穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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髭雁夜おじさんに続く新規エピソードです。



剥離する運命

「スパルタクスにエリザベート=バートリー……こんな薄汚いやつらでは到底私の勝利に華を添えることはできん!!アタランテ!?……悪くないかもしれないが、征服王に比べれば格が低すぎる!!ディルムッド・オディナ……フィン・マックールのおまけではないか!!猪に殺されるやつなど信用できん!!もっと私に相応しいサーヴァントはいないのか!?」

 大英帝国が魔術協会総本山の時計搭の一角、降霊科の研究室に身体中から不機嫌さを醸しだす男の姿があった。ブロンドの頭髪が後退している点を無視すれば、その年齢は学生よりも一回り年上といったところだろうか。

 少々ヒステリックに見えるこの男こそ、若年ながら時計塔で降霊科一級講師の地位につくケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。名門の魔術師の家系に生まれた彼は天才の誉れも高く、魔術の世界ではロード・エルメロイの二つ名で広く知られている。

 そして、当然それほどの男が机にしがみついて報告書を苛々しながら捲っているのにも理由がある。

 彼には数ヵ月後に極東の地で開かれる聖杯戦争という魔術儀式に参加する予定があった。聖杯戦争は7人の魔術師が英霊の座から呼び寄せたサーヴァントを使役して万能の願望器を奪い合う戦争なので、彼も他の参加者と同じようにサーヴァント召喚の際に触媒となる聖遺物を探していたのである。

 実は、ケイネスは一年前からかの征服王イスカンダルのマントを手配していたのだが、その聖遺物は盗難の憂き目にあってしまった。そのために急遽変わりの聖遺物を探すような事態となってしまったのである。

 そして、代わりの聖遺物探しは難航を極めた。アーチボルト家の伝は多いが、こうも準備期間が短いとなると簡単には満足できる触媒を得ることはできなかった。イスカンダルの触媒が早々に手配できたために、これまで聖遺物の調査を怠っていたツケもある。

 

 

「ロード・エルメロイ。少しいいかね?」

 奪われた征服王の触媒の代わりを探すべく、九代続いた由緒正しい魔術師の家系が培ったありとあらゆる伝を使った触媒の手配に奔走していたケイネスの前に現れたのは初老の男性だった。彼の婚約者の父親にして恩師である時計塔降霊科学部長クラム・ヌァザリ・ソフィアリだ。

「ソフィアリ教授、今なら大丈夫ですからどうぞおかけ下さい。いい紅茶もありますよ」

「そうか。気を使わせて悪いな」

 クラムはケイネスに促されて来客用のソファに腰を降ろす。

 

「今お見えになったということは……触媒が見つかったのですか?」

 ソファに腰を下ろしたクラムに紅茶を差し出すと、ケイネスはまずクラムに問いかけた。

「まぁ、な……だが、それよりも今日は君に伝えなければならないことがあるのだ」

「何でしょうか?」

 ケイネスは内心で首を傾げる。開戦が近い中、触媒よりも大事な話など彼には心当たりがない。

「うむ……本来であればこのようなことは言いたくないのだが……」

 どことなく歯切れが悪いクラムに対して軽いフラストレーションを覚えるが、クラムは尊敬する恩師にして何れ自身の義父となる男だ。ケイネスは静かに彼の言葉を待つことにした。だが、クラムが次に発した言葉は予想外のものであった。

「聖杯戦争を……辞退せんか?」

 ケイネスは思わず立ち上がる。だが、感情的になって目の前の相手を責め立てる言葉を発する前に自分の前にいる男がどんな存在であるかを思い出し、彼は静かに腰を降ろした。

「申し訳ありません、つい驚いてしまいました……しかし、いくつか窺ってもいいでしょうか?」

 クラムは頷き、紅茶を一口含んで続けた。

「勿論だ。私は元からそのつもりだった」

「では、聞かせていただきます。……まさか、私が征服王の触媒を紛失したために勝機がなくなったと判断したわけではないでしょうな?」

 ケイネスの問いかけに対してクラムは即座に首を横に振る。

「いや、そんなことは最初から考えてはいない。君ほどの魔術師であれば、サーヴァントの格に多少の差があろうともその力量でカバーできるはずだからな。君の名声は伊達ではないことは私も十分に承知しているさ。でなければ最初から娘を嫁がせようとは思わない」

「それを聞いて少し安心しました。……しかし、それでは何故私に聖杯戦争を辞退しろ等と?」

 その問いかけに対し、クラムは険しい口調で答えた。

「……実はな、その聖杯戦争にある殺し屋が参加するとの噂があるのだ」

「殺し屋ですか?一体どんな魔術師なんです?」

 時計搭でも名の知れた戦闘職の魔術師の名前がいくつか出るものと期待していたケイネスだったが、彼の予想はクラムの次の言葉で覆される。

「いや……その男は魔術師ではないのだ」

 ケイネスは驚愕する。そして同時に、一度は沈めたはずのフラストレーションが再度自身の中で湧きつつあるのを感じていた。自然とクラムに対する彼の口調も先程と比べてやや攻撃的なものとなる。

「教授、まさか私が魔術も使えずに下種な機械仕掛けに頼る卑劣な暗殺者に敗北するとでも言いたいのですか!?いくら教授とはいえ、その侮辱は許しがたい!!」

「普通なら君が魔術の使えない人間に敗北することは考えられないだろう。しかし、この男だけは別格なのだよ。私としては君のような素晴らしい才能を持つ若者をこのようなことで失いたくはないのだ」

「冗談ではありません!!何故私が戦死する前提なのです!?何故降霊科学部長である教授の口から下賤のものを擁護するような言葉が出るのですか!?」

 ケイネスがこの聖杯戦争に参加するのは、婚約者であるソラウにいいところを見せたいという下心もあったが、何よりも自身に足りない武名を得ることで経歴に箔をつけるためである。万が一勝ち残ることができなかったとしても、マスターの2、3人は軽く討ち取ることができるという確信もあった。時計搭随一の魔術師である彼に対抗できる実力を持つ魔術師など、全世界でも極僅かだからだ。

 だが、よりにもよって義父となる男がそんな彼の実力を否定する。そんなことは彼にとって到底受け入れがたい屈辱であった。

「大体、その殺し屋とやらはどんな男なのですか!?魔術師でないにも関わらず、私を屠れるというその男は!!」

 ケイネスの問いかけに対し、クラムは少し躊躇しながら持参した鞄を開いて中から一枚の封筒を取り出した。

「これを見てくれ。ミリョネカリオンに頼んで用意してもらったものだ」

「拝見します……」

 現封印指定総与の名を出されたケイネスは少し冷静さを取り戻したのか、先程よりも落ち着いた様子で封筒を開き、その中に入っていた数枚の報告書に目を通した。

 だが、彼の落ち着きは報告書のページを捲るごとに失われていった。その広めの額には冷や汗が光り、その表情からは動揺がはっきりと窺える。

「……納得してくれたかね?」

 読み終えた報告書を机に置いたケイネスだったが、その顔には驚愕の表情が張り付いていたままだ。

「正直、信じられません……一丁の銃と数発の爆弾、そしてトラップだけで6人もの封印指定執行者を討ち取ったなどとは。しかし、あのミリョネカリオン氏が用意したということは、紛れもない真実なのでしょう」

「そうなのだよ。私は表の貴族社会の付き合いもあって、そちらでもこの男の名前を聞いたことがある。この男は危険すぎるのだよ。彼に牙を向けて生き残った人物など存在しない」

 クラムは身を乗り出しながら続ける。

「悪いことは言わない。今すぐ聖杯戦争から降りるべきだ。まだ間に合う」

 確かに、この聖杯戦争に参加してこの男に標的にされれば生還率は限りなく低くなるだろう。魔術の使えない下等な男とはいえ、封印指定執行者6人を屠ったとなれば紛れもない脅威だ。だが、ケイネスはクラムの言葉に首を縦に振らなかった。

「それはできないのですよ、教授」

「何故だ!?このままでは君の命が危ないのだぞ!!」

 クラムは必死にケイネスを説得しようとする。だが、ケイネスの腹はもう決まっていた。

「私が聖杯戦争に挑むという噂は、既に時計搭中、いや、魔術協会中に広まっています。……意図して流したようなものなのですがね。しかし、そんな中で辞退したとなると、私の評判は地に落ちるでしょう。命惜しさに戦争から逃げた臆病者と罵られることは私には到底我慢できないのです」

「だが、君の才能なら、命さえあればその評判だって覆せるはずだ!!何れ回復できる名を惜しんで命を危険に曝す必要がどこにあるのだ!?」

 クラムの口調も次第に強いものになっていく。それに対し、先程まで激昂していたケイネスは対照的に落ち着きが戻っていた。

「教授のおっしゃることもわかります。ですが、他人の評価が回復したところで、私の自己評価は永遠に回復しないのです。私はどのような結果になろうとも『逃避』などという汚点を人生に刻むつもりは毛頭ありません」

「しかし、ソラウはどうするのかね!?」

「……教授のお嬢さんは気の強い女性です。政略結婚と言えど、きっとここで逃げるような臆病者を心から愛してはくれないでしょう。しかし、私は彼女の真実の愛と信頼を勝ち得てから結婚したいのです」

「ロード・エルメロイ……」

「お望みとあれば、ソラウとの婚約も破棄しましょう。まだ間に合います。ですが、万が一の時にはアーチボルトの家を支えて頂きたい」

 クラムは説得は不可能と悟り、深く溜息をつく。ここまでの決意であれば仕方がない。ソラウの夫と見込んだのは間違いではなかったと思うが、彼はいささか己に対する誇りが高すぎるようだとクラムは感じていた。

「わかった……君の決意は固いようだ。これ以上説得しようとしても無駄だろうな」

 クラムは先程書類を取り出した鞄を再度開き、そこから小包を取り出した。それを見たケイネスは中身を予想して思わず身を乗り出す。

「まさか教授、それは……」

「うむ……渡すことはまずないと思っていたが、こうなれば渡さざるをえまい。ソラウを不幸にしないためにも、君には私にできる最大限の助力をするつもりだ」

 クラムは小包を縛る紐を魔術で切断し、包み紙を丁寧に剥がしていく。全ての包装紙を剥ぎ取ると、そこには赤と黒の二つの小さな箱が鎮座していた。

「私の――ソフィアリ家の伝を通じて、二つの高名な英霊縁の聖遺物を手に入れることができた。どちらの聖遺物でも呼び出されるサーヴァントの霊格は征服王に勝るとも劣らない一級品だ。もしも君の伝で有力なサーヴァントを呼び出しうる聖遺物が見つからなかったら、遠慮なくつかってくれ。これは私からの餞別だ」

 残っていた紅茶を飲み干すと、クラムは鞄を抱えて席を立った。

「私も君と同じように銃や爆弾といった下賤な技術を使う輩は大嫌いだ。だが、この男だけはそのような色眼鏡で見てはならん。でなければ、絶対に生き残れんぞ」

「教授、感謝します」

 貴重な忠告を残して研究室を去ったクラムに、ケイネスは感謝した。

 

 

「さて……まずは銃器とやらについて調べてみることとしよう」

 クラムを見送ったケイネスは、まず敵を知ることとした。今のところ見つかっている聖遺物はどれも格の低い英霊縁の品ばかりで、最も格の高い英霊でもディルムッド・オディナどまりだ。どうせ待っていても続報は来るのだし、その間にこれまでは興味を抱かなかった銃火器について調べる方が有益だと判断したのである。

 だが、ケイネスはこのような文明の産物についてほぼ無知だ。そもそも、時計搭内でそのようなことに精通しているようなような講師など皆無といっていい。この手のことは全く分からないので、何を調べたらいいのかすら分からない。片っ端から資料を漁ることも彼の能力からすれば難しいことではないが、それではあまりにも非効率的だ。

「ひとまず、実物を見るところから始めるか。野蛮な植民地映画なら、銃器が腐るほど出てくるだろう」

 そう呟くと、彼は研究室を後にした。彼が脚を向けた先はロンドン市内のとある映画館だった。そしてそこで彼が出会った映画が、彼の戦略を大きく変えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 第四次聖杯戦争の開戦が迫った冬のある日、冬木の地の湾港部にある倉庫街で間桐雁夜は海を眺めていた。野球帽からはみ出ている髪は若者らしからぬ白髪だった。彼はかれこれ15分はここで独り黄昏ている。待ち人が来る前に待ち合わせ場所に着いておくことは記者時代からの習慣であった。

 人気の無い倉庫街に靴音が響き、雁夜は音のする方に振り返る。そこには雁夜が昨年会ったころとなんら変わらない風貌の男がいた。

「Mr.ゴルゴ13……一年ぶりです」

「……指示通りに訓練はしてきたか?」

 挨拶を交わす習慣というのはゴルゴにはないらしい。彼は挨拶など無しにいきなり本題から入った。

「問題はありません……ですが、やはり私は元々素質が高くはないようです。一年前の魔力量を100として、今は112ってところですね」

「そうか」

 そう言うとゴルゴは踵を返して倉庫街の出口に向かい、携帯電話を操作した。彼は感情を全く見せないため、彼が自身の力量に失望しているのか否かはわからない。しかし、もしも彼が自分の出した結果に失望しているとするならば、少し申し訳が無い気分になる。自分自身、修練に手を抜いたつもりはないが、それでもやはり結果が出ないというのは悔しいものだ。彼が紹介してくれた死霊術師の師匠にも申し訳ないと思う。

 臓硯を始末するには、聖杯を勝ち取って確実にやつを誘き寄せる必要がある。そして聖杯を獲得するためには6人の魔術師と彼らのサーヴァントを相手にしなければならない。だが、自身がこの体たらくでは、サーヴァントの程も知れるというものだ。

 これでは彼が頭の中で描いていたこの戦争における戦略にも影響がでるだろう。彼の描いていた最良のシナリオを実行できない自身の不甲斐なさに雁夜が不満を覚えていると、前方から車のヘッドライトの光が射し込んできた。

 突然のことに暫し目が眩み敵襲かと思って身構えたが、よく見るとその車は何の変哲もないただのタクシーだった。ゴルゴが先ほどの電話で呼んだのだろうと雁夜は納得する。

「場所を変える。先に乗れ」

 ゴルゴに促された雁夜は用意してきたスポーツバッグを持ってタクシーの後部座席に座る。それを確認したゴルゴも続いて席に座り、運転手に行き先を告げた。

「……柳洞寺に向かってくれ」

 どうやら、話の続きは柳洞寺でするらしい。

 

 

 柳洞寺に到着したゴルゴと雁夜はタクシーを降りる。だが、タクシーを降りた彼らの足は柳洞寺の山門には向かっておらず、その脇にある林道に向かっていた。月が出ているとはいえ、灯の無い夜間の山道をスポーツバッグを担いで進むというのは一般人程度の体力しかない雁夜には厳しいものであった。

 一時間ほど歩いた頃、少し開けた場所にたどり着いたゴルゴは足を止めた。彼の後を必死になって追っていた雁夜も疲労から思わずへたり込む。雁夜の疲労を察したのか、はたまたそこまで最初から織り込み済みだったのかは分からないが、ゴルゴは時計をちらりと見て言った。

「……一時間後に召喚の儀式を始める。それまでは少し休んでいろ」

 そう言い残すとゴルゴは持参していたアタッシュケースを開き、アサルトライフルを手に周囲の警戒を始めた。あの銃は雁夜もかつて紛争地で見た経験がある。確かあれはM-16……それも、銃床やフロントハンドガードの形状から察するに、10年ほど前からアメリカ軍でも配備が進んでいるM-16A2だ。

 だが、ゴルゴ13と言えば、M-16A1を愛用していたことで有名な存在だ。M-16A2が実戦証明(コンバットプルーフ)とそれによる改良がされてからかなり経過しているが、これまで彼は頑なにM-16A1を使い続けていたと聞く。そんな彼が何故今更M-16A2に更新したのだろうか?

 戦場のネタで飯を食べていた雁夜も各国の戦場で使用されているアサルトライフルについても多少の見識がある。故に、カラシニコフ、レミントン等を差し置いて何故彼が整備性に難のあるM-16を使用し続けるのかについて疑問を感じていた。

 だが、彼の思考はそこで打ち切られた。探るような視線を感じたのであろうゴルゴは雁夜に鋭い眼光を向けた。その視線をこれ以上の詮索はよせという意味に解釈した雁夜はゴルゴに向けていた視線を下げ、おとなしく持参していたコンビニのおにぎりにかぶりついた。




アポクリファ見て思ったこと。
ソラウのお兄さん、あんないい触媒手に入れられるなら未来の義弟にひとつぐらいあげなよ……
というわけで、ソラウのお父さんが援助してくれました!!
ケイネス先生にサーヴァント変更フラグが立ちました!!



どちらをえらびますか?
_______________
|  あかのはこのしょくばい |
|  くろのはこのしょくばい |
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アンケートではありません。今さらサーヴァント代えてたら構想1から練り直しになってしまいますんで……
これはあくまでケイネス先生に示された選択肢ということで。

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