バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第六十四話 僕のバツゲーム

 ハルニア祭をたっぷり堪能した僕らは借りている家に戻ってきた。当然だが、家の中は真っ暗だった。窓から月明かりが差し込み、僅かな灯りを部屋の中に注いでいる。こういう光景も、もはや当たり前に感じられつつある。

 

(あか)りを点けてくるわね」

「うん。頼むよ」

 

 美波がリビングの魔石灯に火を灯し、僕は部屋の隅に荷物を置いて一息つく。

 

「ふぅ。すっかり遅くなっちゃったね」

「そうね。明日はガルバランドに戻るのよね?」

「うん。でもその前にこの家の鍵を返しに行かないとね」

「分かってるわ。あっそうだ。アキ、アンタちゃんと腕輪持ってるわよね?」

「もちろんさ。ほらこの通り」

 

 僕はリュックから腕輪を取り出し、指に引っかけてくるくると回してみせる。形からはこれが本物の白金の腕輪かどうか判別できない。けれど例えこれが白金の腕輪でなかったとしても、きっと何らかの手掛かりになる。僕はそう信じてる。

 

「ちゃんと持ってるみたいね。失くしちゃダメよ?」

「分かってるさ。ちゃんとリュックにしまっておくよ」

 

 1個目の腕輪は美波に風を起こす力を与えるものだった。だが2個目は僕にも美波にも反応しなかった。つまりこの腕輪が白金の腕輪である可能性がある。絶対に失くしたりするもんか。

 

「今お茶を入れるわね。座って待ってて」

「あ、うん」

 

 美波は上着を脱いでキッチンへと向かう。この世界での生活は今日で23日目。6日目に美波と再会したから、彼女との共同生活は17日に及ぶ。この時、既にこうした光景にも違和感を感じなくなっていた。

 

 ……

 

 しかしこの腕輪で本当に元の世界に帰れるんだろうか。雄二の説明には説得力があったけど、あいつはたまにヘマをやらかす。そう、最初のAクラス戦のように。

 

「はい、お待たせ」

 

 ソファに座って考えていると美波が2つのカップを手に戻ってきた。

 

「サンキュー」

 

 僕は差し出されるカップを受け取り、暖かい紅茶をすする。うん。美味しい。

 

「明日はすぐに出るの? それとももう少しお祭りを見ていく?」

 

 美波が隣に腰掛けて訪ねる。

 

「う~ん……船の時間が分からないから、できるだけ早めに出た方がいいかも」

「それじゃ朝食前に出た方がいいかしらね」

「うん。そうしようか」

 

 ここレオンドバーグからサンジェスタへはまず港に行かなければならない。ノースロダンという港町だ。そこから船で1日かけてガルバランド王国に渡航する。結構時間が掛かるのだ。今日1日を遊んで過ごしてしまったから、もう寄り道はしない方がいいだろう。

 

「……ねぇ、アキ?」

「ん? なんだい?」

「昨日お祭りに行こうってウチを誘ったのって、ジェシカさんと約束していたからなのね?」

「へへっ、まぁね」

「それならそうと言ってくれれば良かったのに。どうして秘密にしてたのよ」

「だって待ち合わせは夕方だったからさ、言っちゃったらそれまで落ち着かないだろう?」

「それは……そうかもしれないけど……でもウチは言ってほしかったわ」

「ん~。でも僕も美波とお祭りを楽しみたかったんだよね」

「えっ? そ、そうなの?」

「うん。やっぱり美波と一緒だと楽しいからね」

「調子のいいこと言っちゃって……う、ウチがそんな台詞で喜ぶと思ったら大間違いなんだからねっ」

 

 台詞は少し拗ねたように聞こえる。けれど頬に”えくぼ”を作る美波の表情はとても嬉しそうに見えた。僕の行動は間違っていなかった。この表情を見て、僕はそう実感した。

 

「でも途中でマックさんの横やりが入っちゃったね。もう少しジェシカさんと話したかったんじゃないの?」

「ううん。話したいことは全部話せたから大丈夫よ。メイド仲間のことも聞けたし」

「そういえば王子のことも話してたね。大人しくなったって」

「リオン王子よね。ウチも何度か話したことあるけど、あの人すっごく偉そうに言うのよ?」

「いや、実際に偉いんじゃないかな。王子様だし……」

「でも年はウチらと同じくらいなのよ? もう少しフレンドリーに接してくれてもいいと思わない?」

「あ、あはは……」

 

 美波もこういうところは遠慮が無いんだな。

 

「でもさ、王子って大人に対して指示する立場になるわけだよね。だから偉そうに振る舞う必要があったんじゃないのかな」

「そうかしら」

「きっと僕らには分からない苦労もあるんだよ」

「ふ~ん……それならウチは普通の生活がいいな」

「僕だって普通の生活がしたいよ」

「それじゃアキが思う”普通の生活”って、どんな生活?」

「ん? う~ん……そうだなぁ」

 

 まずは高校を卒業して、それから大学? ん~……やはり料理学校に(かよ)って調理師免許だろうか。それから成人して――――

 

 ……

 

 美波と……。

 

「どうしたのアキ? 急に顔を赤くして」

「ふぇっ!? か、顔!? そ、そんなことないんじゃないかな! あははは!」

「怪しいわね。ウチに何か隠し事してるんじゃないの?」

「い、いや、別に隠し事なんか……」

 

 美波のウェディング姿を思い浮かべただけなんだけどね……ただ、お祭りで結婚式なんか見たもんだから、やたらとリアルに想像しちゃって……あぁもう! やめやめ! こういうことを考えるのは元の世界に帰ってからにしよう!

 

「なんかちょっと疲れたかも。そろそろ寝ようか。明日は朝早くに出発だし」

 

 僕は立ち上がり、美波の前を横切ってキッチンへと向かう。もちろん紅茶のカップを片付けるためだ。すると、

 

「あっ……ま、待ってアキ」

 

 座ったまま美波が僕を呼び止めた。

 

「ん? どうかした?」

「……えっと……ね……」

 

 もじもじと指を通わせ、美波は恥じらいを見せる。この仕草は何度も見てきている。美波がこういう仕草をする時は、僕にとって恥ずかしいことを要求してくる時だ。ふふん。僕だって学習しているのさ。こんな時はさっさと逃げるに限る。

 

「それじゃおやすみ美波!」

「ま、待ちなさいっ! 約束を忘れたとは言わせないわよ!」

 

 急いで逃げようとすると、再び呼び止められた。

 

「え……や、約束?」

 

 僕は立ち止まって考えてみる。付き合い始めてから、美波とはいくつかの約束を交わしてきた。教室の席を隣にしろだとか、お弁当を作り合おうとか。でもそれは学園生活での話。この世界では通用しないことばかりだ。他に約束なんてあったかな……?

 

「えっと……約束ってなんだっけ? 僕、また何か忘れてる?」

「えぇ、忘れてるわ」

「うっ……ご、ゴメン」

 

 でも全然思い出せないんだよな。何を約束したんだったっけ。

 

「忘れたとは言わせないわよ。今日、王宮騎士団の演習を見学した時に約束したでしょ?」

「王宮騎士団? 演習? えぇと……」

 

 あ゛っ……。

 

「い、いや~何のことかな? 僕には分かんないな」

「思い出したみたいね」

「いや全然!? 僕には何のことだかさっぱりだよ!?」

「とぼけてもダメよ。あの時の賭けでウチが勝ったわよね」

「い、いや、あれは賭けというか、ただ予想しただけだったんだけど……」

「やっぱり覚えてるじゃない」

「んがっ」

 

 し、しまった。見事に墓穴を掘った……。

 

「往生際が悪いわよアキ。ウチが勝ったんだから何でも言うことを聞いてもらうわよ」

「え……あれって本気だったの?」

「当たり前じゃない。さぁ覚悟しなさい」

「そ、そんなぁ……」

 

 うぅっ、まさかあのバツゲームがまだ有効だったなんて……なんとか誤魔化して逃げたいところだけど、今は難しそうだ。これ以上逆らうと怒り出しそうだし、素直に言うことを聞いておくか……。

 

「分かったよ。僕の負けだよ。で、要求な何なのさ?」

「う、うん。それじゃ言うわよ!」

 

 美波は意を決したようにキッと表情を固くする。何か悪い予感がする……。

 

「こ、今夜はウチの……だ……抱き枕になりなさいっ!」

 

 

 …………………………

 

 

「は?」

 

 えっ? 何? 抱きま――っ

 

「えぇぇっ!? だ、抱き枕ぁっ!?」

「そう! 抱き枕! 嫌とは言わせないわよ!」

「うぐっ……」

 

 つまりそれは一緒に寝ろということで……美波に抱きつかれて(トコ)に入るということで……。

 

「う、ううっ……!」

 

 葛藤する僕。そんなことをされたら今夜の睡眠は絶望的だ。でも約束した以上、断るわけにもいかない。それに……。

 

「やっぱり……ダメ……?」

 

 恥ずかしそうに頬を桃色に染めながら、上目遣いで美波が問いかける。そんな目で見つめられて断れるほど僕の神経は図太くない。

 

「わ、分かった。……いいよ」

「ホント!? ホントにいいの!?」

 

 ぱぁっと花が咲くように可憐な笑顔を見せる美波。こんな風に表情が変化する彼女はやっぱり可愛いと思う。

 

「僕だって男さ。約束は守るよ」

「やったっ! それじゃ早速準備しましょっ!」

「う、うん」

 

 い、意識しないようにすればなんとか眠れるかな……。

 

 

 

 ―― 僕と美波、寝巻きに着替え中 ――

 

 

 

 寝床として使うのはいつも僕が使っていた部屋のベッド。結構大きなベッドなので、2人で入ってもそれほど狭いとは感じないだろう。しかし……。

 

「あ、あの、さ、美波」

「なぁに?」

「やっぱり、その……だ、抱きつくの?」

「当たり前じゃない。抱き枕なんだから」

「だよねぇ……」

 

 この運命からは逃れられないようだ。

 

「ほらアキ、明日早いんだから寝ましょ」

「う、うん」

 

 仕方なくベッドに入る僕。するとすぐ横に美波が入り込んできて、腕を絡ませてきた。

 

「んふふ……あったかい」

 

 耳元で美波が囁く。首筋にかかる彼女の息が凄くくすぐったい……。

 

「あ、あのさ、美波」

「今度はなによ」

「いや、あの……息が当たってくすぐったいんだけど……」

「それくらい我慢しなさい。男でしょ?」

「そ、そんなこと言ったってさ……僕がそういうのに弱いの知って――」

「フ~ッ」

「ひあぁっ!?」

「ちょっと、暴れないでよアキ」

「い、今わざと息を吹き掛けたよね!?」

「何のことかしら? いいからほら、じっとしてなさい」

「くっそぉ……絶対にわざとだ……」

 

 サワッ

 

「うひゃぁっ!?」

「ちょっとアキ、これじゃ眠れないじゃない」

「そ、それはこっちの台詞だよ!? 髪でくすぐらないでよっ!」

「ふふ……分かったわよ。ほら、抱き枕は動かないの」

「くぅっ……」

 

 こ、こんな状況で寝られるわけないじゃないか……よぉし……美波が寝込んだらこっそり抜け出してやる。

 

「ねぇ、アキ」

「ん? な、何?」

「アキはやっぱり元の世界に帰りたい?」

「えっ……? な、なんで?」

「いいから答えて」

 

 僕の右肩に顔を埋めているので彼女の表情は見えない。けれどその声はとても真剣に尋ねているように思えた。笑って誤魔化すような雰囲気ではない。ここは真面目に答えるべきだろう。

 

「そうだね。やっぱり帰りたいかな」

「どうして?」

「やっぱり高校は卒業しておきたいよ。こんな中途半端な状態じゃ気持ち悪いし」

「……そうね」

「それに観察処分者の汚名もまだ返上できてないからね」

「そんなことまだ気にしてるの?」

「そりゃ気にするよ。だって学園一のバカだって言われてるようなものなんだよ?」

「いいじゃない。言いたい人には言わせておけば」

「でもかっこ悪いじゃん……」

「いいのよ。ウチはぜんぜん気にしないわ。アキがバカなのは分かってるし、別にかっこ悪いなんて思ってないわ」

 

 これは喜んでいいのか嘆くべきなのか。判断に困る……。

 

「それじゃあさ、美波はどうなのさ」

「どう、って?」

「美波は元の世界に帰りたい?」

「ウチは……」

 

 彼女はそこで言葉を一旦切ると、僕の右腕をぎゅっと強く抱き締めてきた。

 

「ウチはアキがいてくれるなら……どこでも……いいかな」

 

 その言葉を聞き、僕は再認識した。美波にとって僕はかけがえのない存在なのだと。そして僕にとっても彼女は何ものにも代えがたい存在なのだ、と。

 

「帰れるかしら。ウチら」

「帰れるさ。きっと」

「……そうよね。こんなに頑張ったんだものね」

「うん」

 

 

「「…………」」

 

 

「それじゃもう寝ようか。おやすみ。美波」

「うん。おやすみ。アキ」

 

 この時、僕の頭からは”抜け出そう”なんて考えはどこかへ飛んでいってしまっていた。当然だろう。彼女のあんな台詞を聞いてしまったら、そんな気は失せてしまう。

 

 

 ……

 

 

 けど……。

 

 

「すぅ…………すぅ…………」

 

 

 ぼ……僕はいつになったら……美波に触れても、ドキドキしなくなるんだろう……。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 翌朝。

 

 目を覚ますと美波の姿が無かった。というか、あの後僕もすぐに眠ってしまったようだ。あんなにドキドキしていたのに、不思議なものだ。

 

 ところで美波はどこだろう? 僕はベッドから降り、部屋を出て彼女を探した。

 

「おはよう、美波」

 

 キッチンで洗い物をしている美波を発見。僕は声をかけた。

 

「あ、おはよアキ」

 

 振り向いて笑顔で朝の挨拶をする美波。髪を下ろして寝巻き姿の彼女を見るのも慣れてきた。

 

「あ、昨日カップ洗わずに寝ちゃったんだっけ」

「ウチもうっかりしてたわ。でも汚れは落ちたから大丈夫よ」

「そっか。ありがとうね、美波」

「そんなの気にしないでいいわよ。それよりもアキは先に着替えてて。すぐ出るんでしょ?」

「うん。それじゃお言葉に甘えるよ」

 

 僕は部屋に戻り、着替え始めた。今はまだ夜が明けたばかり。窓から朝日が差し込み、部屋の中を柔らかな光で溢れさせている。

 

 今日はここレオンドバーグの町を出て、ガルバランド王国に向かう予定だ。サンジェスタ到着は早くても明日の夕方になるだろう。

 

 皆と会うのも久しぶりだ。サラス王国に行った姫路さんは無事かな。怪我とかしていなければいいのだけど……でも秀吉やムッツリーニが一緒だから大丈夫かな。

 

 雄二は……まぁ心配はいらないか。でも霧島さんはちょっと心配だな。雄二のためなら無茶をしてしまう性格をしているからな。

 

 そんなことを考えながら僕は出発の準備を進めた。

 

 

 

 ――――30分後

 

 

 

「アキ、忘れ物は無い?」

「大丈夫。腕輪も家の鍵も持ったよ」

「おっけー。それじゃ行きましょ」

 

 僕は借りていた家の鍵を閉め、木の扉をじっと見つめた。

 

 ……二度も世話になっちゃったね。……ありがとう。

 

 心の中でそう呟き、僕は背を向けた。そこには晴れ晴れとした表情の美波がいた。

 

「さぁ、行こう! ノースロダンへ!」

「うん! そして皆の所へ!」

 

 僕たちは手を取り合い、レオンドバーグの町を歩き出した。

 

 

 

 

 こうして僕たち”チームアキ”は使命を終え、ガルバランド王国への帰路に就いた。

 

 そしてサンジェスタの町で再会した僕たちは、衝撃の事実を知らされることになる。

 




第二章 僕と腕輪と皆の使命(クエスト) -終-


次は第三章。7人の仲間が揃い新たな行動に入ります。

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