バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十話 新たな使命(クエスト)

「遅いわね……瑞希」

 

 僕と背中合わせに座る美波がボソリと呟いた。心配するのは当然だろう。姫路さんたちが行ってから既に1時間半ほどが経過しているのだ。交渉ってこんなに時間が掛かるものなんだろうか。ちょっと遅すぎる気がする。さすがに僕も心配になってきたな……。

 

「僕、ちょっと見てくるよ」

 

 トラブルに巻き込まれていたら大変だ。もしそうなら助けなくちゃ。

 

「やめておけ明久。お前が行ったら余計面倒なことになる」

「大丈夫だよ。ただ様子を見てくるだけだから」

「それでもやめろ。あいつが自分でやると言ったんだ。姫路を信じてやれ」

 

 信じろ……か。確かにこういう時は信じて待つのも大事かもしれないな。あれだけ姫路さんも張り切っていたわけだし。よし、ここはぐっと我慢だ。

 

「そうだね。もう少し待ってみるよ」

 

 そう言って上げかけた腰を下ろそうとした時、

 

「あっ! 戻ってきたわよ!」

 

 王宮の方を見ていた美波が声をあげた。彼女の視線の先には3つの人影がある。その3人は何かを話ながらこちらへと歩いてくるようだ。

 

「瑞希~っ!!」

 

 美波は立ち上がり、大声で叫んで手を振る。すると3つの人影のうち、真ん中の1人がそれに応えるように手を振り返した。間違いない。姫路さんだ。どうやら交渉を終えて戻ってきたようだ。結果はどうだったんだろう?

 

「お待たせしました。ただ今戻りました」

「すまぬ。交渉に入るまでが長かったのじゃ」

 

 戻ってきた3人の表情に陰りはない。きっと良い結果が聞けるに違いない。

 

「どうだ姫路、上手く行ったか?」

「一応成功……といった感じでしょうか」

 

 そう言って姫路さんは苦笑いをする。一応って、どういうことなんだろう?

 

「姫路さん、一応って? 成功は成功なんじゃないの?」

「それがですね、明久君……」

 

 姫路さんは王妃様との交渉について詳しく説明してくれた。

 

 まず、時間が掛かったのは王妃様に面会するまで、かなりの時間を待たされたからだそうだ。王妃様に面会できたのは、王宮に入ってから1時間後だという。この国の実権を握っているのは王妃様であり、国王に代わり様々な仕事を(こな)している。だから急な訪問者だからといってすぐに会えないのだろうと、雄二は補足する。

 

 そして王の間に招かれた姫路さんたちはすぐに本題の交渉に入った。すると王妃様は彼女らの問いに対し、「確かに海釣り用にと船舶を購入したことはある。それが今は使われていないことも事実」と答えたそうだ。

 

 ところが船の譲渡をお願いしたところ、「使っていないが譲れはしない」と断られてしまったらしい。もちろん姫路さんは事情を詳しく説明し、食い下がった。秀吉やムッツリーニも共に頼み込み、頭を下げて礼を尽くしたという。

 

 しばらくの間、彼女らは問答を繰り返した。すると、最初は拒んでいた王妃様も姫路さんたちの熱意に打たれたのか、ついに「ならば行動で誠意を見せよ」と、交換条件を出してきたのだという。やはり姫路さんの予想通り、金銭ではなく行動を求めてきたのだ。

 

 その王妃様が交換条件として求めたのは、マトーヤ山の山頂付近に咲くという紫色の山百合。その花は良い染料になるそうで、お気に入りのドレスには欠かせないらしい。この花と交換で小型船舶を譲ってくれるということになったそうだ。

 

「え……花? 花と交換で船なんかをくれるの!?」

「はい。王妃様は確かにそう仰いました」

「いやでも花と船じゃまるで価値が違うと思うんだけど? 本当にいいの?」

「姫路、本当に花と交換で船をくれるってことで間違いないんだな?」

「はい。間違いありません。マトーヤ山に咲く紫色の山百合を採取してきなさい。これが王妃様の命令です」

「こいつは驚いたな……とんだ”わらしべ長者”だぜ……」

 

 わらしべ長者とは日本のおとぎ話のひとつだ。”わらしべ”とは、その名のとおり(わら)を干した物。ある貧乏な男がこの藁一本から様々な物々交換を経て、最終的に大きな屋敷を手に入れるという成功物語だ。今回の話はそれに似ているが、花から船とはいきなり飛躍しすぎているような気がする。

 

「ねぇ瑞希、それって何か罠があるんじゃないの?」

「罠……ですか?」

「だって話がうますぎるもの。お金も払わずお花を摘んでくるだけで船をくれるなんておかしくない?」

「私もそう思います。もしかしたらマトーヤ山に何か問題があるのかもしれません」

「分かった! 摘んでくる花の量がとんでもなく多いんだ! たとえば4トントラック1杯分とか!」

「明久よ、それは違うぞい。摘んでくるのはこの篭に1杯じゃ」

 

 そう言って秀吉が差し出す篭は、ごく普通の手提げ型の篭だった。それも童話の赤ずきんちゃんが持っているような小さなものだった。

 

「へ? それっぽっちでいいの?」

「んむ。この篭にありったけ摘んでこいとの命令じゃ」

「ん~……そうか! それじゃその花ひとつひとつが崖の真ん中にあるとかで凄く摘みづらいとか!?」

「それも違うぞい。王妃殿は山頂の一角にまとめて生えておると言っておった」

「あれ? そうなの?」

「んむ」

 

 う~ん……これ以上思いつかない。どうも何か裏があるような気がするんだけどな……。

 

「明久が疑うのも無理もあるまい。ワシらも半信半疑なのじゃからな。姫路の言うように恐らくはその山に何か問題があるのじゃろう。王家の者では対処しがたい何かがの。たとえば――」

「…………魔獣」

「んむ。もしくは道中が想像を絶するほどに険しく、登頂自体が困難であるか、じゃな」

「何にしても一筋縄じゃ行きそうにねぇな」

 

 危険を伴う花摘み……か。一体どんな危険があるって言うんだろう。

 

「ねぇ姫路さん、そのマトーヤ山っていうのはどこにあるの?」

「……」

 

 ん?

 

「姫路さん?」

「……えっ? あ、はい? なんですか明久君?」

 

 なんだろう。今、凄く辛そうな顔をしていたような気がしたけど……。

 

「姫路さん、もしかして体調でも悪いの? なんだか顔色も少し青いみたいだし……」

「えっ? そ、そんなことありませんよ? 全然平気です! まだ疲れてもいませんから!」

 

 そう言ってパッと明るい笑顔を見せる姫路さん。おかしいな。今のは僕の見間違いだったんだろうか。

 

「明久よ、マトーヤ山はこの町を出て西に30分ほど歩いたところにある山じゃ」

「あ、うん。サンキュー秀吉」

 

 徒歩で30分か。町の外ってことは魔獣に出くわす危険性があるな。そこ行きの馬車とかあるんだろうか?

 

「……瑞希?」

「……」

「……瑞希。どうしたの?」

「えっ? あっ……な、なんでもないですよ翔子ちゃん」

「……?」

 

 霧島さんも姫路さんの異変に気付いたみたいだ。どうも姫路さんの様子がおかしいな……。

 

(なぁ雄二、なんか姫路さん変じゃない?)

(安心しろ。お前以上に変な奴はこの世にはいない)

(そうじゃなくてさ! なんかさっきからボーっとしてるみたいなんだ。旅の疲れが出てるのかもしれないよ?)

(ん? そうか? 見たところ普通にしているようだが?)

(ちょっと目を離すと下を向いたりしてるんだ。たぶん皆に気を遣ってるんじゃないかな)

(そうか。なら今日は休ませた方がいいかもしれねぇな)

(うん。そうしようよ)

 

 こうして雄二と小声で話している最中も姫路さんは下を向いてぼんやりとしていた。

 

「皆、聞いてくれ。この後は王妃様の依頼を果たすためにマトーヤ山に行く。だが往復で1時間以上掛かるとなると、戻る頃には日が暮れるだろう。従って今日はこの町で宿を取ることにする」

 

 サンキュー雄二。これで姫路さんも休めるだろう。

 

「……ホテルはさっき見つけておいた」

「そうか。助かるぜ翔子。案内してくれ」

「……こっち」

 

 さすが霧島さんだ。ホテルの場所はきっちり記憶しているらしい。皆は霧島さんに続き、ぞろぞろと歩き始めている。よし、それじゃ少しでも姫路さんの負担を軽くするために……。

 

「姫路さん、荷物は僕が持つよ」

「あっ、いえ。本当に大丈夫ですから」

「いや、でも姫路さん疲れてるんじゃ――」

「いえ。本当に大丈夫ですから。お気遣いありがとうございます」

 

 姫路さんはそう言うと自分の鞄を拾い、タタッと駆けて行ってしまった。どう見ても無理をしてるようにしか見えないんだけど……。

 

「ねぇアキ、瑞希の様子、おかしいと思わない?」

 

 走り去っていく姫路さんの様子を見ていると、横から心配そうな声が聞こえてきた。

 

「美波も気付いた?」

「うん。何か悩んでいるみたいに見えるわ」

「悩んでる? 僕は疲れたんじゃないかなって思ってたんだけど……違うのかな」

「それは本人に聞いてみないと分からないわね」

「う~ん。それもそうだね……」

 

 悩みがあるのなら相談に乗ってあげたい。でもさっきみたいに「なんでもないです」って断られてしまうと、どうしようもない。かといって放っておくわけにもいかない。僕はどうしたらいいんだろう……。

 

「ふふ……」

 

 ん? どうして今の話で笑うんだろう。

 

「なんで笑うのさ。僕なんかおかしいことでも言った?」

「ううん。やっぱりアキはアキなんだなって思って」

「へ? 何それ。どういう意味さ」

「瑞希のことが心配なのよね。ありがと。心配してくれて」

「ほへ?」

 

 なぜ美波が礼を言うんだろう。なんかもうわけが分からないや……。

 

「アキ、瑞希のことはウチに任せて。悩み事があるのなら聞いてみるわ。女の子同士なら話してくれるかもしれないし」

「ホント? 助かるよ」

 

『おーい、そこのバカップル。行くぞー』

 

 ぶっ!?

 

「だ、誰がバカップルだよ! バカ雄二!」

「そうよ! 失礼じゃない!」

 

『いいから来ーい。置いていくぞー』

 

 っと、しまった! 本当に置いて行かれたら困る!

 

「急ごう美波。見失ったら迷子だ」

「えぇ」

 

 慌ててリュックを背負って走り出す僕。美波も手提げ鞄を手に駆け出した。

 

 ひとまず姫路さんのことは美波に任せよう。それで、もし手伝えることがあれば僕も手伝う。今はこれしかない。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 僕たちは霧島さんの案内でひとつのホテルに入った。値段は安め。ルームサービスなどをカットして部屋のみを借りる形だ。いつも通り2部屋を借り、片方を男子部屋。もう片方を女子の部屋とした。

 

「ねぇ坂本、マトーヤ山なんだけど、ウチが行くことにしたわ」

 

 男子部屋の部屋を開けるなり、そう言ってきたのは美波だ。

 

「お前が? 姫路じゃないのか?」

「瑞希はちょっと疲れてるみたい。だからまだ余力のあるウチが行くことにしたの」

「俺は構わんが……けどお前、マトーヤ山までの道は分かるのか?」

「場所は瑞希から聞いたわ。単純な道だから迷うことは無いと思うわ」

「だ、そうだが、どうする明久」

「なんで僕に聞くのさ。美波が行くって言ってるんだからいいんじゃない?」

「いや、お前はどうするんだって聞いてんだ」

「そりゃ僕も行くに決まってるじゃないか。美波1人で町の外になんて行かせられないよ」

「んじゃ決まりだな。島田、花摘みはお前に任せる。明久と2人で行ってこい」

「オッケー! それじゃウチ準備してくるわね」

 

 ……ハッ!

 

「や、やられた……」

 

 この国の事情は姫路さんや秀吉、それにムッツリーニの方が詳しいはず。だからマトーヤ山に行くとしても”チームひみこ”のメンバーか、全員で行くかのどちらかと思っていた。けれど今の美波の発言で、僕ら2人の仕事になってしまったのだ。

 

「では頼むぞ明久よ。ワシらはここで待っておるでな」

「お前のおかげで俺らはゆっくり休めそうだ。感謝するぜ」

「…………お土産よろしく」

「くぅぅっ……!」

 

 僕だって休みたいのに……美波も余計なこと言ってくれるよなぁ。でもどうせ美波のことだから僕が断っても強引に引っ張っていくだろうな。仕方ない。往復1時間程度の近い場所だし、サッと行って任務を果たしてくるか。

 

「ムッツリーニ、マントを貸してくれる?」

「…………なぜ俺の」

「だって秀吉のじゃ小さいし、そもそも雄二は砂塵用マントなんて持ってないし」

「…………お土産3倍だ」

「花を摘んでくるだけなんだからお土産なんてないよ!? っていうかなんで3倍なのさ!」

「…………チッ……絶対に汚すな」

 

 舌打ちされたよ。なんで僕がこんな仕打ちを受けなくちゃなんないのさ……。

 

「ハァ……それじゃちょっと行ってくるよ」

「元気が足りぬぞ明久よ。笑顔で”行ってきます”じゃ」

「あぁもう! はいはい! 行ってきます!」

「んむ。良い笑顔じゃ。では頼むぞい」

 

 なんかどっと疲れた……もういいや。さっさと行ってきて僕も休もう。

 


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