バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第十三話 俺のけじめ

 俺は全身全霊を込め、ややアッパー気味に拳を突き出す。それは真っ直ぐ奴の左顎めがけ吸い込まれていく。そしてヒットの瞬間、ぐしゃりという骨のきしむ感触がメリケンサックを通して伝わってきた。

 

 ――ガッシャァァァン!

 

 凄まじい破砕音と共にガラスが砕け散る。俺の殴り飛ばしたネロスが講壇後方の壁にまで吹っ飛んだのだ。赤や緑に着色されたステンドグラスは奴の体が叩きつけられたことにより粉微塵に砕け散り、ガシャガシャと音を立てて落ちていく。しかし骨組みはしっかりしているらしく、これほどの勢いで叩きつけているにもかかわらず、窓枠を貫くことはなかった。

 

「へ……へへっ、ざ、ざまぁ……みやがれ……ぐっ……!」

 

 なんとかネロスの野郎をぶん殴ってやったが、さすがに無茶をし過ぎたようだ。だいぶ出血が酷くなってきている上に、今頃になって体中に負った傷が激痛を生み出している。

 

《……ゴフッ……! く……ま、まさか……こ……こんなことが……こ、この私が……人間……風情……に……!》

 

 大の字になり、ステンドグラスに(はりつけ)状態のネロスの野郎が呻く。奴の背部からは太陽の光が差し込み、その光景は教科書で見た”聖者の磔”によく似ていた。ただし教科書のそれとは違い、目の前にいるのは聖者ではなく魔人だが。それにしてもあの野郎……全力で殴ってやったのにまだ動けるのか。思いの外タフな野郎だぜ。

 

《ンンンンンッ……!》

 

 ガシャアッと音をたて、ネロスがステンドグラスから抜け出した。そして奴は着地すると、バンと両手を床に突き、ブルブルと身を震わせ始めた。……何だ? この異様な殺気は……。

 

《……オノレ……》

 

 奴は苦しそうに震えながら呟く。俯き、長い金髪で顔を隠したまま、凄まじい殺気を放っている。危険を察知した俺はすぐさま身構え、警戒した。

 

《……オノレ……オノレ……オノレオノレオノレオノレオノレェェェーーーーッッ!!

 

 ガバッを上体を起こし、鼓膜を破かんばかりの大声を張り上げるネロス。その左頬には4つの穴が空き、顔は醜く歪んでいた。無論、俺のメリケンサックの棘の跡だ。だが歪んでいるのは俺の拳のせいだけではなさそうだ。

 

《よくも……! よくもこの俺様ノ顔に傷をォォォーーーーッッ!》

 

 怒りをむき出しにして叫ぶネロス。なんだ? コイツ急に雰囲気が変わりやがったぞ?

 

《ンンンンンゆ、(ゆる)ッさァァんンンンンッッ!!》

 

 プシッと黒いものが奴の頬の穴から吹き出す。まるで魔獣を倒した時の黒い煙のようだった。いや、吹き出しているのは頬からのみではない。全身から吹き出しているようだ。こいつ、もしや魔獣の一種なのか……?

 

《クゥアァァァァーーッ!!》

 

 奴が一際大きな雄叫びを上げると、その体からボンッと一気に煙が吹き出した。直後、その中から異形の者が姿を現した。

 

 全身赤褐色の体。瞳孔の無い真っ黒な瞳。左右に大きく引き裂かれた口からはみ出す2本の牙。破れたローブの上半身が剥ぎ取られ、むき出しになった隆々たる筋肉。背中には漆黒の翼を背負っている。

 

 そして何より特徴的なのは、頭の両側でグルリと巻かれた2本の大きな(つの)。羊――いや、まるで悪魔のような(つの)のようだった。

 

「けっ、ついに本性を現しやがったな。このゲス野郎が」

 

 これが魔人の正体か。なんという禍々しい姿だ。島田の言うように悪魔そのものじゃねぇか……。

 

《良い実験材料ト思ッテ殺さズ捕らえルつもりであッタが、もはヤいらヌ! 貴様ハここでソいつらノ餌トなるがいい!! さァ行け下僕ドも!!》

 

 なんだ、結局自分では何もしねぇのか。どっちが腰抜けだよ。まったく。

 

 とはいえ、こいつはヤバいな。無茶な突撃をしたせいで腕どころか全身が動かねぇ。それに体中の傷が焼けるようにズキズキと痛みやがる。今大量のゾンビどもに襲われたら守る術がねぇぞ……。

 

《ハッハッハッ! どうやら動けナいようだナ! 愚かナ奴メ! ざマァみろ! ハーッハッハッハァ!!》

 

 奴の指示によりゾンビどもが再び群がってくる。その手に斧や剣を携え、じりっじりっと躙り寄ってくる。く……ダメだ。足に全然力が入らねぇ。へへ……こりゃ俺も年貢の納め時かな……。

 

 

 ……

 

 

 すまねぇ翔子。……俺、ここまでみてぇだ……。

 

 

『……雄二!!』

 

 諦めかけたその時、礼拝堂に女の声が響き渡った。この声……まさか……翔子!?

 

「し、翔子!?」

 

『……雄二! 今行く!』

 

 なっ……!?

 

「ば、バッカやろう!! なぜ戻ってきた! 町に戻れと言っただろ!」

 

『……私も言ったはず! 雄二は私が守る!』

 

「バカ言ってんじゃねぇ! 状況を考えろ! お前の召喚獣はもうすぐ時間切れだろが!!」

 

 この城に入ってから既に30分以上が経過している。腕輪を持たない翔子の召喚獣はもうエネルギー切れのはずだ。なのにこんなヤバい状況の中にノコノコ出てきやがって、一体何を考えてやがるんだ!

 

《時間切れ? ほほウ……それは良いことを聞いた》

 

 うっ……! あの野郎、何かするつもりか!?

 

「翔子! 今すぐここから出ろ!」

 

 俺はゾンビどもにもみくちゃにされながら叫ぶ。だが翔子のやつは耳を貸す様子もなく、両手で刀を振り回しながらこちらに向かって走ってくる。あのバカ……!

 

「えぇい! 世話の焼ける……!」

 

 俺は翔子の援護に向かおうと身体を捻る。

 

「ぐぅっ……!!」

 

 少し動いただけでも脳天を貫くような痛みが神経を駆け巡る。けどそんなもん気にしてる場合じゃねぇ!

 

「て、てめぇらどきやがれ!」

 

 ゾンビどもが俺の腕や足、首にまとわりついている。加えて全身を襲う激痛。動ける状態ではなかった。

 

「く……うがぁぁっ……!」

 

 助けに行こうにも、この大量のゾンビをどうにかしないと進めない。けれど俺の体力はもう限界に近い。弱音を吐きたくはないが、さすがにこの状況は厳しい。しかしこのままでは翔子が……! どうする。どうすればいい!

 

《フハハハハ! 見つけタぞサカモトユウジ! 貴様の弱点!》

 

 思案に暮れる俺の後ろからネロスの野郎の声が聞こえてくる。俺の弱点……だと?

 

「て、適当ほざくな! 俺に弱点なんかねぇ!」

 

(ツヨ)がッテいられるノも今のウちだ! さア、()いテ()びろ! サカモトユウジ!!》

 

 ――バァン!

 

 奴が言うのとほぼ同時に、天井の方から木の板を割るような音がした。

 

《キシャァァーーッ!!》

《ウシャシャシャシャァーーッ!!》

 

 奇妙な音を発しながら、高い天井から何か黒いものが落ちてくる。暗闇の中に黒い物であるがため、正体が掴めない。大きさからすると……人型? まさかあれもゾンビなのか!?

 

《奴ラはなかなかに凶暴ダぞ? なにシろ何人もノ人を(あや)めタ者を素体に使ッテおるかラな!!》

 

「な、何ぃっ!?」

 

 そうか……今理解した。この世界に来て最初の町、ルルセアで聞いた墓荒らしの噂。あれもこいつの仕業だったんだ。墓から死体を盗み出してやがったんだ。この外道が……どこまで性根が腐ってやがるんだ。いや、今はそんなことはどうでもいい!

 

「下がれ翔子! 上からヤベぇのが来る!!」

 

 暗くてよく見えないが、落ちてくる奴らは鎖や短刀の類いを握っているように見える。それが5、6体、真っ直ぐ翔子の頭上に向かって落ちていく。ネロスの言うことに恐らく嘘は無い。きっと奴らは凶悪な犯罪者の遺体で作られたゾンビなのだ。

 

《貴様ノ弱点はあノ女よ! 愛すル者ノ命が消えル時、貴様はどんナ顔をすルノだろうナァ? 楽しみダよ! ハーッハッハッハッハッ!!》

 

「翔子! 来るな! 翔子ォォーーッ!」

 

 俺は大声で怒鳴った。ネロスの野郎の言葉を遮る気持ちで叫んだ。にも関わらず、翔子のやつは真っ直ぐこちらに向かって走ってくる。この時ほどあいつの頑固な性格を恨んだことは無かった。

 

「て……てめぇら邪魔だァァーーッッ!!」

 

 俺はまとわりつくゾンビどもを強引に振りほどいた。腕や足を動かす度に凄まじい痛みが全身を襲う。それでも俺は前に進もうと足を踏み出した。

 

 だが2、3歩進むとまたゾンビどもが立ちはだかる。俺は無我夢中でそいつらを排除。するとまた別のゾンビが行く手を阻んだ。繰り返し、繰り返し、ゾンビの集団を打ち払う。執拗なまでの包囲。そのせいで一向に翔子の元へと辿り着けない。それでも諦めず、俺は前進した。

 

 常に無表情で愛想が無い。

 我田引水で人の言うことを聞かない。

 何かと言いがかりを付けては俺の顔面を掴んでくるあいつ。

 

 今までどれだけ酷い目に遭わされてきたことか。

 

 ……けど。

 

 あいつは常に俺の傍に居てくれた。どれだけ邪険に扱っても離れなかった。こんな俺の傍に……あいつはいつも居てくれた。そんなあいつを……翔子を……俺は……失いたく……ない!!

 

「うぉぁぁあぁぁーーーッッ!!」

 

 俺は限界をも超えるつもりで駆け出した。体中の傷から血が噴き出し、今まで経験したことの無いほどの痛みが脳髄を叩く。全身の関節が悲鳴をあげているようだった。

 

《ハーッハッハッハッ! 無駄ダ無駄ダ! 貴様はそこデあノ女が引き裂かれル様を見テいルがいい!!》

 

 ネロスの野郎が何かを言っている。だが俺の耳に奴の言葉は届いていなかった。翔子のことだけを想い、ただひたすらに目の前の邪魔者に拳を叩きつけていた。

 

「……?」

 

 翔子がふと上を見上げた。気付いてくれたのか? だが既に殺人鬼どもは翔子の頭上4、5メートルの所にまで迫っている。ダメだ……もう間に合わない……。

 

 俺は目を瞑った。

 

 

 翔子……バッカやろう……。

 

 

 この時、俺は不覚にも涙を流してしまった。

 

 こうなってしまったの誰のせいだ? 無論、俺のせいだ。俺の状況判断ミスだ。あいつの性格を考慮しなかったのが間違いだったのだ。

 

 そうだ。俺のせいだ。翔子の命がここで消えるのはすべて俺の責任だ。

 

 俺は自らを責め、悔やみ、目を瞑った。

 

 

「……閃光(フラッシャー)

 

 

 その時、暗闇の中でそんな声が聞こえた気がした。

 

 ……?

 

 いや、気のせいじゃない。確かに翔子の声だった。そしてこの直後、ほぼ暗闇であった礼拝堂の中に”太陽”が降臨した。

 

 

 ――ズンッ

 

 

 腹の底に響くような重低音と共に突然現れた眩い光球(こうきゅう)。その光の玉は急激に、爆発的に膨らんでいった。

 

 

 ――ヴゥゥゥウン……!

 

 

 光の玉は低周波を撒き散らしながら瞬く間に膨れあがる。この巨大な礼拝堂の中を覆い尽くさんばかりに。

 

《ギィアァァーーーッ!》

《ウ、ウガォアォアァァーーッ!》

《キァァァォォーッ!!》

 

 光の球は周囲のゾンビどもを飲み込み、次々に消滅させていく。断末魔の叫びをあげて光の中で消えていくゾンビたち。それは翔子の頭上から襲い来る殺人鬼どもも例外ではなかった。い、一体何が起きているんだ……?

 

「くっ……!」

 

 翔子を中心とした光の球体は俺をも飲み込みはじめた。強く目を瞑り、腕をクロスさせて防御の構えを取る俺。だが光に飲み込まれても俺の身体には何の異常も生じなかった。

 

《ヒィァァーーーッ!》

《グァォァァーーーッ!?》

 

 凄まじい光は室内全体を包み込み、ゾンビどもを巻き込んで消し去っていく。こんな光景、現実世界で見ることはない。まるでゲームや映画のワンシーンを見ているようだった。

 

 ただ呆然とこの不可思議な現象を眺める俺。しばらくすると光は次第に弱まっていき、周囲は元の暗い礼拝堂へと戻っていった。

 

「……雄二をいじめるのは……許さない」

 

 がらんとした礼拝堂には、片手に持った刀を頭上に掲げる翔子の姿があった。あれほどひしめき合っていたゾンビどもの姿はひとつもない。すべて消え去ってしまっている。

 

「しょ……翔……子……?」

 

 あまりに不可解な事象に俺の頭がついてこない。ただ、翔子が無事であることは認識できた。この事は俺の心に正常な判断力を戻してくれたようだった。

 

《ナっ、ナんだ!? 今のハ!? オ、俺様ノ研究成果が……い、一瞬にしテ……!? な、ナンだその力は!? 時間ギレで力を失うのデはナカッタのか!?》

 

 振り向くと講壇の前で狼狽えるネロスの姿があった。そしてこの時、俺は理解した。間違いない。あれはあいつの腕輪の力だ。赤毛の女リンナを救出したことで腕輪を入手したのだろう。そしてあの光の玉が翔子の腕輪の力なのだ、と。

 

《バ、バカな……! こ、こンナバカナァ……ッ!》

 

 このだだっ広い礼拝堂にいるのは俺と翔子、それとネロスの野郎の3人。もはや障壁はない。

 

「ネェロォォォォス!!」

 

 俺は一気に奴との間合いを詰める。そして右手に拳を握り、残ったすべての力を右腕に集中させる。不思議な感覚だった。先程まで俺の全身を襲っていた痛みがほとんど無い。あまりにダメージを負いすぎて、感覚が麻痺しているのかもしれない。だとしたらこれ以上の無茶は危険だろう。ならばこの一撃に俺のすべてを……込める!!

 

《こ……こンな……こンなバカなアァァァッッ!!》

 

 顔を歪ませ、大口を開けて叫ぶ赤褐色の悪魔。

 

 恐怖。

 

 そう。あいつの顔には恐怖が浮き出ていた。ついさっきまで俺が抱いていた感情を、今度は奴がそれを胸に刻んだのだ。

 

「こいつで――――最後だァッ!!」

 

 俺はすべての力を凝縮した、渾身の右ストレートを奴のボディにブチ込んでやった

 

「うぉぉぉぉーーーッ!!」

 

《うゴォォォーーーッ!?》

 

 拳を奴の腹に当てたまま、俺は更に右腕に力を込める。これ以上やれば筋を壊してしまうかもしれない。そう思えるくらいにまで力を込め、右腕を突き出した。

 

 

 ――ドォォン!!

 

 

 轟音と共にレンガの壁が崩れ去った。俺の一撃が奴の身体を一瞬にして壁に叩きつけたのだ。そしてこの一撃は壁をも貫き、奴を城の外にまで吹き飛ばした。

 

《……ク……クオォォ……ッ! き、貴様らノ顔……わ、忘れンぞ! か、必ずやこノ恨ミ晴らしてくれる……!!》

 

 ぽっかりと開いた壁の向こうで奴が口から黒い液体を溢しながら言う。まるで絵に描いたような小悪党の捨て台詞だ。そんな言葉を吐く時点でお前の負けは確定なんだよ。

 

「けっ、おととい来やがれってんだ!」

 

《……ク……》

 

 奴は一瞬、鬼の形相を見せた。しかしその直後、背中の黒い翼をバッと広げると空中へと舞い上がっていった。

 

「ま、待ちやがれ!」

 

 奴を追い、俺は開いた壁の穴から外に出る。しかしそこに奴の姿は既になかった。空を見上げると、翼を羽ばたかせながら飛んでいく黒いものが見える。

 

 くそっ、逃がしたか。まだ盗んだ魔石タンクの場所を聞いていないが……まぁいい。正直言って俺の体力も限界だ。これ以上暴れられたらもう俺の手には負えん。

 

装着解除(アウト)

 

 装着を解き振り返ると、開いた壁の穴から出てくる翔子の姿があった。俺を追ってきたのか。

 

「サンキューな翔子。助かったぜ」

「……雄二」

「あの野郎、逃がしちまったな。まだまだ殴り足りねぇんだがな」

「……雄二」

「けどま、いいだろ。腕輪も手に入ったことだしな」

「……雄二!」

「なっ、なんだよ」

「……雄二。どうしてこんな無茶をしたの」

「どうしてって、そりゃお前……なんだ、その~……」

 

 俺は答えられなかった。”翔子を狙われてカッとなった”なんて言えない。そんな明久のようなバカな理由を俺が言えるわけがない。

 

「お、俺はああいうスカした野郎が大嫌いなんだよ。それにあいつは俺に濡れ衣を着せやがった。それが許せなかっただけだ」

「……本当に?」

「あぁ。本当だ」

「……本当にそれだけ?」

「あぁ。それだけだ」

「……本当に本当?」

「しつけぇな。本当だっつってんだろ」

 

 ――グキッ

 

「んがっ!?」

 

 突然、首をグリッと捻られた。

 

「……雄二。泣いてるの?」

 

 !?

 

「ばっ……バッカ! ンなわけねぇだろ!?」

 

 しまった……。さっき翔子のことを想った時に流れた涙が頬に残ってやがったのか。俺としたことがなんという失態……。

 

「く、くだらねぇこと言ってねぇで魔石タンクを探すぞ!」

 

 俺は血で赤く染まった袖でぐしぐしと目尻を拭う。……血生臭い。我ながら酷い無茶をしたもんだ。

 

 ……ん?

 

「お、おい、翔子?」

 

 翔子がハンカチのようなもので俺の頬を拭い始めている。

 

「や、やめろよ翔子。そんなの必要ねぇって」

「……じっとして」

 

 あいつは真剣な顔をして俺の頬を拭っていた。とても、とても真剣な表情だった。そして今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「お……おう」

 

 こんな顔をした女の前で抵抗できるわけがなかった。俺は素直に従い、腕を下ろした。

 

「……こんなに血だらけになって……」

「これくらいどうってことねぇよ」

「……もうこんな無茶をしないで」

 

 そんな顔をして言われたら逆らえねぇだろうが……。

 

「悪かったな。もうしねぇよ。……たぶんな」

「……約束して」

「約束ったってなぁ……」

「……約束して!」

「わ、分かった! 分かったから泣くな!」

 

 ったく、こういうのはどうにも苦手だ。いつものアイアンクローの方がよっぽどマシだぜ。

 

「……翔子。もういいぜ。お前のハンカチが血だらけになっちまう」

「……構わない」

「そうは言ってもな……」

 

 あぁくそっ! こういう雰囲気は苦手だぜ。さっさと帰るとするか。

 

「とにかく盗品を探すぞ。そんでさっさと帰ろうぜ。明久たちが首を長くして待ってるはずだ」

「……うん」

 

 こうして、魔人との戦いは俺たちの勝利に終わった。

 

 この後、俺たちは城の中をくまなく探した。盗まれたのは魔石タンク。大男が肩に担ぐほどの大きさの箱らしい。それは程なくして翔子が城内の小部屋の中で発見。大男の遺体のすぐ横に転がっていたという。

 


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