「まったく……あいつどこに行っちゃったんだろ……」
今、僕は船内を探し歩いている。探し物はもちろん雄二だ。
1時間ほど前に食事も終わり、夜も更けてきた。そこで僕たちは寝支度を整えていたのだが、雄二がトイレに行くと言って出て行ったきり、なかなか戻ってこない。さすがに30分も戻ってこないのはおかしい。この船は広い。もしかしたら迷子になっているのかもしれない。というわけで仕方なく僕が探し回っているのだ。
でも勘違いしないでほしい。僕は別に雄二を心配して探しているわけではない。あいつが戻らないと部屋の鍵を閉められないからだ。そして僕が行くことになったのは、自ら進んでのことではない。ただ、じゃんけんで負けただけなのだ。これだけは間違えないでほしい。
それにしても本当にどこに行ったんだろう。船内の施設にはトイレのほか、食堂や酒場、それにトランプカードやビリヤードといった遊戯施設などがある。でもこれらすべてを見て回ってみても雄二の姿はなかった。こうなるともう思い当たる場所がないんだけど……。
う~ん……困った。どうしよう。もう探す場所もないし……。一旦部屋に戻ってみるか? もしかしたら部屋に戻っているかもしれないし。うん。そうだね。そうしよう。
そんなわけで回れ右をする僕。その時に気付いた。すぐ横の重要なものの存在に。上り階段だ。その脇の壁には白いパネルが張られていて、”甲板出口”と黒い字で書かれていた。
へぇ。ここから甲板に出られるのか。知らなかったな。……まてよ? そういえば甲板は探してなかった。そうか、あいつがいるとしたらきっとここだ。
早速階段を上って甲板に出てみると、そこにはコートやマントを羽織った数人の人たちの姿があった。どうやら皆夜空を眺めているようだ。そしてその中には赤い髪をツンと立てた男の姿もあった。黒いジャケットに青いスラックス姿のその男は甲板の端で手すりに手を置き、1人で夜空を見上げていた。
「こんな所にいたのか。探したぞ」
「……明久か」
後ろから声をかけると、男は振り向き、ハァとひとつ溜め息をついた。人の顔を見て溜め息を吐くとは、なんて失礼な奴だ。
「何してんのさこんな所で。まだ完全に傷が治ってないんだから寝ないとダメだろ」
「ちょっと考え事をしてたんだよ」
「考え事?」
「あぁ……」
雄二は手すりに手をかけたまま溜め息のような声を吐き、再び空を見上げた。
星ひとつない、ほぼ透明の膜で覆われた夜空。ただひとつの明かりは遙か上空から降り注ぐ満月の光。その月明かりの中、雄二は何もない空に虚ろな目を向けていた。
「なぁ、明久」
「ん? 何?」
「ひとつ聞いていいか?」
「うん」
「お前、さ……」
「?」
何だろ。雄二のやつ、言い辛そうだ。
「なんだよ雄二。お前らしくないじゃないか。そんなに聞きにくいことなのか?」
「ん。まぁ、そうだな」
「そっか。でも聞きたいんだろ? 何?」
「……まぁ、そうなんだが」
「? なんだよ。早く言えよ」
「あー……なんと言うか……だな……」
あぁもう、なんかイラつく!
「どうしたんだよ雄二! もっとシャキっとしろよ! いつも堂々としてて、人の考えを先読みして、知識をひけらかして高笑いするのがお前だろ!」
「いつもそんな風に見られてんのか俺は……」
どこか間違っているだろうか。いや、間違ってなどいないはずだ。
「まぁいい。ならひとつ聞く。お前、前に俺が言ったことを覚えてるか?」
「前に言った? 何のこと?」
「俺たちはこの世界の住民じゃない。何が起ころうとも関わるべきじゃない。そう言ったよな」
「ん?」
そういえば聞いたような気がする。いつだったかな……。
「えーっと……」
「お前のことだから忘れているかもしれんとは思っていたが、本当に忘れてやがるとはな……」
「う、うるさいな! しょうがないだろ! 色んなことがあって頭が飽和状態なんだよ!」
「まぁいい。聞きたいのは俺自身が言ったこの言葉についてだ」
「ほぇ?」
「俺はいままでずっとこの言葉が正しいと思っていた。サンジェスタでお前と再会してから昨日まで。ずっとな」
「? うん。それがどうしたってのさ」
「……」
雄二はまた空を見上げると、溜め息交じりに言った。
「結局俺は関わりを持っちまった。触れちゃいけねぇと思いつつも、この国で起きた事件に触れちまった」
「事件?」
そうか。雄二のやつ、今朝の盗難事件のことを気に病んでるんだな。
「だってあれはしょうがないじゃないか。たまたま雄二が見かけた怪しい奴が泥棒の犯人だったってだけさ」
「いや。違う。あれも仕組まれたものだったんだ」
「へ? そうなの?」
「あぁ。すべてあのネロスって野郎の仕組んだことだったんだ」
「そうだったのか……」
「結局すべては仕組まれていたんだよ。関わらざるを得ないようにな。どれだけ逃げようとも……どれだけ足掻こうとも……な」
なんか難しいこと言ってるなぁ……。
「つまり雄二は自分の言ったことが否定されたのが悔しいんだね?」
「まぁ……そういうことになるんかな」
まったく、なんて歯切れの悪い答えだ。
「いいじゃんか! そんなの気にすんなよ! 僕なんか思惑外れっぱなしだよ? いちいち気にしてたら人生やってらんないよ!」
「お前はそれでいいかもしれんけどなぁ……」
「僕だって雄二だって変わんないよ! 誰だって生きていく上で人と人の関わりは絶対に避けられないだろ!」
「まぁ、そうなんだが……」
「それが分かってんならもう気にすんなよ! 行方不明になってた女の人も旦那さんも見つかったんだろ? それに霧島さんの腕輪も手に入ったのなら十分じゃないか! あとは元の世界に帰るだけ! 違うか!?」
ウジウジしている雄二にイラついた僕は早口でまくし立てた。こんな雄二は見たくなかったから。
雄二は僕らFクラスの代表であり、常に打倒Aクラスを目標に燃えていた。この世界に来てからも白金の腕輪が鍵であることを見つけ、僕らを導いてきた。そんな雄二を僕は嫌いじゃない。むしろ信頼を寄せていた。だから雄二にはいつもの自分を取り戻してほしかった。自信家で頭の切れる、いつもの雄二を。
「……あぁ。そうかもしれねぇな」
そう言う雄二の顔からは立ち込めていた暗雲が消えつつあった。薄緑色の空を見上げ、口元に僅かに笑みを浮かべる雄二。そうさ、やっぱり雄二はこうでなくちゃ。
「分かったんなら戻ろうよ。秀吉もムッツリーニも疲れたから寝るってさ」
「そうか。……しかしお前に
「別に諭したつもりなんてないよ。ただ雄二がウジウジしてんのが気に入らなかっただけさ」
「ぬかせ。この野郎」
口角を上げてニヤッと笑みを作る雄二。どうやらいつもの調子に戻ったようだ。やれやれ。世話の焼ける男だ。なんてことを思っていると、あいつはスッと右拳を突き出してきた。これは殴ろうとしている拳ではない。
「へへっ、前に僕が落ち込んだ時のお返しってとこかな」
僕は突き出したあいつの右拳に自らの左拳を合わせ、コツンと突く。これは男同士で交わす、いわゆる挨拶のようなものだ。
「さ、戻ろうぜ雄二」
「ちょっと待て明久」
「ん。なんだよ。まだ何か用?」
「実はもうひとつ聞いておきたいことがあってな」
「なんだよ。早く言えよ。僕だってそろそろ眠いんだ」
「時間は取らせねぇよ。お前、島田と付き合ってるだろ?」
「うん。それがどうかした?」
「まぁその……なんだ。ふ、2人で出掛けたりなんかも……するんだろ?」
「? たまにね」
「それってお前の方から誘ってんのか?」
「ほぇ?」
変なこと聞くやつだな。今まで僕と美波の関係には一切口出しすることなんてなかったのに。
「ん~……どちらかというと美波が誘ってくることの方が多いかなぁ」
「そ、そうか。ならいい」
「は?」
一体何なんだ?
「どうしたのさ雄二。なんでそんなこと聞くのさ」
「気にするな。
「はぁ?」
よく分からないやつだなぁ。ま、いいか。そろそろ僕も本格的に眠くなってきたし。
「ほら行くぞ明久」
「あ、うん」
僕と雄二は船内に戻り、皆の待つ船室に向かった。それにしても最後の質問は一体なんだったんだろう。そもそもコウガクって何? 明日姫路さんに聞いてみようかな。
☆
ガルバランド王国ラミール港を出港してから丸一日。船はようやくサラス王国リットン港に到着した。太陽は頭上を越え、だいぶ傾いている。1時間もすれば日が沈み、夜が訪れるだろう。
この日、僕らは異世界生活29日目を迎えた。この世界に飛ばされ、まもなく1ヶ月が経とうとしているのだ。学園長の示した期限まであと9日間。まだ扉の島の位置は分かっていない。
「姫路、その漁師ってのはどこにいるんだ?」
昨日姫路さんと秀吉の得た情報では、このリットン港に海に詳しい人がいるという。その人ならば扉の島のことを知っているかもしれないということで、僕たちはその人に会いに行くことにしたのだ。
「えっと……確か定期船の船着き場からちょっと離れた漁港にお住まいだと言っていました」
「漁港か。まずはそれを探すか。ところで名前は聞いてるのか?」
「はい。ハリーというお名前だそうです」
「ハリーか。よし、今回は全員で行くか」
「そうね。それじゃ瑞希、翔子、行きましょ」
「はいっ」
「……うん」
美波は右手に姫路さんの手を、左手には霧島さんの手を取り、歩き出した。やっぱり女子は仲が良いな。
「それじゃワシらも行くとしようかの」
「まさか俺らまで”お手々繋いで”なんて言うんじゃねぇだろうな……」
「さすがにワシもそこまでしろとは言わぬ……」
「だよな」
「…………気持ち悪い」
「僕もそう思う……」
やっぱり男子は仲が悪い。というか、これが正しいと思う。この4人が手を繋いで歩いている様を想像してみてほしい。不気味なことこの上ないだろう。
「この国って気温高いのね。防寒用のマントじゃ暑くてダメね」
「私はこの港で砂塵用マントを買ったんですよ」
「へぇ~。それがそうなのね?」
「はいっ、どうですか? 似合いますか?」
「マントはちょっと地味だけど帽子は素敵よ。ねっ、翔子?」
「……大きな羽根が可愛い」
「ありがとうございますっ。ふふふ……」
前を歩く3人は楽しそうに会話に華を咲かせる。これに対して僕ら男子は黙って彼女らの後を歩いている。いつもの光景だ。
『みんな~っ! あっちみたいよ~っ!』
美波が僕らに向かって大声で叫んでいる。どうやら漁港を見つけたようだ。
「島田は元気じゃのう」
「それが取り柄みたいなもんだからね」
「さすが明久じゃ。嫁のことは良く分かっておるようじゃな」
ぶっ!?
「ばっ……! そっ、そんなんじゃないよ!? た、ただ美波の性格を理解してるってだけで……嫁だなんてまだそんな……」
た、確かに美波との結婚を考えたことはあるけど……。僕まだ17歳だし、それにこういうのは本人同士の同意が必要なわけであって……その……。
「やれやれ。お主がその様子ではまだまだ先の話のようじゃの」
「ほ、ほっといてよ!」
くっそぅ……秀吉め……僕をからかってるんだな? いつか仕返ししてやる……!
『アキ~っ? どうしたのよ! 早く来なさいよ~っ!』
「おい明久、嫁が呼んでるぞ。さっさと行ってやれよ」
「分かってるよ! うるさいな!」
「…………逆ギレか」
「違うよっ!」
ちくしょうっ! 皆で僕をバカにして! っと、こんなことしてる場合じゃない。美波を怒らせたら後が怖いからな。
「今行くよ~っ!」
僕は大声で叫び、駆け出した。
……うん。
でもあんな風に笑顔で手を振っている姿を見ると……。
『早くしないと日が暮れちゃうわよ~っ!』
やっぱり可愛いなって……思っちゃうよな……。