バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第十話 バカに小判

 馬車の中で僕は先程の力について考えていた。あの時、僕は無我夢中で叫んだ。叫んだ言葉は「サモン」だ。そしてその後、自分の服が変化した。

 

 サモンとは召喚獣を()び出すためのキーワードだ。このキーワードを口にすることで目の前の床に幾何学模様が浮かび上がり、その中から身長80センチほどの召喚獣が現れる。ただし教師の展開した召喚フィールドの中でなければ喚び出せない。これは文月学園の特徴でもある”試験召喚システム”により引き起こされる現象だ。

 

 けれどさっき僕が喚んだ時には教師なんていなかった。それにいつもの幾何学模様は現れなかったと思う。いや、目を瞑っていたから分からなかったのか?

 

 だとしても、あれは召喚獣を喚び出したというより召喚獣の装備を着たような感じだった。ウォーレンさんが言ったように装着した感じだ。さしずめ”試獣装着”といったところだろうか。

 

 それからあのバイザーに表示されていた黄色いゲージ。装備はあれの消滅と共に消えてしまった。つまりあのゲージはタイマーのようなものなのだろう。それにしても召喚フィールドも無いのにどうしてこんな力が使えるんだろう……?

 

「どうした? ヨシイ。まだ信じられねぇのか?」

「あ。はい……」

「気にすんなって。お前には戦う力がある。それでいいじゃねぇか」

「う~ん……」

 

 ウォーレンさんはああ言うけどやっぱり気になってしまう。力を得たのはいいけど、原理がまったく分からないのだから。

 

 ……待てよ?

 

 そういえば試験召喚システムも原理をまったく知らないんだった。ババァ長が”オカルトと科学が融合した”とかなんとか言ってたような気がするけど、結局どんな理屈で動いているのかさっぱり分からない。

 

 ならいいか。いくら考えたところで僕には理解できそうにないし。何にしても戦う力を手に入れたんだ。これで魔獣に襲われても戦うことができる。でも魔獣と戦うことは本来の目的ではない。今の目的はミロードで目撃されたという仲間を捜すことだ。とにかく今はこれに専念しよう。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 1時間ほどして、馬車は峠町サントリアに到着した。まずは腕を負傷しているお爺さんをお医者さんに見てもらわないといけない。早速お爺さんを連れて馬車を降りようとすると、

 

「あの、ヨシイ様」

 

 サーヤちゃんのお母さんが僕を呼び止めた。吉井様って……そんなに敬う必要なんて無いのに……。

 

「な、なんでしょう?」

「お爺様は私がお医者様にお連れしますわ」

「えっ? でも旦那さんの所に行くんじゃないんですか?」

「はい。でも何もかもお任せするわけにも行きません。せめてこれくらいはお手伝いさせてください」

 

 正直言ってこの申し出は助かる。だって僕はこの世界のお医者様のことはルミナさんから聞いていなかったから。

 

「すみません。じゃあお願いします」

「それじゃサーヤが案内するっ!」

「そうかい? それじゃ頼むよ、サーヤちゃん」

「はーいっ!」

 

 片手を真っ直ぐ上げて元気に返事をするサーヤちゃん。この子を見ていると葉月ちゃんを思い出すな。葉月ちゃんか……またあの天真爛漫な笑顔を見たいな。

 

「それでは行ってきます。守っていただいて本当にありがとうございました」

 

 お母さんは僕に向かってペコリと頭を下げる。こんな(ふう)にお礼を言われることに慣れていない僕はどう返事をしたらいいのか困ってしまい、

 

「いやぁ、その……何と言うか……あはは……」

 

 お礼の言葉にこんな愛想笑いで返してしまった。言ってから気付いたけど、こういう時って「どういたしまして」と返すべきだよね。まったく……ハーミルで経験したばかりじゃないか。いいかげん学習しろよな僕。

 

 ……それにしても感謝されるのって照れ臭いもんだな。

 

「お爺ちゃん、サーヤに掴まって」

「ありがとうよ、お嬢ちゃん。でもお嬢ちゃんにはちょっと重いんじゃないかな?」

「へいきだもん! サーヤだってお役に立てるんだもん!」

 

 サーヤちゃんはお爺さんの脇の下に潜り込み、腕を担ぐようにして歩き出した。お爺さんもそれに合わせて足を進める。ただ、サーヤちゃんの身長が120センチ程なのに対し、お爺さんは約170センチ。身長差があり過ぎて、どう見てもお爺さんがサーヤちゃんを連れて歩いているようにしか見えなかった。こうして見るとお爺さんと孫が仲良く散歩をしている姿に見える。なんとも微笑ましい光景だ。

 

「さて。ヨシイ、俺はこれから魔石を売りに行くんだが、お前も行くか?」

「魔石を売りに?」

「あぁ、お前も結構な量を拾っただろ?」

 

 そうだった。これを売ってお金にするんだっけ。レオンドバーグまでの路銀は一応あるけど、お金は多くて困るものでもない。この先何があるか分からないし、少しでも資金は増やしておいた方がいいかもしれないな。

 

「そうですね。僕も行きます」

「よし、決まりだな。じゃあ行こうぜ。俺のダチを紹介すっからよ」

 

 鎧姿の彼は嬉しそうに笑顔を作り、ガッと僕の首に腕を回して歩き出す。やっぱり気に入られたみたいだ。僕を剣士仲間とでも思っているのだろうか。違うんだけどなぁ……。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 ウォーレンさんに首根っこを掴まれるようにして歩くこと10分。僕はひとつの店に連れ込まれた。その店は両脇に色とりどりの宝石が陳列され――――? いや、宝石ではない。これは魔石だ。どうやらここは魔石を売る店のようだ。

 

 僕は店の中をぐるりと見渡す。ぱっと見は宝石やアクセサリを売る”ジュエリーショップ”のようにも見える。色んな種類があるんだなぁ……。火を起すためのもの。灯を灯すためのもの。水を清めるもの。それからこれは……身体を洗うもの? つまり石けんやシャンプーといったところか。

 

「よぅアルフレッド。景気はどうだ?」

「おう、ウォーレンじゃねぇか。まだ生きてやがったか」

「ハハハッ! おかげさまでピンピンしてらぁ!」

「まったく、いつ見ても元気な野郎だ。お前がへこんでる所を見てみたいもんだぜ」

 

 なんか店の人とずいぶん親しげに話しているな。あれがウォーレンさんの言う”ダチ”って人なのかな。丸くてふくよかな顔をしていて、口髭も生やしている。どう見ても剣士という感じでは無い。まぁ友達が同じ職業とは限らないか。

 

「ところで後ろの彼は誰だ? お前の知り合いか?」

「あぁ、紹介するぜ。俺の新しいダチのヨシイだ。ヨシイ! ちょっとこっち来いよ!」

 

 ウォーレンさんが呼んでいる。僕に自己紹介をしろというのだろう。

 

「は、はじめまして。吉井といいます。よろしくお願いします」

 

 やっぱり初対面の人と話すのは緊張するな……。

 

「ヨシイ、こいつは俺のダチでアルフレッドってんだ。魔石を売るならコイツに売りな。高く買いとらせてやるぜ」

「おいおい、無茶言うなよ。俺だって商売があるんだからよ」

「まぁそう言うなよ。ヨシイは今日初めて魔獣を倒したんだ。ご祝儀くらいくれてやってもいいんじゃねぇか?」

「この子が魔獣を? フ~ン……そんな(ふう)には見えねぇけどなぁ」

 

 丸顔のおじさんは僕の身体をジロジロと見つめる。信じられないのも無理はない。僕はウォーレンさんのように大きな身体をしているわけでもないし、筋肉もあまり無い。見た目は”ひ弱”な、ただの高校生なのだから。

 

「ヨシイ、お前の魔石を見せてやんな。そうすりゃ嫌でも信じるだろうぜ」

「はい」

 

 僕はリュックを降ろし、中から魔石を取り出す。

 

「えっと、こんな感じですけど……」

 

 僕は両手で掬った魔石をジャラリとカウンターに置く。すると丸顔のおじさんは目をまん丸にして驚いていた。

 

「こ、こいつは凄い……本当にこれを君が?」

「? はい。そうですけど」

 

 これって凄いの? ぜんぜん分からないんだけど……。

 

「ははぁ分かったぞ。ウォーレン、これはお前の仕業だな? この子の手柄にして初心者祝いに高く買い取らせようってんだろ。俺を(たばか)ろうったってそうはいかねぇぜ」

「あァ? 俺がそんなことで騙したりするかよ。なんなら証人を連れてきてやってもいいんだぜ? カールの奴も一緒に見てたんだからよ」

「カールも一緒だったのか。分かった。信じてやるよ。あいつは嘘がつけねぇヤツだからな」

「ったく、ホントお前って疑り深い奴だな」

「しょうがねぇだろ。こういう商売やってると偽物持ち込んでくる奴も多いんだよ」

「まぁそうだろうな。それでいくらで買い取るんだ? もちろん色を付けてくれるんだろ?」

「そういうわけにはいかねぇよ。これも商売だからな」

「チッ、相変わらず硬いなお前は」

「まぁ代わりといっちゃナンだが、特別におまけを付けてやるよ」

「そう来なくっちゃな! さすが俺が見込んだ男だぜ!」

「あんまり期待してもらっちゃ困るぜ? そんな大げさな物じゃねぇんだ」

 

 あ、あの~……。なんか僕をそっちのけで交渉を始めちゃってるんですケド……。こういうのって本来なら本人が交渉すべきことなんじゃないの?

 

「ヨシイ、魔石を全部出してやんな」

「あ、はい」

 

 僕は言われるがままリュックに詰め込んであった魔石を全て取り出し、カウンターに並べてみせた。

 

「ほうほうほう。これはこれは……」

 

 アルフレッドおじさんはそれを見て嬉しそうに頬を緩めていた。きっと魔石研究に携わる者としてはこれは宝の山なのだろう。僕にとっては”猫に小判”なんだけどね。

 

「全部買い取っていいのかい?」

「はい。持っていても役に立ちませんから」

「ふむ……。それじゃ――ほいっ、これで買い取ろう」

 

 僕は丸顔のおじさんが差し出すお札の束を受け取る。見た感じ10枚くらいあるだろうか。その紙幣の表面書かれている数字は、1、10、100……10000!? 10万ジンってこと!?

 

「こ、こんなに貰っていいんですか!?」

 

 この世界での物価は僕らの世界とそんなに違いは無い。例えば豚ロース肉100グラムなら大体200ジン。100グラムもあれば僕なら1日を過ごせる。つまりこの金額は僕にとって500日を過ごせるくらいになるのだ。

 

「これがウチの相場だよ? それからこいつがおまけさ」

「へ? あ、どうも……」

 

 おまけだと言って渡されたのは、バウムクーヘン状に巻かれた、ひと巻きの白い物体。なんだコレ? 包帯?

 

「あの……これって何ですか?」

 

 もちろんこれが包帯であることくらい知っている。いくらバカだと言われ続けた僕にだってこれくらいは分かる。問題はなぜ魔石加工商が包帯なんかをおまけとして出してくるのか、だ。

 

「なんだヨシイ、お前、治療帯も知らねぇのか?」

「は? 治療帯? 何ですかそれ?」

「やれやれ……剣士なら治療帯くらい知っておけよな」

「そんなこと言ったって……」

 

 この世界に来てからまだ4日目だし、ルミナさんからもそんなことは教わらなかった。あ、それから僕は剣士じゃないです。

 

「いいかヨシイ、治療帯ってのはな、あらゆる外傷に効く特効薬だ」

「特効薬?」

「そうだ。魔獣との戦いで負傷したらこいつを巻いて安静にしていろ。一晩もすれば多少の傷なら跡も残さず綺麗に治してくれる」

「ほへぇ~……」

 

 ウォーレンさんの説明に僕は思わず間抜けな声を上げてしまう。だって突拍子もない話で、にわかには信じがたいものだったから。

 

「君の持ってきた魔石はこの治癒系の力と退魔の力を含んだものが多いんだ。これらは貴重だから高値が付くんだよ」

「退魔?」

「そうだよ。知らないのかい? 魔障壁に使うアレさ」

 

 アルフレッドさんが付け加えるように説明してくれる。なるほど。それで10万ものお金をくれたのか。けどこんな大金、本当に貰っていいのかな。

 

「良かったなヨシイ! それだけあれば当面生活には困らねぇだろ?」

「は、はい」

 

 まぁいいか。どうせどんなに大金を得たところで元の世界に帰ればこのお金は役に立たないんだし、今は遠慮なく貰っておこう。

 

「アルフレッドさん、ありがとうございます」

「おうっ、また魔石を手に入れたら持ってきてくれよな」

「はい」

「じゃあ俺も仕事に戻るとするか。また来るぜ、アルフレッド」

「おう、お前もヨシイくらい上質な魔石を持ってこいよな」

「チッ……ヨシイを連れてきたのは俺だってのに、俺の立場がねぇじゃねぇか……」

「ハッハッハッ! ボヤくなよ。じゃあまたな」

「おうっ!」

 

 僕はウォーレンさんと共に店を出る。それにしてもこんな大金が手に入るとは思わなかったな。もしかしてこれだけあれば高級ホテルにも泊まれるだろうか。

 

「ヨシイ、お前これからどうするんだ?」

 

 ウォーレンさんが尋ねる。そんなこと決まっている。

 

「ミロードに行きます」

「そうか……じゃあここでお別れだな。俺はハーミルまでの護衛の任があるからな」

「そうですか……」

 

 せっかく知り合ったのに残念だな……。

 

「そんな顔すんな。俺はハーミルとサントリアの間の護衛を主にやっている。また立ち寄ることがあれば会えるだろうぜ」

「そうですね。それじゃ色々とお世話になりました」

「おうっ、またな!」

 

 こうして僕はウォーレンさんと別れた。

 

 また会える……か。たぶんそれは無いかな。だって僕は元の世界に帰るんだから。ちょっと寂しい気もするけどね……。

 

 さぁ、目指すはミロード。仲間の情報を求めて出発だ!

 


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