バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第九話 信じる心

 雄二と霧島さんが行った後、()()()は手分けをして町を守ることにした。この町は周囲に高い山が聳えているため、出入り口は西口と東口の計2ヶ所。そこで僕らは残ったメンバーで相談し、西側を僕と美波が。東側を姫路さん、秀吉、ムッツリーニの3人で守ることにした。東側の人数が多いのは道が大きいからだ。

 

「ホント、人っ子ひとりいないわね」

 

 後ろの町中を見ながら美波がボソリと呟く。確かに町の中に人影はひとつもなく、吹き抜ける風が落ち葉を舞い上げる様が見えるのみ。まるでゴーストタウンのようだ。

 

「本当に人が住めない町に……なんて、ならないようにしないとね」

「えぇ。そうね」

 

 僕は美波と共に町の外で待機している。いや、西門を背にし、魔獣の襲撃に備えているのだ。もちろん魔獣の侵入を阻止するために。

 

 雄二たちが出て行ってから1時間ほどが経っただろうか。今のところ魔獣らしきものは見当たらない。できれば遭遇したくな――

 

  ぐきゅうぅぅぅ

 

「……? 何? 今の音」

「あ、あはは……僕のお腹の音……」

 

 そういえば朝ご飯を食べてないんだった。ホテルを出てから皆と一緒に食べに行く予定だったからなぁ。まさかこんなことになるなんて……。

 

  ぐぅきゅうぅぅぅ……

 

「うぅ~っ……」

「だ、大丈夫? アキ」

「は、腹へったぁ~……」

 

 このままじゃ町を守るどころか飢え死にしてしまいそうだ。昔はこの程度の空腹は気合いでどうにかなったのに、どうしてこんなに贅沢になっちゃったんだろう……。

 

「何か作ってあげたいところだけど……あいにくウチも今は何も持ってないのよね」

「いいよ美波。その気持ちだけで十分さ」

 

 なんて強がってみたけど、この空腹は耐えがたい。お腹と背中がくっ付きそうだ。くぅぅ~っ……こんなことなら昨日の夜腹一杯食べておくんだったなぁ。

 

「あんまり無理しちゃダメよ? いざとなったらウチ1人でも守り切ってみせるから」

「そうはいかないよ。言い出しっぺの僕が何もしないなんてさ」

「んー。でもねアキ」

「うん」

「そんな状態じゃかえって足手まといよ?」

「え……そ、そう……かな?」

 

 美波も遠慮なくズバッと言ってくれるなぁ。でも間違ってはいないか。腕輪の力がある今、美波は僕より遙かに強いだろう。加えてこの空腹状態。これではあまり戦力にならないかもしれない。でもだからといって彼女1人を危険に晒して自分だけ隠れているわけにもいかない。さて、どうしたものか……。

 

「って言うかさ、僕さっきからずっと気になってるんだけどさ」

「? 何が?」

「この扉、開けっ放しでいいのかな?」

 

 この扉とは僕らの背後にある大きな木製の扉だ。これは外周壁の西側出口に設置されているもので、扉は縦横共に5メートルほどある。馬車が通るから大きく作ってあるのだろう。それが今は観音開きに全開状態なのだ。

 

「そうね。ウチもずっとそれを思ってたわ」

「町を出て行った人が開けっ放しで行っちゃったのかな」

「きっとそうでしょうね。閉めちゃいましょ」

「だね。万が一にも魔獣が入ったら困るし。それじゃ早速……」

 

 僕らは立ち上がり、扉を閉めに向かった。すると、

 

「ん? 君は?」

 

 出入り口の向こう側に1人の男の子が立っていることに気付いた。一体いつから居たんだろう。全然気付かなかった……。

 

「どうしたの君? ここは危ないから町の真ん中に避難した方がいいわよ?」

 

 その子に向かって美波が優しく話しかける。男の子の身長は美波の腰丈ほどで、刈り上げ頭。見た感じでは5、6歳くらいだろうか。しかしなぜこんな所に子供が1人で居るんだろう?

 

「えと……あの……お、おれ、ば、婆ちゃんの、言いつけで……」

 

 しどろもどろに話し始める男の子。俯いてモゴモゴと口を動かしているので、聞き取りづらい。つまり何が言いたいんだろう?

 

 などと思ったのはほんの0.5秒。今、僕の興味は男の子が手にしている皿に全力で注がれている。

 

「こ、これっ! ば、婆ちゃんが持っていけって!」

 

 男の子は急に大声でそう言うと、持っていた皿をぐっと僕らの方へと突き出した。その皿に乗っているのは僕もよく知っている物だった。

 

「これをウチらにくれるの?」

 

 美波の問い掛けに男の子は黙って頷いた。ぎゅっと強く目を瞑り、僕らを見ないようにして小さく震える男の子。その様子はどこか怯えているようにも見えた。

 

「アキ、どうする?」

 

 皿に乗っている物は間違いなく”おにぎり”と呼ばれるものだ。この世界でこれを見るのは初めてだ。どうもこの世界の主食はパンやパスタなどの洋食がメインのようで、《こめ》米|自体の存在が稀なのだ。そして僕のお腹はもうあれを中に納めたくて堪らないと言っている。この状況で断る理由がどこにあろうか。

 

「もちろんありがたく頂戴するよ!」

 

 僕はがっつきたい気持ちを限界まで抑え、男の子から皿を受け取った。丸いゲンコツ大のおにぎり。それは黒く鈍い光を放つ海苔で丸ごと包まれていた。こ、これは美味しそうだ……! おにぎりはやっぱりお弁当の王道だよね!!

 

「ありがとう。お婆ちゃんにも”ありがとう”って伝えてね」

 

 にっこりと微笑んで僕は男の子に礼を言う。すると男の子は、ぱぁっと笑顔を咲かせ、

 

「うんっ!」

 

 と、元気いっぱいに返事をした。うんうん。男の子はやっぱりこうじゃないとね。

 

「あ、あのね、あのね! 婆ちゃんがね!」

「ん? なんだい?」

「婆ちゃんがね! 兄ちゃんたちは町を守ってくれてるんだって言ってたんだ! それってホント??」

 

 小さな両手に拳を握り、目を輝かせて尋ねる男の子。これは憧れの目だ。見た感じ、この子は正義感が強いように思う。もしここで僕が「そうだ」と答えれば、この子も一緒に町を守るなんて言い出しかねない。

 

「残念だけどちょっと違うかな」

 

 だから僕は嘘をついた。

 

「え……違うの……?」

 

 すると男の子は肩を落とし、俯いてとても残念そうに口をへの字に結んだ。

 

「お兄ちゃんたちはね、ここで人を待ってるんだ」

「人? 誰?」

「んー。大切な仲間……いや、悪友かな?」

「あくゆう?」

「そう。悪友。悪い友達って書いて、悪友だよ」

「悪い人なの?」

「あーいや。まぁ、悪い奴じゃないんだけど……」

「悪くないの?」

「う、うう~ん……」

 

 困った。上手く説明できない……。

 

「悪っていう字を書くけど、親しい友達っていう意味があるんだよ」

「ふ~ん……そのあくゆうって人はどこに行ったの?」

「どこって……。えーっと……あっち?」

 

 僕は後ろの道を指差してみた。雄二の向かった先がどこなのか、僕は詳しく知らない。でも西って言っていたから、たぶんこの道を出たんだと思う。

 

「何しに行ったの?」

「え……な、何しにって……み、皆の生活を取り戻しに。かな?」

「ホント!? じゃあやっぱりいい人なんだね! 正義の味方なんだ!」

「あはは……そ、そうだね」

 

 雄二がいい人で正義の味方……か。いつも偉そうで、いつも人を顎で使うようなあいつがねぇ。

 

「兄ちゃんはどうしてその人と一緒に行かなかったの?」

「どうしてって言われても……」

「友達なのに、どうして?」

 

 まさかそんな質問をされるとは思わなかった。なぜ、共に行かなかったのか? 今この問い答えるならば、こうだろう。

 

「あいつのプライドを傷つけないためだよ」

「ぷらいど?」

「僕の友達はね、プライドがとっても高いんだ。だから僕が一緒に行くとそのプライドを傷つけちゃうんだ」

「ふ~ん……よく分かんないや」

「ははっ、君にもきっと分かる時がくると思うよ」

 

 そう。あいつはプライドが高い。あんな濡れ衣を着せられたまま終わるはずがない。だからあいつは必ず真犯人を捕まえて戻ってくる。そして自ら無実を証明する。僕はそう信じている。

 

「さ、そろそろ君も避難した方がいいよ。ここは魔獣に襲われるかもしれないからね」

「兄ちゃんたちは?」

「僕らはここを守――――友達を待ってるからさ!」

「でも危ないよ……?」

「大丈夫だよ。兄ちゃんだって結構強いんだぜ?」

「そうなの?」

「うん。それにこっちのお姉ちゃんはもっと強いんだ。だから大丈夫」

「ふ~ん……」

 

 大きな目をぱちくりとさせて僕と美波を交互に見る男の子。怪しまれたかな……?

 

「さ、ここは僕らに任せて――」

「おれ、逃げないよ!」

「え……どうしてさ」

「だって婆ちゃんが家に残ってるから」

「えぇっ!? なんで逃げないのさ! この辺りはもう魔障壁が無いんだよ!?」

「婆ちゃんが家を捨てて逃げるなんてできないって言うんだ。ずっと住んでた家がなくなるなんて嫌だって。おれも家が無くなるのは嫌だ。だから婆ちゃんも家も、おれが守る!」

 

 男の子は再び両手に拳を作り、声を張り上げる。なんて純粋な子なんだろう……。

 

「そっか……分かった。それじゃ少しでも魔獣を防ぐためにこの扉は閉めておくよ。婆ちゃんは任せたぜ」

「うん! おれにまかせろ!」

「よし、男と男の約束だ」

 

 僕は少し屈み、拳を突き出した。すると男の子も同じように拳を突き出し、僕らはコツンと拳を合わせた。

 

 そしてあの子は身を翻し、町の中へと帰っていった。

 

『兄ちゃんたち、負けんなよ~~っ!』

 

 男の子は立ち止まってこちらを振り返り、元気良く手を振る。

 

「あぁ! もちろんさ!」

 

 僕と美波は応えるように手を振り返した。満足げな顔をして再び町の中を駆けて行く男の子。しばらくその様子を眺めていると、あの子はひとつの家に入っていった。どうやらあの家があの子とお婆ちゃんが住んでいる家のようだ。そうか、すぐ近くだから僕らの様子が見えたのか。だからおにぎりを作ってくれたんだな。

 

「……とっても元気な子ね」

「んぅ? (モゴモゴモゴ)」

 

 空腹に耐えかねた僕は既におにぎりにかぶりついていた。

 

「あーっ! ずるいっ! なんでアンタ1人で食べてるのよ!」

「だってお腹がすいて堪らなかったからさ」

「ウチだってお腹すいてるのよ!」

「美波も食べる?(モグモグモグ)」

「当然よ!」

 

 美波はマントの下から手を出し、おにぎりを鷲づかみにする。そしてそれを口に持っていくと、大きな口を開けてかぶりついた。

 

「ん~っ……お・い・しい~っ!」

 

 満面の笑顔で喜ぶ美波。空腹は何物にも勝る調味料。そして美味しい物は人を笑顔にするのだ。

 

「はむっ! ……(もぎゅ、もぎゅ、もぎゅ)」

 

 彼女の笑顔を見ながら僕もおにぎりにかぶりつく。あぁ、おいしいなぁ……。

 

「アキ、もう1個ちょうだい」

「うん(モぐモぐモぐ)」

 

 《こうざん》高山|の町の外。地面に座り、おにぎりを頬張る僕と美波。太陽の下で食べるおにぎりはとても美味しく、ほぼピクニック気分であった。ただ、気温が異常に低いのが残念だった。これで気温がハルニアのように暖かければ文句無かったのだけど。

 

「ウフフ……」

 

 美波がおにぎりを食べながらニヤニヤしている。

 

「何だよ美波。ニヤニヤしちゃってさ。そんなに美味しい?」

「おにぎりは美味しいわよ。でもこれはただの思い出し笑いよ」

「一体何を思い出したってのさ。まさか僕のかっこ悪いところ!?」

「違うわよ。さっきアキが言ったことを思い出してたの」

「ん? 僕なにかおかしいこと言ったっけ?」

「えぇ。とっても意外なこと言ってたわよ」

「はて……?」

 

 さっき言ったことというと、男の子と話した時だろうか。つまり子供への接し方がおかしかったということか。

 

「笑わないでよ。しょうがないじゃないか。僕にはあれが精一杯の接し方なんだからさ」

「えっ? 接し方?」

「そうだよ。美波は妹の葉月ちゃんがいるから子供の扱い方は慣れてるだろうけど、僕に妹や弟はいないんだからさ」

「?? アンタ何か勘違いしてない?」

「ふぇ? 何が?」

「おかしかったのは坂本のことを話してた時のことよ?」

「なんだそうなのか。……って、あれのどこがおかしいのさ」

「だってアキったら、坂本のことをあんなに信じてるんだもの」

「え……そ、そう?」

「いつも憎まれ口を言い合ってて喧嘩ばかりしてるのにね」

 

 美波が肩を揺らせてクスクスと笑う。確かに雄二の話はしたけど、そんなにおかしいかな?

 

「なんだかんだ言ってもやっぱりアンタたちって親友なのね」

「ま、親友っていうか、腐れ縁ってやつだね。あははっ」

 

 でも雄二、今回ばかりは信じてるぜ。お前が真犯人を捕まえてこないと僕らの濡れ衣も晴れないんだ。以前のAクラス戦のようなヘマをやらかしたら許さないからな!

 

「でもいいのアキ? アンタも町の中で待っててもいいのよ?」

「ん。なんでさ」

「だってアンタの召喚獣の装着時間ってせいぜい10分か20分くらいなんでしょ? もし魔獣が立て続けに襲い続けたらアンタすぐに時間切れじゃない。坂本たちがいつ戻ってくるかも分からないのよ?」

「うっ……」

 

 そうか。僕には腕輪がない。美波の言うように、もし連続して襲われたら僕はあっという間にタイムアウトだ。くそっ、僕にも腕輪があればなぁ……。

 

「ふふっ、安心しなさいアキ。アンタが戦えない時はウチがフォローするから」

「え……でも……」

「なぁに? 坂本は信じてもウチのことは信じられないとでも言うつもりかしら?」

「い、いや、そんなことはないけど……」

 

 やはり戦いを女の子に任せて隠れるというのは男が廃る。そんなみっともないことができるわけがない。とはいえ、腕輪の力がある以上、今は美波の方が実力は上か。とほほ……情けないなぁ……。

 

「ゴメン美波。今回は頼りにさせてもらうよ」

「ウフフ……任せてっ」

 

 なんだか美波は楽しそうだ。こんな状況に置かれても楽しめる彼女の前向きな性格は羨ましいとさえ思える。でもこの笑顔を見ていると、なんだか僕の方まで楽しくなってきてしまうから不思議だ。

 

「アキ。おにぎりもう1個ちょうだい」

「ん。ほい」

「ありがと」

 

 こうして僕と美波は遅めの朝食を取りつつ、町の警護を続けるのであった。

 


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