「ったく。何が”足手まといにはならない”だ。しっかり足を引っ張ってんじゃねぇか」
「……私は1人でも歩いていくと言った」
「歩いてたら何時間も掛かっちまうだろうが」
「……だから先に行っていいと言ったのに」
「ンなことできっかよ」
「……どうして?」
「どうしてって、そりゃお前、こんな森の中にお前1人を置いていけるわけねぇだろ」
「……自分の身は自分で守れる。だから雄二は気にせず先に進んでいい」
「だからそういうわけにいかねぇっつってんだよ!」
「……どうして雄二はそんなに急ぐの?」
「だ、だからそれは、だな……」
「……町が心配?」
「はぁ? ありえねぇだろ。あんな扱いを受けたんだぞ? 心配する道理がどこにあるってんだ」
ったく、ジジババどもめ。俺の偽物に簡単に乗せられやがって。疑うってことを知らねえのかよ。ま、身近にも疑いを知らないバカがいるけどな。
「……じゃあ、吉井が心配?」
「なぜ俺があいつを心配しなくちゃなんねぇんだ。あいつが勝手に町を守るなんて言い出したんだぞ?」
「……でも、心配してる」
「んなことねーよ」
「……雄二は素直じゃない」
「けっ、言ってろ。そんなことよりしっかり掴まってろよ。今は時速100キロは超えているはずだ。この速度で落ちたら怪我じゃ済まねぇぞ」
「……うん」
俺は明久たちと別れ、馬車道を走っている。向かう先は例の怪しい城だ。目的はもちろん、あのネロスって野郎と話を付けることだ。
昨夜からの一連の騒動に”ネロス”の名は出ていない。だが状況からして犯人は奴以外にありえない。もちろん根拠はある。今回メランダで起きた盗難事件の犯人は俺の名を名乗った。つまり俺の名を知っている者の犯行というわけだ。先にも述べたが、この世界で俺の名を知っているのはアレックス王と大臣のパトラスケイル。それにバルハトールのトーラス親子と、残るはあの城の城主ネロスだ。
王や大臣や俺に濡れ衣を着せることはありえない。トーラスは行方不明で、4歳の息子ルーファスがこのようなことをできるわけがない。つまりネロスしかいないのだ。問題はなぜ俺を標的にしたのか、だ。
今にして思えば、赤毛の女リンナやトーラスの件も奴の仕業であるとも考えられる。行く先々で俺の思惑をことごとく潰され、結局何の成果も得られなかった。何者かが裏で俺の行動をあざ笑っているのだとしたら、これ以上の屈辱はない。もし奴が張本人だとしたら俺は……。いや。どうするか今はまだ決めていない。それは奴に会ってから決めればいい。
「……雄二」
「おう。なんだ?」
「……装着時間は大丈夫?」
「あぁ。まったく問題無い。腕輪の力ってすげぇよな。ほとんどゲージが減らねぇ」
「……そう」
今、俺は試獣装着し、翔子を背負って走っている。本来ならば馬車を使いたいところだが、町から逃げ出す者が奪い合う状況では不可能だ。まぁ馬車が出せたとしても俺は使わないけどな。あんな扱いを受けて尚世話になろうとは思わん。
それにしても腹立たしいのは、この俺を
「……雄二」
しかしどれだけ考えても分からねぇのはその理由だ。俺はあの野郎とは一度しか会っていない。それも二、三、言葉を交わした程度だ。あの会話で俺が恨まれるようなことを言ったのか? 思い当たる
「……雄二」
「なんだよ。今考え事と走るので忙しいんだよ」
「……何を考えていたの」
「お前にゃ関係ねぇよ」
「……あの城主のこと?」
「分かってンなら聞くなよ!」
「……どうしてあの人のことを考えているの?」
「うっせぇなぁ。どうだっていいだろ」
悪いが今は話す気分じゃない。腹の奥がムカムカして、口を開くと毒を吐いちまいそうだ。
「……そんなにあの人が気になる?」
「あぁ。気になるね」
「……あの人に会いたい?」
「あぁ。会いたいね。一刻も早くな」
「……浮気は許さない(ギリギリギリ)」
「っ……! ばっ、バカっ……やめっ……! う、運転手の首をっ……し、絞め奴が……あ、あるかっ……!」
ギリギリと首の骨がきしむ音が聞こえる。や、ヤバイ……! このまま締め上げられたら……事故るっ……!
「お、俺の名を語った……理由を……き、聞きに行く……だけだ……! だ、断じて浮気などでは……ないっ……! 俺を……信じろっ……!」
というか、なぜこの俺が背負っている翔子を宥めなければならないのだ。ワケが分からん……。
「……本当?」
「ほ、本当だ! だ……だから……こ、この状況でチョークスリーパーは……や、やめろっ……!」
ようやく理解してくれたのか、翔子は手を緩めてくれた。やれやれ……相変わらず手間の掛かるやつだ。
「ったく、こんな技どこで覚えて来やがったんだ……」
「……美波に教えてもらった」
「ンなもん教えてもらうんじゃねぇっ!」
毎度のことながら島田も余計なことをしてくれるぜ。ったく、なんとかしろよ明久。翔子が姫路の必殺料理と島田のサブミッションの両方を持ったら最凶すぎるだろ……。お? そうこうしているうちに見えてきたな。
「……雄二。あれ」
「あぁ、間違いねぇ。ネロスって野郎の城だ!」
さぁ、どういうことかきっちり説明して貰おうじゃねぇか!
☆
俺たちはついに目的の城に辿り着いた。見たことのない植物が
「……雄二。どうするの?」
「決まってンだろ。こうするんだよ!」
――バキャァッ!
木製の扉に蹴りをくれてやると扉は粉々に砕け散り、入り口が開いた。召喚獣を装着しているのだからこの程度のことは造作も無い。
「出てこいネロス! 色々と話を聞かせてもらうぞ!」
俺は開いた扉から城内へと踏み込み、大声で叫んだ。
とてつもなく広い空間。正面や両側にはステンドグラスが備えられ、赤や緑の光が室内に溢れる。そこはまるで礼拝堂のようだった。だが室内に椅子などの類は一切無かった。がらんとしていて、ただ床石が敷き詰められているのみであった。
見上げれば天井は恐ろしいくらいに高く、暗い。照明の
「ここにいることは分かっている! なぜ俺の名を語って悪さをする! 姑息な手を使いやがって! 俺に用があるのなら直接言いに来い!」
…………
…………
…………
返事なし、か。どこかに隠れてやがるのか? 見たところ広間の両側に木製の扉が複数。それと正面には講壇のような台があり、その両脇には階段があって2階へと通じているようだ。
「……いない?」
「いや、いるはずだ。さっき外から見た時も部屋に
俺は腹に力を込め、再び大声で叫んだ。
「聞いてるんだろネロス! 出てこい! 出てこないというのなら勝手に探させてもらうぞ!」
この呼び掛けにも返事は無かった。……いいだろう。趣味ではないが、家捜しさせてもらうぜ。
「行くぞ翔子」
「……どうするの?」
「ネロスの野郎を探すんだよ」
俺は薄暗い室内をゆっくりと、慎重に歩き始めた。足下は大理石のような石で作られた床。凹凸が無く、つるつるしていて歩きやすい。
両脇の部屋は扉の間隔からしてかなり小さい部屋のようだ。居住スペースとは思えない。礼拝用の小部屋だろうか。
「……人の気配がしない」
「いや。そうでもないぜ」
「……そう?」
「あぁ。妙な視線を感じる。……嫌な感じだぜ」
翔子の言うように、この空間には生気を感じない。人が暮らしている様子を感じられないのだ。長らく人の住んでいない、まるで廃墟のようにも思える。
だがあの時、ネロスは確かにここにいた。それにこの感じ。誰かに見られている。それも1人や2人なんてもんじゃない。もっと多数の者が俺たちの様子を見ている。奴か? ネロスの野郎が俺たちを――――!
「止まれ翔子」
「……どうしたの?」
「静かに!」
何だ……この異様な気配……何かが……来る……!
ギィィィー……
身構えて警戒していると、そんな音を立てて両側の小部屋の扉が一斉に開いた。
「な、なん……だと……!?」
そこから出てきたのは俺の予想を遙かに超える集団だった。
《ウゥゥー……》
《アァー……ウゥゥ……》
《ウ……ォ……ォォゥ……》
そいつらはゆっくりと、とてもゆっくりと出てきた。言葉にもならない呻き声をあげながら。
「……ゆ、雄二」
翔子が俺の腕にしがみついてくる。あの恐れを知らぬ翔子ですら、この異様な光景に怯えているようだった。正直言ってさすがに俺もこの光景には戦慄した。
そいつらは人の形をしていた。いや、恐らくはかつて人であったのだろう。皮膚は黒く変色し、髪は抜け落ち、肌が朽ち果てて顎骨が見えている者もいる。ボロボロになった衣類を纏ったそいつらは、まさにゾンビそのものであった。
「くっ……な、何だ……こいつら……」
奴らは続々と小部屋から出てくる。その数は既に30……40……まだまだ増える。まるでホラー映画のワンシーンを見ているようだ……。
「……雄二……どうしよう」
「あぁ。こいつはまいったな。さすがにこれは想定外だぜ……」
ゾンビの集団はゆっくりとこちらに向かってくる。明らかに俺たちを狙っている。ネロスをぶっとば――――いや、話を聞くだけのつもりだったが、とんだ歓迎だぜ……。
「逃げるぞ翔子!」
「……ダメ。囲まれてる」
「な、何ぃ!? いつの間に!?」
気付けば俺たちはすっかりゾンビどもに囲まれていた。奴らは上体をゆらゆらと揺らし、腕をだらりと下げ、ゆっくりと包囲を狭めてくる。手に剣や斧のような武器を持っている奴もいる。こ、こいつはヤベぇ……!
《……やれやれ。無礼ですね。貴方達は》
その時、この礼拝堂に澄んだ声が響き渡った。
「て、てめぇは……ネロス!」
正面の階段の上から黒いローブを着た者が降りてくる。白い肌に長い金髪。間違いない。あの澄ました顔はネロスだ。
「てめぇ……人間を操ってやがるのか……」
《……操る? それは違いますね》
「何が違うってんだ!」
《……私はただ再利用しているに過ぎません》
「再利用だと?」
《……そう。貴方達が魔獣と呼んでいる固体。あれは動物の死骸から作り出したものです》
「な、なんだと!? 死骸から作り出した!?」
《……そうです。なかなか良くできているでしょう? 魔獣化する際に細胞が異常膨張して身体が大きくなってしまうのが欠点ですがね》
そうか……魔獣が動物の姿をしていて異常にでかいのはそういう理由だったのか。まさか魔獣という存在がこいつの仕業だったとは……。こいつ、思っていた以上にとんでもない野郎だぜ……。
「では今この世界に
《……すべてではありませんがね。まぁそんなことはどうでもいいのです。今は違う生体の研究をしていますので》
こいつ、マッドサイエンティストなのか? 生き物を何だと思ってやがるんだ……。
《……魔獣は生物の死骸を用いたものであることは今お伝えしたとおりです。しかし何故か人間の死体だけは魔獣化できなかったのです。私は何度も何度も実験を繰り返しました。ですが300体を超える死体を用いても、ひとつとして成功することはありませんでした。何故だか分かりますか?》
なんだ? こいつ突然何を言い出すんだ? 言っている意味がさっぱり分からんぜ。
《……人間は死して尚、その体には思念が残るのです。それが魔獣化を阻害していたのです》
奴はコツコツと靴音を鳴らしながらゆっくりと階段を降りてくる。その澄ました表情には何か自信のようなものを感じさせる。ひょっとして自慢話のつもりなのか?
《……私は考えました。どうすればこの思念を排除できるのだろう。どうすれば純粋な死体になるのだろう。そればかりを考え、長い歳月を費やしてきました》
そして奴は講壇の前に立つと、その顔にニィっと笑みを浮かべて言った。
《……ですがある時、気付いたのです! アプローチそのものが間違っていたことにね! それに気付いた瞬間、生まれ変わった気分になりましたよ! そして私はついに人間を魔獣化することに成功したのです! そう! 人体に残る思念を利用するという逆転の発想でね!!》
まるで別人のように顔を歪ませ、狂気に満ちた表情を見せるネロス。人間を魔獣に……だと……? ば、バカな……!
「そ、それじゃ……まさかこいつらは……!」
《……そう! この者たちは私が手塩に掛けて育て上げた作品たちです! 絶望が濃ければ濃いほど能力の高い魔獣となるのです! 恋人! 夫婦! 親子! それらの者が目の前で死んで行く様を目にした時、その絶望は最高のエッセンスとなるのですよ!! 貴方に分かりますか! サカモトユウジ!》
こ、こいつ……イカれてやがる……とても正気の沙汰とは思えねぇ……ひょっとして俺はとんでもない奴に喧嘩を吹っかけちまったのか……?
……いや、待てよ?
こんな異常な精神を持っている奴が本当に人間なのか? まさか……!
「て、てめぇ……ただの神父じゃねぇな? 一体何物だ! 正体を現せ!」
嫌な予感がした。人ならざる者。明久に聞いた”魔人”という存在。まさかこいつ……。
《……フフフ……既に名乗ったはずですよ? 私はネロス。我が種族を魔人と呼ぶ者もいますがね》
!!
「へ、へへ……まいったぜ……。まさか嫌な予感的中とはな……」
やべぇ。こいつが明久の言っていた魔人だったのか……。だが聞いていた容姿とはたいぶ違うようだ。体は深い緑色ではなく肌色で、
《……お喋りはここまでです。さぁ! ご覧なさい! これが我が研究の成果です!!》
スッと両腕を前に出すネロス。するとゾンビどもは再び呻き声をあげながら前進をはじめた。
どうする……既に俺たちは包囲されている。逃げ場は……無い!