バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十二話 アクシデント

 ―― その頃、ホテルに残った雄二は ――

 

 明久と島田が出掛けた後、俺は姫路の様子について秀吉に意見を求めた。すると秀吉は「敢えて報告しなかったのじゃが」と前置き、ある出来事について語り出した。それは魔獣となった2頭の山羊を倒し、仔山羊を保護したというものであった。王妃の指令による魔獣討伐の件は以前聞いている。だが仔山羊の保護については初耳だ。

 

「なるほどな。そんなことがあったのか」

「んむ。このところ落ち着いておったようじゃが、思い出してしもうたのじゃろうな」

 

 魔獣とは動物の死骸から作られたもの。これは魔人ネロスが言っていたものだ。秀吉の言う”洞窟内に巣くっていた魔獣”も山羊の死骸から作られたものであるに違いない。姫路はその仔山羊の両親を救えなかったことを罪に思っているのだろう。だがそれは……。

 

「む? 雄二よ、どこへ行くのじゃ?」

「ちょっと女子部屋にな」

「待つのじゃ! あやつはお主と違って繊細じゃ! 余計なことを言うでないぞ!?」

「当たり前だ。俺は明久とは違う」

 

 余計なことなど言うつもりはない。あいつが立ち直るには、黙って見守るのが一番無難だろう。だが言うべきことは言ってやるべきだ。それが姫路のためにもなる。俺はそう確信している。

 

「俺だ。坂本だ。少し話があるんだが、いいか?」

 

 女子部屋の扉をノックし、俺は声をかける。するとすぐに扉が開き、翔子が顔を出した。

 

「……プロポーズしに来た?」

「違う。姫路に話しがっ!?」

 

 話し終える前に俺の”こめかみ”に激痛が走った。

 

「……瑞希にプロポーズしにきたの」

「ば、バカを言え! そんなわけないだろ!? あだだだだ! ち、違う! 姫路に魔獣のことで話をしに来ただけだ!」

「……魔獣?」

「そ、そうだ! お前もネロスって野郎から聞いただろ! 魔獣が何から作られたものかを!」

 

 ここまで話すと翔子はパッと手を開き、ようやく俺を解放した。

 

「っててて……お前の早とちりは命にかかわるぜ……。話は最後まで聞――」

「……瑞希。雄二が話しがあるって」

「最後まで聞けって!!」

「……雄二、入って」

「お前なぁ……」

 

 ハァ……まぁいい。こいつの早とちりは今に始まったことじゃない。そんなことより今は姫路だ。

 

「邪魔するぜ」

 

 女子部屋に入ると、姫路はベッドに腰掛け、暗い顔をしていた。まだ気にしているようだな。やはり来て正解だった。

 

「なんでしょう……坂本君」

「秀吉から聞いた。お前、山羊の魔獣を倒したそうだな」

「っ――! は…………はい……」

 

 俺の問い掛けに対し、姫路は1度ビクンと体を震わせる。そしてゆっくりと頭を下げると、力なく返事をした。それはまるで古傷に触れられたかのような表情だった。間違いない。姫路は魔獣を倒したことを後悔している。

 

「お前は魔獣を倒したのは間違いだったのかもしれないと悩んでいる。そうだな?」

「……はい」

「そうか」

 

 俺は一度大きく息を吐き、頭の中で言葉を組み上げた。今の姫路に対してどのような言葉をかけるべきか。慎重に、慎重に言葉を選んだ。

 

「姫路。船の中で俺が話したことを覚えているか?」

「船……ですか?」

「そうだ。魔人ネロスの話だ」

「はい。覚えています」

「あの時話したよな。魔獣とは動物の死骸を用い、偽りの命を与えて人を襲わせているもの。所謂(いわゆる)ゾンビだ」

「はい……」

「しかも奴は人間さえも魔獣に改造して俺たちを襲わせた。恐らくはそいつらにも家族がいただろう。お前の出会った山羊の親子のようにな」

「……」

 

 姫路は俯いたまま返事をしない。俺は構わず話を進めた。

 

「奴は俺にこう言った。”失うものへの愛情が深いほど能力の高いゾンビができる”と。正直言ってゾッとしたよ。これほどまでに狂った思考を持つ者が存在していることにな」

「……私も……許せません……」

 

 俯いたままの姫路が小さく呟く。あいつは両膝に置いた手に拳を握り、ブルブルと震わせている。それは紛れもなく”怒り”を表したものだった。

 

「俺も同感だ。ネロスの野郎は絶対に許せねぇ。だからブチのめしてやった。だがゾンビにされた奴らはどうすればいい」

「元に……戻してあげたいです……」

「そうだな。それが一番だ。だがそいつらは既に死んでいる。死んだ者が生き返ることはない。それが世の常だ。ならばそいつらに対して俺たちは何をしてやれる?」

「……」

 

 姫路は悲しげに目を潤ませ、ぎゅっと口を噤む。あいつも分かっているのだろう。その答えを。

 

「俺たちはそいつらをすべて地に返してきた。だが俺たちは後悔なんかしちゃいねぇ。そうだな? 翔子」

 

 隣で俺たちの様子を見ていた翔子は黙って頷いた。いい返事だぜ。翔子。

 

「翔子ちゃん……」

「彼らは死してなお無理矢理起こされ、操られていた。そんなの可哀想じゃねぇか……」

 

 姫路は俯き、黙って俺の話を聞いている。表情はまだ暗く沈んだままだ。

 

「俺たちがあいつらにしてやれることはただ一つ。安らかな眠りにつかせてやることだ。違うか?」

「そうで……しょうか……」

「少なくとも俺はそう思う。だから奴に操られた者たちを地に返してやったんだ。ネロスの呪縛から解き放ったんだ。お前が倒した山羊だって同じだ。お前は山羊の命を奪ったんじゃない。彼らを呪縛から解き放ってやったんだ」

「……」

 

 姫路は再び沈黙してしまった。やはり俺の説得では心を開かないのか? こういう時は明久のように感情のままに言った方がいいんだろうか。それとも俺が選ぶ言葉を間違ったんだろうか……。

 

「……私も雄二の言うことは正しいと思う」

 

 これ以上どう言葉を掛けるべきか悩んでいると、翔子がゆっくりと歩み寄り、姫路の横に腰掛けた。そして姫路に寄り添うと、彼女の髪を撫で、優しく語りかけた。その表情はこの俺ですら見たことがないくらいに優しい笑顔だった。

 

「……瑞希はアイちゃんの両親を救ったの。きっとあの山羊さんたちは瑞希に感謝してる」

「翔子ちゃん……」

「……それにもし瑞希がアイちゃんを連れ出していなかったら魔獣と間違われて殺されていたかもしれない。瑞希は最善の選択をしたの」

「ありがとう……ございます」

「……でも命を大切に思う気持ちは大事。その気持ちだけは忘れないで」

「はいっ……」

 

 あぁ、こういう時俺はダメだな。翔子が励ましたら一発で笑顔になりやがった。そういえばサンジェスタで壁に穴を開けた時も翔子が励ましたんだったな。こんなことなら最初から翔子に任せれば良かったぜ。

 

「もう大丈夫だな。姫路」

「はい。ご迷惑をおかけしました」

「あまり心配をかけさせるなよ。バカがえらく気にしていたぞ?」

「明久君が?」

 

 ほう。姫路の中でも”バカ=明久”の式が成り立っているのか。

 

「あいつが戻ってきたらその笑顔を見せてやってくれ。じゃあ俺は戻るぜ」

「はいっ! 坂本君、ありがとうございました!」

「礼なら翔子に言え。俺はただ言いたいことを言っただけだ」

 

 こうして俺は女子部屋を後にした。やっぱ”女子を慰める”なんて柄にもねぇことするんじゃなかったぜ。けどこれで姫路も元気になって明久も安心するだろ。それに、もし今回の件で姫路が戦えなくなるとこの後の試召戦争にも影響するからな。

 

 一件落着。あとは明久が依頼の花を持ち帰るのみだ。

 

 男子部屋に戻った俺は気分良くベッドに寝転がった。この後、明久のやつが血相を変えて飛び込んでくるとは夢にも思わずに。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 ―― 一方、マトーヤ山で休憩中の明久たちは ――

 

 

「っと、そろそろ戻らないとマズいかな」

 

 僕と美波はマトーヤ山の山頂で休憩をしていた。……はずだった。

 

 ほんの10分ほどのつもりだった。しかし既に30分以上が経過してしまっている。”ちょっと休憩”と言うには長すぎる。あまり遅くなると王宮に届ける時間がなくなってしまいそうだ。

 

「なんか長話しちゃったみたいね。戻りましょ」

「そうだね」

 

 僕たちは語らいの時を終え、町に戻ることにした。集めるべき花はこうして手元の篭の中にある。忘れ物は無しだ。

 

「この風景、写真に収めておきたかったわね」

「僕もそう思ったけど、カメラなんてこの世界には無いからなぁ」

「残念ね」

「元の――」

 

 いや、やめておこう。

 

「元の……何?」

「ううん。なんでもない。さ、戻ろう。皆が待ってるだろうし」

「そうね」

 

 ”元の世界に戻ったらこんな感じの場所に行こう”なんて死亡フラグだ。今は言うべきではない。そう思った僕は言葉を飲み込んだのだ。

 

「帰り道は簡単ね」

「元来た道を戻るだけだからね」

 

 このマトーヤ山には登ってきた道の他に道は無いようだ。だから帰りもこの道を辿ればいいだけ。何も難しいことはない。

 

 そう、何一つ困難に出会っていないのだ。ここに来るまで何度も繰り返し考えていた。何か裏があるのではないかと。たとえば摘んでから枯れるまでの時間が恐ろしく短いとか。しかし篭の中の山百合は鮮やかな紫色を今も維持している。やはり分からない……。

 

 尚も考えながら僕は山道を下る。道は細く、ザワザワと風に揺れる枝葉がこすれ合う音のみが聞こえる。魔障壁に守られていない地域だが、ここまで魔獣の襲撃もない。あまりにも何も起こらない。そのため、この頃の僕はすっかり油断してしまっていた。きっとこのまま何も起こらないのだ。心のどこかでそう決めつけてしまっていたのかもしれない。

 

「見て見てアキ、あの花とっても綺麗よ」

「ん? どれどれ?」

「ほらあれ」

 

 美波の指差す先には一輪の真っ赤な花があった。特に大きいわけでもなく、特別に変わった形をしているわけでもない。どこにでもありそうな普通の花だったが、美波の関心を引いたようだ。

 

「ほんとだ。見たことの無い花だね」

「そりゃそうよ。この世界は召喚獣の世界なのよ?」

「あ。そうだった」

「そもそもアンタ花の名前なんて知らないでしょ」

「へへっ、まぁね。でもどうする? せっかくだしあれも摘んでいく?」

「ん~……そうね……摘んでしまうのはちょっとかわいそう……かな」

 

 美波はその花に向かって手を差し伸べる。だがその一輪の花を支える枝には、何か動く物が巻き付いていた。茶色く、木の枝とほぼ同じ色の長いもの。それは僕らの世界でも見たことのある生物だった。

 

「待った美波! 蛇だ!」

「えっ?」

 

 僕が叫ぶと、美波は大きな目を見開いて叫び声をあげた。

 

「きっ……! きゃあぁぁぁーーーっっ!!

 

 叫びながら長い紐状のものをぶん投げる美波。それは放物線を描きながら、脇の森の中へと消えていった。

 

「そっ……! そういうことは早く言いなさいよ!!」

「えっ? ご、ごめん」

 

 なぜ僕が怒られているんだろう。蛇がいるのは僕のせいじゃないぞ。それに早く言えって言われても気付いたのは今だし……。それにしてもずいぶんな叫び声だったな。

 

「もしかして美波って蛇が苦手だったりする?」

「ふぇっ!? な、何言ってんのよ! そ、そんなわけないでしょ! 平気よ平気! あんなのどうってことないわ!」

 

 冷や汗を垂らしながら強がってみせる美波。

 

「そう? どう見ても怖がってたような……」

「う、ウチが蛇なんかを怖がるわけないでしょ! それより行くわよ! 瑞希が待ってるんだから!」

 

 そう言って美波はズンズンと獣道を歩き出す。やっぱり嘘を言ってる気がする。まぁいいか。ここで問い詰めたところで美波が正直に言うわけがないし。

 

「待ってよ美波。慌てると危ないよ」

 

 声を掛けても彼女は立ち止まらず、どんどん先に行ってしまう。

 

「ねぇ美波、聞いてる? あんまり急ぐと危ないってば」

 

 再度声を掛けてみたが、美波はツンと拗ねたまま口を利いてくれない。そんなに怖かったのかな? まったく、強情だなぁ。

 

 この時の僕は彼女の態度をその程度にしか思っていなかった。

 

 

 無言で獣道を下る美波。

 その後をついて歩く僕。

 

 行きと違って帰りは下り坂で、足取りも軽かった。

 

 

 の、だが……。

 

 

「……」

 

 どうもおかしい。後ろからチラリチラリと見える美波の表情が、だ。

 

 汗をかいているのは暑いからだろう。呼吸が乱れているのは山道を歩いているからだろう。けれどあの表情は暑さや疲労というより、苦しさや痛さのように見える。

 

 確かに足下は木の根が張り出したりしていて、歩き辛い道ではある。でもそんなに険しい表情をしながら歩くほどでもない。歩きっぱなしで疲れたんだろうか。

 

「美波、大丈夫? 少し休もうか?」

 

 堪りかねた僕は休憩を提案してみた。

 

「へ……平気よ。急がないと……日が……暮れちゃうわ」

 

 辛そうに絞り出すような声を出す美波。どう見ても平気じゃない。それに(しき)りに左腕を擦っているようだ。よく見れば顔は青ざめ、歯を食いしばるような表情も見せている。

 

 これは…………まさか!

 

「美波、ちょっと手を見せて」

「あっ……」

 

 僕はやや強引に彼女の左手を取り、袖を捲ってみた。するとそこには信じられないものがあった。

 

 真っ赤に腫れ上がった腕。白くて綺麗だった肌は見る影も無い。彼女の左腕は腫れによって異様に太くなり、通常の1.5倍ほどに膨れ上がっていたのだ。

 

「なっ……!? なんだよこれ! どうしたんだよ!!」

 

 怒鳴りつける僕に彼女は苦しそうに答えた。

 

「っ……さ、さっきの……蛇に……か、咬まれた……みたい……」

「な、なんだって!? どうしてそんな大事なことを黙ってたんだ!!」

 

 僕は本気で怒った。これほど腫れているということは、さっきの蛇は毒蛇であった可能性が高い。そして蛇の毒は死に至る場合もある非常に危険なものと知っていたから。

 

 い、いや、今は怒っている場合ではない。とにかく処置しないと! えぇと、毒蛇に咬まれた時は……確か傷口を水で洗って口で吸い出して……。

 

「だ、だって……せっかく……アキと……ふ、2人きり……だから……」

 

 慌てふためく僕に対し、目を強く瞑りながら美波が辛そうな声を出す。デート気分だったというのか? それは嬉しいけど、こんな状態になるまで言わないなんて間違ってる!

 

「と、とにかく解毒を!」

 

 うっ……! いや、ダメだ! ここには水が無い! 下手をすれば口に含んだ毒で僕までやられてしまう! もしそうなったら美波を救うことができない!

 

「美波! 急いで山を下りよう! 医者に見てもらうんだ!」

「ハァ……ハァ……」

 

 まずい、もう返事もできないくらい悪化している! 一刻も早く医者に見せなければ!

 

「――試獣装着(サモン)!」

 

 僕は装着し、美波を背中に背負った。召喚獣の力を使えば町まで数分で到着する。とにかく急ごう!

 

「ちょっと飛ばすよ! しっかり掴まってて!」

「……」

 

 美波は返事をしない。だが返事の代わりに右腕を僕の首に回し、掴まってくれた。まだ意識はあるようだ。

 

「よし! 行くぞ!」

 

 僕は篭を口に咥え、猛烈な勢いで走り出した。

 

 岩を飛び越え、左右から張り出す枝を顔に受けても気にせず走り続けた。耳に美波の荒い吐息が当たる。それが僕の心を乱し、慌てさせ、足に力が入る。

 

 くそっ! 油断した! まさかこんなことになるなんて!

 

 僕は全力で走った。美波が蛇に咬まれたのは下山を始めてから10分ほどのこと。登る時は40分ほど掛かっているので、普通に歩けば残りは30分。この獣道を、僕は3分で駆け抜けた。

 

 そして平原に出ると、すぐさま町に向かって疾走。背中の美波を振り落とさないように神経を尖らせ、光の矢のように走った。

 

 町の中に入り、更に僕は走る。行き交う人や馬車に何度もぶつかりそうになりながら、雄二たちの待つホテルへと向かった。

 

 

 ――バンッ!!

 

 

 ホテルに到着した僕は乱暴に部屋の扉を開ける。すると雄二がニヤけ顔で話し掛けてきた。

 

「戻ったか明久。首尾はどうだ?」

 

 こんな状況にもかかわらず、雄二はのんきに尋ねる。

 

「あぁ! 取ってきたよ!!」

 

 僕は口で篭を放り出し、怒鳴り散らした。

 

「そんなことより大変だ! 美波が毒蛇にやられた! 早く医者に見せないと!」

「なんだと!? いつやられた!」

「10分くらい前!」

「治療帯は!」

「あれは外傷にしか効かないんだ! とにかく医者を探して来る! 美波を頼む!」

「分かった! ここに寝かせろ!」

 

 ぐったりとする美波を雄二に預け、僕は飛び出そうとする。

 

「…………待て明久」

 

 するとムッツリーニが僕の前に立ちはだかり、制止した。

 

「なんだよムッツリーニ! 邪魔をするのなら容赦しないぞ!」

「…………医者ならさっき見た」

「ほ、本当かムッツリーニ!? 案内してくれ!」

「…………急ぐぞ。試獣装着(サモン)

 

 ムッツリーニが黒い忍び装束姿に身を変える。

 

「…………ついて来い」

「頼む!」

 

 ダッと駆け出すムッツリーニは早かった。自分も駆け足に自信はあったが、あいつの足の速さは異常だった。見失わないように追うのが精一杯だった。けれど見失っては美波を救えない。僕は必死になってムッツリーニの後について走った。

 

「…………ここだ」

 

 ムッツリーニが立ち止まってひとつの建物を指差した。ここまで1分とかかっていない。その建物には看板が掲げてあり、赤い十字マークが描かれていた。このマークは僕らの世界と同じ。医者のマークだ!

 

「よし!」

 

 ――ドンドンドンドンガンドン!

 

 僕は乱暴に扉を叩き、大声で叫んだ。この時に何を言って医者を呼び出したのか覚えていない。もう形振(なりふ)りかまっていられなかった。とにかく誰か出てきてくれ。祈りにも似た思いをぶつけ、必死に扉を叩いた。

 

 すると程なくして扉が開き、丸い眼鏡をしたのんき顔のおじさんが顔を出した。

 

「美波が毒蛇に咬まれたんだ! すぐに来てください!」

「は? えっ? ちょっ、き、君!?」

 

 軽く事情を説明した僕は医者の腕を掴んで走り出した。もはや一刻の猶予もならない! 1秒でも早く連れていかなくては!

 

 おじさんの手を掴み、僕は夕暮れの町を疾走した。

 

 美波……今行く……! だから……!!

 


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