完全に元に戻った部屋の中、皆は呆然と立ち尽くしていた。
「くっそぉぉーっ! 大事なことが聞けなかったじゃないか!」
バンと机を叩き、僕は悔しさをぶつける。
「雄二! もう一回腕輪を発動させてよ! あのババァに問いただしてやる!」
「無理だな」
「なんでだよ!」
「見てみろ。腕輪が光を失っている。しばらくは使えないだろう」
「そ、そんなぁ……」
「いいじゃないアキ。とにかくウチらが元の世界に帰る確実な方法が見つかったんだから」
「そりゃそうかもしれないけどさぁ……」
僕にとっては一番気になっていたことなのに……。こんなことなら最初に聞いておくんだった。
「美波ちゃんの言う通りですよ。いいじゃないですか。学園長先生も私たちが帰るのに協力してくださるそうですし」
「はぁ……そうだね。それじゃ魔人のことは帰ってから聞くことにするよ」
「それがいいと思います」
「とりあえず俺たちが取るべき行動は決まったな」
「まずはサラス王国に行かねばならぬということじゃな」
「そういうことだ」
「でも私たちがコンピューターの中に入っていたなんて……驚きました……」
「ウチはよく分からなかったけど、とにかくあと12日間のうちに帰らないといけないってことは理解できたわ」
「早くしねぇと出席日数もやべぇな」
「……期末テストに間に合う?」
「俺たちがこの世界に入ったのが1月の10日だ。あれから26日経ってるから2月の6日ってことになる。今からサラスに移動しようってんだから期末テストには間に合わねぇだろうな」
「えぇっ!? そ、それじゃ僕ら全員留年決定じゃないか!」
「なんとか交渉するしかないだろうな。後からでも試験を受けさせてくれ、とかな」
「学園長先生、受け入れてくれるでしょうか……」
「……皆で頼めばきっと大丈夫」
「そうですね翔子ちゃん。皆で頼みましょう!」
あの妖怪ババァ、聞いてくれるかな……でもなんとかしないと2年生を2度も経験することになる。そんなことになれば僕の人生に更なる汚点を残すことになる。それだけはなんとしても避けなければ!
「よし、状況を整理するぞ。皆席に着け」
雄二の号令で皆は椅子やベッドに腰掛ける。10日前と同じように作戦会議を開くつもりなのだろう。僕もテーブル席に着き、雄二の出方を伺った。
「今の学園長の話を整理するぞ。まず、俺たちの置かれた状況だが――」
雄二は先程の学園長の話を要約して説明をはじめた。
ここが召喚システムとゲームが融合した電子の世界であること。僕たちが電子データになり、その世界に入ってしまったこと。あと12日間でこの世界が消滅してしまうこと。それまでにサラス王国の南東にある島に行かなければならないこと。
悔しいけど、雄二の説明は分かりやすかった。美波たち女子3人は電子の世界というものにピンと来ていないようだったが、最後には納得してくれたようだった。
「以上が俺たちが置かれている状況だ。ここまでで質問はあるか?」
部屋の中はシンと静まり返る。誰一人として手を上げる者はいなかった。
「無いようだな。問題はこれから俺たちがどうすべきか、だが……そうだな……姫路、サラス王国の状況を聞かせてくれ」
「何をお伝えすればいいですか?」
「まずは地理。それと気候だ」
「分かりました。ではまず地理ですが……これを見てください」
姫路さんは腰のポシェットから1枚の紙を取り出し、テーブルの上に広げて見せた。どうやら地図のようだ。
「この国の中央にはこんな形で大きな砂漠が広がっています。町の配置は西側と東側に分かれているようです。西側はサバンナのような気候で、ほぼ熱帯です。東側は行かなかったので私にも分かりません」
「ねぇ坂本、確か目的の島はこの国の南東って言ってたわよね?」
「そうだ。つまりこの砂漠を突っ切って東側に渡る必要があるってことだ。姫路、この砂漠を渡る手段はあるのか?」
「私の知る限りマッコイさんの砂上船だけです。ですが今はもう……」
「運航停止か」
「はい……」
「他に渡る術は無いのか?」
「すみません。砂上船が動いていないことが分かった時点で時間が無くなってしまって調べてないんです」
「そうか……まいったな」
「姫路さん、なんとかして砂上船を動かしてもらうわけにはいかないのかな」
「難しいと思います。マッコイさんは船が大好きな方なのでたぶん説得できないことはないと思います。でも王妃様を説得できないと思うんです……」
「そっかぁ……どうする? 雄二」
「姫路、その王妃とはどういう人物なんだ?」
「とても厳しいお方です。王様の代わりに国の実権を握っておられるようです。それと綺麗なドレスがとってもお好きな方です」
「歳はいくつなんだ?」
「どうなんでしょう……お化粧でよく分かりませんでしたけど、学園長先生よりはお若いと思います」
「ドレスが好きな頑固者の女王様か。交渉で運営権を取り戻すのは難しそうだな」
「ん~……。じゃあさ、ここの海を通るってのはダメなのかな」
僕は地図の下側を指でなぞり、南側の海路を示す。
「この国からサラス王国に行く船だって普通に運航してるしさ、ここを通る船だってあるんじゃないの? もしここを通る船があるんだったら、こう……真っ直ぐ目的の島まで行けると思うんだけど」
「明久よ。ワシらもそこまでの情報は持ち合わせておらぬのじゃ」
「だよねぇ……」
「ま、行ってみるしかねぇだろうな」
つまりサラスに渡った後は島への行き方を探すってことか。面倒だなぁ。ババァがもっと詳しく教えてくれればこんな苦労はしなくて済むのに。
「ところでその島はなんという名なのじゃろうな」
「ほぇ? 名前?」
「んむ。”目的の島”では呼びにくかろう。それにワシらの世界でも島には一つ一つ名前が付いておるじゃろう?」
「それもそうだね。雄二、なんて名前?」
「俺が知るわけねぇだろ」
「なんだよ。知らないのかよ」
「ババァは”サラス南東の島”としか言ってなかっただろうが」
「そうだっけ?」
「ったく、こいつは……まぁいい。確かに秀吉の言う通りだ。では目的の島を便宜上”扉の島”と呼称する。皆いいな?」
「故障? 島が壊れるの?」
『『…………』』
シンと静まり返る室内。それはまるで時が凍りついたかのようだった。
「えっ!? なんで皆そんな顔をするの!? 僕、何か変なこと言った!?」
「このバカは……」
「明久君、呼称というのは”
「「へぇ~」」
僕と美波の声が重なる。
「あれ? 美波も知らなかったの?」
「うん。初めて聞いたわ」
「そっか。なら勉強になったね」
「いいですか2人とも。ちゃんと覚えてくださいね」
「「は~いっ」」
またも僕と美波の声が重なり、僕らは揃って手を上げた。
「ここは幼稚園かよ……」
眉間を指で押さえて呟く雄二。そんなにおかしいことだろうか。楽しく勉強しているんだからいいと思うんだけどな。
「まぁいい。とにかく俺たちは前に進むしかねぇんだ。その島行きの船があればよし。無ければ船を調達してでも行く。いいか、やっと見つけた帰る方法だ。なんとしても帰るぞ!」
『『『おーっ!』』』
雄二の檄に全員が呼応する。
よぉし! やっと元の世界に帰る目処がついたぞ! ここまで長かったなぁ……1人で草むらに放り出されてから26日。もうすぐ1ヶ月になるんだもんなぁ……。
「うっし、今日は終わりにすっか。とりあえず飯だ飯!」
ガタッと勢いよく立ち上がり、雄二が拳を握る。でもそれでいいんだろうか。
「ねぇ雄二、急いで出発した方がいいんじゃないの? 12日しかないんだよ?」
「急いだところで今日はもう交通機関が動いてねぇだろ。とっくに日が暮れてんだぞ?」
「あ、そっか。それじゃ明日だね」
「そういうことだ」
「…………サラスに行ったとして船はどうする」
「ンなもん向こうに行ってから考える」
「…………そうか」
「え……ちょ、ちょっと待ってよ雄二、そんな行き当たりばったりでいいの?」
「ま、なんとかなるだろ」
「えぇ~……」
雄二のやつ、ずいぶんと楽観的だな。何か考えでもあるんだろうか。
「坂本君、島の場所は分かるんですか?」
「いや。知らん」
「えっ……? じゃ、じゃあその島はどうやって見つけるんですか?」
「港で働く人に聞けば誰かが知ってるだろ」
「そ、それは……そうかもしれませんけど……」
う~ん……さすがに楽観的過ぎやしないか? 姫路さんも不安がってるじゃないか。ちょっと聞いてみるか。
(おい雄二、どうしたんだよ。やけにノリが軽いじゃないか)
(そうか? 俺はいつも通りだぞ?)
(だって目的地の正確な位置が分からないってのに調べようともしないじゃないか)
(いいか明久、こいつはゲームと召喚獣の世界が融合した未知の世界だ)
(それはさっき聞いたよ)
(ゲームってのは行き先は必ずどこかで示されてるモンだろ?)
(そりゃまぁ、そうだね)
(なら俺たちの行き先も必ずどこかで示されるだろ)
(う~ん……そうかなぁ……)
(どうせ後ろであのババァが糸を引いてるんだ。なんとかするだろ)
(そっか。そうかもしれないね)
まぁ雄二がそういうのならいいだろう。どうせこの後は皆一緒に行動することになるし、僕らは雄二についていくだけさ。
「ま、そんなわけだ。とりあえず晩飯にするぞ。ムッツリーニ、準備だ」
「…………了解」
「ワシも手伝おう」
「美波たち女子は部屋でゆっくりしててよ。夕食の準備は僕ら男子がやっておくからさ」
「そう? 悪いわね。それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかしら」
「……瑞希。旅の話を聞かせて」
「あっ! ウチも聞きたい!」
「え? でも……明久君たちにすべてお任せするわけにも……」
「ううん! 大丈夫だよ姫路さん! ぜんぜん気にしなくていいからね!」
「そうですか……?」
「もちろん!」
フフ……これで僕らの命は守られる。姫路さんに任せると何を入れるか分からないからね。ん? そういえば……。
「秀吉、よく無事に帰ってきてくれたね」
「んむ? 当然じゃろ。約束したではないか。”必ずここに戻る”とな」
「うん。まぁ、そうなんだけどさ。……ちょっと耳貸して」
「なんじゃ?」
僕は秀吉の耳元に口を寄せ、小声で話しかけた。
(僕が心配したのは秀吉たちの体なんだ。姫路さんの料理的な意味でね)
(なんじゃそのことか。安心せい、あらゆる手段を講じて阻止したわい)
(さすがだね秀吉)
(ふふん。ワシとてここで命果てるわけにはいかぬからのう)
「それじゃお願いしますね、明久君」
「あ、うん。任せておいてよ!」
姫路さんたちはベッドに腰掛けて話し始めた。美波と霧島さんを左右にし、姫路さんを真ん中にして。あの3人はいつも仲が良いな。
「ところで明久よ」
女子の微笑ましく楽しげな姿を眺めていると、秀吉が僕の肩に手を置いて話しかけてきた。
「ん? 何? 秀吉」
「島田との二人旅はどうだったのじゃ?」
「どうって?」
「相変わらずニブい男じゃのう。進展はあったのかと聞いておるのじゃ」
「進展?」
進展かぁ。うーん……どうなんだろ。なんかいつも通りだった気がするけど。
「やれやれ。その顔ではたいした進展は無かったようじゃな」
「あはは……秀吉には敵わないな」
「情けないのう。先が思いやられるわい」
「そ、そんなこと言ったってさ……」
今回の旅は腕輪を探すのに必死だったし……。あ、でも魔人戦で美波の強さは知ったかもしれない。
「おい明久、ノロケてないで早く支度しろ」
「べ、別にノロケてなんかないよ!?」
「いいから手を動かせ」
「へーいっ」
でも美波との旅は本当に楽しかったな。大変な目にも遭ったけど、それよりも楽しかった思い出の方が大きい。元の世界に戻ったらあの湖みたいな場所でデートしようかな。
へへ……楽しみだ。
☆
夕食を終え、
……眠れない。
昼間はバイトで肉体労働をしていたのだから疲労はあるはず。にもかかわらず眠れないのは、このモヤモヤした気分のせいだ。
この10日間、俺の行動はほとんどが裏目に出ていた。姫路には3つの腕輪を。明久には2つの腕輪の回収を命じておきながら、この俺はたった1つの使命すら果たせていない。
先程、俺は明久に説教染みたことを言っている。何が「覚えておけ」だ。偉そうなことを言っておきながら自分は何もできていないではないか。あの
飯前に楽観的な態度を見せたのも、この悶々とした気分を隠すものだ。まったく……いつから俺はこんな情けない男になったのだろう。自分で自分に腹が立つ。
(雄二よ。眠れぬのか?)
(……すまん。起こしちまったか?)
(先程からお主がもぞもぞと動いておるので気になってな)
この部屋にベッドは2つ。今日は俺と秀吉がペアで使っている。俺は静かに寝転がっていたつもりだったが、どうやらそうでもなかったらしい。
(そうか。すまん)
(どうしたのじゃ。お主らしくないではないか)
(……なんでもねぇよ)
秀吉のやつ、妙なところで鋭いじゃねぇか……。けどこいつは俺自身の問題だ。誰かに相談するようなことではない。
(ワシにはお主の悩みは分からぬ。それもお主ならば自ら解決してしまうかもしれぬ)
(…………)
(じゃがの……)
秀吉はそこで一旦言葉を区切り、しばらくして意外なことを言ってきた。
(世の中にはどうしても1人では解決できぬこともあるのじゃ。そんな時はワシらを頼ってほしいのじゃ)
(…………)
(ワシに言えることはそれだけじゃ。では寝るぞい)
(……あぁ)
……
まさかこの俺が諭されるとはな……。
……
すまねぇ秀吉。お前の気持ち、ありがたくいただいておくぜ。
確かに俺は少し焦っていたのかもしれないな。あの