バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十五話 造船技師マッコイ

 マッコイというお爺さんが住んでいるのは、砂漠に一番近い町カノーラ。今にも砂漠に飲み込まれそうな位置にある町だ。秀吉はその町に行くのは3度目だという。1度目はレスターという機織り職人の元へ。2度目はマッコイさんに砂漠での事故のことを聞くために行ったそうだ。

 

 ここで僕はようやくレスターという人について詳しく聞くことができた。頑固一徹を貫く気難しい人で、小動物が大好きなお爺さんらしい。姫路さんたちは王妃様の依頼を果たすため、そのお爺さんの元で4日間を過ごしたという。そしてその依頼を果たせたのものアイちゃんという仔山羊のおかげだと秀吉は語った。

 

 レスターという名前は僕も知っている。その名を聞いたのはハルニア祭でのファッションショー。あの口調のおかしな人――マクレガーさんが慕っていた人の名だ。

 

 ショーにおいて美波は綺麗な水色のドレスを。僕は純白のウェディングドレスを着せられた。僕がドレスを着たことについては記憶から抹消するとして、美波のドレス姿は本当に可愛くて綺麗だった。まさかあんな可愛いデザインのドレスを作っていたのが頑固者のお爺さんだったとは正直驚きだ。女の美人デザイナーを想像していただけに、なんだか夢を壊された気分だ。

 

「んむ? なんじゃ、島田は寝てしもうたのか」

「へ?」

 

 気付けば一緒に話を聞いていたはずの美波が隣で寝息をたてていた。彼女は僕の肩に頭を凭れかけ、気持ちよさそうに眠っている。

 

「ワシの話はつまらなかったようじゃな」

「そんなことはないと思うよ? きっと病み上がりで疲れてるのさ」

「そうじゃな。そうかもしれぬな」

「秀吉、悪いけどそっとしておいてくれる?」

「んむ。分かっておる」

 

 でもよかった……。

 

 あの真っ赤に腫れ上がった腕を見た時は本当に恐ろしかった。医者に腕を切らなければならないと言われた時は胸が張り裂けそうだった。けれど今はこうしていつも通りの姿を見せてくれている。毒に犯された左腕もすっかり元通りだ。

 

 ……そういえば初詣の帰りに言ってたっけ。

 

 

 ―――― 本物、待ってるからね ――――

 

 

 あの時、美波は左手を振ってそう言っていた。僕のプレゼントしたガラスの指輪を薬指にはめて。もし左腕を失っていたらあの望みも叶えられなかったんだ。治って本当によかった……。

 

「お主も寝て良いぞ? 昨夜は走り回って疲れたであろう?」

「あ、あはは……まぁね」

 

 秀吉の言うように、この時の僕は既に頭がほわわんとなっていた。体力が完全に戻っていないのだろう。やはり昨日は無茶をしすぎたようだ。

 

「それじゃひと眠りさせてもらおうかな」

「んむ。カノーラに着いたらワシが起こしてやろう」

「うん。……たの……む…………よ…………」

 

 話しているうちに意識が遠くなり、まぶたが降りてきてしまう。美波の寝顔を見て安心したのかもしれない。僕は目を閉じ、そのまま深い眠りに落ちていった。

 

 

 

      ☆

 

 

 

「2人とも起きるのじゃ。カノーラに着いたぞい」

「うぅ~ん……うるさいよ秀吉ぃ……」

「ん~……あと5分~……」

「ほれ、2人とも寝ぼけておらんで起きるのじゃ。馬車を降りるぞい」

 

 秀吉に無理矢理起こされ、僕たちは馬車を降りた。結局僕はあの後ずっと寝ていたようだ。おかげでスッキリいい気分だ。

 

「ふ~ん……ここがカノーラの町かぁ」

 

 町に降りた僕は町の様子に目を配る。カノーラの雰囲気はモンテマールとさほど変わらないようだ。土色の建物。平らな屋根。2階建てが多かった他の国とは違い、背の低い建物ばかりだ。

 

 空を見上げると、日がだいぶ傾いていた。今日は少し朝寝坊をしたので、モンテマールを出るのも昼に差し掛かる頃だった。のんびりしているとあっという間に夜が訪れる。とにかくマッコイさんの所に行こう。

 

「秀吉、そのマッコイって人の家はここから近いの?」

「そうじゃな。歩いて2、30分といったところじゃ」

「そんなに遠くないわね。それじゃ日が暮れないうちに行きましょ。木下、案内お願いできる?」

「んむ。任せよ」

 

 秀吉は舗装されていない土の道を歩き出した。僕と美波もその後ろについて歩き始めた。

 

「こうして見るとモンテマールと区別つかないね」

 

 先程感じた町の雰囲気を改めて感じた僕は呟いてみた。しかし美波の感じ方は少し違うようだ。

 

「町の構造が一緒だから尚更同じに見えるのよね。でも少し違うみたいよ? ほら見て、この町って緑が無いの」

「緑?」

 

 言われてもう一度町の様子を見てみる。辺り一面、土色の建物ばかり。しかし、なんら変わらないと思っていた町並みも、よく見ると確かに植物がほとんどない。

 

「ホントだ。全然木が無いね」

「でしょ? モンテマールは町の所々に緑色があったのに、ここは茶色だらけなのよ」

「それは砂漠の影響かもしれぬのう。ほれ見てみい。あの外周壁の向こう側は砂嵐じゃ」

 

 秀吉はそう言って左の空を指差す。その先はどんよりと曇っていて、時折砂塵が巻くように舞っているのが見えた。

 

「凄いわね……」

「確かにあれじゃ誰も通ろうなんて思わないよね……」

「じゃがワシらは渡らねばならぬのじゃ」

「……そうだね」

「マッコイさんの所に急ぎましょ」

 

 僕たちはマッコイさんの家へと急いだ。足下は砂埃が舞うほどに乾燥した砂利混じりの道。道の両脇には茶色くて四角い建物が立ち並ぶ。道を歩く人の数は目に見える範囲で2、3人。どうやらこの辺りは民家ばかりのようだ。

 

 

 そんな砂漠の町を歩くこと約30分。

 

 

「ここじゃ」

 

 しばらくして、秀吉がひとつの建物の前で立ち止まって言った。背後には見上げるほど高い壁が聳え立つ。どうやらここは町の最外周部らしい。

 

「ここが砂上船技師の家?」

 

 僕がこういう尋ね方をしたのには理由がある。砂上”船”というからには、船であるはず。船というのはドック――つまり造船所で作られるものだ。それには非常に広大な敷地を要すると以前教科書で読んだことがある。

 

 海を渡る船ならば海上にドックがある。だから砂を渡る船ならば地上にそのドックがあるものと思っていた。しかし秀吉の案内した場所は何の変哲も無い、ただの一軒家だったのだ。

 

「んむ。間違ってなどおらぬぞ。以前一度訪れておるからな」

 

 ――コツコツコツ

 

 秀吉がノックリングで扉を叩き、呼びかける。

 

「夜分恐れ入ります。マッコイ殿、おられますか?」

 

 正直言って驚いた。いつも爺言葉の秀吉が”ですます”調の言葉遣いをするなんて、まったく予想していなかった。あまりに唐突かつ奇妙な光景を目の当たりにした僕は呆気にとられてしまった。

 

「なんじゃその顔は。ワシが何かおかしいことでも言うたか?」

 

 不服そうな顔で僕を睨む秀吉。

 

「あ……ううん! そんなことないよ!?」

 

 秀吉も普通の喋り方ができたんだね。てっきり癖で爺言葉しか喋れないのかと思ってたよ。

 

「返事が無いわね」

「むぅ……もう寝てしまったのじゃろうか」

「もしかしたら留守なんじゃないのかな」

「その可能性はあるのう」

 

 と秀吉が言った瞬間、目の前の扉がガチャリと開いた。

 

「誰じゃこんな時間に。年寄りの夜は早いんじゃぞ?」

 

 そこから出てきたのは赤いナイトキャップを被ったお爺さん。サンタクロースを思わせるようなフサフサの髭を顎にたくわえ、眠そうに目を擦っている。というか、この容姿だと本当にサンタクロースにしか見えない。

 

「寝ておったのですな。これは申し訳ない」

 

 背筋を延ばし、丁寧に頭を下げる秀吉。なるほど。お願いをするのだから丁寧に接しなければいけないというわけか。僕は秀吉の真似をして頭を下げてみた。美波も隣で同じように頭を下げているようだ。

 

「マッコイ殿、今日はお願いがあり参上(つかまつ)った。どうかワシらの話を聞いていただけぬじゃろうか」

「こんな時間に話じゃと? ……む? お前さんがたの格好、見覚えがあるのう。以前にも来たことがあるかの?」

 

 僕らは砂塵用マントを脱ぎ、3人とも制服姿になっている。きっと秀吉たちが前回来た時のことを言っているのだろう。

 

「覚えておいでか! 嬉しいぞい!」

「む……その容姿にちっとも似合わぬ言葉遣い……。覚えておるぞ。そうじゃ、確か乳のでかい嬢ちゃんや垂れ目のボウズと一緒じゃったな」

 

 うん。間違いなく姫路さんたちのことだ。

 

「そのとおりじゃ! 数分お会いしたのみじゃというのに覚えていてくださるとは、まこと感激の極みじゃ!」

 

 ……なんだろう、この違和感。飛び交う言葉だけを聞けばお爺さん同士の会話のようだが、目の前ではシーズンオフのサンタと美少女のやりとりが繰り広げられている。

 

「ホッホッホッ、なかなかめんこい奴じゃな。いいじゃろう。お主の話ならば聞いてやるわい。さぁ上がるがよい」

「ありがとうなのじゃ!」

 

 珍しく秀吉が歓喜溢れる表情を見せている。こんなにも感情豊かな秀吉を見るのも珍しい。そう思いながら、僕はその摩訶不思議なやりとりに口を挟めず、呆然と眺めることしかできなかった。

 

「明久よ、何をボサッとしておる。お主も入るのじゃ」

 

「……えっ? あ、うん」

 

 なんだか不思議な時間だったな……。

 

「行こうか」

「えぇ」

 

 僕と美波も秀吉に続き、マッコイさんの家に上がらせてもらった。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 僕たちは丸いテーブルに案内され、酒を出された。

 

「あの、すみません。僕ら酒は飲めなくて……」

「なんじゃそうなのか。つまらんのう。他には水しか無いが良いか?」

「す、すみません」

 

 というか、訪問客にいきなり酒を出すのって当たり前のことなの? 普通はお茶だと思ってたんだけど……。

 

「マッコイ殿、お気遣いめさるな。ワシらは主様にお願いがあって来たのじゃ」

 

 部屋の隅の保冷庫でゴソゴソやっているお爺さんに秀吉が声をかける。しかし振り向いたお爺さんは既に3つのコップを手にしていた。

 

「喉が乾いたであろう。これで潤すがよい。冷酒用の水じゃがな」

 

 マッコイさんはそう言って3つのコップをテーブルに置いた。氷も入っていてなんだかとても美味しそうだ。

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 僕は一言お礼を言い、コップに口をつけた。喉に染み入る冷たい液体。それはジュースや紅茶よりも美味しく感じられた。乾燥した町を歩いてきたから、喉がカラカラだったのだ。

 

「ホッホッ、良い飲みっぷりじゃの。これが酒ならば良かったのじゃがの」

「あ……」

 

 気付けば僕は水を一気に飲み干してしまっていた。

 

「す、すみません……」

「ホッホッホッ、なぁに謝ることはあるまい。お主が酒を飲めるようになったらぜひ付き()うてほしいものじゃ」

「はい……」

 

 僕がお酒を飲めるようになるのは3年後。でも僕はそこまでこの世界にいるわけにはいかない。なぜなら7日後には元の世界に帰るからだ。そのためにここに来ているのだから。

 

「マッコイ殿。早速で申し訳ないが、ワシらの話を聞いてもらえぬじゃろうか」

「そうじゃったな。どれ、話してみぃ」

 

 秀吉は順を追って僕たちの置かれた状況を説明してくれた。

 

 異世界人であること。元の世界に帰るために扉の島に向かおうとしていること。そのためにはこの大陸の東側に渡らなくてはならないこと。

 

 丁寧かつ、分かりやすく説明してくれた。

 

「王妃殿の許可が必要なことは承知しておる。じゃがワシらにはもう時間がないのじゃ」

「許可が必要ならウチらが王妃様にお願いしてきます! だから……お願いします!」

「僕らにできることならなんでもやります! マッコイさん、どうかお願いします!」

 

 僕らは根気よく頼み込んだ。しかしマッコイさんが首を縦に振ることはなかった。

 

「無理じゃよ。あの王妃のことじゃ。周りの者が何を言うても聞くまい。しかもお主らのような若造の言葉になど耳を貸さぬじゃろう」

 

 大きく溜め息をついて肩を落とすマッコイ爺さん。テーブルに視線を落とすその瞳には僅かに涙を浮かべているようだった。

 

「どうしてダメなんですか? 瑞希から聞きました。前は砂上船の仕事を生き甲斐にしてたって。本当はマッコイさんも砂上船に乗りたいんじゃないんですか?」

「……もちろん生き甲斐じゃった。いや、今でも生き甲斐と思うておる。じゃが……無理なものは無理なのじゃ……」

「夢を諦めちゃうんですか!? 失敗したら反省して正せばいいじゃないですか! たった一度の失敗ですべてを取り上げちゃうなんておかしいと思います!」

「ホホッ……威勢の良い嬢ちゃんじゃな」

「だって、だってそんなの酷いです……!」

 

 美波は立ち上がって拳を握り、フルフルと肩を震わせている。ぎゅっと噛み締めた唇と悲しそうな瞳は、彼女の優しさを物語っているようだった。

 

「ハァ……」

 

 マッコイさんはその様子を見ると、大きく息を吐いた。そしてゆっくりと立ち上がると、

 

「ついて来るがよい」

 

 そう言って奥の部屋へと入っていった。

 

「なんだろ?」

「行ってみれば分かるのではないかの」

「そうね。行ってみましょ」

 

 言われるがままついていく僕たち。入った部屋はベッドやタンスが置かれているだけの大きな部屋だった。どうやら寝室のようだ。こんなところに連れてきてどうするつもりだろう? 今日はもう寝ろってことなんだろうか。

 

「少し離れておれ」

 

 ベッド脇でマッコイさんは僕らにそう指示した。何をしようとしているのか、さっぱり分からない。不思議そうに部屋の中を眺める僕たち。マッコイさんはそんな僕たちを気に止める様子もなく、ベッドの脇に屈み込んだ。

 

 ――カチリ

 

 ベッドからそんな音が聞こえた気がした。その直後、

 

 ――ギ、ギギギギィィィ……

 

 (きし)む音を立てながら、なんとベッドが横に移動して行くではないか。ゆっくりと、ぎこちなくスライドしていくベッド。そしてその下からは四角い大きな穴が現れた。

 

「も、もしかしてこれって隠し部屋!? すごい! すごいよマッコイさん!!」

 

 他にもからくりがあるのかな! たとえばそこの壁がクルッと反転する”どんでん返し”になってるとか! たとえば天井がスルッと開いて縄ばしごが出てくるとか! 他には、えぇと、えぇと……!

 

 心躍った僕は思わず大はしゃぎ。こんなからくりはテレビでしか見たことがなかったから。

 

「もう、アキったら子供ね」

「だって見てよ! ベッドがズズズって動いて隠し階段だよ!? まるで忍者屋敷みたいじゃないか!」

「ホッホッホッ。そんなに喜んで貰えるとは嬉しいのう。さぁついて来るがよい」

 

 嬉しそうに口元を緩ませ、マッコイさんは地下へと入って行く。

 

「ほれ明久よ、興奮しておらんで行くぞい」

「うん!」

「まったくアンタは……」

 

 僕たち3人もベッドの下から現れた階段に入って行く。

 

「暗いから足元に気をつけるんじゃぞ」

 

 マッコイさんの言うとおり、階段は暗かった。この階段には照明がない。頼りはマッコイさんの持つ松明――魔石灯の灯りのみだ。

 

「マッコイ殿よ。この先に何があるのじゃ?」

「……」

 

 秀吉が尋ねてもマッコイさんは答えなかった。ただ黙って暗い階段をゆっくりと下っていた。僕たちは顔を見合わせ、「分からないね」という表情を見せ合う。一体この先に何があるというのだろう。

 


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