暗い。それに酷くジメジメしている。灯は通路の壁に掛けられた松明のようなものが1つあるだけ。他に光源は無い。うっすらと見える周囲の黒い壁はゴツゴツしている。石を敷き詰めて作られているようだ。湿度はかなり高い。まるで何日も雨が降り続いているかのように空気がじっとりと身体に
「ハァ……」
この4畳半ほどの個室には窓がなく、朝なのか夜なのかも分からない。懐中時計を入れていたリュックも取り上げられてしまったので時刻も分からない。どうすることもできない僕は暗い地下牢の中、1人ベッドの上で溜め息を吐いている。
こんな状況になっているのは僕の言葉が王子の逆鱗に触れたためだ。今思えばあんなに感情的になって言えば相手もカチンと来るのは当然だ。こういう時こそ冷静に言葉を選んで話し合うべきなのに……。我ながらバカなことをしたものだ。しかし今さら反省したところで状況は最悪。
「ハァ……」
さっきから溜め息しか出ない。こうしている間にもミロードに居たという仲間がどこかへ行ってしまうかもしれない。すぐにでもここを出たい。でもどうしたらいいんだろう。土下座して謝れば許してくれるだろうか。あんな暴言を吐いてしまったから無理かな……。
……
考えていても始まらない。とにかくここを出なくちゃ。僕は立ち上がり、牢の鉄格子を両手で掴んでグッと引っ張ってみた。……ビクともしない。力を込めてもう一度。今度は押してみる。……
辺りはシンと静まり返り、物音ひとつ立てるものはない。向かいの牢には誰も入っていないようだ。この牢の両側にも個室があるようだが、それらにも人がいるような気配は無い。恐らく牢に入れられているのは僕だけなのだろう。
鉄格子の隙間から左側を見ると、通路の先が明るくなっているのが見えた。あれが出口か。見たところ見張りの兵士が1人いるようだ。ここを抜け出すにはあそこを通るしかなさそうだ。
牢の扉は格子状の鉄製。もちろん鍵が掛かっている。ひょっとして試獣装着すればこの鉄格子も破れるか? ……試してみるか。
僕は鉄格子から少し下がり、小さく
(――
……
あれ? 何も起らない? おかしいな。どうしたんだろう。さっきまでは装着できたのに……。声が小さいとダメなんだろうか。
と、ここでふとバイザーに表示されていた黄色いバーを思い出した。そうか、あれはやっぱりタイマーかエネルギーゲージのようなものなんだ。そういえばさっき門の前で装着した時もすぐに解除されてしまった。つまり召喚獣はエネルギー切れ状態ってわけか。今はどうすることもできないようだ。……仕方ない、寝よう。
諦めて牢屋のベッドにゴロリと寝転ぶ。……このあと僕はどうなるんだろう。裁判に掛けられるのか。それともすぐ処刑されてしまうのか。つくづくバカなことをしたものだと自分が嫌になる。なんとか謝って許してもらえないかな……。
………………
…………
……
考えているうちに眠気が襲ってくる。だが硬い石のようなベッドは簡単には眠らせてくれない。しかしやることもないので目を閉じ、ウツラウツラとする僕。
『――――』
『――。――――』
しばらくして出口の方から人の話し声が聞こえてきた。番兵が独り言を言っている? いや、誰か来たみたいだ。
『ところでこんな地下牢に何用で?』
『…………殿下が呼んでいる』
『ライナス殿下が? 俺を?』
『…………
『何っ!? 本当か!? 本当に俺が指名されたのか!?』
『…………うむ』
『マジか!? ヒャッホォーゥ!! ついに俺も見張り番から脱却する時が来たぜぇーっ!!』
男の歓喜溢れる声が地下牢に響き渡る。あの王子、本気で戦争をするつもりなのか。くそっ……。僕はベッドに寝転んだまま、やるせない気持ちで一杯になる。だがその時、予想だにしないことが起きた。
──ガチャリ
なんと交代で入ってきた兵士が牢のカギを開けたのだ。そしてその兵士は鉄格子の扉を”キィ”と開け、中に入ってきた。ま、まさかもう処刑されてしまうのか!? 体中から嫌な汗が吹き出す。
「わわ、わ……ちょ、ちょっと……まま、待って……!」
慌てた僕は逃げ道を探す。だが周りは頑丈な石の壁。正面の鉄格子の前には剣を腰に下げた兵士。召喚獣も今は使えない。どう考えても逃げ場は無かった。
万事……休すか……。
がっくりと両膝をつき、項垂れる僕。だがそんな僕にこの兵士は意外な言葉を掛けてきた。
「…………待たせた」
「へ?」
兜で顔が隠れてよく見えない。けれど聞き覚えのある声。誰だ?
「えっと、待たせたって……?」
「…………俺だ」
そう言って兜を取って見せる兵士。その顔は僕のよく知る者の顔だった。
「ム、ムッツリーニィィ!??」
それは我が悪友。名を”土屋康太”と言う。彼は学年一のエロの化身である。にもかかわらず、本人はそれを
「ムッツリーニ! ムッツリーニなんだね!? 今までどこに行ってたんだよ! そうか! ミロードに居たっていうのはムッツリーニだったのか! っていうかこの世界ってなんなのさ! 元の世界に帰るにはどうしたらいいんだ!?」
僕はずっと誰かに聞きたかったことすべてを吐き出す。
「…………静かにしろ」
「そ、そうだ! そんなことより美波は!? ムッツリーニがいるってことは美波も来てるのか!? 無事なのか!? 何か知ってるなら教えてよ! すぐに美波を助けに行かなくちゃいけないんだ!」
「…………黙れ」
──ゴスッ
思いっきり脳天をグーで殴られた。
「いっ……てぇ~……な、何すんだよぉ……」
「…………一度に聞かれても困る。とにかくここを出るぞ」
そう言ってムッツリーニが手渡してきたのは彼が着ているのと同じ服。橙色の、各所に鉄板が縫い付けられている兵士の服だった。
「これは?」
「…………これを着ろ」
「う、うん」
「…………着替えながら聞け」
僕が着替え始めると、ムッツリーニは事情を話し出した。
「…………俺は今ここの諜報員として雇われている」
「諜報員? それってスパイ映画なんかでよくあるアレ?」
「…………(コクリ)」
「ど、どうやってそんな職に!?」
「…………早く着替えろ」
「あ、うん」
ムッツリーニは話を続ける。彼は諜報員という職に就きながらこの世界のことを色々と調べていたという。だがある時、雇われたのが戦争のためだと知り、脱出を計画。昨晩のうちに職を放棄してこの町を出るつもりだったらしい。ところが抜け出そうとした矢先に僕が捕えられて来たため、予定を変更せざるを得なかったのだという。
「そっか……。ごめんムッツリーニ。僕が余計なことをしたばっかりに……。でも勝手に僕を牢から出したりして大丈夫なの?」
「…………大丈夫ではない」
「え……ど、どど、どうすんのさ!」
「…………どちらにしても逃げるつもりだった」
「ほぇ? そうなの? でも雇われてたんだろ? 逃げることなんてないんじゃないの?」
「…………今の状況で諜報員を辞めると言っても王子は許さない。だが俺も戦争などに加担したくはない」
「なるほど。だから逃げ出すつもりだったんだね」
「…………(コクリ)」
「でも助かったよ。ありがとうムッツリーニ」
「…………気にするな。それよりお前は今から俺の後輩だ。口裏を合わせろ」
「へ? 何言ってるのさ。僕らは同級生じゃないか。……ハッ! もしかしてムッツリーニって留年してるの!?」
「…………ハァ……お前は喋るな」
「?」
まぁ先輩でも後輩でもなんでもいいや。今は脱出することが最優先だ。僕は渡された重い服に着替え、制服はリュックに詰め込んだ。兵士の服は意外に体にぴったりフィットしていた。さすがムッツリーニ。僕の身体の寸法を熟知している。
「…………こいつを
ムッツリーニはそう言って鉄製の兜とリュックを渡してきた。こいつは……取り上げられていた僕のリュックだ!
「取り返してくれたんだね。さすがムッツリーニだよ」
「…………行くぞ」
僕は兜を頭に
ムッツリーニはそのまま堂々と廊下を歩く。途中で何人かの兵士とすれ違ったが、僕らのことを怪しむ様子は無かった。兵士の服を着ているから同僚と思われているのだろう。そしてムッツリーニは裏門を開け、外へ出ていく。
「ツチヤ様、どちらへ?」
すると表で警備していた兵士が声を掛けてきた。まずい、怪しまれたか!? 冷や汗がじっとりと湧き出てくる。しかしムッツリーニは落ち着いた様子でこれに答えた。
「…………出掛けてくる」
「ですが今は厳戒態勢では?」
「…………極秘任務だ」
「こ、これは失礼しました!」
「…………うむ」
2人の兵士はピッと背筋を伸ばし、ムッツリーニに向かって敬礼をする。こいつ、こんなに偉い立場だったのか。凄いな……。でもこれですんなり抜けられそうだ。と思ったら――――
「ところでそちらのお方は?」
ギクッ!
「……い、いや、あの……」
兵士の質問に僕は全身から汗を吹き出し狼狽える。ど、どどどうしよう……!
「…………俺の仕事を手伝う後輩だ」
だがムッツリーニは顔色ひとつ変えずに答えた。なんでこいつはこんなに落ち着いていられるんだろう……。
「そうでしたか。ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「…………うむ」
ムッツリーニは胸を張って道を歩きはじめた。僕はそんなムッツリーニの後について歩く。
(ね、ねぇムッツリーニ、走って逃げなくていいの?)
(…………走ったら余計怪しまれる)
(そ、そうか。分かった)
僕らは
「「…………はぁ~…………」」
と、2人で大きく息を吐いた。
「緊張したぁ……。それでムッツリーニ、この後どうするの?」
「…………まず宿舎に行く」
「宿舎?」
「…………俺の荷物がある。それを取ってくる」
「分かった。それでその後は?」
「…………王宮都市に行く」
「王宮都市? えっと、レオンドバーグ?」
「…………(コクリ)」
「そこに何をしに行くのさ」
「…………元の世界に帰る方法を探す」
「なるほど。目的は僕と同じだったわけだ」
「…………お前も調べていたのか」
「まぁね。僕だって帰りたいし。でも峠町のサントリアは封鎖されてたよ?」
「…………知っている」
「なんだ知ってるのか。じゃあ他にレオンドバーグに行く道があるとか?」
「…………無い」
「じゃあどうすんのさ」
「…………俺に任せろ」
「? まぁ、いいけど……」
ムッツリーニは無表情で歩き続ける。一体どうするつもりなんだろう。いつかのように姫路さんの手料理で兵士を毒殺するとか? ……まさかね。
☆
騒然とする町中を歩くこと20分。どうやら宿舎に着いたらしい。
「…………ここだ」
ムッツリーニは大きなレンガ造りの建物へ入っていく。これがムッツリーニの宿舎か。大きいな。3階建てじゃないか。
「…………早く来い」
「あ、うん」
僕もあいつについてその建物へ入る。中は意外に質素な作りで、特にこれといって変わった様子は無かった。広めの空間に小さなテーブルと椅子がいくつか置かれ、奥にはカウンターのような物も見える。
「…………ここで待て」
ムッツリーニにそう言われ、僕は近くの椅子に腰かけた。暇なので周りをキョロキョロと見ながらムッツリーニが戻るのを待つ。
……
ふ~ん……。王宮の宿舎というからどれほど立派なものかと思ったけど、普通のホテルのロビーみたいだな。
それにしてもムッツリーニがいてくれて助かった。もしあのまま牢に放り込まれていたらどうなっていただろう。この国のことはまだよく分かっていないけど、最悪の場合、死刑なんてこともあり得るかもしれない。でも僕だってこんなところで命を落とすわけにはいかない。とにかく今はムッツリーニと協力して元の世界に戻る手段を探さないと。
そんなことを考えていたらムッツリーニが地味な色の袋を背負って戻ってきた。そして、
「…………これを渡しておく」
と、1枚の紙を渡してきた。
「これは?」
「…………通行許可証」
「えぇっ!? な、なんでムッツリーニがこんなもの持ってるの!?」
「…………偽造した」
「あぁ…………そう…………」
こいつが仲間で良かった。この時、僕は心底そう思うのであった。
「ところでこの服もう脱いでいいよね? なんかモコモコして動き辛いんだ」
「…………いや、サントリアを抜けるまでそのままでいろ」
「なんで?」
「…………文月学園の制服で許可証を見せても怪しまれるだけ」
「あ、そっか。そりゃそうだね」
「…………うむ」
「でもさ、なんていうかさ」
「…………なんだ」
「ムッツリーニって、こういうことに凄く慣れてる感じがするね」
「…………フ」
今、鼻で笑ったね?
「…………俺が今までどれだけロープレをやってきたと思っている」
ロープレとはロールプレイングゲームの略。ってことは、つまり……。
「ゲームから知識を得てるんだね……」
だとしても凄いと思う。僕なんか
「…………行くぞ。もうすぐ馬車が出る」
「うん」
「…………馬車の中では何も話すな。怪しまれる」
「分かった」
こうして僕はようやく仲間との合流を果たした。だがこれで安心してはいられない。次の目標は元の世界に戻ることだ。
今はまだ何も情報は無いけど、レオンドバーグに行けばきっと見つかる。もしすぐに見つからなくても、ムッツリーニがいればきっとなんとかなるだろう。なにしろこいつの情報収集能力は学園の中でも右に出る者はいないくらいなんだからね。頼もしい仲間だ。
ようやく作品の題名でもある”仲間”の登場です。これからムッツリーニには今後色々と活躍してもらおうと思っています。お楽しみに。