?」

「うむ。しかも以前より高速になり、アルミッタまでの時間短縮も可能となるじゃろう」

 

「「「いやったぁぁ!!」」」

 

 僕たち3人は両手を上げて喜ぶ。よぉぉし! これで問題だった砂漠越えができるぞ! 扉の島までの船はマリナポートにあるし、砂漠さえ渡ってしまえば問題はすべてクリアだ!

 

 と思っていたら、

 

「喜ぶのはまだ早いぞい」

 

 マッコイさんは僕たちに向かってそんなことを言ってきた。

 

「えっと……まだ何か問題ありましたっけ?」

「うむ。大きな問題が残っておる」

 

 問題ってなんだろう? 禁止された動力の代わりは見つかったし、船自体もあんなに立派なものがある。運転する資格を奪われたわけではないと言うし、問題なんて残ってないと思うんだけど。

 

「美波、分かる?」

「ん~……ウチはもう問題なんて残ってないと思うけど……」

「秀吉は?」

「ワシも思い当たるものは無いのう」

 

 当然僕も問題はすべてクリアしたと思っている。大きな問題って何のことだろう?

 

「やれやれ。分かっておらんようじゃな。砂上船が完成したとして、お主らをタダで乗せてやるとでも思うたか? 当然対価は払って貰うぞい」

 

 なるほど。エンジンを作るためには材料が必要で、それを買うためにお金が要るってことか。そりゃそうだよね。善意でこれだけのものにタダで乗せてくれるはずがないか。でもいくら掛かるんだろう。

 

「分かりました。乗船料を払えってことですよね。いくら払えばいいですか?」

 

 全部で7人もいるからあまり吹っ掛けてほしくないな……。

 

「何を言っとる。金などいらんわい」

「へ? お金いらないの? でも今、対価を払えって……」

「対価が金などと誰が言うた。お主らから金を取るつもりなどないわい」

「んん? じゃあ、お金じゃなかったら何なんです?」

「うむ。それはな────」

 

 マッコイさんは真っ白な顎髭をしゃくりながら、舐め回すように僕らを見つめる。そして真顔でとんでもないことを言ってきた。

 

「ほ……」

 

「「「ほ?」」」

 

「ほっぺにチューしてほしいんじゃ」

 

「……はい?」

 

 僕の耳がおかしくなったのかな。マッコイさんの口から変な言葉が出た気がする。見れば美波や秀吉も目をぱちくりとさせて首をかしげている。どうやら理解できないのは僕がバカだからという理由ではなさそうだ。

 

「えっと……すみません。もう一回言ってもらえます?」

「だ・か・ら! ほっぺにチューしてほしいのじゃ!」

「えぇぇぇっ!?」

 

 こ、このジジイ頭がおかしいんじゃないの!? お金の代わりにチューをしろだなんて非常識もいいところだ!

 

「良いではないか明久よ。それだけで砂上船に乗せてもらえるのならば安いものじゃ」

「いいわけないよ!? どうして僕がこんな爺さんにキスしないといけないのさ!」

「はぁ? 何を言うとる。小僧のチューなんぞ死んでもいらん」

「へ? どういうこと?」

「決まっておろう。ほれ、お主じゃ」

 

 マッコイ爺さんはニヤつきながら指を差す。

 

 ――秀吉を。

 

「なっ!? ワ、ワシじゃと!?」

「いいじゃないか秀吉。それだけで砂上船に乗せてもらえるんだよ?」

 

 へへっ、さっきのお返しだ。

 

「別に構わんじゃろ? 減るものでもあるまい」

「良いわけがなかろう! ワシは男じゃ! そのような趣味は持ち合わせておらぬ!」

 

 秀吉がそう叫ぶと、マッコイ爺さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 

「「「「…………」」」」

 

 なんとも言えない、気まずい空気が僕ら4人を包む。

 

「ヨシイよ。そうなのか?」

 

 信じられないという顔をして僕に尋ねるマッコイ爺さん。そりゃ僕だって信じられないけど、少なくとも女の子じゃないみたいなんだよね。

 

(まこと)に残念ではあるのですが、秀吉は女子ではないみたいなんです」

「残念とはどういう意味じゃ! ワシは男じゃと何度も言うておろう!」

「なんじゃ女子(おなご)ではないのか……つまらんのう」

「もうこのやり取りは疲れたのじゃ……」

 

 しょうがないよ。だって秀吉が可愛いのがいけないんだから。

 

「では代わりにお主にやってもらおうかの」

「えぇっ!? やっぱり僕!?」

「……お主、今の話をまったく聞いておらんかったな? 男のチューなぞいらんと言うておろう」

「ですよねぇ」

「ほれ、そこのリボンの嬢ちゃんじゃ」

「えっ!? ウ、ウチ!?」

「そうじゃ、お主がワシのほっぺにチューしてくれたら砂上船にタダで乗せてやろう」

「で、でも、ウチは……その……」

 

 美波は困った顔で僕を見つめる。この爺さんに美波がキスをするなんて、僕だって黙って見過ごすわけにはいかない。でも要求を受け入れなければ砂上船には乗せてもらえないらしい。砂上船に乗れなければ砂漠を横断できなくなり、僕たちは元の世界に帰れなくなるのだ。

 

 雄二たちの成果に期待するという手もあるが、一旦戻って雄二に確認するほど時間に余裕はない。やはり確実なのは砂上船による砂漠横断。つまり最善の策は”この要求を受け入れる”ということになる。

 

 

 …………

 

 

 でも……。

 

 

「島田よ、今は躊躇(ためら)っておる場合では無いぞ? 覚悟を決めるのじゃ」

「そ、そんなこと言ったって……」

 

 秀吉までもが催促し、美波は困り果てた表情を見せる。こんな時は僕がフォローするべきなのだろう。けれど僕には何も言えなかった。どうするべきか僕自身、悩んでいたから。

 

「あの……ど、どうしてもウチがやらなくちゃダメですか?」

「ダメじゃ!」

「えっと、何か他の物とかじゃ……ダメですか?」

「もちろんダメじゃ!」

「たとえばおいしいお酒とか……?」

「酒は大歓迎じゃが、それとこれとは話が別じゃ!」

「乗船料払うとか……」

「金などいらんと言うたじゃろ。ワシは嬢ちゃんのチューが欲しいんじゃ!」

「どうしても?」

「どうしてもじゃ!」

 

 僕の目の前で美波とマッコイ爺さんがそんなやりとりを繰り広げる。この色ボケジジイめ。そこのスパナでぶん殴ってやろうか。

 

(明久よ、この様子ではいくら言っても引かぬぞ?)

(そんなこと僕に言われても……)

(お主が島田に言えば良いのじゃ。お主らの気持ちは分からぬでもないが背に腹は変えられまい)

(う~ん……)

 

 美波はどうなんだろう。砂上船のためとはいえ、こんなジジイにキスしてもいいんだろうか。僕だったら断りたいけど……。

 

 美波はぎゅっと握った手を胸に当て、苦しそうな表情を見せている。悩んでいるのだろう。そういう僕だって結論を出せていない。砂上船に乗せてもらえなければ、扉の島への道は時間的に非常に厳しいものになるだろう。もし間に合わなければ元の世界に戻ることもできない。僕たち7人の未来にかかわる問題なのだ。

 

「いいじゃろ? チューひとつで済むのなら安いもんじゃ」

 

 ジジイはいやらしい笑みを浮かべながら美波を見つめる。これに対して美波はぎゅっと唇を噛みしめ、俯いて苦悶の表情を見せていた。

 

 助けたい。でもどうやって助けたらいいんだろう……。

 

 僕が代わりに爺さんにキスをすると進言するか? けど男のキスなどいらないと言っていた。これでは爺さんの要求は満たせない。秀吉が女の子ではないことはバレてしまっているし、姫路さんや霧島さんに頼むわけにもいかない。そもそもここに2人はいない。一体どうすれば……!

 

「……わかりました」

 

 頭を抱えて悩んでいると、美波が呟くように言った。顔を上げ、大きな目でキッとジジイを睨みつけて。

 

「そうか! 嬉しいぞい!」

「そ、そんな! 美波はそれでいいの!?」

「だって仕方ないじゃない……こうしないと砂上船に乗せてもらえないんだから……」

「た、確かにそうかもしれないけどさ……」

「小僧。嬢ちゃんがいいと言ってるんじゃ。往生際が悪いぞい。ささ、(はよ)うチュッっとやってくれ!」

 

 ジジイはそう言って頬を突き出した。

 

「アキ……ごめんね」

 

 悲しそうな目で美波が謝り、ジジイの方へとゆっくり歩いていく。その様子を見ながら僕はまだ悩んでいた。

 

 チューとはキスのこと。接吻、口づけとも言う。主に愛情表現のひとつとして使われるものだ。外国では親しい者同士の挨拶としても使われるらしい。

 

 僕のファーストキスの相手は美波だった。あれは停学明けの登校中のこと。彼女は僕に目を瞑れと言い、皆の見ている前で唇を重ねてきた。この時の僕は美波の想いを知らなかった。だから僕が間違えて送ったメールで勘違いをしていたものだと思っていた。「僕のことを好きなのか?」との問いに美波も「そんなわけない」と否定したこともあり、結局この時は”酷い勘違い”ということで終わりにしてしまった。

 

 でもそれは違っていた。彼女はずっと僕のことを想ってくれていた。それも1年生のころからずっと。彼女の告白により僕はそれを知り、ようやく自分自身の想いにも気付くことができた。そして僕たちは互いの気持ちを打ち明け、恋人同士としての付き合いがはじまった。

 

 それからというもの、美波は度々僕にキスをしてきた。もちろんこれは彼女の愛情表現であり、挨拶の類いではない。

 

 今回マッコイ爺さんが要求してきたのは挨拶の類い。そう、挨拶としてのキスなのだ。それは分かっている。分かっているのだけど……。

 

「ささ、ここんとこに頼むぞい」

 

 美波が僕以外の人とキスをする。そう思うと胸が苦しくなってくる。とても嫌な気分だ。

 

 僕にとって美波のキスは特別だ。たとえそれが挨拶や砂上船のためだとしても…………僕にとって……美波は……。

 

 

 

 ……

 

 

 

 皆……………………ごめん!!

 

「っ――――!!」

 

 僕は弾けたように駆け出し、美波の前に立ちはだかった。そして彼女の体をぎゅっと、思いきり抱き締めた。

 

「ちょ、ちょっとアキ!? 何するのよ! 放しなさい!」

「い……イヤだっ!!」

「そんなこと言ったって他に手段が無いのよ? 元の世界に帰るためには仕方ないじゃない!」

「なら僕は元の世界になんて戻らなくていい!」

「はぁ!? それじゃ瑞希たちはどうするのよ!」

「っ……! み、皆には悪いけど……で、でも、僕は……! 僕は……! やっぱり嫌なんだ!!」

「アキ……」

 

 皆、ごめん……こんなことなら美波を連れてくるんじゃなかった……本当に……ゴメン……。

 

「なんじゃ小僧、この嬢ちゃんに惚れとるのか?」

「……」

 

 後ろからマッコイさんの声が聞こえてくる。けれど僕は答えず、必死に美波を抱き締め続けた。

 

「ホント……バカなんだから……」

 

 すると美波は僕の背中に腕を回し、抱き締め返してきた。その抱擁はとても優しく、僕の心に安心感を与えてくれた。

 

「お、お主ら……いくら想い合っているとはいえ、人前でそのようなことを……」

「ホッホッホッ。そうかそうか、お主ら両想いじゃったか。若いのう」

「み、見ているこちらが恥ずかしいのじゃ……」

 

 背中に秀吉やマッコイ爺さんの冷やかしを受けながら、僕は美波の細い身体を抱き締め続けた。皆には申し訳ないと思いつつも、僕はこの腕を放すことはできなかった。僕にとって美波は特別な存在。なにものにも代えがたい、僕の一番大切な人だから。

 

「まぁ良いじゃろ。これも何かの縁じゃ。お主ら全員乗せてやるわい」

 

 するとしばらくして、マッコイ爺さんがそんなことを言い出した。

 

「なんと! 良いのかマッコイ殿!?」

「ふぉふぉふぉ、久々に熱き愛を見せてもろうた礼じゃ。お主の仲間全員連れてくるがよい」

「まことか!? 感謝するぞい! ほれ、お主らもいつまでも抱き合っておらんで礼を言うのじゃ!」

 

 ……あ。

 

「え、えっと……その……あ、ありがとうございます!」

「す、すみません! ウチったらなんて恥ずかしいことを……」

 

 僕たちはパッと身を離し、慌てて頭を下げた。は、恥ずかしい……顔から火が噴き出しそうなくらいに恥ずかしい……。

 

「良い良い。ワシも久々に胸が熱うなったわい」

「ところでマッコイ殿。王妃殿には何も言わなくて良いのかの?」

「構わん。言ったところで王妃のバァさんに反対されるだけじゃ。ワシはワシのやりたいようにする」

「主様も度胸があるのう……」

「ホッホッホッ。こうして再び砂上船を動かせるのじゃ。誰にも邪魔はさせぬわ」

「それを聞いて安心したぞい。ではワシらはそろそろお(いとま)するとしよう。マッコイ殿、明日また来て良いかの?」

「無論じゃ。もし居なければこの鍵を使って入るが良い」

 

 そう言ってマッコイさんは鍵を渡してきた。

 

「む? 勝手に入って良いということかの?」

「そうじゃ。恐らくワシは地下ドックにおる。ここに居なければ地下に来るがよい」

「承知した。では行くとするかの。……んむ? どうしたのじゃ? お主ら」

 

 秀吉がマッコイさんと話している間も僕はずっと目を逸らしていた。すぐ隣では美波が顔を真っ赤にして前髪をいじっている。

 

 初対面の人の前で美波と抱き合ってしまったのだ。こんなに恥ずかしいことはない。たぶん美波も同じくらい恥ずかしい思いをしたのだと思う。これは僕の責任だ……。

 

「なんじゃヨシイ。まだ照れておるのか。なんならここで2人でチュッとやっても良いのじゃぞ?」

 

 ぶっ!?

 

「そっ……! そ、そそ、そんなことできるわけないじゃないですか!!」

「そ、そうよ! いくらなんでもそんな……! 恥ずかしい……こと……」

 

 も、もう嫌だ……一刻も早くこの場を去りたい。というか穴があったら入りたい。むしろ穴を掘ってでも入りたい。地中深く埋まってしまいたい。

 

「カッカッカッ! 冗談じゃよ! 冗談!」

「ほれ、お主ら帰るぞい。マッコイ殿に礼を言うのじゃ」

「……あ……ありがとうございました……」

「深く感謝します……」

 

 僕と美波は揃って頭を下げ、礼の言葉をかけた。しかし恥ずかしくて……とてもいたたまれない。

 

「うむ。また明日来るがよい。待っておるぞ」

 

 こうして僕たちはマッコイさんの家を後にした。

 

 それにしてもすっかり調子を狂わされてしまった。まさか人前でこんな恥ずかしいことをしてしまうなんて……痛恨の極みだ……。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。