バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第六十三話 あの人との約束

 町中を5分ほど走っただろうか。中央通りの先に天を刺すように吹き上げている噴水が見えてきた。最初にジャズバンドの演奏会を見た所。あれがあの人との約束の場所だ。

 

「い、居たっ! 急ぐよ美波!」

「えっ!? あ、あれってまさか……!」

 

 約束の人はそこにいた。黒いロングスカートのメイド服。高い身長に、大きなお腹と胸。ふくよかな身体つきの彼女の名は――――

 

「ジェシカさーん!」

 

 僕は呼びかけながら走る。彼女の名はジェシカさん。このハルニア王国の西の都『ガラムバーグ』でメイド長をやっているおばさんだ。彼女はこの世界に迷い込んだ美波を救ってくれた恩人なのだ。

 

「あぁ、ヨシ――っ!?」

 

 ジェシカさんは片手を上げてこちらを見ると、表情を強ばらせて固まった。なんだか分からないけど、とにかく急がなくちゃ。僕は美波の手を引きながら彼女の元へと駆け寄った。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……す、すみませんジェシカさん。遅れてしまって……」

「いや、えーと……なんだ。アンタ、ヨシイなのかい?」

「ふぇ? 何を言ってるんですか。昨日会ったばかりじゃないですか。もう忘れちゃったんですか?」

「アタシが昨日会ったのはそんな可愛らしいお嫁さんじゃないんだがねぇ」

「お嫁さん……?」

 

 ハッ!

 

「こここれには深~いワケがありまして! べ、べべ別に趣味でやってるわけじゃないですからね!?」

 

 そういえば白のウェディングドレスのまま来ちゃったんだった。なんてことだ……知り合いに恥ずかしい姿を見られてしまった……。

 

「ど、どうしてジェシカさんがこんなところにいるんですか!?」

 

 がっくりと肩を落とす僕の横では水色ドレスの美波が目を丸くして驚いている。そう、この驚く表情が見たかったんだ。でも今は嬉しさよりもドレス姿を見られてしまった恥ずかしさの方が圧倒的に上回っている。

 

「久しぶりだねシマダ。元気にしてたかい?」

「ジェシカ……さん……」

 

 美波の声は上ずっていた。見れば彼女は目を細め、指で目尻を拭っていた。

 

「こらこら、久しぶりに会ったってのに泣く子があるかい」

「だ、だって……」

 

 すすり泣く美波。けれどそれは悲しみの涙ではない。喜びの涙なのだ。

 

「ヨシイから聞いたよ。ずいぶん心配をかけたみたいだね」

「……ううん。そんなことないです! ジェシカさんなら大丈夫って信じてましたからっ!」

「まったく、アンタって子は……相変わらず強がりだねぇ」

「それがウチの取り柄ですから」

「アハハッ! そうだったね。でも元気そうで何よりだよ」

「はいっ! おかげさまで!」

「ところでシマダ。その格好はどうしたんだい?」

「あっ、これですか? どうです? 似合います?」

「あぁ、とってもよく似合ってるよ。アンタにぴったりじゃないか」

「ホントですか!? ありがとうございますっ! 実はちょっと事情がありまして、レスターって人の新作衣装発表会のモデルになったんです」

「レスターだって!? そりゃ凄いじゃないか!」

「そうなんですか?」

「当たり前だよ。レスターといえば世界的に有名なデザイナーさ。あの人の新作衣装のモデルなんていったらアタシら女性の憧れの的さ」

「そうだったんですか……だそうよアキ。貴重な経験ができて良かったわね」

「ふぇ?」

 

 突然話題を振られた僕は間抜けな声を出してしまった。しかも純白のウェディングドレス姿で。穴があったら入りたい気分だ。いや、むしろ穴を掘ってでも隠れたい……。

 

「あぁ、そういうことかい。それでヨシイまでそんな格好をしてるんだね」

「いや……その……み、見ないでっ!」

 

 なぜこんなことになってしまったんだろう……予定外もいいところだ。こんなことなら美波をからかったりするんじゃなかった……。

 

「それでシマダ、自分の世界には帰れそうなのかい?」

「それはまだ分からないんですけど、鍵になりそうなものを手に入れました」

「ほ~? 何だい? その鍵ってのは」

「えっと、楽屋に置いて来ちゃったんですけど、白金の腕輪って言って次元の壁を撃ち破れるかもしれない物なんです」

「シロガネ? ジゲン? う~ん……なんだか難しくてアタシにはよく分からないね。でも期待はできそうってことなんだね?」

「はいっ!」

「そうかい。なら良かった。それにしてもアンタ、少し(たくま)しくなったね」

「えっ? ウチがですか?」

「あぁそうさ。ミロードの町でアンタを拾った時は泣いてばかりいたのにねぇ」

「そ、それは言わないでくださいよジェシカさんっ」

「いいじゃないか。褒めてるんだよ。アハハッ!」

「そういえばあれから王子様の様子はどうですか?」

「殿下かい? 実はあの後レナード陛下が家庭教師を送ってきてね。その人が付きっきりで教育することになったのさ」

「へぇ~、そうなんですか」

「とっても厳しい人でね。おかげであのやんちゃ坊主もすっかり大人しくなっちまったよ」

「じゃあもう戦争なんてしないですよね?」

「あぁもちろんさ。あんな馬鹿な真似はもう二度とさせやしないよ」

「そうですか。良かったぁ……メイド仲間の皆はどうしてますか?」

「気になるのかい? まずアンジェリカなんだけど、アンタのことを凄く心配してたよ。まぁアンタの教育係をやらせてたから無理もないけどね」

「アンジェリカ先輩……」

「帰ったら無事だってちゃんと伝えておくよ。それからリサはね――――」

 

 ジェシカさんと美波は話し込み始めてしまった。僕は完全に蚊屋(かや)の外だ。けれど寂しいとは思わなかった。なぜならこの待ち合わせはもともと美波とジェシカさんを会わせるためのものだったから。

 

 ガルバランド王国にて雄二たちと合流後、僕たちはここハルニア王国に戻ってきた。それからというもの、美波はしきりにジェシカさんのことを気にしているようだった。あれだけ話題にされればいくら鈍感な僕でも気付く。

 

 けれど美波は決して「会いたい」とは言わなかった。きっと腕輪の入手を最優先と考え、自分の想いを押し殺してきたんだと思う。それは僕も気になっていたのだけど、腕輪の入手が最優先なのは事実。だから昨日までどうすることもできなかった。

 

 それが昨日、偶然にもこの町でジェシカさんと遭遇した。夕食の買い物に出た時のことだった。本当に凄い偶然だった。まさかサンドイッチ屋での隣の客がジェシカさんだったとは夢にも思わなかった。

 

 この時、僕たちは既に目的である2つの腕輪の入手を果たしていた。そして集合時間まではまだ日数がある。もう美波も我慢する必要はないはずだ。そこで僕は「美波に会ってほしい」とジェシカさんに願い出た。けれどジェシカさんは仕事の途中だったらしく、どうしても都合が合わないと言う。そこで僕はサンジェスタへの帰還を1日遅らせ、今日はハルニア祭で遊ぶことにしたのだ。

 

 そう、今回のデートの一番の目的。それはこうしてジェシカさんと美波を会わせることなのだ。

 

 

 ――ドンッ パラパパパッ

 

 

 話し込む彼女らを眺めていると、突然上空から胸に響くような低音が響いてきた。音のするほうに目を向けると、黒いキャンバスには綺麗な赤い花が描かれていた。この光景は見た事がある。

 

 打ち上げ花火。

 

 僕らの世界ではあれをそう呼んでいた。どうやらこの世界でも祭りに花火を打ち上げる風習があるようだ。

 

 

 ――ドン、ドン、ドンッ パラッパパパパッ

 

 

 立て続けに花火が打ち上げられ、夜空に赤や橙色に花が咲く。僕は薄緑色の膜に覆われた空を見上げ、花火に見入る。周囲の人たちも僕と同じように空を見上げ、夜空に咲く花を楽しんでいるようだ。もちろん美波とジェシカさんも。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……や、ヤット見つけたネ」

 

 そんな花火観賞の中、妙な口調で話し掛ける者がいた。

 

「あれ? マックさん?」

「コラ! ヨシイ! シマダ! 大切な衣装を返すネ!」

「あ……」

 

 そういえばこの服、借り物だった。せっかく手に入れた腕輪も文月学園の制服も楽屋に置きっぱなしだ。

 

「すみませんマックさん。もう少しだけ待ってもらえませんか?」

 

 美波があんなに楽しそうに話しているんだ。今あの2人を引き離すのは野暮ってもんだろう。

 

「no! スグに返しなサーイ!!」

「そこをなんとか……今とっても大事な話をしてるんです。もう少しだけ……お願いします!」

「明日は別の地区に行くのデース! 今返さないとユーたちごと運搬するヨ!」

「そ、そんなぁ……」

「アキ、ウチなら構わないわ。一度楽屋に戻りましょ」

「あ、美波。もういいの?」

「うん。もう十分話せたし。ね、ジェシカさん」

「ん? あぁそうさね。シマダが元気だってことも確認できたし、アタシは満足だよ」

「そうですか。分かりました」

 

 仕方ない。マクレガーさんも困っているようだし、ここは一旦戻るとしよう。

 

「それじゃマックさん、僕らすぐ楽屋に戻ります」

「そうしてクダサイ」

「ジェシカさん、本当にお世話になりました。ウチ、このご恩は一生忘れません」

 

 ドレス姿の美波がペコリとお辞儀をする。ジェシカさんはその様子を見ると両手を腰に当ててアハハと豪快に笑った。

 

「そんなこと気にすんじゃないよ。アタシが好きで世話したんだからね」

「ジェシカさん、僕からもお礼を言わせてください。美波を助けてくださって、本当にありがとうございました」

「まったくアンタらは律儀だねぇ……。いいかい。ちゃんと自分たちの世界に帰るんだよ?」

「「はいっ!」」

「いい返事だ。それじゃ元気でね」

 

 こうして僕らはジェシカさんと別れ、楽屋に戻ることにした。夜空に色とりどりの花が咲き乱れる中のことだった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 僕たちは楽屋に戻り、文月学園の制服に着替え、借りていたドレスを返却した。楽屋を出るともう花火を終わっていて、露店もほとんど閉められていた。今日の祭りもそろそろ終わりのようだ。

 

「帰ろうか」

「そうね」

 

 ここから借りている家まではほんの数分。僕らは魔石灯の灯で橙色に染まる街を歩き、帰路に就いた。

 

「楽しかったわね」

「うん。でもあのファッションショーだけは余計だったかな」

「そう? ウチはあれが一番楽しかったけど?」

「そりゃ美波は楽しかったかもしれないけどさ。僕にとっては人生の汚点だよ……」

「なーに言ってるのよ。観察処分者なんて汚点をもう背負ってるじゃない」

「う……そ、それとこれとは別だよ」

「ふふ……大丈夫よ。坂本たちには内緒にしておいてあげるから」

「うん。頼むよ。特にムッツリーニにはね」

「分かってるわ。あ、でも瑞希には言っちゃおうかなっ」

「いや、それもやめてっ!」

「冗談よ。ふふ……」

「ホント冗談にしておいてよ……」

 

 そんな会話をしながら僕たちは家路を歩く。今日は家に帰っても食べるものがない。けれど今日は昼間に色々と買い食いをしたので、僕も美波もあまりお腹は減っていなかった。そこで近くにあった軽食の店に入り、軽い食事を取ることにした。

 

 食事を終えて店を出ると、町はもう静けさを取り戻していた。道を歩いている人も(まば)らだ。祭りとはいえ、夜が早いのは変わらないようだ。僕たちもこれ以上寄り道はせず、今日は真っ直ぐ家に帰ることにした。

 

 これでこの国での目的はすべて果たした。明日はガルバランド王国に向かうことになる。今夜は借りた家でゆっくり休むとしよう。

 

 

 

 ――と思っていたら、まだ難問がひとつ残っていた。

 




次回、第二章最終話になります。

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