バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第十八話 岐路に立つ

 ハリーさんと別れた後、僕たちは手頃な値段のホテルを探し、宿を取ることにした。部屋は2部屋。もちろん男子部屋と女子部屋に分けるためだ。そして今、僕たちは男子部屋に集まっている。これから作戦会議が始まるのだ。

 

「それで雄二、これからどうするの?」

 

 両手をポケットに突っ込み、窓から外を眺めている雄二。あいつは僕が聞いても口を一文字に閉じたまま、じっと外を見つめていた。

 

「雄二のことだから何か作戦を考えてるんだろ? 教えてくれよ」

 

 先程の雄二の顔を見て、あいつは頭の中に何か作戦を描いているのだと思い込んでいた。ああいう顔をした後の雄二はいつも何かしらの作戦を打ち出してきたからだ。ところがこの時、雄二の口から返ってきた答えは僕の期待を裏切るものだった。

 

「ない」

 

 ただ一言。雄二は振り向きもせずそう言った。

 

「へ? ない? どういうこと?」

「どうもこうもない。作戦なんかねぇよ」

「ははぁ。分かったぞ? そんなこと言って僕を騙して遊ぼうっていうんだろ。そうはいかないぞ!」

「この状況でお前をからかって遊ぶほど俺は楽観主義じゃねぇんだがな」

 

 そう言って振り向いた雄二の目は笑っていなかった。

 

「…………Realy?」

 

 信じられない状況に思わず英語が出る僕。

 

「…………俺の真似をするな」

「いや、だってさ! こいつ作戦がないって言うんだよ!? どうすんのさこの先!」

「…………それを相談するために集まっている」

「でもさっき雄二はあんな顔して歩いてたじゃんか! 何か考えてたんじゃないの!?」

「俺がどんな顔をして歩こうが勝手だろ。とにかく今は打つ手がない」

「そ、そんなぁ……」

 

 雄二のことだからとにかく進む手立てを考えていると思ったのに……。

 

「明久よ。雄二ばかりに重荷を背負わせるわけにもいくまい。ここはワシら全員で考えるべきじゃろう」

「そうよアキ。たまにはアンタも頭を使いなさい」

 

 円卓に座る秀吉と美波が言う。ムッツリーニは腕組みをしながら壁にもたれ掛かり、目を閉じている。姫路さんと霧島さんは並んでベッドに腰掛けているようだ。

 

「う~ん……そう言われてもなぁ……」

 

 作戦立案はクラス代表である雄二の役目だと思っていたからな。そもそも僕は頭を使うのが苦手だ。何か考えろと言われても……う~ん……。

 

「雄二よ、扉の島の場所はだいたい分かったのであろう? どの辺りなのじゃ?」

「姫路、お前確かサラス王国の地図を持っていたよな」

「はいっ、持ってますよ」

「よし、ここに広げてくれ」

 

 姫路さんは上着のポケットから折り畳まれた紙を取り出した。そしてその紙をテーブルの上に丁寧に広げると、指を差しながら説明をはじめた。

 

「私たちがいるのはここ、リットンです。ハリーさんのお話によると、ここから大陸沿いに南側に出て、そこから真っ直ぐ東へ。たぶん最短距離を取って大陸中央のこの半島部分をかすめて進んだものと思います」

 

 姫路さんは地図を指でなぞりながらハキハキした口調で説明していく。凛々しい横顔も決まっていて、とても格好良い。なんだか姫路さんが凄く大人に見える。

 

「半島からマリナポートへは、やや北寄りに進むことになります。マリナポート到着間近で島を見たということですから、恐らくは――――この辺りに私たちの行くべき島、つまり扉の島があるのではないかと思われます」

 

 地図に赤い×を書いて場所を示す姫路さん。その印の書かれた場所は大陸東南の町マリナポートから真っ直ぐ南に行ったところだった。

 

「なんだ。それならこの町から直接行かなくたっていいじゃないか。定期便でマリナポートまで行って、そこから船を出してもらえばいいんだよ」

「明久君、それがそうも行かないんです」

「ほぇ? なんで?」

「南側の海は海流が荒れていてとても危険らしいんです。だから定期便は出ていません」

「え……そうなの?」

「はい。だから漁師の方もマリナポートに行こうとする方がいないんだと思います。ハリーさんは凄く危険な海路を辿ったことになるんです」

「ふ~ん……なら陸路を使えばいいんじゃないの?」

「アキ、アンタ瑞希の話聞いてなかったの? サンジェスタで集まった時に言ってたでしょ」

「? 何を?」

「ハァ……」

 

 あきれ顔で溜め息をつく美波。気付くと他の皆も同じような顔をして僕を見つめていた。皆がこういう反応を示すということは、きっと僕は何か間違いをしているのだろう。よし、考えてみよう。

 

 美波の言う”サンジェスタで集まった時”とは、腕輪の回収を終わらせて集合した時だろう。あの時はそれぞれのチームの成果を報告し合った。そこで姫路さんが話していたのは――――!

 

 ……そうか、そうだった。

 

「あははっ! じょ、冗談だよ冗談! いやだなぁ皆! 忘れるわけがないじゃんか!」

 

 この大陸の真ん中は砂漠が広がっていて普通には通れないんだった。前は砂上船ってのが交通手段になっていたけど、事故があってから廃業状態だって言ってた。だから今は陸路で砂漠を渡る手段が無いんだ。すっかり忘れてたよ……。

 

「ホントに冗談? アンタ忘れてたのを誤魔化してるんじゃないでしょうね」

 

 ジト目で僕を見る美波。ヤバい。バレてる。

 

「い、いやだなぁ美波。そんなことないよ? だってほら、地図にもしっかり”砂漠”って書いてあるし!」

「明久よ。目が泳いでおるぞ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ……」

 

 やっぱり誤魔化せなかった。

 

「まぁ明久のバカはほっといて話を進めるぞ。南の海路が使えず、姫路が言ったように砂漠の横断は不可能。となれば残るは北の海路しかないだろう」

「そうじゃな。ワシもそう思う。ムッツリーニよ、お主は何か知らぬのか?」

「…………北の海路はグエンターナからバダン。暗礁海域を避けるため4日かかる。俺が知っているのはこれだけだ」

「暗礁海域じゃと?」

「…………海が浅くて船が通れないらしい」

「ふむ……浅瀬か。どの程度のものなのじゃろうな……。雄二よ、やはり北の海路について調べるべきではないか?」

「あぁ、そうだろうな」

 

 ん? なんだ、方針は決まってるんじゃないか。作戦がないなんてやっぱり嘘だったんだな?

 

「なんだよ雄二、もう次の手は考えてたんじゃないか。つまり北の海路を使うってことなんだろ? なんで作戦がないなんて嘘をついたのさ」

「……嘘をついたわけじゃねぇよ。徒労に終わるかもしれんと思って言わなかっただけだ」

「徒労ねぇ……」

 

 と疑いの目を雄二に向けていたら、隣の美波がキョトンとした目をしていた。

 

「美波ちゃん、徒労というのは”骨折り損の草臥(くたび)れ儲け”という意味なんですよ」

「えっと……つまり頑張ったけど無駄に終わっちゃった。ってことかしら?」

「はい、そのとおりです」

「ふぅ~ん……日本語って色々表現があってやっぱり難しいわね」

「そうですね。でもそれだけ表現が豊かとも言えますよ」

「そうね。ありがと瑞希」

「どういたしまして。ふふ……」

 

 確かに日本語には色々な言い回しがあり、時としてそれが誤解を招くこともある。でもこれはこれで面白いと思うんだよね。だから僕は日本人に生まれて良かったと思っている。ただし、やっぱり古典は学ばなくてもいいんじゃないかと思う。っと、それはさておき。

 

「でもさ雄二、どうして徒労に終わると思ったのさ。そんなの行ってみなくちゃ分からないだろ?」

「いいか明久。俺たちに残されたのはあと9日間だ。南の海路を使えば5日。残りは何日だ」

 

 バカにされてるんだろうか。

 

「そんなの決まってるじゃないか。4日だよ」

「さすがに算数は間違えないようだな」

「当たり前だろ!」

「じゃあもう一度地図を見てみろ」

「地図?」

 

 言われるがまま卓上の地図に目を向ける僕。

 

【挿絵表示】

 

 西側がきゅっと窄んだ(いびつ)な地形。地図上に書かれた丸は町の存在を意味している。そして大陸の中央には2本の縦線が引かれ、砂漠が大陸を分断していることを示していた。

 

「見たけど……これがどうかした?」

「北の海路はグエンターナから船に乗ることになる。ここから行く場合、位置的に王都モンテマールを経由することになるだろう」

「うん。まずグエンターナに行って、そこから船に乗ってバダンに。それから南に下ってマリナポートまでだろ?」

「そうだ。つまり大きく遠回りすることになる。こうして真っ直ぐ線を引いただけでも南の海路の2倍はあるわけだが、これがどういうことか分かるか?」

「え~っと……」

 

 南の海路が5日。2倍の距離があるから、これの2倍の日数がかかるとして10日か。

 

 ……あ。

 

「9日を超えてるね……」

「そういうことだ。単純計算ではタイムオーバーなんだよ」

「う~ん……そうかぁ……」

 

 徒労に終わるっていうのはそういう意味だったのか。

 

「だから言っただろ。徒労に終わるかもしれんと。俺たちには試している時間はないんだ。確実な手段を見つける必要があるんだよ」

「じゃあ坂本はどうするのが一番だと思ってるの?」

「そうだな……俺もまだ悩んでいるところだが……」

 

 雄二は顎に手を当て、考える仕草を見せる。上手いぞ美波。これで雄二の意見が聞き出せそうだ。

 

「見たところこの世界の船は帆船のみのようだ。帆船ってのは風を推進力とする船だ。速度はせいぜい8ノット……時速にして15キロ程度だろう。この世界では魔石を使っているからもっと速度が出るかもしれんが、それでも馬車の方が早いように思う」

「ん? ちょっと待ってよ雄二。それじゃ船を使うべきじゃないってこと?」

「使わずに行けるのなら良いんだが、問題は砂漠の横断だ。現状では船を使わざるを得ない。だから海路を使う距離を最短にすることでなんとかならないかと考えているんだが……」

「それならもう結論は出てるじゃないか。この砂漠の切れ目から南側を船で通過するのが一番の近道だよ」

「明久君、それはたぶん無理だと思います」

「ほぇ? なんで? 姫路さん」

「この国で砂漠近くの港町は北側のグエンターナだけなんです。地図で見るとカノーラの町が南側の海に近いように見えますけど、実際はかなり離れているんです」

「う……それじゃ南側で海に出られるのはこのリットンだけってこと?」

「そういうことになります。それに仮に船が出せたとしても、海流が激しくて危険だと思います」

「そっか……」

 

 なかなか上手くいかないもんだな……。

 

「しかしまぁ、明久の意見は現状では最善の選択だろう。もし荒波に負けないくらいの船を出せるのであれば、だがな」

「そ、そうだよね! やっぱりこの道が一番だよね! この方法を探してみようよ!」

「あぁ。だが姫路の言うように港町が無い以上、船が出せない可能性が高い。北側の経路についても詳しい情報を得ておきたい」

「つまり北側の経路を使って9日以内にマリナポートに到着する経路を調べろってことだね?」

「実際にはマリナポートから船で島に向かうことになるから、港町には少なくとも7日以内には到着しておきたいところだ」

「こうして考えると時間的に余裕はないのじゃな……」

「じゃあまとめるとこういうことでいいのかな? まずはカノーラの南から船を出せないか調べる。それと、北側の海路を使ったらどれくらい時間がかかるのか調べる」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そういうことだ。だが今日はもう遅い。行動は明日にするぞ。皆いいな?」

 

 雄二の言葉に全員が頷く。やれやれ……。一時はどうなることかと思ったけど、なんとなく進むべき道が見えてきた感じだ。

 

「よし、今日はもう休むとするか」

 

『『『賛成~っ』』』

 

 ふぅ……やっと休めるか。船旅って結構疲れるんだよね。ずっと揺られてるから落ち着かなくて眠りも浅かったし。でも今夜は揺れないからぐっすり眠れそうだ。

 

「それじゃウチ、何か食べるものを買ってくるわ」

「そいつは助かる。けどお前1人で大丈夫か?」

「もちろんもう一人連れていくわよ。ね、アキ」

「へ? ぼ、僕?」

「当たり前じゃない。皆疲れてるんだから」

「いや、僕も疲れてるんだけど……」

「アンタはいいのよ。いくら疲れたって」

「り、理不尽だぁぁっ!!」

「いいから行くわよ。支度しなさい」

「いや、でも……」

「つべこべ言ってるとアンタの分だけ買ってこないわよ」

「えぇっ!? そ、そんなぁ……。分かったよ行くよ! 行けばいいんでしょ!」

「そう。行けばいいのよ。ふふ……」

「とほほ……」

 

 相変わらず美波は強引だなぁ……。しょうがない。面倒だけど行くしかなさそうだ。

 

「……美波。気をつけて」

「ありがと翔子。じゃあ行ってくるわね。ほら、行くわよアキ」

「へ~い……」

 

 そんなわけで僕は美波に連れられ、買い出しに出ることになった。まぁ初めての町に美波1人で行かせるわけにはいかないし、やっぱり僕がついて行くべきなんだろうな。

 

 などと思いながらホテルを出てみると、町は橙色の灯りで照らされていた。見上げれば頭上には真っ黒な空がある。いつの間にか夜が訪れていたようだ。

 

「もう日が暮れてたんだね」

「のんびりしてるとお店が閉まっちゃうわね。急ぎましょ」

「うん」

 

 早速町に繰り出す僕と美波。けれど灯りに照らし出された看板は”close”ばかりで、閉めようとしている店も目立つ。もう選んでいる時間はなさそうだった。

 

 そこで僕たちは最初に目に付いた店で買うことにした。幸いにしていくつかのパンや惣菜が売れ残っているようだ。選ぶほど種類もなかったので僕たちはそれらを買い占め、急ぎホテルに戻った。

 

 そしてホテルに戻ったあとは円卓を囲んで皆で夕食。やはり仲間と一緒に取る食事は楽しい。タイムリミットまであと9日。これを過ぎてしまうともう元の世界には戻れない。切羽詰まっている状況だが、僕に緊迫感はあまりなかった。その理由も自覚している。

 

 美波が。そして皆がこうして一緒にいるからだ。きっとなんとかなる。僕の仲間はそんな気にさせてくれるのだ。

 


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