拙作をはじめてご覧になる方は、第5話「帰郷」から読んでください
何とか4月1日中に書き上げられた……
本来ならば、エイプリルフールは午前中までにしておくべきであることは重々承知ですが、書き上げられなかったものはしょうがないですね。
許して。
その日、冴羽獠は喫茶店『キャッツアイ』でいつものようなスケベ面を晒していた。鼻の下を伸ばしている相棒の隣に座る槇村香は、相棒の視線の先にいる美女に顔を向けながら溜息をつく。
「久々の仕事の依頼ね……でも、どうして貴女からの依頼なのよ……」
「まぁ~いいじゃん!!仕事は仕事!!生活は楽になるし、僕チンは一発できるし、いいことずくめじゃ……グフゥ!?」
「……一発以外のことを少しは考えろ!!この万年発情男!!」
獠は、側頭部に叩きつけられた撞木によって口を強制的に噤まされた。しかし、頭部殴打の制裁を受けながらも股間の紳士は自己主張をやめていなかった。その様子を見ながら、獠の対面に座る美女は笑みを浮かべる。
「いいのよ~獠が私と結婚してくれるなら、何発でもやらせてあげるわ」
美女からの誘惑に思わず身体お乗り出してしまう獠だったが、即座に香が頭上から振り下ろしたハンマーの直撃を受け、椅子から浮きかけた獠の身体は再度椅子に沈められた。
「獠には戸籍がないでしょうが!!飛行機事故で死んだことになっているし、日本にも密入国しているでしょ!!麗香さんもからかわないで!!」
そもそも、戸籍があったら私が先に結婚している!!という言葉をのどもとで飲み込みながら、香は目の前の美女を睨みつけた。
香が声を荒げている相手の名前は、野上麗香。元警察官であり、現在は私立探偵を営んでいる女性だ。そして、獠を使い倒す女刑事、野上冴子の妹でもあった。あの野上冴子の妹ということもあって、香からしてみれば彼女も一筋縄ではいかない相手であった。
「それで、麗香さんは一体どんな依頼を?」
これ以上ろくでもない話を続けていると、そろそろ自分のハンマーがキャッツアイの床にクレーターを量産することになると考えた香は、麗香に本題について尋ねた。だが、麗香は静かに首を振る。
「私も、それについては知らないの。私は貴方達への依頼の仲介を頼まれただけなのよ」
「仲介か……因みに、本当の依頼人というのは、美人か?」
香は先ほどのハンマーから復活してすぐに戯言を口にした獠を睨みつけた。ここでまた制裁をすれば話の本筋にまたそれてしまうため、香は獠に釘を刺して話を続けることにした
「あんたは何を期待してるの?…………それで、本当の依頼人は、誰なの?」
「もうすぐ着くと思うのだけれど……」
麗香は店の時計に目をやる。時計の針は夕方の5時を指していた。
「……ひょっとして、あの車か?」
獠は店の前にたった今停車した一台の黒いセダンに顔を向ける。香と麗香も釣られて視線を向けると、セダンからは一人の壮年の男性が降りてきた。そして、獠はその男性の顔に見覚えがあった。
「待たせてしまって申し訳ない。少々、公務が長引いてしまった」
キャッツアイに入店した壮年の男性は、テーブル席に座る獠たちに頭を下げた。
「……あんたからの依頼か。こりゃあ、一筋縄ではいかなそうだな」
「獠、この人を知っているの?」
香の質問に答えたのは、獠ではなく麗香だった。
「この人は、野上警視総監……私の父親よ」
「け……け……け、警視総監ん!?それに、麗香の父親!?」
想定外の大物の名前に、香の思考は一瞬停止した。
「……改めて自己紹介をさせてもらおう。私は野上。警視総監を務めている。冴子と麗香の父親でもある」
「わ、私は冴羽獠のパートナーの、ま、槇村香です!!」
王女などには縁がよくある香だったが、警視総監との対面は彼女にかなりのプレッシャーを与えていた。ただ偉い方というだけならば彼女とてここまで緊張したりはしないだろうが、彼女の目の前の男性が警察という国家権力の上層部となれば話は別だ。
なんせ、彼女がパートナーの獠とやっている仕事は警察や法の裁けない悪を相手取っているものだ。そのような仕事が警察関係者から良いように思われるわけがない。野上冴子などはその例外にあたるが。
だが、香にそんな風に思われている野上の方は特に獠たちに対してあからさまな嫌悪などの感情をむけたりはしなかった。
「……まず、私は君たちの仕事に対して、特に何か言うつもりはない。警察官として思うところが全くないとは言わないが」
その発言に、香がホッと胸を撫で下ろす。
「それで、依頼っていうのは何なんだ?総監」
「ちょ……獠!!失礼でしょうが!!もっと真面目にやんなさいよ!!」
美女が依頼人ではないせいか、明らかにやる気のない態度で頬杖をつきながらコーヒーを啜る獠の胸倉を掴んで香が吼えた。
「す……すいません、こんな馬鹿でスケベな男で……」
「いや。構わんよ。多少は娘から聞いている。……それで、依頼なのだがね。私の娘、野上冴子を護衛してもらいたいのだ」
「護衛ですか?……だけど、どうして冴子さんじゃなくて、その、お父さんが?」
香は訝しげな表情を浮かべる。彼女の知る野上冴子という女性は非常にしたたかで、獠を手玉にとる手腕は獠と関わりのある女性の中でも並ぶもののない、油断ならない雌狐である。彼女であれば、獠の護衛を必要とするほどに危険な状況になれば事件解決後の『もっこり』の口約束ですぐに獠を確保しているはずだ。
彼女が獠という日本最強の護衛が必要なほどに危険な状況にありながら、何故直接護衛を依頼しにこなかったのだろうか?それが香には疑問だった。
「……冴子は、現在とある武器密輸事件を追っている。その事件にはある恐ろしい男が関わっているという情報がもたらされたため、警察は手を引いたはずだった。だが、冴子は独断でその事件を追っているのだ。私は一人の父親として命の危険に晒されている娘を見過ごせない。だが、組織と人間として捜査打ち切りという決定には従わねばならない。故に、君達を頼った。冴子の身を守れる可能性があるのは、君達だけだからだ」
彼女の疑問に野上は口ごもりながら答える。
「それで、冴子はどうしてそんな危険な任務にも関わらず、この俺に依頼しなかったんだ?もっこり4発で手を貸してやったのに……」
「あんたはそれ以外に何かないのか!!」
獠の頭を小槌で殴打して鼻息を荒くしている香に野上は苦笑する。そして、彼は持参したバッグから封筒を取り出し、そこから数枚の書類をテーブルに広げた。
テーブルの上に広げられた書類をだるそうに獠は眺める。だが、書類に添付されていた一枚の写真が目に入った直後、彼は目を見開いてその書類をテーブルの上から掻っ攫った。
「り、獠!?」
先ほどのやる気のなさそうな態度から一点して、仕事人の顔へと豹変した相棒に驚き、香は素っ頓狂な声を上げる。だが、香の声は獠の耳には届いていなかった。
「……ゴルゴ13」
獠の呟きに、野上も頷く。
「そうだ。冴子の捜査している事件にはこの男が関わっている可能性がある。だから、私は君以外にこの依頼を遂行できる人物を知らない」
「獠……この、ゴルゴ13って一体何者なの?」
股間の紳士を沈黙させ、写真をじっと無言のまま見つめている獠に、香は不安げな様子で問いかけた。
「……この男は」
「ゴルゴ13。世界中で仕事を請け負う世界最強のスナイパーだ」
獠の答えを遮る形で香の問いかけに答えたのは、カウンターにいたはずのサングラスをかけた大男であった。彼はかつてファルコンと名乗っていた元傭兵にして、この店のマスターである海坊主である。
「海坊主……」
「すまん、聞き流すことができない言葉が聞こえたものでな。他人の依頼に部外者が口を挟んで申し訳ない」
海坊主は野上に対して割って入ったことに謝罪する。
「構わない。依頼のことについて秘密を守ってくれるのであればな」
「勿論です」
そう言うと、海坊主は隣のテーブルから椅子をひとつ担ぎ出し、獠たちが座るテーブルの前に座った。
「本名、国籍、経歴、出身地、血縁関係などは一切不明。ただその実力と仕事の実績のみをもって
「……俺も昔、この男のことをケニーから聞かされたことがある」
獠が言った。
「当時、全米No.1のバウンティー・ハンターと呼ばれていたケニーが唯一、自分では絶対に敵わない相手だと断言した相手がゴルゴ13だ。ケニーは言ったよ。『
「だろうな。いくらケニーとはいえ、ゴルゴ13には及ばない。獠、裏世界でNo.1と呼ばれているお前も例外ではない。……ゴルゴ13と相対することになれば、お前は確実に殺されるぞ。やつは、俺やミック、お前のような一流よりも、さらに数段格上の存在だ」
獠が殺されると断言した海坊主の言葉に香は絶句する。彼女の知る冴場獠という男は、裏社会で名を馳せるのスイーパーであり、如何なる敵にも、如何なる状況下でも敗北しなかった最強の男であった。狙撃の技術はオリンピックの金メダリストをも上回り、早撃ちでも並ぶもののない。そんな彼でも敵わないと断言されるような男がいることは、彼女にとって信じ難いことであった。
「……やけにゴルゴ13の力に怯えているじゃないか、海坊主。お前、まさかゴルゴ13に会ったことでもあるのか?」
獠の問いかけに、海坊主は重苦しい雰囲気を醸しだしながら静かに頷いた。
「ああ。……俺は南米を去った後、ある企業の所有する外国人部隊に所属していた。その企業の社長は、ゴルゴ13に自身の妻の殺害を依頼していてな、それを聞いた部隊の指揮官であるモランド大佐が社長の依頼の秘密を隠滅するために、社長には知らせずにゴルゴ13を仕留める作戦を立案し、実行したというわけだ。俺は、モランド大佐の部隊『カリフォルニア軍団』の一人としてあの男と戦った」
過去を語る海坊主の拳は強く握り締めているからか、次第に紅くなっていく。
「モランド大佐は尊敬できる、思慮深く腕もたつすばらしい上官だった。この人といっしょなら、負けはありえないと当時の俺は思っていた……。だが。やつは、俺たちが一部の隙もないと自負した布陣を悉く突破した。そして、俺はモランド大佐といっしょに最後の策に打って出たが、俺たちの策は全て破られた。俺たちは敗北し、大佐は死んだ。……俺は、胸ポケットに入っていた戦友の形見のおかげで銃弾の軌道が僅かにそれたために幸運にも即死は免れた。その後救急車で病院に搬送されて、どうにか一命は取り留めることができた」
「ファルコン……」
海坊主の伴侶、美樹は、海坊主の見せる憤り、悲しみ、悔恨、そんな感情が入り混じった表情を不安げに見つめている。だが、海坊主は自身にむけられる視線を気にすることなく語り続けた。
「冴子は数日前、ゴルゴ13についての情報を求めてこの店に来た。そこで、今お前に教えてやった情報と同じ情報をくれてやった。だからだろうな、あの女が今回はお前に頼らなかったのは。あの女はお前を死なせないために、単身で捜査を始めたんだ……リスクはお前がこれまでに経験したどの修羅場よりも高い。この依頼を受けるなら、葬式の予約をして、案内状を関係者に送付しておくんだな」
喫茶店、キャッツアイの店内を沈黙が支配する。誰も、言葉を発しようとしない。一流の傭兵をして葬式の用意をしろと言わしめる依頼となると、簡単には受けるとは言えない。
普段は(女性が依頼人でなければ)金策のために依頼は基本的に断らない香も、獠が敵わない男と敵対する可能性がある依頼を即決できなかった。
麗香は、本心から言えば獠に依頼を受けてもらい、冴子を救って欲しいが、そのために獠に命を賭けてくれとは言えない。
その沈黙の中、野上だけが動いた。そして、彼は床に跪いてその頭を床に降ろした。土下座である。
「父さん!!」
「止めるな、麗香……冴羽君。私は君に、冴子のために命を賭けろというつもりがなかったとは言わない。身勝手な願いであることはわかっている。だから、その上で頼む。冴子を助けてくれ……」
獠は何も言わずに席を立ち、頭を床にこすりつけている野上の前にしゃがんだ。
「頭を上げろよ、総監。俺はこの依頼を拒否したりはしない」
「獠!!相手は……」
止めようとする香に、獠は静かに答えた。
「最初から、俺にはこの依頼を断るって選択肢はないさ。冴子の命がかかっているんだからな」
香は頭を乱雑に掻き、呆れたように溜息をつきながら言った。
「はぁ…………ま、冴子を見捨てるわけにはいかない、か」
「冴羽君……忝い!!」
野上は涙を流しながら獠に感謝する。しかし、感謝の涙でくしゃくしゃに歪んだ彼の顔は次の瞬間に手抜き絵のような目が点になった表情に変わることになる。
「だってなぁ……あいつには『もっこり』の貸しがまだこ~んなに残っているんだもの!!」
獠がふところから勢いよく取り出したのは、長さ2mにはなろうかという『もっこり』回数券の綴り。そして、彼がそれを取り出して先ほどまでのシリアスな二枚目面と打って変わったスケベ面を浮かべた次の瞬間、彼の頭上には怒れる香の鉄槌が下された。そのハンマーの重量、10t。
「あたしというものがいながら、アンタはそれ以外に何かないのかぁ!!」
喫茶店キャッツアイに君臨したハンマーの匠から放たれた乾坤一擲の一撃は、獠の意識を一瞬で刈り取った。だが、意識を刈り取られた彼の顔には、未だにスケベ面がこびりついていた。つくづく、本能に忠実でシリアスな二枚目になりきれない男、それが冴羽獠という男なのだ。
ゴルゴ13VSシティーハンター。
古今東西の英雄が己の誇りをかけて戦う冬木の地で、世界最強のガンマンを決める戦いが密かに始まろうとしていた。
獠のようなキャラを表現することは、自分の拙い国語力では困難でした。
この作品を4月1日ぎりぎりに掲載することになった原因は獠の表現の難航にありましたし。
ただ、冴羽獠は自分の知る最高の男キャラなので、あまり底辺な表現で妥協したくもありませんでした。
それでこの酷い表現かよって思われても仕方がないかもしれませんが、彼のかっこいい二枚目さ、そこに絶妙なバランスで組み込まれている三枚目の顔を上手く表現することは自分には不可能なんですよね。ゴルゴVSシティーハンターを自分の納得する描写で書けるようになるのは何時の日になるやら。
今後も自己研鑽に励み、いつか冴羽獠を納得できる描写で書きたいと思っています。
後藤陸将のエイプリルフール特別短編、楽しんでいただけたら幸いです。