―― その頃、東門の防衛に回った瑞希ら3人は ――
「…………来た」
魔獣の襲撃に備え、町の外に座り込んでから数時間。それまで腕組みをしたまま微動だにしなかった土屋君が、目を開いて呟いた。
「土屋君?」
「どうしたムッツリーニよ。何が来たのじゃ?」
「…………招かれざる客」
土屋君はすっくと立ち上がり、腰を落として前方を見据える。私や木下君には感知できない何かを感じているみたい。
「あの……土屋くん? お客様がいらしたんですか?」
「いや。姫路よ。どうやらワシらの出番のようじゃ」
「えっ? そ、それじゃ……!」
坂本君が町を出た後、私たちは手分けをして町の警護に当たることにした。
ほとんどの人たちは町の中心に避難している。魔壁塔の補修部品は手配しているけれど、届くのは早くても今日の夕方。それまでは馬車用の簡易魔障壁を組み合わせて凌ぐのだという。
でも簡易魔障壁では守れる範囲はとても狭く、町全体を覆うことはできない。だから町の中央以外は魔獣に破壊されても諦めるしかない。そういう判断らしい。
それを聞いた明久君は「そんなのはダメだ」と言い、皆で守ろうと言い出した。あんなに町の人から「出て行け」と言われ、石を投げつけられてもこの町を守ろうとする。そんな真っ直ぐな所が明久君らしいな、と改めて思った。私はそんな明久君が好き。
……
そう……まだ私は……明久君のことが……。
「姫路よ! 何をぼぅっとしておる! 来るぞい! 召喚するのじゃ!」
「あっ!? は、はいっ! ――
「ワシらも行くぞいムッツリーニよ! ――
「…………
私たちは片腕を上げ、召喚獣を喚び出す。呼び声と共に光の柱が足下から溢れ出し、私たちは光に包まれる。
「さぁ……守るぞい!!」
「はいっ! ――っ!?」
《ガァァッ!!》
腰の剣を抜いて身構えると、すぐに大きな獣が飛びかかってきた。襲い掛かってきたのは身の丈2メートルはあろうかという程の大きな獣だった。人間すらも一飲みにしてしまいそうなくらいに大きな口。まるでホオジロザメのような巨大な牙。灰色の毛で覆われたそれは、紛れもなく狼の形をしていた。
「…………任せろ」
土屋君の声が聞こえたかと思うと、彼の姿がフッと消えた。次の瞬間、
――ガキィンッ!
と金属の音が響き、巨獣の動きが止まった。
「つ、土屋君!」
「…………今のうちに弱点を突け」
土屋君は両手に持った小太刀をクロスさせ、魔獣の牙を受け止めていた。けれどその手はブルブルと震え、次第に下がってきている。このままでは土屋君が食べられてしまう……!
「で、でも弱点って……ど、どうしたら……!」
突然襲ってきた巨獣を目の前にして、私はすっかり動揺してしまっていた。しかも土屋君が今にも食べられてしまいそうな状況に、完全に慌てふためいてしまっている。
「ワシに任せい!」
そうこうしているうちに木下君が横から飛び出し、薙刀を狼の
《ギャイィン!》
まるで犬のような叫びと共に巨大な狼は動きを止め、その場に崩れ落ちる。そして体中から黒い煙を吹き出しはじめた。一瞬の出来事だった。土屋君の瞬時の判断。木下君の正確な攻撃。私は身構えただけで何もできなかった……。
「ナイスじゃ。ムッツリーニよ」
「…………どうということはない」
2人とも凄い……やっぱり私は実戦では役に立てないのかも……魔獣1匹に襲われただけで怖くて何も考えられなくなってしまうし……。
「んむ? どうしたのじゃ? 姫路よ」
「あ、いえ! な、なんでもないです!」
慌ててブンブンと手を振って取り繕う私。どうしよう……私、町を守るなんてできるのかな……。
そんな私の不安を煽るかのように、この後も魔獣の襲撃は続いた。それはだんだんとエスカレートしてきて、魔獣の数は2匹、4匹と徐々に増えていった。
「くっ……! 姫路よ! お主の力が必要じゃ! 頼む!」
「は、はいっ!」
けれど私も次第に状況に慣れてきて、戦えるようになってきた。
「…………
土屋君は腕輪の力を使い、次々に魔獣を倒していく。襲ってくるのはほとんどが狼型の魔獣。道幅がそれほど広くないせいか、魔獣たちは素早い動きができないみたい。それもあって私たちは1体ずつ相手にすることができている。それでも魔獣たちは仲間の屍を超え、次々と襲ってきた。
「やぁぁーーっ!!」
《ギャィン!!》
隙を見せた魔獣の額めがけて大剣を振り下ろす。魔石を砕かれた魔獣は剥製のように固まり、黒い煙となって消え去る。その魔獣が消えるとまた次の魔獣が襲い掛かってくる。私は振り下ろされる爪を飛び退いて避け、すぐに切り返して剣でなぎ払う。こんなことの繰り返しだった。
《ンメェェーーッ!!》
「っ……!」
そして、たまに狼に紛れて襲ってくる山羊のような魔獣が私の胸を痛める。
アイちゃん……。
山羊の姿を見る度に思い出してしまう。あの仔山羊のアイちゃんのことを。
「姫路よ! ぼんやりするでない!」
「は、はいっ! ごめんなさい!」
「良いか! ここはなんとしても死守するのじゃ!」
「…………分かっている」
「はいっ! 私、負けません!」
私たちの戦いはこの後、数時間に及んだ。
☆
―― 一方、こちらは西門を防衛している明久美波ペア ――
「あれ? ねぇアキ、見て見て、兎よ」
「ん? どこどこ?」
「ほら、あそこに」
道の先を指差す美波。その黄土色の道の先には、茶色い毛並みの動物がモフモフしている姿が見えた。あのぴょこんと飛び出した耳は間違いなく兎だ。兎は愛玩動物の類い。つぶらな瞳と愛くるしい仕草が人々に愛されるのだ。
「ホントだ。へぇ~、こんな寒い所にもいるんだね」
「あっ、もう一羽出てきたわよ」
「一羽? 一匹じゃなくて?」
「兎は一羽二羽って数えるらしいわよ」
「へぇ、そうなんだ。よく知ってるね」
「ウチも最近知ったのよ。鳥みたいな数え方よね。あっ、また出てきたわよ。ふふ……可愛いっ」
兎たちは道の両脇の森から出てきているようだった。一匹、また一匹とその数は増えていく。こうしてのんびりと
「ふふ……まるで眠れない時にやる羊数えみたいね」
「ん? 美波も眠れない時があるの?」
「そうね。前に何度かあったかも」
「へぇ~。たとえばどんな時?」
「えっ……? そ、それは……その……」
急にモジモジと指を絡ませはじめる美波。心なしか顔色も少し赤いようだ。
「き……強化合宿の後……とか……」
美波はそう言うとプイとそっぽを向いてしまった。こういう仕草をするということは恥ずかしいことだったのだろうか。でもなんで眠れないのが恥ずかし――――あ、そうか!
「ハハーン? 分かったぞ」
「な、なによ。何が分かったっていうのよ」
「怖い映画とか見たんだろ?」
「はぁ!? 違うわよ! ウチがそんなことで眠れなくなるわけないでしょ!」
……絶対嘘だ。
「じゃあなんで眠れなかったのさ」
「えっ? だ、だからほら、それは……あ、アレよあれ! そう! 中間テストで点取れるかなって心配になってたのよ!」
「な~んだ。そんなことかぁ」
「わ、悪かったわね! そんなことで!」
ん? ちょっと待てよ? 強化合宿って中間テストの後じゃなかったっけ? もしかして期末テストの間違いかな?
(……あぁもうっ……ウチのバカぁ……)
美波がポカポカと自分の頭を叩いている。何をしてるんだろう……。たまにこんな風によく分からない行動を取るんだよな、美波って。
……ん?
「美波、見てごらん。兎がこっちに来るよ」
「えっ? 兎?」
悩んでいるのなら少し気を紛らせた方が良いだろう。そう思い、兎に話題を戻してみたのだ。
「あっ、ホント。ウチらに餌をねだりに来たのかしら」
兎たちはぴょんぴょんと地面を跳ねながら僕らの方に近付いてくる。いつの間にかその数は10を超えていた。
「ははっ、なんだか
いや待て。何かおかしい!
「美波! 召喚だ!」
「えっ? 何? 急にどうしたの?」
「いいから立って! 急いで召喚するんだ! ――
「もう! 何なのよ! ――
迂闊だった……。一体何のためにここで待機していたのか。そう、あれはただの兎じゃない。あれは――――!
《シャァァーーーッ!!》
あれは兎型の魔獣! 僕らが警戒していた輩だ!!
「きゃぁーーっ!!」
「美波!!」
先頭の1匹が飛び上がり、美波に襲い掛かってきた。僕はすぐさま彼女の前に立ち塞がり、手にした木刀をフルスイング。魔獣の顔面に叩きつけた。
――ガシィッ!
これにより兎の魔獣は動きを止めた。この時、僕は改めて魔獣の異常さを認識した。兎ならば本来僕の膝よりも低いはず。それが今、目の前にある茶色の毛むくじゃらは僕の身長よりやや低い程度。兎にしては気持ち悪いほどにでかいのだ。
《フーッ、フーッ、フゥーーッ!!》
「くぅっ……」
しかもこの魔獣は木刀で抑えられても尚、グイグイと顔を押しつけてくる。こいつ……力任せに押し切ろうと言うのか? そ、そうはいくかっ……!
「こ、こんの……やろォォーーッ!!」
《ギャフゥッ……!》
僕は両手に渾身の力を込め、奴を強引に打ち返してやった。すると魔獣はくるくると回転しながら空高く舞い上がり、森の中へと消えていった。もしこれが野球なら場外ホームランだ。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………み、美波! 大丈夫か!」
「う、うん。ごめんねアキ。ウチ、油断してたわ」
「そりゃお互い様さ」
でも……まいったな。できれば来てほしくなかったけど、こうなったら戦うしかないよね……。
「よォしッ!! 守るぞ! 美波!」
「えぇ!」
――1時間後
「美波! 召喚獣の時間はまだ大丈夫!?」
「うん! 平気! でもさすがに量が多すぎるわ!」
「魔障壁が直るまでの間、なんとしても持ちこたえるんだ!」
「言われなくたって分かってるわよ!」
襲撃に来る魔獣は兎や鼠のような小動物型ばかりで弱い。武器の一振りで消えるほどだ。しかし数が多い。倒しても倒しても次から次へと湧いてくるのだ。一体どこから湧いてくるんだろう。
「姫路さんの方は大丈夫かな……」
「あの子なら大丈夫よ! 今は自分の心配をしなさい! まだまだ来るわよ!」
「わ、分かった!」
美波の予想通り、魔獣は波状攻撃を仕掛けてきた。といっても統制の取れたものではないので、退けるのは容易い。だが問題がひとつある。それは僕の装着時間が短いという欠点があることだ。そのため、僕だけは10分おきに休憩を取らざるを得ない状況だ。
「!? し、しまった! 装着時間が!」
そしてたまにこんな状況に陥ってしまう。
「下がってアキ! 一気に行くわ!」
その度に僕はこうして美波に守ってもらっている。男として本当に情けない……。って!? 大技を行くつもりか!?
「ま、待って美波! 大きな消耗はまずいよ!」
「いいから下がりなさい! つべこべ言ってるとアンタも巻き込んじゃうわよ!」
美波は叫びながら手に持ったサーベルを天にかざす。
「わわわっ! ちょ、ちょっとタンマ!」
「――
掛け声と共に彼女の右腕の腕輪が激しい輝きを放つ。そしてサーベルの切っ先が振動を始め、彼女の頭上に小さな風の渦を作り出した。
「さぁ行くわよっ!」
美波はサーベルを持つ手にぐっと力を込め、一振りする。それを合図に風の渦は急激に膨れあがりながら、魔物の群の方へと進み始めた。
《ギィー!!》
《クァァーーッ!?》
《キュイィッーーッ!?》
生まれた大きな竜巻は魔獣の群を飲み込み、空中へと巻き上げていく。その中で魔獣たちは断末魔の叫びをあげ、次々に消えていった。竜巻はゴウゴウと轟音を轟かせながら僕の頭上で渦を巻く。そしてこの巨大な竜巻は魔獣の群をしばらく蹂躙すると、突然フッと消えた。
「うぅっ……」
激しい風がおさまった後、がくりと美波が膝を落とした。やはりこの技は体力を大きく消耗するようだ。だから言ったのに……でも今のですべての魔獣は消え去ったよう――
《ギィ……》
《ギィィ……》
……どうやらすべて消し去ったわけではないようだ。残った数匹の魔獣たちが警戒しながら距離を詰めてくる。まずい! 今の美波は動けそうに無い!
「させるかっ!」
僕は咄嗟に彼女の前に出て、木刀を構え……?
「あれ……?」
しまった! 装着してないんだった!
「ちょっとアキ!? アンタ何やってるのよ!」
「うわわわ! さ、さささ
――――ドン!
光の柱が立ち上り、凄まじい衝撃波が周囲の魔獣たちを吹き飛ばした。そうか。今頃思い出したけど、この光は周囲の物をはじき飛ばす効果があるんだった。
「よ、よっしゃぁッ! 復活ぅッ!!」
先日、学園長は熟練度による召喚獣の回復力向上の話をしていた。あの時はいまいちピンと来なかったけど、今なら分かる。ほんの数分解除していただけで僕のバイザーに表示されているゲージが2、3割も回復しているからだ。
「さぁ! どこからでもかかってこい!」
僕は美波の前で格好良く両手で木刀を構えて見せる。よぉし、今度こそ僕が守る番だ!
「もう。張り切っちゃって。無茶すんじゃないわよ?」
「へへっ、少しはカッコイイ所を見せておかないとね」
「別にそんなもの見せてくれなくたっていいわよ」
「えぇ~。なんでさ」
「……」
「? なんでそこで黙るのさ」
「あ、アンタなんかどう頑張ったって格好良くなんかならないからよっ!」
今の
《シャァァーッッ!!》
!
「うぉらぁっ!」
飛びかかってきた猫のような魔獣を木刀でなぎ払う。兎型よりやや大きく、体長は2メートルほどあるようだった。けれど装着した僕なら片手でも十分だ。
「ここは一歩も通さないぞ!」
しかしこの魔獣たちはなぜ人里を襲うのだろう。見たところ魔獣同士で争う様子はない。こうして見回すだけでも兎、鹿、猿といった種類の魔獣がこの場に集結している。なぜだ? なぜ彼らは町ばかりを襲うのだ?
「うりゃっ! おらぁーっ! とぁぁーっ!!」
襲い来る獣の