バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十六話 夢の形

 階段は思っていた以上に長かった。もう何段降りたかも分からなくなってしまった。感覚的には5階分ほど降りたように思う。けれどまだ階段は続いているようだ。一体どこまで降りるんだろう。まさか地獄の底へご案内……なんてこと、ないよね?

 

「着いたぞい」

 

 と思っていたら着いたらしい。振り向いたマッコイさんの足下は直線の廊下になっていて、その先には真っ黒な鉄の扉のようなものが見える。これが地獄の扉なんだろうか。

 

 マッコイさんはその扉の前に立つと、松明を壁に掛けた。そして扉に付いている丸いハンドルをおもむろに回し始める。キュッキュッと音をたてて回っていくハンドル。それを5、6回ほど繰り返すと、どこからかカチリという音が聞こえた。

 

「さ、入るがよい」

 

 そう言うとマッコイさんは重そうに体で扉を押し開け、中へと入っていった。どうやらこの中に見せたい物があるらしい。僕たちは彼に続き、扉の中へと入ってみた。

 

「真っ暗だね」

「何も見えぬな」

 

 僕ら4人の姿以外何も見えない。背後からの松明の光で足下が照らされているくらいで、前方は真っ暗で何も見えないのだ。魔石灯の(あか)りでは弱すぎるのか。それにしても……なんだろうこの香り。木の香り? 何なんだここは?

 

 ――カチッ

 

 暗闇でスイッチを入れるような音が聞こえた。すると突然辺りがパッと明るくなった。照明のスイッチを入れたようだ。

 

「うっ……く……」

 

 真っ暗なところにいたせいで光が酷く眩しい。目を開けられずにぎゅっと強く目を瞑る僕。光に目が慣れていくのを待ち、うっすらと目を開けてみると……?

 

えぇぇぇーーーーっ!?

 

 目の前に現れた光景に思わず大声で叫んでしまった。

 

 異様に広い空間。前方の壁は遙か遠く、その距離は優に100メートルは超えている。天井は屋外かと勘違いしそうなくらいに高く、まるでドーム球場の中にいるかのようだった。

 

 そして目の前には巨大な建造物がドンと(そび)え立っている。

 

 滑らかな曲線を描いて降りてくる木製の壁。その壁は遙か向こう側まで湾曲しながらずっと伸びている。真上を見上げると、きゅっと窄んだ壁の先端に一本の棒が立てられていて、その根元では王冠をかぶった王様のような彫刻が腕組みをしていた。

 

「マッコイ殿! こ、これは砂上船ではないのか!?」

 

 隣で秀吉が目を丸くして興奮気味に言う。

 

 目の前に聳えていたのは木で作られた船体。そのボディの上には3本の柱が立てられ、帆が巻かれている。それは多数の照明に照らされ、金色に輝いているように見えた。

 

 そう、秀吉の言うように、それは船にしか見えなかったのだ。

 

「フ……どうしても諦め切れなくてな……こうして秘密裏に夢を形にしておったのじゃよ」

 

 懐かしむように目を細めて船を見つめるマッコイさん。照明に照らされたお爺さんの横顔も心なしかキラキラと輝いているように見える。

 

「これなら運送業再開できるんじゃないんですか!? どうしてやらないんですか!」

 

 興奮しながらマッコイさんに尋ねる僕。けれどお爺さんの反応は僕のテンションとは対照的にとても低かった。

 

「できるものならとっくにやっておる。それができない理由はさっき言うたじゃろ」

「で、でも……!」

「それにこいつはまだ未完成でな。致命的な問題が残っておるのじゃよ」

「へ? 問題? どう見ても完成してるようにしか見えないんだけど……」

「見た目はな。じゃがこいつには動力が無いのじゃ」

「動力?」

「そうじゃ。動力が無ければこいつはただの置物じゃよ」

 

 マッコイさんはそう言って顔を上げ、悲しげな視線を船に向ける。その表情を見ているうちに僕の高ぶっていたテンションも次第におさまっていった。

 

 そうか。たとえ船があっても……仮に動力があったとしても動かすわけにはいかないんだ。王妃様に動かすことを禁止されてしまったのだから。

 

「マッコイ殿。その動力とはどのような物なのじゃ?」

「魔石の力を利用して風を起こす6枚の羽じゃよ。こいつの製造を王妃のバァさんに禁じられてしもうてな」

「そうであったか……」

 

 風を起こす6枚の羽……つまりプロペラのようなものだろうか。砂上船は風力を推進力にしていたのか。

 

「でももったいないわね……こんなに立派な船なのに動かないなんて」

 

 美波は船体を見上げながら脇をゆっくりと歩き始めた。

 

「あ、美波」

「えっ? なに?」

「足元見て歩かないと(あぶ)な――――」

 

 ――ガシャッ

 

 遅かった。美波が転がっている道具箱に足を引っ掛け、顔面から着地してしまったのだ。これは痛そうだ……。

 

「いったたぁ……もう、何なのよ! おでこ打っちゃったじゃない!」

 

 (ひたい)をさすりながら身体を起こす美波。僕は彼女に駆け寄り、手を差し伸べた。

 

「大丈夫? 怪我は無い?」

「大丈夫じゃないわよ。いったた……ねぇアキ、ちょっと見てくれない? おでこ擦り剥いてない?」

 

 美波は僕の手を取って立ち上がる。見たところおでこから血は出ていない。傷もないようだし、大丈夫だろう。

 

「うん。大丈夫みたいだよ。ちょっと赤くなってるくらいかな」

「ホント? 良かったぁ」

「いやぁすまんすまん。動力を調達できないと分かってから気力がのうなってしもうてな。片付けるのも億劫(おっくう)で放置しておったんじゃ」

 

 後ろではマッコイさんが散らばったスパナやバールのようなものを道具箱に片付けている。僕にはその姿も寂しそうに見えた。気の毒だな……せっかく叶った夢が消えてしまったんだもんな……。

 

「うむ? ……はて。こんな物、入れておったじゃろうか?」

 

 気付くとマッコイさんがドライヤーのような物を手にして覗き込んでいた。ん? あれには見覚えがあるぞ。確かハルニアのレナード国王が作った……えぇと、名前は春風機(しゅんぷうき)だったかな。そんな名前の風を起こす機械だったはず。そうだ、思い出したぞ。あれは美波が王様から取り上げたんだ。あれからずっと鞄に入れていたんだな。きっと転んだ拍子に転がり出たんだろう。

 

「それ、覗き込むと危ないですよ」

「む? お前さんこいつを知っておるのか?」

「知っているというかなんというか……美波が持っていた物なんです」

「なんじゃ。これはお前さんがたの物じゃったか。しかし危ないとはどういうことじゃ? 火でも噴き出すのか?」

「いえ、そうじゃなくて、それは――――っ!?」

 

 突然殺気を感じ、口を止める僕。その殺気はすぐ隣から発せられていた。スカートの前をギュッと押さえながら凄い形相で僕を睨む美波。それはもうゴゴゴゴというう音が聞こえてきそうなくらいの迫力だった。

 

「えっと……す、凄い風を噴き出すんです」

 

 大丈夫だよ。もうあんな使わせ方はしないから。僕は目でそう語り、美波にアイコンタクトを送った。

 

「ほ~……こんな小さな物で風を起こせるとはのう。異世界には珍しい物があるのじゃな」

「あ、いえ。それは元の世界から持ってきたものじゃなくて、レナードさんから――」

 

 まてよ? 言葉は選ぶべきかもしれない。”取り上げた”だと僕らが王様より偉いみたいだ。でも、”貰った”というような感じでもなかった。こういう時はなんて表現すべきなんだろう? くぅっ……言葉の引き出しが少ない自分が恨めしいっ! などと悩んでいると、

 

「レナード陛下から譲り受けたんです」

 

 美波がさらりと言ってのけた。なるほど。この表現なら差し障りのない言い回しだ。少し詐称のような気もするけど。

 

「レナードじゃと? まさかレナード・エルバートンか?」

 

 そういえば王様のフルネームはそんな感じの名前だった気がする。

 

「はい、ハルニア国の王様のレナード陛下です」

「なんと! お主らあやつと知り合いじゃったのか!」

 

 僕が答えるとマッコイさんは驚きの表情を見せた。って……あやつ? レナードさんは王様なんだけど、その王様を”あやつ”呼ばわりするってどういうことなんだろう?

 

「レナード陛下はハルニア王国でとてもお世話になった方なんです。もしかしてマッコイさんも知り合いなんですか?」

「知り合いもなにも、あやつはワシが大学の講師を務めておった頃の生徒じゃ。30年ほど前の話じゃがの」

「「「え、えぇぇーーっっ!?」」」

 

 こ、これは驚いた……まさかこのお爺さんが王様の教師だったなんて……。

 

「すっ、すみません! 大変なご無礼を!」

「ウチらそんなこと全然知らなくて……! すみませんっ!」

 

 揃って頭を下げる僕と美波。その横では秀吉が不思議そうな顔をして見つめていた。

 

「なぁに、そう(かしこ)まらんでえぇ。ワシが教師をしていた時にたまたまあやつが生徒になっただけじゃ」

「いや、でも……」

「そうかそうか。これはあやつのこしらえた物じゃったか。なるほど。そう言われるとどことなくあやつめの作りそうな形をしておるわい」

 

 マッコイさんは僕らの態度を気にする様子もなく、春風機(しゅんぷうき)を眺めながら嬉しそうに目を細める。この顔、玩具を与えられた子供のようだ。いや、昔を懐かしんでいる目かな?

 

「ところでヨシイよ。これはどうやって使うのじゃ?」

「あ、そこのグリップにスイッチがありますよね。それを押し込むんです」

「グリップ? この手に持つようなところかの?」

「はい、そうです。危ないから人がいない方に向かってやってくださいね」

「ふむ……こうかの?」

 

 マッコイさんはグリップを握り、銃のように構える。そして人差し指でトリガーを一段引いた。

 

 ――キュィィィン……

 

 甲高い金属音がその機械から出始める。そこへ美波が小声で話し掛けてきた。

 

(ちょっとアキ!)

(大丈夫だよ。美波には向けさせないから)

(本当でしょうね。嘘だったら一生許さないわよ)

(だっ、大丈夫。嘘なんかつかないよ)

 

「これで(しま)いか?」

「あ、いえ。それで30秒くらいしたらもう一段トリガーを引くんです」

「ふむふむ……こうじゃな?」

 

 マッコイ爺さんは、ぐっとトリガーを強く引いた。

 

 ――ドンッ!!

 

 一瞬の出来事だった。機械から凄まじい風が吹き出し、床に散らばった工具や木の破片を一気に吹き飛ばしたのだ。飛ばされた物はまるで重力が横向きになったかのように飛んで行き、ドカカカッと壁に突き刺さる。

 

「なっ……なんじゃこれは!? 明久よ! お主なんと危険な物を持ち歩いておるのじゃ!」

「えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ秀吉! 僕じゃないって! 持ってたのは美波だよ!」

「えっ? だ、だって捨てるわけにもいかないし、しまっておく場所なんかも無かったから……だから……しょ、しょーがないでしょっ!」

「人に向けんで良かったわい……マッコイ殿、大丈夫かの?」

 

 秀吉はマッコイさんに歩み寄り、手を差し伸べる。

 

「ふぇ~……お、驚いたわい……」

 

 マッコイさんは秀吉の手に掴まり起き上がる。そして機械をまじまじと見つめながら、ひとつ大きく溜め息をついた。

 

「しかしなんちゅう出力じゃ。こりゃ家ごと吹っ飛ばせるくらいの力があるのう」

 

 ん? 家ごと? ……待てよ……?

 

 今困っているのは船に動力が無いってことで、その動力というのはプロペラを回すものであって……プロペラは風を起こすためのものであって、だから……。

 

「こ、これだっ!!」

 

 閃いた僕は思わず叫んでしまった。

 

「なによアキ急に大声出しちゃって。何がこれなの?」

「だって動力が無いんだろう? だったらこれを動力にすればいいじゃん!」

「えっ? これって、この機械?」

「そう! この春風機(しゅんぷうき)!」

 

 昔は飛行機だってプロペラで飛んでいた。今もそういった機体はあるが、今の主流はジェットエンジンだ。そしてこの春風機(しゅんぷうき)はまさにジェットエンジンそのもの。ならばプロペラの代わりにこれを取り付ければ船を動かせるはず!

 

「待つのじゃ明久よ。お主大事なことを忘れておるぞ」

「大事なこと?」

「砂上船の運航は王妃殿によって禁止されておるのじゃぞ? 動力を付けたところで許可が下りねば動けまい」

「う……そ、そうか……」

 

 秀吉の言う通りだ。良い案だと思ったんだけどなぁ……。

 

「キノシタよ。それはちと違うぞい」

「む? 何が違うのじゃ?」

「確かにワシは王妃の(めい)により製造を禁止されておる。じゃが禁止されておるのは動力の製造じゃ。船そのものの製造と操舵については禁止されておらん」

「ならばこの機械を取り付けることも禁止と思うのじゃが……」

「ホッホッホッ。甘いのうキノシタ。この6枚羽の動力はワシが国に独占的な製造の許可を貰ったものじゃよ。禁止されたのはこの6枚羽の製造だけじゃ」

所謂(いわゆる)特許というやつじゃな。しかしなにやら中途半端な辞令じゃのう」

「ワシは造船技師じゃからな。造船自体を禁止してしまうと海を走る船すら作れなくなる。王妃のバァさんはワシに海の船を作らせ、しかも運転させたかったのじゃろうな」

「なるほどのう……故に特許のみ剥奪したわけじゃな」

「ま、作れと言われても海の船になどもはや微塵も興味は無かったがの。ホッホッホッ」

 

 このお爺さんも相当な頑固者のような気がする……。

 

「じゃあ羽以外の製造だったら問題ないんですよね?」

「そのとおりじゃ。ヨシイよ、お主良い物を持ってきてくれたのう」

「ちょっと待ってアキ。そんなに簡単に行かないと思うんだけど」

「ん? まだ何か問題?」

「だって船ってこれなんでしょ? これだけ大きなものをこんな小さな機械で動かせるわけないじゃない」

「そうかな?」

「よく考えてみなさいよ。この船って何トンもあるのよ? 普通に考えたら無理よ」

 

 美波の言うことも(もっと)もな気がする。むぅ……やはり僕は考えが浅はかなんだろうか。

 

「ホッホッ、嬢ちゃん心配は無用じゃよ」

「えっ? 無用、って?」

「ワシを誰と思うておる。この機械を作ったレナードの師なのじゃぞ? あやつの作った物ならば分解してみれば構造などすぐに分かるわい。構造さえ分かればあとは大型化して船に取り付けるだけじゃ」

 

 マッコイさんは両手を腰に当てながら反り返り、自信たっぷりに言う。これは頼もしい。

 

「じゃあ砂上船動かせるんだね!?」

「無論じゃ! ヨシイよ、感謝するぞい! これでワシの夢も再び動き出すわい!」

「いやぁ、不幸中の幸いってやつですよ」

「とにかく部屋に戻るぞい。諸々準備をせねばならん」

「「「はいっ!」」」

 

 よっしゃぁっ! これで問題はすべて解決だ!

 


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