バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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今回からしばらく雄二のターンです


第六話 深夜の人影

「っっててて……酷い目にあったぜ……」

 

 明久たちが俺を見捨ててから10分ほど経っているだろうか。ようやく翔子のやつを説得できた俺はあいつの手から解放され、ホテルの廊下を歩いていた。

 

 まったく。あいつが入って来られないようにと鍵を掛けたのに、その鍵を渡すわけがねぇだろ。しかしあいつの事だ、どんな手段を使ってでも手に入れようとするだろうな。ま、どのみち今は持ってねぇからどうにもなんねぇけどな。

 

 あーあ。バカバカしい。無駄な時間を使っちまったぜ。さっさと部屋に行って寝るとするか。

 

 

「……………………」

 

 

 借りた部屋に入って唖然とした。

 

 部屋の両脇にはダブルベッドが1つずつ設置されている。正面には大きめの窓があり、既にカーテンが閉められていた。部屋の中央には丸いテーブルと椅子が設置されている。

 

 だが別に部屋の構造に驚いているわけではない。今まで泊まってきたホテルと同じような殺風景な部屋だからだ。問題は灯りが消されていて、左側のベッドでは明久とムッツリーニが。右側のベッドでは秀吉が毛布をかぶってスヤスヤと寝息を立てていることだ。

 

「お前ら眠るの早過ぎだろ……」

 

 俺が翔子に捕まっている10分やそこらの間に寝ちまうなんてな……。ま、今日は一日馬車に揺られっぱなしだったからな。疲れが溜まっているんだろう。実を言うとそういう俺も結構眠い。けどこの構成だと俺は秀吉と一緒のベッドか。仕方ねぇ。秀吉、ちょいと脇にずれてもらうぜ。

 

「よっ……と」

 

 まったく、女子みたいな顔しやがって。クラスの連中が騒ぐのも分かる気がするぜ。んじゃ俺も寝るとするか。

 

 ベッドに潜り込んだ俺は目を閉じた。うん。やはりいいベッドだ。わりと大きくて隣で秀吉が寝ていても気にならない。今夜はゆっくり眠れそうだぜ……。

 

 俺は仰向けになって目を閉じる。するとすぐにふわふわした感覚が襲ってきた。そして数秒後、俺はそのまま深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 だが……。

 

 

 

「ん……」

 

 ふと何かの気配を感じ、俺は目を覚ました。

 

「……?」

 

 何だ? 誰かがトイレに起きたのかと思ったが全員いるじゃねぇか。じゃあ今の気配は一体――っ!

 

 窓の外に人影が映っていることに気付いた俺はぎょっとした。誰かがこの部屋を覗いている!?

 

「誰だ!!」

 

 勢いよく窓を開けて辺りを見回す。だが周囲に人の姿はなかった。おかしい。確かに今そこに誰かが居たと思ったんだが……。

 

「んもぅ~なんだよ雄二ぃ……トイレなら寝る前に行ってこいよぉ……」

 

 寝ぼけた声で明久(バカ)が言う。お前に言われるまでもなくトイレなら済ませてある。そもそもトイレに行くのに窓から出るわけがないだろ。しかしやはり誰も居ないな。気のせいだったのか……?

 

「……俺もだいぶ疲れてるのかもしれねぇな」

 

 外に向かって呟き、俺は窓を閉めようと手を伸ばす。――その時だった。

 

 

  カチャ……カチ……カチャ……

 

 

「ん?」

 

 どこからか金属をこすり合わせるような音が聞こえてくる。いや。こすり合わせるというか、これは……機械をいじるような……? 何だ? この音は?

 

 音の方角はすぐに分かった。窓の外。それも道路を隔てた先にある建物の前だ。まさか強盗か? ……いや待て。確かあの建物は魔壁塔のはず。あんなところに強盗が入るのか?

 

 気になった俺は目を凝らし、闇夜にうごめく人影をじっと見つめてみた。

 

 髪は……短い。俺と同じくらいだろうか。背丈は……さすがに10メートルほどある道路の向こう側では判別不可能だ。だが体格からして男だろう。

 

 しかしあの男は何をしているんだ? 魔壁塔に金目の物があるのか? それとも強盗ではなく塔の管理者か? もしそうだとして、こんな真夜中にメンテナンスをするのか? 夜は魔獣の動きも活発になると聞く。こんな時間にメンテナンスなど考えにくいが……。

 

  カチャ……カチャカチャ……カチャチャ……

 

 俺が考え込んでいる間も黒い人影は門の鍵を開けようとしている。ヤケに手こずっているようだ。これは管理者ではないな。やはり泥棒か。

 

 ……

 

 やめだ。たとえあれが泥棒だとしても、この世界の問題はこの世界の住民が解決すべきだ。俺がかかわるようなことではない。あーあ。やめだ、やめやめ。寝よう。明日は朝から移動だからな。

 

 俺は自分にそう言い聞かせ、窓を閉めて再びベッドに横になった。

 

 

 …………

 

 

 …………

 

 

 …………

 

 

「だーっ! 気になって眠れねぇ!」

 

 忘れようとしても、どうしてもバルハトールでの一件が脳裏に浮かんでしまう。

 

 あの夜、俺はトーラスの外出に気付かなかった。いや、気付いていたが無視したのだ。その結果があの事態だ。俺は親を求めて泣きじゃくる、あんな子供の姿を見たくねぇ。

 

 

 …………

 

 

 チッ。しゃーねぇ。どのみちこれじゃ眠れねぇしな。

 

 俺は起き上がり、ホテルを出た。少なくとも犯人の顔くらいは見てやろうと思って。

 

「ふぉっ――!?」

 

 外に出た瞬間、思わず俺は息を止めた。氷のように冷たい空気が肺に入ってきたのだ。さすがに夜の山岳地はどえらく寒い。気温は恐らく氷点下だろう。吐く息すらも凍り付きそうだ。

 

 って……何やってんだ俺。こんな深夜に寝巻姿にサンダルで外に出るなんて自殺行為じゃねぇか。せめてコートを羽織ってくれば良かったぜ……。こうしちゃいられねぇ。ぐずぐずしてると俺自身が凍り付いちまう。さっさと確認してベッドに戻――ん?

 

「あれは……?」

 

 道路を横断しようとして気付いた。左手の道を誰かが去って行くのが見える。もしや先程の人影か? まさか本当に泥棒なのか……? いや、いきなり人を疑うべきではない。あれが魔壁塔でゴソゴソやっていた男とは限らないんだ。そうだ、まずは魔壁塔の状態を確認すべきだ。

 

 俺はパタパタとサンダルを鳴らしながら道路を渡った。辺りはシンと静まり返り、俺のサンダル以外に音を立てるものは無い。灯りは月の光のみ。冷たい空気のせいか、その光景はまるですべてが凍り付いた町のようだった。

 

「こいつは……」

 

 門の前に着いた俺はその様子を見て思わず呟いた。先程の人影が弄っていたのは確かにこの門の鍵だ。だが今、この南京錠には鎖が繋がれていて、門は完全に封鎖されている。

 

 もし先程の人影が泥棒なのだとしたら元通り鍵を掛けて行くなどありえない。一刻も早くこの場を去りたいと思うのが当然の心理だからだ。ということは先程の男は真っ当な管理人だったのだろう。どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。

 

 やれやれ。こんな寒い思いをしながらバカみてぇだ。さっさと帰って寝るとしよう。

 

 ガチガチと歯を鳴らすほどに震えながら、俺は元来た道を戻った。そしてホテルの部屋に戻ると、秀吉の隣で毛布をかぶり、再び眠りについた。

 

 

 

 ――町の存亡に関わる大事件が起きているとも知らずに。

 

 

 

『――――! ――――――! ――――!』

『――! ――――!』

 

 俺は騒々しさを感じ、目を覚ました。

 

「ったく……なんだよ。こんな朝早くから……」

 

 ボリボリと頭を掻きながら俺は体を起こす。昨夜変な時間に起きちまったから寝足りねぇぜ……。

 

「んぅ~……なんじゃ。何の騒ぎじゃ……?」

「静かにしてよ雄二ぃ……まだ眠いんだからさぁ……」

 

 秀吉や明久も起きたようだ。それと明久には後で氷水をぶっかけてやる。

 

「…………装置が無いと言っている」

「あァ? 誰がだ」

「…………外で言っている」

「何? 外だと?」

 

 ムッツリーニに言われて耳を傾けてみると、確かに窓の外から話し声が聞こえてくる。声の感じからすると爺さんや婆さんのようだ。

 

「老人は朝が早いって言うからな。井戸端会議でもしてんだろ」

「ん~……雄二ぃ……寝るんだから静かにさせてきてよぉ~」

「知るか! 静かにさせたきゃお前が行ってこい!」

 

 ったく、迷惑な話だぜ。立ち話をするなとは言わねぇが、余所でやってほしいもんだぜ。

 

「オラ起きろお前ら。出発の支度をするぞ」

「なんじゃ、もう行くのか?」

「あぁ。馬車は9時だが、それまでに町で朝食を取りたいからな」

「なるほど。そういうことならば起きるしかあるまいのう」

「そういうことだ。ムッツリーニ。そのバカを起こせ」

「…………了解」

 

 この時、俺は確かに「起こせ」とだけ指示した。だからどんな起こし方をしようがムッツリーニの勝手だ。しかしあの起こし方はいかがなものかと、俺は思う。

 

 

 

『にぎゃぁぁぁぁぁーーーーっ!!』

 

 

 

 朝っぱらからこんな蛙の潰れたような叫びを聞きたくはなかったから。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 俺は女子の部屋にも出発の準備をしろと伝えた。これに対し、翔子は1時間ほどほしいと言う。相変わらず女子は時間が掛かるな。俺は男に生まれて良かったと熟々(つくづく)思うぜ。

 

「~~~~~~っ……!!!」

 

 部屋に戻ると、明久のやつが尻を押さえながらベッドに突っ伏し、悶絶していた。

 

「なんだお前、まだ寝てんのか。いいかげん起きろ。女子も支度を始めたぞ」

「こ……この痛みを……貴様にも……味あわせてやる……」

「嫌なこった」

「っくぅぅ~っ……む、ムッツリーニぃぃ……覚えてろよぉぉ~っっ……!!」

 

 こうして明久が腰を浮かせて悶絶しているのには理由がある。それはムッツリーニが俺の指示に従って行った行為によるものだ。

 

「…………秘技、千年殺し」

 

 ムッツリーニが真顔で両手を合わせ、両人差し指を突き出してそう言った。

 

 

 ――――千年殺し。それは禁断の技。

 

 

 この技を受けた人間はあまりの苦痛に千年苦しみ続けるという。まぁ千年というのはオーバーだが、それくらい痛いってことだ。

 

「オラ早く支度しろ。出るのが遅くなるだろうが」

 

 ――ドムッ

 

「ふぎゃぁあっ!?」

「雄二よ……あの技を受けた者の腰を蹴るとは、お主も存外鬼畜じゃな」

「そうか?」

 

 枕の下に変な手紙を置いて翔子をけしかけやがった礼だ。少しは反省しやがれってんだ。

 

「うっし、秀吉とムッツリーニも準備しろ。女子どもに遅れんなよ」

「承知した」

「…………了解」

「っうぅっ……くぅぅ~っ……」 ←まだ悶絶している明久の呻き声

 

 さすがに少しやり過ぎたか? ……仕方ねぇ。

 

「明久、荷物は俺がまとめておいてやる。けど着替えは自分でしろよな」

「う、うぅっ~っ」

「OKと言っておるぞい」

「そうか。すまんな秀吉。通訳までしてもらって」

「なんのこれしき。お安いご用じゃ」

 

 秀吉のやつ、今のでよくあのバカの言葉が分かったな。ま、俺もなんとなく理解していたけどな。

 

 さて、ラミール港に行ったらまず乗船の手続きだな。この世界の船に乗るのは初めてだ。明久や姫路の話によると魔石を動力にした帆船らしいな。ちょっと楽しみだぜ。

 

 こんな具合に、この時の俺はサラス王国へ行くことで頭がいっぱいだった。この後とんでもない災厄が降りかかってくるとも知らずに。

 


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