バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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―― タイムリミットまであと8日 ――



第二十一話 二人だけのハイキング

 なにやらよく分からないうちに、僕は美波と共に花摘みに行くことになってしまった。行き先はこの王都モンテマールの西にあるという”マトーヤ山”。この山の山頂に咲くという、紫色の山百合を摘んでくるのが僕たちの使命だ。

 

「ところでさ、姫路さんの様子はどうだった?」

 

 マトーヤ山は町を出て30分ほど歩いたところにあるそうだ。早速王都の西門を出てみると、それはすぐに目に飛び込んできた。見渡す限りの大平原。その先には大小合わせて4つほどの山が見える。それらの中でも一番手前の一際目立つ山。位置的にもあれがマトーヤ山で間違いないだろう。

 

 そんなわけで今、僕たちはあの山を目指し、草もまばらな大平原を歩いているところだ。

 

「そうね。アキには話しておこうかしら」

 

 マトーヤ山に向かって歩きながら僕たちは話した。僕が気にしているのは先程の姫路さんの様子だ。話し掛けてもすぐに反応せず、ぼんやりとしていたのが気がかりなのだ。

 

「やっぱり何かあるんだね? 教えてよ。できることなら力になりたいんだ」

「まったくアンタは……いいアキ。今から話すことは絶対に誰にも言っちゃダメよ? これはウチと翔子だけに話してくれたことなんだからね」

「分かった。約束するよ」

 

 美波は歩きながら話し始めた。なぜ姫路さんが急に暗い顔になってしまったのかを。

 

 それは僕たちが腕輪を探して各地へ飛んだ時のことだという。姫路さんをリーダーとする”チームひみこ”は腕輪を求め、ここ王都モンテマールで王妃様との交渉に当たった。その時に腕輪の対価として「ある場所から魔獣を排除せよ」命じられたらしい。その場所というのが、今から行くマトーヤ山の麓にある洞窟なのだそうだ。

 

 腕輪を譲り受けるためとあっては断れない。姫路さんはこれを承諾した。そしてすぐに洞窟に向かい、命じられた通り洞窟内で生息していた山羊型の魔獣2頭を討伐したそうだ。しかしその後、念のためにと洞窟の奥を確認したところ、1頭の仔山羊が震えているのを発見。姫路さんはその仔山羊を保護し、4日間を共に過ごしたという。

 

 その仔山羊の名はアイちゃん。とても元気な男の子で、腕輪の入手が果たせたのもアイちゃんのおかげだと言い、姫路さんは目を潤ませていたそうだ。

 

 しかし討伐した魔獣2頭は、恐らくは仔山羊の両親。自分は仔山羊の両親を奪ってしまった。姫路さんはそのことをずっと悩んでいて、今もその罪悪感に心を痛めているのだという。

 

「そっか。そんなことがあったのか……」

「瑞希のことだからマトーヤ山って聞いて辛くなっちゃったんでしょうね」

 

 なるほど。事情は飲み込めた。やっぱりさっき見た辛そうな顔は見間違いじゃなかったんだ。

 

「だから美波が行くって言い出したんだね」

「そうよ。そんな悲しい場所にあの子を行かせるわけにいかないでしょ?」

「そうだね」

「いいことアキ。さっきも言ったけど、このことは絶対に誰にも言っちゃダメだからね? 木下と土屋は知ってるみたいだけど、この2人にも言っちゃダメよ」

「へ? 秀吉とムッツリーニも知ってるの? そんなこと一言も言わなかったけど……」

 

 2人ともどうして黙ってたんだろう。話してくれればもっと早く姫路さんの気持ちに気付けたのに。

 

「皆に心配かけたくないってことよ。それくらい察しなさい」

「そ、そっか。そういうことか。あははは……。それにしても仔山羊を保護したなんて、姫路さんはやっぱり優しいね」

「そうね。最近強くなったと思ったけど、あの子の優しさは変わらないわね」

 

 そういう美波は凄く優しくなったと思う。以前は事ある度に僕を天敵のように責め立てたというのに、最近は僕の失敗をフォローしてくれるくらいだ。いや。僕が知らなかっただけで、これが本来の美波の姿なのかもしれないな。

 

「さ、早く行きましょ。せっかく瑞希がハリーさんから船の情報を聞き出したんだもの。今度はウチらが頑張らなくちゃ」

「ん? 姫路さんが聞き出した? 聞き出したのは美波じゃないの?」

「あっ……」

 

 しまった。という顔をして手で口を塞ぐ美波。これはひょっとして……。

 

「まさか美波、姫路さんの手柄を横取――」

「ち、違うわよ! ウチがそんな卑怯なことをすると思ってるの!?」

 

 突然怒り出す美波。今にも殴りかかってきそうな勢いだ。

 

「うわわっ! じょ、冗談! 冗談だってば!」

「まったく……アンタのは冗談に聞こえないのよ」

「はは……ご、ゴメン」

 

 うん。冗談には聞こえないだろうね。だって本気でそう思ったんだから。でもよく考えたら美波がそんなことするわけがないか。

 

「まぁいいわ。ホントのことを言うとね、船だけを借りればいいんじゃないかって言い出したのは瑞希なの。それで王妃様の船の話を聞いた後で、瑞希が3人で力を合わせた成果だって言って……あっ、でもウチだってハリーさんに一生懸命お願いしたんだからね?」

「ふ~ん……そういうことだったのか。だから美波が張り切ってるんだね」

「そうよ。翔子だって泥棒の犯人を見つけたんだから、今度はウチが頑張る番ってわけ」

「頑張るって言っても花摘みだけどね」

「いいのよ。とにかく何か皆の役に立たなくちゃ」

「そうだね。……っと、あれが入り口かな?」

 

 話ながら歩いていると、山の麓に登山道のようなものが見えてきた。周囲の平原は茶色い土が目立つサバンナのような地形。これに対してマトーヤ山には背の低い木々が生い茂り、全体が緑で覆われている。そしてその麓の一角には、ぽっかりと穴が開いたように草木の無い箇所があるのだ。

 

「見えてきたわね。それと……きっとあれが瑞希の言ってた洞窟ね」

 

 登山道のすぐ脇を指差す美波。その指差す先では、緑色の草木の中に紛れ、黒い鉄格子のようなものが見え隠れしている。そうか、あれが例の洞窟か。あの洞窟の中に魔獣がいたんだな。……それとアイちゃんって仔山羊も。

 

「気をつけて美波。魔獣が出るかもしれない」

「えぇ。分かってるわ」

 

 一旦話をやめ、周囲に気を配りながら登山道に入る僕たち。登山道は細く、2人が並んでギリギリ歩けるくらいの、”人が入れるスペースがある”といった程度のものだった。細い道の両側からは様々な植物の枝が張り出し、行く手を阻んでいる。そして足下には見たこともない植物が生い茂り、踏む度にポキペキと音を立てる。それはまるで獣道のようだった。

 

「足下に気をつけて。草がトラップみたいな感じになってるから」

 

 草の陰にちょっとした段差があることに気付いた僕は、後ろの美波に手を差し出した。

 

「うん。ありがと」

 

 その手に美波がスッと手を伸ばす。すると――

 

「うわっ!?」

「きゃっ!」

 

 突然足下がズルッと滑り、僕は危うく転びそうになってしまった。”危うく”というのは、周囲の植物がクッションとなり、支えてくれたからだ。

 

「ふぅ。危ない危ない」

「……ね、ねぇ、ちょっと……」

 

 なぜか美波の声が顎の下から聞こえる。不思議に思って見下ろすと、目の前に赤い髪と黄色いリボンがあった。理由は考えるまでもなかった。転びかけた僕は美波の手を取っていた。だから仰向けに倒れた僕は結果的に彼女を引っ張ってしまい、彼女を胸の中に抱える形になってしまったのだ。

 

「ごっ……! ごめん……だ、大丈夫?」

「う、うん……」

 

 な、何をドキドキしているんだ僕は……。美波とは付き合っていて、こうして触れ合うことなんてよくあることじゃないか。なのに……なのにこんなにもドキドキと胸が高鳴ってしまう。なぜこんなにも意識してしまうんだろう……。

 

「ちょ……頂上まであとどれくらい……なのかしら……ね」

 

 立ち上がり、マントに付いた草の葉を払いながら美波が言う。なんだかそわそわしていて落ち着かない様子だ。そういう僕も実は顔が燃えるように熱い。いや、照れている場合ではない。ちゃんと受け答えしないと。

 

「え、っと、そ、そうだね……」

 

 麓から見た時はそれほど高い山には見えなかった。そして登山口に入ってから10分――いや、20分くらい経っている。ここから見える麓までの距離からしても、恐らく5合目を過ぎた辺りだろう。

 

「たぶん半分は越えたんじゃないかな」

「意外に時間が掛かるわね」

「道がこんなだからね。進むのに時間が掛かるんだよ」

「急ぎましょ。日が暮れたら厄介よ」

「うん。分かってるさ」

 

 僕たちは再びマトーヤ山を登り始めた。道は相変わらず狭い獣道。けれど脇道などもなく一本道であるがため、迷うことはなかった。

 

 気温は高い。体感では30度を超えているように思う。こうして歩いていると、こめかみにタラリと汗が垂れてくるくらいだ。先程の顔の火照りは既に治まっている。しかし代わりに気温による体温の上昇が著しい。水筒を持ってくるべきだったかな……などと思った直後、

 

「見てアキ! 先が明るいわよ!」

 

 美波が前方を指差して声をあげた。その前方に目を向けると、道が唐突に途切れ、彼女が言うように真っ白な光が溢れていた。

 

「ホントだ! きっと頂上だよ!」

 

 登頂開始から約40分。僕たちはようやく頂上に辿り着いたのだ。

 

 獣道が終わり、開けた広場が目の前に広がる。そこには木と呼べるようなものはほぼ無く、辺り一面、見たことのない草が生えていた。

 

 空は青く、さんさんと太陽の光が降り注ぐ。魔障壁で覆われた薄緑色の空に見慣れてしまったので、こんなにも青い空を眺めるのは久しぶりだ。

 

「綺麗……」

 

 隣で美波が目を輝かせて言う。そう、この頂上から見る景色は絶景だった。

 

 清々しいほどに青い空。遠くに見える山々。山頂の端から見下ろすと、緑や茶色に染まった広大な大地が視界を埋め尽くす。所々で豆粒のように見えるのはサバンナに住む動物たちだろうか。

 

 いや、ここはサラス王国という僕らの住む世界とは別の世界。サバンナとは呼べないか。などと考察に耽ろうとしても、やはり隣が気になってしまう。

 

 風に(なび)く赤いポニーテールとベージュのマント。太陽の光を受け、キラキラと汗の輝く横顔。

 

 僕にとってはこの風景より、彼女の笑顔の方が遙かに綺麗に映っていた。

 

「さ、早く山百合を集めちゃいましょ」

「……」

「? アキ?」

「へっ?」

 

 し、しまった。思わず見とれてしまった……。

 

「あっ……とっ! そっ……そうだね! えっと……えーと……」

 

 探すのは山百合。この山頂の一角で紫色の花を咲かせているはず。山頂の広場をぐるりと見渡すと、それはすぐに見つかった。

 

 緑一色に染まるの山頂の脇に一際目立つ濃い紫色。登ってくる途中にはなかった色だ。間違いない。あれが王妃様が欲している山百合だ。

 

「あれみたいだね」

 

 僕は早速花の元へと行き、一輪を摘み取ってみた。

 

 香りはほとんどない。先端が破裂したラッパのような形をしたその花は、とても鮮やかな紫色をしていた。この色は見たことがある。子供の頃、夏休みに育てたアサガオ。その紫色に良くいている。

 

「どのくらい摘んでいけばいいのかしら」

「これに1杯って言うんだから……溢れない程度にって感じかな」

「溢れない程度ね。それじゃ――」

 

 プツリ、プチリと音を立てて花を摘み取っていく美波。僕も同じように手を伸ばし、山百合を摘んでは篭に入れていく。そうして15、6本を摘み取ると、篭は紫色で一杯になった。

 

「こんなもんかしら」

「うん。これだけあれば十分じゃないかな」

 

 これで約束の物は手に入った。あとは下山して王妃様に届けるだけだ。しかし拍子抜けするほど簡単な仕事だったな。こんなので本当に船が貰えるんだろうか。

 

「よし。それじゃ戻ろうか」

 

 立ち上がり、元来た道を引き返そうとする僕。すると美波が僕の袖を引っ張って言った。

 

「ちょっと待ってアキ」

「ん? 何?」

「景色も良いし、少しここで休んでいかない?」

「ここで? 別にいいけど……」

 

 さすがに美波も少し疲れたのかな。だとしたら無理をさせちゃいけないな。

 

「それじゃそこで少し休んでいこうか」

「うんっ」

 

 紫色の花園のすぐ横には、座るのに丁度良いくらいの岩が転がっている。あれをベンチ代わりにして休憩しよう。

 

「ふぅ……」

 

 早速岩に腰掛ける僕。すると美波はすぐ横に、僕に寄り添うように腰掛けた。ひんやりと冷たい岩が心地よい。

 

「静かな山ね。ウチら以外誰もいないみたい」

「そりゃ王妃様が船と交換条件で行ってこいって言うくらいなんだから誰もいないんじゃない? ここには魔障壁もないみたいだし」

「そうね、ウチらも召喚獣の力が無かったらこんなことできないものね」

「でも王妃様はなんでこんな物と船を交換してくれる気になったんだろうね。魔獣が出て危険な所かと思ったら一匹も見かけないし……」

「ウチもそれは考えてたんだけど……さっぱり分からないわね」

「だよねぇ」

「でもいいじゃない。この花を持っていけば船をくれるって言うんだから」

「まぁね」

「それにしてもこの世界が召喚獣の世界だなんて、未だに信じられないわ」

「僕だって同じさ。それより気になるのは出席日数だよ。ここに飛ばされてからもう1ヶ月になるんだから」

「まずいわね……学園長先生、何か手を打ってくれるのかしら」

「どうだろう。今まで僕らをモルモット扱いしてきたからね。もしかしたら3年に進級しない方が都合が良いって考えてるかもしれないよ?」

「留年ってこと? そんなのダメよ!」

「ダメって僕に言われても……」

「いいアキ、なんとしても進級するわよ。留年なんて人生の恥だわ」

「もちろんさ」

 

 そんな会話をしながら僕たちは山頂で休憩を続けた。

 

 サラス王国の気温は高く、こうしてじっとしていても汗が滲んでしまう。けれどこの山頂は瑞々しい空気で溢れていて、その暑さをあまり感じさせない。周囲の植物が気温を下げてくれているのかもしれない。

 

 眺めは良いし、涼しくて風も気持ち良い。ちょっとしたハイキング気分だった。この快適な空間での会話は楽しく、心躍る。何より、こうして彼女の笑顔を見ていることが僕にとって至福の時であった。

 


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