バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第七話 濡れ衣

 1時間後。

 

「よし、皆行くぞー」

 

 準備万端整った俺たちはホテルの部屋を出てきた。この時間ならもう飲食店も開いているだろう。馬車の時間にはまだ2時間ほどある。余裕だ。

 

 まずは飯を食うとして……サラス王国へは船で丸一日かかるというから、暇つぶしが要るな。さすがにトランプばかりでは飽きるから……そうだな。何か面白そうな本でも探してみるか。確かこのホテルの道沿いに書物屋が一軒あったはずだ。

 

 俺はロビーを歩きながら、この後の行動を頭に描いていた。昨晩の出来事などすっかり忘れて。今朝の老人たちの立ち話のことなどもまったく気に掛けていなかったのだ。だがこの直後、俺は昨晩のアレが重大な事件に発展していることを思い知ることになる。

 

「なっ、なんじゃこれは!?」

 

 ホテル正面出口の扉を開けた秀吉が驚きの声をあげた。あいつがこんな声をあげるということは相当なことなのだろう。

 

「どうした秀吉。何かあったのか?」

「人が沢山おるのじゃ」

「人が? それが驚くようなことか?」

「とにかく見てみるのじゃ」

 

 秀吉に言われ、俺は外に出てみた。

 

「うぉっ!? なんだこりゃ!?」

 

 俺も驚いた。ホテル前の大通りが大勢の老人でごったがえしているのだ。まるで町中の人がここに集結しているかのようだ。

 

 彼らは全員同じ方向を向いていた。ここからは薄くなって肌の見え始めている頭や、白髪の頭ばかりが見える。その全員が道路の向こう側の建物、”魔壁塔”に向かっていて、大声を張り上げている。

 

『いったいどうなっているんだ! 早く説明しろ!』

『この町はどうなるのじゃ! ワシらの生活をどうしてくれるんじゃ!』

『とにかく責任者出てこい! 状況を説明しろ!』

『そんなことより逃げた方がいいんじゃないの!? もうこの町には住めないわ!』

 

 老人たちは口々に不安を訴えている。何なんだこの騒ぎは? 生活? 逃げる? 一体何の話だ?

 

「坂本? どうしたの? そこに突っ立っていられるとウチらが出られないんだけど」

「あ? ……あ、あぁ。そうだな」

 

 とりあえず脇に移動して島田らをホテルから出させる。だが出てきた皆は同じように目を丸くして驚いていた。

 

「なによこれ……何の騒ぎ?」

「どうしたんですか美波ちゃん? ……えっ? な、何ですかこの人だかり?」

「どれどれ? 僕にも見せて」

「……抗議デモ?」

「…………賃上げ要求?」

 

 少なくともムッツリーニが間違っているのは確実だ。聞こえてくる言葉からすると翔子の言うことが正しいのだろう。しかし誰に向かって抗議しているのだ?

 

『ただ今状況を確認中です! どうか皆さん落ち着いてください!』

『これが落ち着いていられるか! このままじゃ魔獣が町に入ってくるんじゃないのか!?』

『装置はすぐに直るのか!? それが問題だろう! 専門家を呼べ!』

『現在手配中です! すぐに魔障壁が停止することはありません! 停止する前になんとかしますので、どうか落ち着いてください!』

 

 比較的若い男の声が聞こえてくる。どうやらこの人だかりの向こう側に責任者がいるようだ。声の様子からすると、責任者の人も相当泡を食ってるように思う。だが気になるワードを口にしているな。魔障壁が停止する? 一体どういうことだ?

 

「雄二、魔壁塔で何かあったみたいだよ?」

「あぁそうだな。ちょっと聞いてみるか」

 

 俺はとりあえず集団の一番後ろにいた爺さんに声を掛けてみた。

 

「あのーすんません。何かあったんスか?」

「あァ?」

 

 振り向いた白髪の老人は、前髪の後退が進んだ爺さんだった。眉間に深い縦ジワを刻み、やや青ざめた顔色をしているようにも見える。

 

「何かって、お前さん聞いてないのか? このままだと魔障壁が動かなくなるんだよ!」

 

 魔障壁が動かなくなる? 何を言ってるんだこの爺さん。そうならないために昨夜管理人がメンテナンスをしていたのではないのか?

 

「爺さん、すまないがどういうことなのか詳しく話を聞かせてもらえないだろうか」

「どうもこうもねぇよ。魔壁塔の魔石タンクが盗まれたんだよ。このままじゃ半日もせず魔障壁が出せなくなるって話だ」

「な、何だと!?」

 

 バカな……では昨夜のあの人影はやはり泥棒だったというのか? しかし元通り鍵をかけて去る泥棒なんているのか? だから俺も真っ当な管理人だと思ったのだが……。だが今の話からすると、十中八九あの夜中の男が犯人だ。では俺はみすみす犯人を取り逃がしてしまったというのか? なんてこった……。

 

「お、おい、あんた、まさか……」

 

 予想外の事態に愕然としていると、横から別の老人が話しかけてきた。

 

「俺ッスか?」

「や、やっぱりそうじゃ! あんた夜中に魔壁塔で何かやっとったじゃろ!」

「は? いや、俺は何も――」

「ワシは見たのじゃ! こやつが管理棟の前で鍵を弄っておったのをな!」

 

 ビッと俺を指差し、白髪の老人が大声で喚き散らす。そうか、昨晩様子を見に行った時このジジイに見られていたのか。こいつはやべぇ……このままだと俺が犯人にされちまう。

 

「待ってくれ。確かに俺は昨夜そこの鍵を確認していた。だが妙な人影を見たから様子を見に行っただけなんだ」

「嘘を言うでない! お前さん以外に誰も居なかったではないか!」

「い、いや、そいつは俺が見に行く前に――」

「えぇい! 見苦しい言い訳などするでない! 盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいヤツじゃ!」

「だから俺じゃねぇって! 話を聞けよ! 怪しい人影を見たんだって言ってンだろ!」

「問答無用じゃ! さぁ盗んだ魔石タンクを返すのじゃ!」

 

 ダメだこいつ……人の言うことを全然聞きやがらねぇ。こんなジジイにかかわってるとロクなことにならねぇな。こういう時はさっさと退散するに限る。

 

「わりぃな爺さん。俺はそんな戯れ言に付き合ってる暇はねぇんだ。じゃあな」

 

 俺は爺さんを軽くあしらってその場を立ち去ろうとする。

 

 だが……。

 

「おい聞いたか!? こいつが犯人だ!」

「何!? 犯人だと? どいつだ!」

「こいつだ! この妙な格好をした連中だ!」

 

 いつの間にか俺は――いや、俺たちは町の老人たちに包囲されていた。どいつもこいつも俺たちに対して疑いの眼差しを向けている。マズった……話なんて聞いてないでさっさと立ち去るべきだったぜ……。

 

「ま、待ってください! 坂本君が泥棒だなんて、きっと何かの間違いです!」

 

 姫路が俺を庇うように前に立ちはだかり、老人たちに抗議する。無駄だ。老人の頭は硬い。お前が言って聞くわけがないだろう。

 

「あんたも共犯か! 女子(おなご)とて容赦せんぞ!」

「そうだそうだ! そんなおかしな格好しやがって! 一体どこのモンだ!」

 

 老人どもは揃って姫路を睨み付ける。石でも投げつけそうな勢いだ。頭が硬いとは思ってはいたが女にまで容赦ないとはな。

 

「……瑞希。喧嘩はダメ」

「分かってます翔子ちゃん。でも黙って見ているなんてできません」

「……雄二を悪く言われて怒っているのは私も同じ。でも証拠がないから説明できない」

「でも、だからって犯人扱いなんて酷いです!」

 

 俺の目の前で翔子と姫路が言い争っている。こんなことをしている場合じゃないんだがな……。

 

「そうか! こいつら全員犯人グループか! どうりで見ない顔だと思った!」

余所(よそ)から来てワシらの生活を脅かすとは、とんでもないヤツだ! 出て行け!」

「そうだそうだ! 出て行け!」

「その前に盗んだ物を返せ!」

「これだから最近の若いモンは信用ならん!」

「かーえせ! かーえせ!」

「かーえせ!! かーえせ!! かーえせ!!」

 

 次第に騒ぎが大きくなり、返せの大合唱。もはや四面楚歌だ。

 

「雄二! どうして黙ってるのさ! 反論しないのかよ!」

「こいつらに何を言っても無駄だ。聞く耳なんざ持っちゃいねぇよ」

「でも悔しいじゃんか! このまま犯人扱いされたままでいいってのかよ!」

「良くはないな」

「ならちゃんと事情を説明して分かってもらおうよ!」

「だから無駄だって言ってんだよ! この状況でこいつらが納得してくれると思うのか!」

「くっ……それじゃどうすんのさ!」

「それを今考えてんだよ!」

 

 夜中にゴソゴソやってた奴が犯人なのは間違いない。だがあいつを見たのはどうやら俺だけのようだ。この状況でこの老人どもを説得するのは難しい。

 

「返せ! 魔石タンクを返せ!」

「出て行け! 二度とこの町に来るな!」

 

 ついに町の老人たちは道端の石を投げ始めた。

 

「バカ野郎ーっ!!」

「帰れ!!」

「返せーっ!!」

「出て行けーっ!!」

 

 投石は見る間にエスカレートし、小石が雨のように降り注いでくる。こ、こいつら……!

 

「痛っ!」

「……瑞希。下がって」

「ちょっと! 瑞希になんてことするのよ! ウチら何も悪いことなんてしてないじゃない!」

「待て島田! 抵抗するな!」

「何言ってんのよ坂本! このままじゃ――――きゃっ!」

 

 島田の(ひたい)に石がヒットした。一歩前に出ていたから格好の(マト)になっていたのだ。

 

「美波! くっそぉぉ! も、もう……我慢の……限界だァーーーッッ!!」

 

 拳を振りかぶった明久が飛び出して行こうとする。あのバカ!

 

「秀吉! あのバカを止めろ! ムッツリーニ! 逃げるぞ!」

「…………了解」

「了解じゃ!」

 

 俺の指示に従い、秀吉が明久を羽交い締めに捕らえる。

 

 ――ボンッ

 

 それと同時に、足下で小さな爆発音がした。そしてすぐにモクモクと灰色の煙が立ち上り、あっという間に俺たちを包み込んでいった。

 

「ゲホッ! ゲホッ! な、なんじゃこりゃ!」

「げほげほっ! け、煙い! げほげほっ! な、何も見えんぞ!」

 

 老人たちにこの煙は効果的のようだ。それにしてもムッツリーニのやつ、煙幕なんか持ってやがったのか。俺は女子を連れて逃げろという意味で言ったんだがな。だが上出来だ!

 

「翔子! 姫路! 島田! 今のうちに走れ!」

「は、はいっ!」

「……分かった」

「どっちに向かって走ればいいのよ!」

女子(じょし)は手を繋いで走れ! 絶対にはぐれるな! ムッツリーニ! 先導しろ!」

「…………ついて来い」

 

 パタパタと足音がして、視界から翔子ら女子の姿が消える。よし、あとは明久(バカ)の始末だな。

 

「は、放してよ秀吉! あのクソジジイどもを一発ぶん殴ってやるんだから!」

「よさぬか! 事態を余計にややこしくするだけじゃぞ!」

「大切な仲間が傷つけられたんだぞ! それに話も聞こうともしないで! こんなの許せるもんか!」

「だからといってお主が暴力を振るえばそれこそ話にならんじゃろうが!」

「いいから放してよ! うがぁぁーーっ!」

 

 あのバカ、まだ分かってねぇのか。

 

「秀吉! そのバカを持ち上げろ!」

「ど、どうするつもりじゃ雄二よ!」

「運び出す!」

「りょ、了解じゃ! んぐぐっ……!」

 

 秀吉は羽交い締めの体勢のまま仰け反り、明久を持ち上げる。よし、足が上がった! 俺は明久の両足を両脇に抱え、

 

「っしゃぁ! 撤収すンぞ!」

「了解じゃ!」

「何すんだよ! 放してよ秀吉、雄二! くっそぉぉ!! 放せ! 放せってばバカぁーーーーっ!」

 

 じたばたと暴れる明久(バカ)を2人がかりで運び、俺たちはその場を退散した。ったく、どっちがバカだ。世話を焼かせやがって。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 こうして俺たちはホテル前を離れ、人気(ひとけ)のない場所で身を隠すことにした。

 

「くっそぉぉーーっ! なんで止めるんだよ! 雄二は悔しくないのかよ!」

 

 ドンと地面に拳を突き立て、明久が怒りを顕にする。

 

「お前、老人に向かって暴力を振るうつもりか? それも見ず知らずの老人を」

 

 明久の怒りは分からないでもない。盗人の濡れ衣を着せられた挙げ句、

 

「美波ちゃん……痛みますか?」

「ありがと瑞希。これくらいへっちゃらよ」

「……傷にはなってないみたい」

「ホント? よかったぁ……もし傷になっちゃったらウチお嫁にいけないもの」

 

 こうして女子に危うく怪我をさせるところだったのだから。しかもそれが島田ということもあり、明久のやつは怒り心頭なのだろう。

 

「老人だろうが見ず知らずだろうが絶対に許すもんか! 美波! 石をぶつけた奴の顔覚えてない!?」

「やめなさいアキ。怒ってくれるのは嬉しいけど仕返しなんて絶対にダメよ」

「で、でも!」

「でもじゃないの。いいことアキ。もしアンタがこの町の人に危害を加えるようならウチは一生アンタを許さないからね」

「えぇっ!? そ、そんなぁ……」

「分かったらハイは?」

「……は……ハイ……」

 

 島田の言葉に急にシュンとなる明久。こいつ、間違いなく尻に敷かれるタイプだな。

 

「しかし雄二よ、これからどうするのじゃ?」

「そんなん決まってンだろ。ラミール港に行く」

「ふむ……しかしこのとおり町中大騒ぎじゃ。このような状況では馬車なぞ出ておらんのではないか?」

 

 秀吉の言うように、今、町の中は大変な騒ぎになっている。大きな荷物を抱えた老人が慌てた様子で駆け抜けて行く姿が多く見受けられる。恐らく魔壁塔の故障が伝わったのだろう。だから町から逃げ出そうとしているのだ。

 

「ンなモン百も承知だ。だからムッツリーニに調べさせてるんだろうが」

 

 俺たちの目的地はサラス王国だ。この騒動に巻き込まれていては先に進めなくなってしまう。なんとしてもこの町を出てラミール港へ行かなくてはならない。そのための情報収集をムッツリーニに指示したのだ。良い情報を持ち帰ってくれればいいのだが……。

 


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