バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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―― タイムリミットまであと7日 ――



第二十四話 外れる思惑

「え? ムッツリーニが?」

 

 男子部屋で目を覚ました後、僕はすっかり忘れていた王妃様からの依頼の件がどうなったのかと尋ねていた。どうやらそれは昨日のうちにムッツリーニが届けてくれたようだ。”今自分たちにできることを”という雄二の指示で届けに行ったのだそうだ。

 

「助かったよムッツリーニ。それで船は貰えたんだよね?」

 

「…………」

 

 僕が聞くとムッツリーニは黙り込み、何も答えなかった。

 

「どうして黙ってるのさ。まさかダメだったとか言わないよね?」

「…………船は貰えた」

「なんだ。貰えたのならいいじゃん。どうしてそんな顔してるのさ」

「…………予想外」

「ほぇ? 予想外? 何が?」

「いいか明久、よく聞け。依頼の品は確かに届けた。王妃も約束は守った。だが大きな問題があったんだ」

「? どういうこと?」

「王妃の船はマリナポートにあるそうだ」

「それのどこが問題なのさ」

「俺が悪かった。お前にはヒントではなくすべてを話すべきだった。お前の頭の出来を考慮しなかった俺のミスだ」

 

 ムカッ

 

「ちゃんと説明してくれれば僕だって理解できるよ! 起きたばっかりで頭が働いてないのは認めるけどさ!」

「分かった分かった。じゃあよく聞けよ。俺たちは確かに王妃より小型船を譲り受けた。王妃が言うには、”マリナポートに停めてあるから勝手に使え”ということらしい。つまり船を得るためには砂漠を渡った先の漁港、マリナポートに行かなくてはならないんだ」

 

 雄二がゆっくりとした口調で告げる。船が漁港にあるのは当然だろう。もともと海釣りをするための船なのだから。けれど雄二がこんな言い方をするということは、恐らくこの言葉のどこかに問題が潜んでいるのだろう。よし、寝起きで少し頭がぼんやりしているけど、真剣に考えてみよう。

 

 まず、僕たちはこの国の南東にあるという”扉の島”を目指している。先日リットンで聞いた話では、この島は東側の漁港町(ぎょこうまち)”マリナポート”の沖にあるようだ。だがこの国は中央を砂漠で分断されていて、東側に渡るためには砂漠を越えなければならない。

 

 ふむ。船がマリナポートにあるというのならば島に行くのに丁度良いじゃないか。どこに大きな問題があるというのだろう。まったく問題ないと思うのだけど。

 

 うーん……でもあの雄二がこんな顔をしているということは、きっとどこかに問題があるんだ。よし、もう一度よく考えてみよう。

 

 僕たちは”扉の島”に行きたい。それには中央砂漠を越えマリナポート漁港に行く必要がある。そして先日の作戦会議で最短距離を取らないとタイムリミットに間に合わないことが分かっている。

 

 マリナポートへの一番の近道は漁師ハリーさんの辿った海路――南側の海路を使うことだ。しかしハリーさんに船を出すよう頼んだところ断られてしまった。他の手段として北側の海路もあるが、日数が掛かりすぎてこれでは間に合わない。手詰まりに近い状態だったが、美波たち女子の機転で王妃様の漁船を譲り受けることになった。

 

 で。

 

 雄二が言うには、その船がマリナポートにあるという。

 

 

 ……

 

 ……

 

 ……?

 

 

 マリナポートに行くための船がマリナポートにある?

 

「ダメじゃんそれ!」

 

 本末転倒も甚だしい。一体何のために船を手に入れたのか。

 

「そういうことだ。急ぎ別の手を考えなくちゃならん」

「ううっ、そうかぁ……がっかりだなぁ……」

 

 せっかく良い手段が見つかったと思っていたのに残念極まりない。まさか肝心の船がそんなところにあるとは思いもしなかった。しかし別の手をと言われてもどうしたものか……。

 

 もともとこの大陸の東側に渡る手段は3つあった。ひとつは先程まで計画していた、南側の海岸沿いを船で進むルート。もうひとつは北側の海岸を通る連絡船を使うルート。最後は砂漠を横断するルートだ。

 

 北側のルートは日数が掛かりすぎてアウト。砂漠の横断は現状手段が無くてアウト。そして王妃様の船が使えなくなった時点で、これら3つの手段すべてが断たれてしまったことになる。だから別の手と言われても、もう手段は残されていない気がする。

 

「雄二は何かいい案ないの?」

「まぁ、ひとつ考えていることはあるんだが……」

本当(マジ)で!? さすがクラス代表だよ! で、どんな方法?」

「もともと船を俺たちだけで動かすってのはかなり危険な賭けだったんだ。海ってのは船の操縦方法が分かればいいってわけじゃないからな」

「と、いうと?」

「姫路が言っていただろ。南の海路は海流が荒れていて定期船が出ていない、とな」

「うん。そうだね」

「そんな荒れた海域を素人の俺たちだけで乗り切れると思うか?」

「うーん……。まぁ……難しいかもしれないね」

「海ってのは天候によっては大荒れすることもあるんだ。たとえ召喚獣の力を借りたとしても俺たちでは波の力には到底及ばないだろう」

 

 ん? 雄二のやつ、やけに否定的だな。

 

「ちょっと待ってよ雄二。それじゃそもそも船を手に入れたとしても無理だったってこと?」

「無理とは言ってねぇよ。俺だって無理をしてでも行くつもりだったんだ」

「じゃあどうして今になってそんなこと言うのさ」

「お前が眠りこけてる間に考えたんだよ。王妃の船という当てが外れた今、どうすべきなのかをな」

「なるほどね。それで考えてることってのは何なのさ」

「あぁ。これも可能性の話でしかないんだが――」

 

 と雄二が何かを話し始めようとした時、

 

 

 

 ――バンッ!

 

 

 

 勢いよく部屋の扉が開いた。

 

 

「アキっ!!」

 

 そして女の子の元気な声が部屋中に響き渡った。

 

「「「きゃーーっ!!」」」

 

 思わず黄色い叫び声をあげる僕たち。

 

「瑞希から聞いたわよ! お医者さまを連れて来たり薬草を取りに行ったりしてくれたのね!!」

 

 そんな男子たちの反応などお構いなしに僕に飛びつき、まくしたてるロングヘアーの女の子。彼女は両腕を僕の首に回してぶんぶんと左右に振る。もの凄い勢いで振り回されるものだから、視界がぐるぐる回ってしまい、まるで洗濯機のドラムに放り込まれた気分だ。

 

「いや……あの、み、美波っ、ちょっ……ちょっと……落ち着いっ……てっ……!」

「隠さなくたっていいのよ! アキって前からこういうことを自分から言わないのよね!」

「いや、だ、だからちょっと待っ――」

「去年のボロボロになった教科書の代わりを探してくれた時もそうだったものね! あれを知った時もウチ嬉しくて堪らなかったんだからっ!!」

 

 彼女は状況に気付かず喋り続ける。なんとかこの暴走を止めたいが、怒濤の勢いで話してくるのでなかなか言い出すタイミングが掴めない。

 

「お、おい島田、感激するのはいいんだが……す、少しは状況を考えてくれ……」

「えっ?」

 

 雄二が話しかけたことで彼女はようやく周囲に目を向けてくれた。

 

「えっと……僕たち、着替えの真っ最中なんだけど……」

 

 部屋の中にはパンツ一丁の男子が3人。起きたばかりの僕たちはいつもの制服に着替えようとしていたのだ。着替えるためには当然寝巻を脱がなくてはならない。寝巻はワンピース型で、頭からすっぽりかぶるタイプ。それを脱ぎ、さぁワイシャツを……と思った瞬間に美波が飛び込んで来たのだ。

 

「きっ……! きゃあぁぁーーーーっ!?」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ美波。悲鳴を上げるのは本来僕らの方だと思うのだけど……。

 

「はははは早く言いなさいよねっ!! 恥ずかしいじゃないっっ!!」

 

 いや、恥ずかしいのは僕たちの方です。

 

「もうっ! アキのバカぁっ!!」

 

 美波は両手で顔を覆いながら走り去ってしまった。なぜ僕がバカと言われなくてはならないのだろう。

 

「「…………」」

 

 雄二とムッツリーニはパンツ一丁のまま、呆然と立ち尽くしている。気持ちは分かるけど、そろそろ服を着た方がいいと思う。

 

「今、島田が真っ赤な顔をして走って行きおったが……一体何の騒ぎじゃ?」

 

 そこへ別の部屋で着替えをしていた秀吉が戻って来た。なんというか、説明しづらい状況だ。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 着替えた僕らはひとまず宿の食堂で軽い朝食を取り、部屋に戻った。船の調達が失敗に終わったので、また作戦会議だ。

 

「いいか皆。学園長が言っていたタイムリミットまであと7日だ。もう1日だって無駄にはできない。だから確実な方法を探るぞ」

 

 男子部屋に集まった僕らは全員で頷く。

 

「でも雄二、確実な方法って他に何があるのさ」

 

 こう尋ねた僕は雄二の答えに期待していた。先程着替えの最中に雄二が言いかけたこと。それがきっとあいつの言う”確実な方法”なのだろう。この後、あの話の続きをするつもりなのだ、と。

 

 ただ、気になるのは先程言いかけた時、あまり自信が無さそうだったことだ。つまり何か問題があるのだろう。でもそれなら皆で知恵を出し合って解決すればいい。

 

「俺に案が2つある。だがどちらも今の時点ではまだ確実とは言えない。調査が必要だ」

「2つ? さっき言いかけたやつじゃないの?」

「さっきお前に言いかけたのはそのうちの1つだ。案はもう1つある」

 

 この状況で案が2つもでてくるとは……さすが雄二だ。これは期待できそうだぞ。

 

「まず島田ら女子が発案した南の海路だが、これについては断念する」

「そうね……もう船を調達している時間も無いものね」

「船の件もそうだが、漁師でさえ嫌がる海域に俺たち素人が踏み入るのは危険だ。昨日の毒蛇のこともある。不用意に危険に近付くべきではないだろう」

 

 雄二がそう言うと、美波は肩を落としてシュンとしてしまった。自分の責任だと思っているのだろう。

 

(……美波。気にすることないよ。あれは事故なんだから……)

 

 小声でそう言ってあげると彼女は申し訳なさそうに笑顔を作った。その作り笑顔は僕にとっては辛い。美波には心の底から笑ってほしいんだ。

 

「そこでだ、やはり安全な陸路を使うべきと俺は思う」

「つまり砂漠を横断するということじゃな?」

「そうだ」

「じゃが先日も言ったとおり砂上船は運航停止しておるぞ?」

「もちろん知っている。それをなんとかするんだ」

「なんとかと言うてものう……」

「姫路、砂上船技師の名はなんといったか覚えているか?」

「はい。マッコイさんです」

「そのマッコイという人を説得できないか? やはりこの方法が一番確実だと思うんだが」

「どうでしょうか……あの王妃様の逆鱗に触れてしまったので難しいと思いますけど……」

「その人に直接頼んだことは無いんだろ?」

「はい。前回お会いした時はもう時間がなかったのでお聞きしていません」

「そうか。ならやってみる価値はありそうだな」

 

 ん? おかしいな。確実な方法を探すんじゃなかったのか?

 

「雄二、それだと確実とは言えないんじゃないの? 頼んでもダメって可能性もあるんだろ?」

「もちろんだ。だからもう1つの手を考えている」

「あ、なるほど」

「もう1つの手は北の海路を短縮する方法だ」

「へ? そんなことできるの?」

「分からん。だから手段が無いか調べるんだ。だがこちらは可能性としては低いと思う。移動距離が長い分、リスクも高いからな」

「まぁ……そうだね」

 

 う~ん……現時点ではどちらも確実とは言えないわけか。不安だなぁ……。

 

「俺が考えたのは以上の2案だ。他に案がある者は提案してほしい」

 

 雄二が皆の顔を見渡す。しかし口を開く者は誰一人としていない。つまり皆他に案は無いということなのだろう。

 

「あの、坂本君。いいですか?」

 

 と思っていたら姫路さんが手を上げた。

 

「なんだ姫路」

「南側の海路を使うのはもうダメですか?」

「駄目ではないが極力避けたい。先程も言った通り安全確実な方法を取りたいんだ」

「分かりました。私には他に案はありません」

「他の者も…………無いようだな。ではこの2案を進めるぞ」

 

 この後、僕たちは再びチーム分けをすることになった。

 

 1つは砂上船の再稼働を説得をするためにマッコイ氏のいるカノーラの町へ。もう1つはなんとかして北の海路の所要日数を減らす手段を探すこと。

 

 マッコイ氏の説得には美波が手を上げた。彼女は「昨日迷惑をかけた分、役に立ちたい」と願い出る。これに反対する者はいなかった。この参加メンバーには当然のように僕も選ばれ、”面識がある”という理由で秀吉も同行することとなった。

 

 次に北の海路に関する調査だが、これは残る4人で手分けして調査することとなった。可能ならばグエンターナまで行って詳しい情報を得る。それが無理ならばこの王都モンテマールで王宮や行商などに聞いて調査するということになった。

 

 こうして僕たちの方針は決まった。カノーラへは片道4時間かかる。時間は無駄に出来ない。そんなわけで僕たちはすぐに出発することにした。

 

 

 

      ☆

 

 

 

「明久君、美波ちゃん、気をつけてくださいね。木下君も」

「ありがと瑞希。行ってくるわね」

「明久、くれぐれも無茶をするなよ。秀吉、こいつがバカをやりそうになったら止めろよ」

「ワシは制止役なのか……」

「大丈夫だよ。もう無茶はしないよ」

 

 カノーラ行きの馬車乗り場にて、僕たちは残る4人に見送られている。もうすぐ馬車の出発時刻だ。

 

「美波ちゃん、お願いしますね。たぶん可能性が高いのはそちらですから」

「任せて。絶対に交渉を成功させてみせるわ」

 

 交渉か……どうなんだろう。大人の事情で停止されているわけだし、僕らの願いなんて聞いてもらえるんだろうか。

 

「2人とも馬車に乗るのじゃ。時間のようじゃぞ」

「あ、うん」

 

 そんな不安を抱えつつ、僕たちはモンテマールの町を発った。

 


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