迫り来るゾンビどもは包囲の輪を徐々に狭め、じりっじりっと俺たちに
だがこんなやつらの相手をする必要はない。もともと俺の目的は泥棒の犯人を捕らえることだ。しかしこのような状況で探すのは不可能。ネロスも引き渡すことはないだろう。とにかく今は引くべきだ。
(翔子。一旦引くぞ)
「……でも囲まれてる」
(俺が一点突破で道を切り開く。お前は俺の後についてこい。いいな)
「……うん」
この時の俺は逃げることだけを考えていた。魔人などというワケの分からない存在と対峙するなど愚の骨頂。島田から聞いた明久の傷は相当に酷いものだったと聞く。もしこいつが明久を襲った魔人そのものだとしたら、俺は翔子を守り切る自信はない。
《……逃げるのですか? ハハハッ! これはとんだ腰抜けですね! サカモトユウジ!》
ネロスが講壇から高らかに笑う。なんとでも言え。俺は最善と思われる道を選択しただけだ。
「俺もそれほど暇じゃないんでね。今日はあんたの顔を見に来ただけだ」
《……貴方は嘘が下手ですね。分かっていますよ。貴方は魔壁塔を壊した犯人を捜しに来たのでしょう?》
「そういう台詞を吐くってことはここにいるんだな?」
《……えぇ。居ましたよ》
「居た? なぜ過去形だ」
《……既に居ないからですよ。この世にはね》
「な、なんだと!?」
まさかこいつ……くそっ! 手遅れだったか!
「やいネロス! なぜ俺の名を語って盗みを働かせた! 俺に恨みがあるのなら直接言いやがれ!」
《……貴方に恨みはありませんよ。ただ、興味があるのです》
「何が興味だ! 俺はお前のように陰湿なやり方をする奴が大っっ嫌いなんだよ!!」
《……つれない台詞ですねぇ。私はこんなにも貴方に興味津々だというのに》
「知ったことか! いいから質問に答えろ! なぜ俺の名を語らせた!」
《……貴方が悪いのですよ》
「何? 俺が悪いだと?」
《……そうです。貴方が町に籠もっていてちっとも出てこないから少し強引な手段を使わせていただきました》
責任転嫁か。この台詞から察するに、こいつの性格は極めて自己中心的。自分の行いのすべては他人の責任だと言い張る人格破綻者なのだろう。ますますもって相手にしたくない人間だ。いや……人間じゃないんだったな。
《……私は町に入ることができません。あの魔障壁のせいでね。だから彼に
「ムソウチュウ? なんだそりゃ?」
《……あいつの作ったものにしては良くできたものです。人の夢を操る力を持った蚊ほどに小さな虫のことです。その小ささ故、魔障壁の影響を受けないのが特徴です。思うように操れないのが欠点ですがね》
人の夢を操る……。よく分からんがそれを使って人を操ったということか。だが”あいつ”とは誰だ? 明久を襲ったという魔人のことなのか?
《……それにしても不思議な方ですね貴方は。
「何? てめぇ! 俺に何かしやがったのか!」
《……そちらの女性には効果があったようですが、貴方には効きませんでした。なぜでしょうね。とても興味があります》
こいつ、何を言ってやがるんだ? 翔子に効果があった? 一体何のこと――っ!
夢を操る……だと? まさかあの時の……!
「てめぇ……翔子に何をしやがった」
俺は思い出した。翔子が夢遊病のようにフラフラと夜道を歩いていたあの時のことを。
あの時、俺は謎の高熱で酷い頭痛に襲われていた。その時だった。翔子が夜道を1人で歩いていたのは。それはまるで何者かに操られたかのように、無意識に歩いているようだった。
《……だから言っているでしょう?
「フざけんな!! 翔子を操って何をしようとした!!」
《……何って、貴方先程の話を聞いていなかったのですか? 失礼な方ですね。想いが強ければ強いほどより良い素体となるのです。そう申し上げたでしょう?》
「ンなこたぁ分かってンだよ!! なぜ翔子に手を出した!!」
《……やれやれ。落ち着きのない人ですねぇ。それに思ったより理解力の無い人だ。ここまで話してもまだ分かりませんか?》
「ぐだぐだ言ってねえで答えやがれ!」
この時、奴の言っていることを俺は理解していた。理解した上で問うていた。どうにかこの怒りを抑えようと、冷静になろうとして発した言葉だった。だがこの問答は結果的に俺の怒りに油を注ぐだけだった。
《フ……まったく。結論まで言わないと分からないほど頭が悪いとは思いませんでしたよ》
ネロスの奴が
《ここまでヒントを与えても理解できないのなら仕方ありません。答えを言って差し上げましょう》
そう言うと奴はニィっと歯をむき出して笑みを浮かべ、
《決まっているじゃないですか! 最も優れた……最高の死体を作り出すためですよ!》
奴の声が礼拝堂全体に響き渡る。これまでの紳士的な話し方とは一変した、狂気に満ちた声だった。この瞬間、俺の頭の中でブチンと何かが切れた。
「悪い。翔子」
「……何?」
「俺たちはこの世界のことに深入りすべきじゃない。この世界にとって俺たちは異物だ。そんな俺たちが関われば何が起こるか分からねぇ」
「……うん」
「けどな……」
ぐっと握った拳に一段と力が入る。
「けど俺は今! あいつをぶっとばしたくてたまらねぇ!!」
妙な怒りが腹の底からふつふつと沸いて来やがる。
これは俺らには関係のない、異世界で起きた事件だ。誰が死のうが、誰が行方不明になろうが、町が襲われようが、知ったこっちゃない。
だが、こいつだけは――――翔子に手を出しやがったこいつだけは許せねぇ!!
「……雄二は間違ってない。吉井たちも正しいことをしてる」
「正しいかどうかなんてどうだっていい! 俺は……俺は……!!」
この時の俺の頭には泣きじゃくるルーファスの姿が浮かんでいた。目撃者の証言からして、トーラス夫妻の行方不明事件もこのネロスが関わっている可能性が高い。いや、十中八九こいつの仕業だ。だとしたら、このゾンビどもの中にあの子の両親がいるのかもしれない。
もしあの時、夜道を歩いていた翔子を止めていなかったら、今頃翔子もこの場に並んでいたことになる。そう思うと頭に血が上って、カッカとして、もう我慢がならなかった。
「……雄二の気持ち、私にも分かる」
「あぁ! 悪いな翔子! 俺もバカだったみてぇだ! あいつのようにな!」
「……雄二のやりたいようにして。私もやりたいようにする。――
翔子の足下から光の柱が沸き上がり、その身を包む。そして消えた光の中からは鎧武者姿に転身した翔子が姿を現した。
「サンキュー翔子! じゃあ好きなようにさせてもらうぜ!!」
俺は両拳のメリケンサック同士をガチンとぶつけ、気合いを入れる。魔人だろうがなんだろうが構いやしねぇ。あの澄ました顔を一発ぶん殴ってやる!
《……どうやら戦うつもりのようですね。ですが貴方にこの者たちを倒せるのですか? この者たちも元は貴方と同じ人間なのですよ?》
「……雄二」
「
「……」
翔子は黙って腰の刀をスラリと抜き、両手で構える。俺の言葉を理解してくれたと思って良いだろう。
「……雄二は私が守る」
「ぬかせ。お前に守られるほど落ちぶれちゃいねぇぜ」
《……やれやれ。仕方ありませんね。では貴方がたの力、見せていただきましょう! さぁ行きなさい! 我が作品たちよ!》
《ヴォォォーーッ!!》
俺たちを取り囲んでいたゾンビどもが一斉に得物を振り上げ、襲い掛かってくる。だが遅い!
「フッ!」
一体目の攻撃をフットワークで避け、すかさずジャブを顔面に叩き込む。するとベチッ! と音がして、顔面の皮膚が飛び散った。跡には骸骨だけとなった頭が残り、ゾンビは膝を折り崩れ落ちていく。
《ア、アァァ~……》
ボロボロになった歯をむき出しにして、別のゾンビが斧を振り下ろしてくる。だがこんな遅い動きに捕まる俺じゃない。軽く避けて今度は横から右ストレートを打ち込む。するとそいつもあっけなく倒れ、そしてまた次のゾンビが間髪入れずに襲ってくる。
奴らの動きは緩慢だった。ビデオのスローモーションのように動くので、難なく避けられる。翔子も長い黒髪をなびかせながら巧みに攻撃をかわし、刀でゾンビの腕を切り落としている。
なるほど。武器を持つ手さえ奪ってしまえば脅威は無いということか。一理あるな。だが俺にはそんな器用な――っ!
「うらあっ!」
後ろからの攻撃を間一髪で避け、肘で殴る。グシャッという嫌な感覚が肘に残る。この場に姫路や島田がいなくて良かったぜ。こんな状況、あいつらにはキツすぎるぜ……。
しかしこいつら、ゾンビなだけに気配が無いのか。こいつは俺にとっては少々やりづらい相手だ。油断していると死角から攻撃を受けちまうな。
「……雄二」
「あァ? なんだよ! 今忙しいんだよ!」
「……後ろに気をつけて」
「言うのが遅ェよ!!」
「……ごめんなさい」
「いいからお前も気をつけろ! こいつら気配が無い!」
「……分かってる」
そんなやりとりもしながら、俺たちは襲い来るゾンビどもを次々と倒していく。だがどれだけ倒しても一向に数が減らない。一体どうなってやがるんだ?
《……酷いことをしますね。せっかくの実験体が台なしじゃありませんか》
ネロスの野郎が講壇からそんな台詞を吐く。あの野郎……高みの見物ってわけか。
「何が酷いことだ! 酷いのはてめぇの方だろうが! 一体どれだけの人間をゾンビにしやがったんだ!」
もう100体は始末してるってのにまだ沸いて来やがる。クソっ! 攻撃は大したことねぇが数が多すぎるぜ!
《……何を言うのです。私の崇高な研究に酷いことなどあるわけがないでしょう?》
「その高慢な台詞を吐く口を今すぐ黙らせてやる!」
《……ハハッ。今のあなた方の状態で何ができるというのです。防戦一方ではありませんか》
「クッ……」
確かにネロスの言う通りだ。ゾンビどもからの攻撃は受けていないが、四方八方から攻撃が来るので前進できない。一歩進んでは一歩下がるの繰り返しだ。このままでは俺も翔子も消耗していずれは――――
「がはっ!?」
突然背中に激しい衝撃を受け、俺の体は宙を舞った。
「……雄二!」
――バキィッ!
翔子の叫びが聞こえた瞬間、俺は小部屋の扉に頭から突っ込んだ。
「っ――っててぇ……」
小部屋の中にまで吹っ飛ばされた俺は上体を起こし、後頭部や背中を確認する。どうやら血は出ていないようだ。だが背中がジンジンと痛みやがる。鈍器で殴られたのか。刃物じゃなくて良かったぜ……しかしゾンビのくせになんて力だ。
《ウアァァ~……》
「うっ!」
気付くと目の前に斧を振り上げるゾンビの姿があった。俺は慌てて体を転がし、横に避ける。
――ドカッ
間一髪で斧を避けると、
《ウ? ウ~……ア、アァ~……》
ゾンビが呻き声をあげて床に刺さった斧を抜こうとしている。だが深く刺さっているのか、なかなか抜けないようだ。ケッ、ざまぁねぇぜ。
……
ってヤベぇ! このまま小部屋に押し込まれたら逃げ場がねぇ!
「オラぁぁーーッ!!」
すぐさま起き上がり、目の前のゾンビに全力の拳を叩きつけ吹っ飛ばす。
っ――!?
その時、俺の目に意外なものが映った。
『……雄二! 大丈夫!?』
小部屋の外から翔子の声が聞こえる。そうだ、今はこんな所でモタモタしてる場合じゃない。
「あぁ! 大丈夫だ!」
俺は答えながら部屋から飛び出した。だが広い空間に出た瞬間、俺は再びゾンビどもに囲まれてしまった。まったく、なんてしつこい奴らだ。それにしても今見えたのは確か……俺の見間違いか?
《ウォォ~……》
《ア、ア、アォォ~……》
考える余裕を与えるものかと言わんばかりに次々と得物が振り下ろされる。一発ネロスの野郎をぶん殴ってやらねぇと気が済まねえが、こうなると多少強引に行かねぇと突破できそうにねぇな。……だがその前に確認だ。
「翔子! 右側の3つ目の小部屋の中を見ろ!」
今の俺の位置からは見えないが、翔子の位置からなら見えるはずだ。
「……誰かいる」
やはりか! さっきのは見間違いじゃなかった! だがどうする。生存者とは限らない。ゾンビである可能性も高い。そもそもこの囲まれて前進すらままならない状況で救出は難しい。……けど、あの顔は間違いなく……しゃーねぇ。手はひとつしかねぇか。
「ついてこい翔子! 俺が道を切り開く!」
「……うん」
「行っくぜェェ!!」
俺はゾンビどもの群に正面から突撃。振り下ろされる剣や斧を腕で払いながら強引に進む。
痛てェ。
中学の頃から何度か刃物で切られたことはある。だがそれはナイフなどの小さな刃物であり、これほど殺傷力のある武器ではない。今は召喚獣のおかげで致命傷にはなっていないが、それでも切り傷はつく。もしこれを召喚獣なしに受けていたら俺は即死していただろう。
「どきやがれッ!!」
蹴りも交えて小部屋前のゾンビどもをなぎ払う。よし、ひとまず道は開いた。だがすぐに奴らに囲まれるだろう。
「おい、あんたら! 無事か!?」
小部屋に首を突っ込んで中を見ると、大柄の男と、それに寄り添う女の姿があった。
生気のある肌の色。
恐怖に怯えた表情。
間違いない。ゾンビではなく生きた人間だ。生存者だ!
「あ、あの……」
「……」
彼らは座り込み、互いを抱きしめ合って震えていた。この様子からすると長い間この牢屋のような小部屋に閉じ込められていたのだろう。これもネロスの野郎の仕業か。
「翔子! 彼らを救い出せ!」
俺の指示に従い、翔子がタタッと小部屋に入る。よし、翔子が彼らを救い出すまで俺はここを死守する!
《……何をするのです! その者は私の大事な研究材料です! その者から離れるのです!》
講壇から慌てた様子を見せるネロス。そうか。やはり彼らの失踪事件も奴の仕業か。
……そうかそうか。
そういうことかよ!!
「ふザけんな!! 誰がてめェの研究材料だ! リンナとトーラスは返してもらうぜ!!」
そう。この2人はかつて俺が探し求めていた赤い髪の女リンナとその夫トーラス。どちらも行方不明となっていた者だ。
「翔子、2人を連れて城を出ろ」
「……雄二は?」
「俺にはやることがある」
そうだ。俺にはやることが残ってる。あのクソ野郎の顔を一発ぶん殴るっていう大事な用がな!
「さぁ行け翔子! また俺が道を切り開いてやる!」
既に小部屋前は大量のゾンビどもで埋め尽くされている。先程無茶をした傷が痛みはじめているが、泣き言を言っている場合じゃない。今は無茶をしてでもあのクソ野郎をぶん殴る!
《ア、ア、アゥゥ……》
《ウゥゥ……》
《ガァウゥゥ……》
「だっっしゃァァーーッッ!!」
俺はまず礼拝堂の出口側に立ち塞がるゾンビをぶちのめした。先頭の一体を吹っ飛ばせば後方の数体もろとも排除できるからだ。そして思惑通り、出口に向かって若干の道が出来上がった。
「よし、行け翔子! 城を出たら馬車を捕まえて町に戻れ!」
「……雄二を置いていけない」
「俺に構うな! 自分とその2人の身を守ることだけ考えろ!!」
「……ダメ!」
「いいから行け! 俺を困らせるな!!」
「……雄二……」
渋っていた翔子は出口に向かって移動を始めた。いいぞ翔子。2人はお前に任せたぜ。
《……やってくれましたね……サカモトユウジ……! 絶対に許しませんよ!!》
礼拝堂に落ち着いた澄んだ声が響き渡る。けれどその言葉には怒りが込められていた。
「待たせたなネロス! 次はてめぇをブチのめす!」
《……戯れ言を! お前たち! その男を捕らえなさい! 生死は問いません!》
「上等だコラァァーーッ!!」
俺はまっすぐ講壇に向かって駆け出した。周囲のゾンビどもが一斉に俺めがけて襲ってくる。ザクリ、ザクリと刃物で斬りつけられ、その度に腕や背中に激痛が走る。それでも俺は真っ直ぐに講壇に向かって突き進んだ。
こうして俺が真っ直ぐ奴に向かえば、あの野郎は全兵を俺に向けるだろう。そうすることで翔子の身の安全を確保しようとしたのだ。そしてこの思惑は見事にハマってくれた。
《……えぇい何をしているのです! 早くあの男を取り押さえるのです!》
奴の指示で翔子を追っていたゾンビまでもが俺の方へと向きを変える。いいぞ、ついてこい!
「オラオラどけどけェェーーッ!」
俺はわざと目立つように振る舞い、前進する。しばらくしてチラリと後ろを見ると、翔子が扉を開けて外に出ていくのが見えた。よし、これで翔子の身の安全が確保できた。
《……えぇい! 早く止めなさい! このノロマどもめ!》
苛立ちを隠せなくなってきたのか、ネロスの表情が険しくなってきたようだ。平静を装っていても肝の小せぇ野郎ってことだな。
「待ってろネロス! 今そこまで行ってブチのめしてやっからよ!!」
《……ハハッ! やれるものならやってみなさい! 貴方には無理です!》
「無理かどうかそこでじっくり見てな!」
俺は両腕の筋肉を緊張させ、ぐっと力を込める。だいぶ傷を負ったが、まだあの野郎をぶん殴るだけの力は残っている。あいつの所まで殴り込みに行く力もな!
《ウォ、ォォ~……》
《ウ、ウァァ~……》
「邪魔くせぇ!」
次から次へと寄ってくるゾンビども。いくら倒してもキリがねぇ。この城のどこにこれだけの死体を隠してやがったんだ。
《……しぶとい人ですね。ならばこれならどうです!》
ネロスの野郎がバッと両腕を上げる。
――バコッ バコォッ
すると2ヶ所の床石が大きく割れ、そこからまたもゾロゾロと不死の集団が湧き出てきた。こ、こいつはキツいぜ……。
「ネロス! ひとつ聞かせろ! さっきの2人を誘拐したのもお前か!」
《……誘拐とは人聞きが悪いですね。あの2人は自らここに来たのですよ》
「見え透いた嘘をつくんじゃねぇ! 人間が歩いてここまで来られるわけがねぇだろ!」
《……貴方だって歩いて来たじゃないですか。それとも貴方も人間ではないとでも言うつもりですか?》
「ンなこたぁどうでもいい! 質問に答えろ!」
《……まったく。騒々しい人ですねぇ。あの2人は以前馬車で通りかかったのをお見受けしましてね。非常に仲睦まじいお2人でしたので、ご協力いただいたのですよ。……
そうか。やはりこいつが犯人か。つまり俺はこいつのせいでさんざん振り回されたってわけだ。
行方をくらませた腕輪を持つ赤毛の女。
その旦那の失踪。
メランダの町での盗難騒ぎ。
俺の行動は何もかもコイツに狂わされたんだ。すべてはコイツの仕業だったんだ。しかも翔子にまで手を出しやがって……!
「ネロス! 俺はてめぇを許さねぇ!」
《……許さなければどうだというのです! 貴方自分の置かれている状況が分かっていますか? 私は手駒をまだ半分も使ってはいないのですよ!!》
「ンなモン関係ねェ!」
俺は再び正面突破を試みる。前方にはゾンビどもが敷き詰められたように立ちはだかっている。いや、前方だけじゃない。右も左も、後方さえも無数のゾンビで埋め尽くされている。1対多の喧嘩をしたことはあるが、ここまで包囲されるのは初めてだ。
姫路のような
「俺にはこの拳が――――あンんだよォ!!」
俺は正面のゾンビを裏拳でなぎ払い、自ら道を切り開いていった。それでも前方の視界は開かれず、視界は灰色やどす黒い肌色をしたゾンビ集団で埋め尽くされている。そいつらを殴り、殴り、殴りまくり、俺は少しずつ前に進んだ。
「ぐっ……がはっ……!」
頭や腕、背中に次々に
パキンと音を立て、半透明の破片が飛び散った。どうやらバイザーも割られてしまったようだ。もう召喚獣のエネルギー残量も分からない。だがそれももはや不要。目指すはネロスの顔面! この一撃にすべてを……賭ける!!
「うオォォーーッ! ネロォォーース!!」
俺はついに包囲網を突破し、講壇に辿り着いた。
《……な、なんだとォッ!?》
奴もこの捨て身の突撃には驚いたようで、目を見開き、顔を歪ませていた。
「ブッ飛べェェーーッ!!」
――ドッ
俺の右拳が奴の顔面を捉えた。