バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第一章 僕と彼女と異世界生活
第一話 すべてのはじまり


 それは冬休みが明けてから一週間ほど経ったある日の出来事だった。横から吹き付ける冷たい北風に身を震わせ、やっぱりコートを買うべきかな? なんてことを考えながら商店街の交差点で待っていたのを今でも覚えている。

 

「おっはよっ」

 

 そんな中、弾むような声と共に後ろからポンと肩を叩かれた。

 

「うん、おはよう」

 

 この日もいつも通り、いつもの場所で彼女と待ち合わせ。待ち合わせの場所は僕の家から学校までの登校ルートからは少し逸れる。けれどそれが彼女の望みであり、僕の望みでもあった。だから多少の遠まわりも、早起きだって苦にならなかった。

 

「アンタまた寝癖ついてるわよ?」

「え……マジで?」

「ちょっと後ろ向いて。直してあげる」

 

 彼女はそう言いながら自らの鞄からヘアブラシを取り出す。

 

「うん。頼むよ」

 

 身体をくるりと反転させると、後頭部にブラシの毛先が当てられる感覚がした。この頭皮をくすぐられるような感じが気持ち良い。

 

「まったく、ちゃんと鏡見てから出てきなさいよね」

「う~ん……見てるんだけどなぁ……」

「見てるって言ってもアンタ正面しか見てないでしょ。真後ろなんだから鏡の前で横を向かないと分かんないわよ?」

「なるほど。それもそうか」

「もう、いいかげん髪の手入れくらい自分でしなさいよね。子供じゃないんだから」

「へ~い」

「ホントに分かってるのかしら……」

 

 実はこうしたやりとりはこの日が初めてではなかったりする。

 

 僕は2ヶ月前のあの日以来、この女の子と付き合っている。彼女の名は”島田美波”。スラリとした長い手足に、赤い髪を黄色いリボンで結え上げたポニーテール。それと小さ――控えめな胸が特徴の女の子だ。

 

 彼女はドイツからの帰国子女であり、最初に出会った時は言葉もほとんど通じなかった。しかし友達になってからの彼女は凄かった。もの凄い勢いで日本語を覚えていったのだ。最初の頃はゆっくり話さないと理解してくれなかったが、今では口論になると17年間を日本で暮らしてきた僕を圧倒するほどだ。

 

「こんなもんかしらね。さ、行きましょ」

 

 彼女はそう言うと極自然に僕の手を握ってくる。

 

 ……あの日、僕たちの関係は変わった。

 

 あの日というのは去年の暮れ。秋の終わりを告げるような冷たい風の吹く夕焼けの眩しい日だった。あの日、あの橙色に染まる坂道で僕は2度目の告白を受けた。そして気付いた。彼女が僕にとって欠かせない存在になっていたこと。誰よりも大切な存在になっていたことに。

 

 ―― 一緒にいたい ――

 

 この想いに気付いた時、僕の中で美波に対する考え方が変わった。それは覚醒とも言えるほどに劇的な変化だった。そして僕はこの想いを彼女に伝え、彼女もまた同じ想いを僕に告げた。以来、僕たちはこうして付き合っている。

 

「ねぇアキ、昨日出された課題、ちゃんと持ってきた?」

「課題? なんだっけ?」

「ハァ……ホンっト忘れっぽいんだから……」

「あははっ、嘘だよ嘘。ちゃんと持ってきたに決まってるじゃないか。せっかく昨日美波と一緒に終らせたんだからね」

「なによっ! バカにしてっ!」

「ごめんごめん。僕だってそんなに忘れたりしないさ。特に今日はね」

 

 そう、今日は補習で捕まるわけには行かないんだ。だから課題も昨日のうちに美波に教わりながら終らせたし、今朝もカバンにしっかり入っていることを確認してから家を出たんだ。

 

「特にって、今日って何かあるの?」

「へへっ、まぁね」

「今日はまだデートの約束もしてないし、葉月と遊ぶ約束もしてないわよね。何があるの?」

「ふっふっふっ……実はね、買っちゃったんだ」

「? 何を?」

「これさ!」

 

 僕は鞄からゲームソフトのパッケージを取り出し、高々と頭上に掲げてみせた。

 

「何よそれ」

「去年から欲しかったゲームソフトさ! 雄二たちはもう皆持ってるのに僕だけ持ってなかったんだよね」

「なぁんだ。ゲームだったのね。ホント男子ってそういうの好きよね」

「えへへっ……ほら、初詣に行った時に働いてお給料貰ったじゃない?」

「そうね、愛子の親戚のおじさんから貰ったのよね」

「そうそう。その給料でやっと買えたんだ!」

「でもそんなの持って来ちゃっていいの? 先生に見つかったら没収されちゃうわよ?」

「ふふん。その辺りも抜かりは無いさ! 実は今日は召喚システムのメンテナンスがあるって情報があってね。だから今日は先生たちも僕らに構ってる暇は無いはずさ!」

「アンタたちってそういう所だけは団結力あるのよねぇ……」

 

 ”だけ”という部分に多少引っかかったが、この日の僕は完全に有頂天だった。何しろ昨日までは3人が一緒に遊んでいるのを、僕は後ろから指を咥えて眺めるているしかなかったのだから。でも今日からは僕も一緒に遊べるのさ!

 

「アキ、そろそろしまわないと先生に見られちゃうわよ?」

「ほぇ? おっと……」

 

 いつの間にか校門の近くまで来ていたのか。危ない危ない。ここで見つかったら全てが台なしだ。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「ではホームルームを終わる。今日は全員真っ直ぐ帰るように! 以上だ!」

 

 退屈な授業が終わり、一日の締め括りである鉄人のホームルームも無事終了。

 

(鉄人が教室を出て階段を降りたら始めるぞ)

(了解じゃ)

(ムッツリーニ、鉄人の監視を頼むよ)

(…………任せろ)

 

 僕ら4人はアイコンタクトで連絡を取り合い、鉄人が退室するのを見守った。鉄人がピシャリと扉を閉めると、同時にムッツリーニがフッと姿を消す。さすがムッツリーニ。あいつなら鉄人に見つからずに監視することもできるだろう。

 

 彼の帰りを待っている間にクラスの皆はぞろぞろと教室を出て行く。鉄人の”帰れ”という指示に従っているのだろう。まったく、こういう時だけは素直な連中だ。

 

「…………ハザードレベル1」

 

 1分と経たずにムッツリーニが帰還し、そう告げた。

 

 ハザードレベルとは危険度を示すレベルで、『0』から『5』の6段階で表される。これは僕ら男子の間で共有している定義であり、鉄人および教師の接近度合を示すものなのだ。ムッツリーニが告げたレベルは『1』。これは下から2番目のレベルであり、鉄人および教師が近くにいないことを示している。

 

「よくやったムッツリーニ。よし、はじめるぞ!」

「「「おうっ!」」」

 

 雄二、秀吉、ムッツリーニ、そして僕の4人は一斉に鞄から携帯ゲーム機を取り出す。このゲーム機は無線で通信できるようになっていて、近くの人を自動的に認識してくれるのだ。早速電源を入れてゲームを開始! すると画面内にYUJI、HIDEYOSHI、KOHTAといった文字を頭の上に浮かべたキャラクターたちが勝手に画面内を動き始めた。

 

「よぉし! 頑張るぞっ!」

「待て明久、お前はまだレベルが低すぎる。俺たちがサポートするから少しレベルを上げろ」

「んむ。何しろお主は始めたばかりじゃからな」

「ぐ……わ、分かった」

 

 このゲームはアクションロールプレイングゲーム。世界を闊歩するモンスター倒して経験値を稼ぎ、キャラクターのレベルを上げていく成長型アクションゲームだ。

 

 これは格闘ゲームや単純なアクションゲームと違い、レベルがキャラクターの性能に大きく影響する。僕はこのゲームを昨日買ったばかりでプレイ時間は雄二たちより圧倒的に少ない。このままでは足手まといになることは必至。やはり協力プレイをするからには同じくらいのレベルでなければ面白くない。だから僕は雄二たちの指示を受け入れたのだ。

 

「反応が遅いぞい! 敵の動きを良く見るのじゃ!」

「そ、そんなこと言ったって……あんなのどうやって避ければいいんだよ」

「…………こうだ」

「分かんないよ! 今のどうやったのさ!?」

「明久、こいつは身体で覚えろ。何度も戦えばパターンが見えてくる」

「くっそー!」

 

 この時、僕はすっかりゲームに夢中になってしまい周りが見えなくなっていた。

 

「まったく、しょうがないわね……」

 

 こんな溜め息混じりの言葉を聞くまでは。

 

「あっ……ご、ごめん美波。今日は雄二たちとゲームする約束をしてたんだ。だからちょっと帰るのは遅くなっちゃうかも……」

「分かってるわよ。朝にそれ見た時からね。気にしなくていいわよ。ウチは勉強してるから」

「なんか悪いな……」

「そう思うなら早くレベルあげちゃいなさい。坂本たちを待たせてるんでしょ?」

「そうだぞ明久、俺様がお待ちかねだぞ」

「うるさいな! 分かってるよ!」

 

 カラカラとバカにしたように雄二が笑う。くそっ! すぐに追いついてやるからな!

 

 

 ――――そして雄二たちにスパルタ教育を受けながらプレイすること1時間。

 

 

「あ、あれ? 急に画面が消えて……って! バッテリー切れ!?」

「なんじゃ、充電しておらんのか?」

 

 そういえば昨日、通信設定に手間取って何時間もバッテリーで動かしていたんだっけ。

 

「電池が切れたの? じゃあ今日はおしまいね」

 

 そう言って美波が本を閉じる。なんだか少し嬉しそうな声だ。でも今日は出遅れた分を取り戻すつもりでしっかり準備をしてきたのだ。だから美波には悪いんだけど、

 

「こんなこともあろうかと…………これを鞄に入れておいたのさ!」

 

 僕は鞄から一本のケーブルを取り出し、掲げて見せる。

 

「今度は何よ……?」

「電源ケーブルさ。これさえあればバッテリーが切れてもへっちゃらさ!」

「む~っ! なによっ! せっかく帰れると思ったのにっ!」

 

 美波はそう言って、ぷぅっと頬を膨らませる。その顔を見てさすがに罪悪感を感じはじめた。

 

「ご、ごめん美波、あと30分で終らせるからさ。もうちょっとだけ待ってよ」

「もう……分かったわよ。30分ね?」

「うん!」

 

 それじゃ急がないとな。えぇと、コンセントは――って、あれ? 塞がってる。

 

 いつも使っている壁際のコンセント。そこには電源プラグを差し込む穴が2つ()いているのだが、今日に限って2つとも黒い電源アダプターが取りつけられている。うん? この電源ケーブルってもしかして……。とアダプターから伸びる黒い電源コードを目で追って行くと、

 

「貴様かっ!」

「あ? 何がだ?」

「コンセントだよ! 雄二が使ってるから僕のが挿せないじゃないか!」

「ンなもん早い者勝ちだ。それに俺だけじゃなくて秀吉も使ってるだろが」

「んむ? 呼んだかの?」

「くぅっ……! もういいよっ! 他のコンセントを探すから!」

 

 時間が無いこんな時に限って! とにかく他のコンセントを探さなくちゃ。けど他にコンセントなんてあったかな? とりあえず教室の壁をぐるっと見て回してみる。

 

 ……う~ん……無いなぁ……。

 

 おっ? あった!

 

 教卓の置かれている壁の後ろに見慣れないコンセントを発見。でもあんな所にコンセントなんてあったっけ? まぁいいや、今は時間が無いし。多少形状が異なるけど、無理やりコンセントに電源プラグを差し込む。一応プラグは入ったな。(※よい子は絶対にマネしないように)

 

 試しに携帯ゲーム機の電源を入れてみるとACマークが点灯。これは電源ケーブルから電気が供給されていることを意味している。よし、これなら大丈夫だろう。

 

  ――ガラッ

 

「あら? 皆さんまだ帰ってなかったんですね」

 

 扉を開けて教室に入ってきたのは、ふわっとした長い髪と大きな胸部が特徴の女の子。姫路さんだ。

 

「なんだ、姫路も帰ってなかったのか」

「はい。ちょっと授業で分からなかった所がありまして、職員室に聞きに行ってました」

「お主も勤勉じゃのう」

「そうですか? 分からない所をそのままにしておきたくないだけですよ?」

「明久、お前姫路の爪の垢でも煎じて呑んだ方がいいんじゃねぇのか?」

「ほぇ? それって美味しいの?」

「お前なぁ……」

「冗談に決まってるだろ!?」

「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ!」

 

  ――ガラッ

 

 雄二と口論していると再び扉が開き、今度は綺麗な黒髪の女の子が入ってきた。サラサラの黒いストレートヘアはまるで日本人形のようで、(みやび)という字がよく似合う。

 

「……雄二、帰ろう」

 

 入ってきたのはAクラスの霧島さん。どうやら雄二を迎えに来たらしい。

 

「明久たちと約束があるから先に帰れって言っただろ。まだ帰らねぇよ」

「……じゃあ終わるまで待つ」

「待たなくていいって言ってんだろ!」

「……終わったら買い物に付き合ってもらう」

「ったく、わーったよ。けどまだ結構時間掛かるぞ? いいのか?」

「……いい。それまで雄二のひざ枕で待ってる」

「おわっ!? いきなり潜り込んでくるんじゃねぇ!」

「……画面を見ていないとやられる」

「くっ! 俺が目を離せないことを知っててやってやがるな!?」

「……終わるまでこうしてる」

「くそおぉっ! 明久! 早くしやがれ!」

 

 僕の目の前ではそんなやりとりが繰り広げられている。う~ん、なぜだろう。雄二のこういう所を見るとブン殴りたくなってくる。

 

「皆さん何をしてるんですか?」

「んむ? これは通信機能を使って4人で遊べるアクションロールプレイングゲームじゃ」

「4人で同時に遊べるんですか?」

「んむ。ほれ、この奥の方で動いておるのが明久じゃ」

「これを明久君が操作してるんですか? 凄いですね……」

「お主もやってみるかの?」

「…………俺のを貸す」

「あ、いえ。そういったゲームは私には難しすぎて……」

 

 そっか。姫路さんアクションものは苦手なのか。美波なら激しいアクションものでもやれそうだけど、あんまり興味が無いみたいなんだよね。残念だな。美波や姫路さんも一緒に遊べたらもっと楽しいのにな。

 

「おい明久! 何をボーっとしてやがる! 早く終らせんぞ!」

 

 っと、いけない。ぼんやりしてる場合じゃないや。

 

「ごめんごめん、今電源入ったから――――うわっ!?」

 

 教壇から慌てて降りようとして電源ケーブルに足を引っかけてしまった。するとどこからか「ガコン」とブレーカーが落ちるような音が聞こえて、急に目の前が真っ暗になった。

 

「――っ!?」

 

 直後、まるで雷に撃たれたかのような凄まじい衝撃が体中を駆け巡る。あまりに突然かつ強烈な電撃に僕は瞬時に意識を失った。

 

 

 

 ――――すべてはこの時、始まった。

 


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