穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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テンカウント

 ――雁夜が遠坂邸を訪れる数時間前、未遠川の河口にある工場跡

 

 

 工場後の一角に、休憩室として使われていたであろう部屋があった。

 大きな机を囲むように同じデザインの椅子が配置され、部屋の隅には調理場らしきスペースと繋がる大きな窓があった。

 雁夜とキャスターは机を間に挟んで向かい合うように座り、ゴルゴはキャスターの後ろで背を壁にもたれかかっている。

 最初に口を開いたのはキャスターだ。

「……作戦はシンプルよ。マスター、貴方は遠坂邸にランサーを連れて正面から入る。アーチャーをランサーが裏庭にひきつけている間に、正門から入った貴方は遠坂時臣を挑発して、一対一の戦いを正面から受けさせるように仕向けるの。あの貴族を気取る男なら、貴方を確実に邸に招き入れて迎え撃つでしょう。ここまではいい?」

 雁夜はキャスターの言葉に頷いた。確かに、時臣であれば自分が正面から挑むのならば、邸の結界やトラップをつかって殺しに来る可能性は低いと雁夜は考えていた。

 魔術師であることを誇りとしている男が、正面から戦いを挑む相手を邸の仕掛けで葬ろうとするなどとは考えにくい。また、時臣は自身の魔術師としての力量に確固たる自信を持っているはずだ。正面から挑んできた三流魔術師を叩きのめすことなど、赤子の手を捻るようなものである。

 魔術を棄てた雁夜を軽蔑している時臣のことだ。敢えて真正面から雁夜の挑戦を受け、それを圧倒的な魔術師としての技量差、才能の差、研鑽の差を持って叩きのめすことで格の差、雁夜の愚かさを教えてやらんとすることは容易に想像できた。

「……お前には、これを着て屋敷に入ってもらう」

 そう言ってゴルゴが取り出したものを見て、雁夜は目を見開いた。

「おい、これは……!!俺を、()()気か!?」

 ゴルゴが取り出したものを見て、雁夜は怒鳴った。

 それは、コードがついた多数の円筒上の物体をベストに括りつけたものだった。

 雁夜はこれを使うテロリストの存在を見たことがあるし、実際にテロに巻き込まれたことだってある。だから、すぐにベストに括りつけられたものが爆弾であると察し、それが自爆テロによく使われる手口であることから、ゴルゴの狙いを理解できたのである。

「依頼人が命棄てなきゃ今回の依頼が完遂できないのか!?あんたは()()だろう、それも、世界一の……」

 そこまで口にしたところで、突然燃え上がる鉄に冷や水を浴びせられたような感覚と共に怒りが静まっていった。

「落ち着きなさい、マスター。それは貴方が思っているような代物ではないわ」

 下手人はキャスターだった。恐らく、昂ぶった感情を沈静化させる何らかの魔術を使ったのだろう。

「あ、ああ……すまない、もう落ち着いた。続けてくれ」

 ゴルゴは雁夜が話を聞ける状態に戻ったことを確認すると、再度口を開いた。

「これはお前が思っているような代物ではない……その8割はダミーで、残りはスタングレネードだ」

「スタングレネード……?対テロ作戦で使われる、ものすごい音と光を出す特殊な爆弾か?」

「ああ……」

 

 

 

 ――スタングレネード

 特殊閃光手榴弾、自衛隊では閃光発煙筒とも言われる非致死性兵器。

 爆発の際の爆風や爆炎で人体を殺傷することを目的とする通常の爆弾と異なり、爆発の際の爆音と閃光により、爆発時に近くにいる人間の視力と聴覚を一時的に喪失せしめ、混乱させることを目的とした特殊な爆弾である。

 その閃光はカメラに使われるフラッシュよりも遥かに強力であり、直視すれば網膜に光の映像が焼きつき、最低でも5秒ほどは視界が完全に失われるほどのもので、その爆音は聞くだけで耳に痛みを覚えるほど強烈なもので、三半規管にすら影響を及ぼし平衡感覚を麻痺させるほどである。

 強烈な爆音で三半規管が狂い、視界も失った人間が通常の平衡感覚を保って立ち続けることは非常に困難となる。

 短時間とはいえ爆発時に付近にいる人物を無力化できること、そして爆発時に周囲の人物を傷つける可能性が低いなどの理由から、主にバスジャックなどの人質をとって立て篭もる犯罪者を制圧する際に使われることが多く、各国の警察や軍の特殊部隊などに配備されている。

 

 

 

「邸の中に入ったら、タイミングを見計らってこのボタンを押せ」

 そう言うと、ゴルゴは雁夜に単三電池ほどの大きさのスティックを手渡した。その戦端には、小さなボタンがついている。

「それを押すと、10秒後にベストのスタングレネードが爆発する。お前は爆発のタイミングを見計らい、その直前にベストを遠坂時臣に見せ付けろ」

 ゴルゴの命令に、雁夜は首を捻る。

「……?ちょっと待ってくれ、そいつを時臣に見せていいのか?」

 雁夜は政情不安でテロが活発化している地域に取材にいったこともあり、そこでスタングレネードを使った制圧作戦についても見たことがある。

 スタングレネードは、閃光と爆音で相手の感覚を麻痺させることが主目的の兵器だ。当然、相手の不意を突く方が相手に与える混乱は大きい。各国のテロ対策部隊や特殊部隊も相手の不意をついてスタングレネードを使う戦法を基本としている。

 遠坂時臣にスタングレネードと通常の爆薬の違いがつくはずがないし、そもそも近代兵器を忌避する時臣がスタングレネードの存在を知っているとは思えない。だが、それでも不意をつくことによって与える混乱が大きくなることは間違いないはずだ。

 にもかかわらず敢えて爆弾を見せ付けることの意味を雁夜は理解できなかった。

 いくら遠坂時臣が近代文明を忌避する典型的な魔術師だからといって、それらに全く触れることのない生活を送っているというわけではない。一般的な一社会人として、そして地元の名家として恥じないほどの教養があり、社会情勢についても新聞やテレビのニュースを通じて学んでいた。

 一般人レベルの社会的知識があれば、このベストを見て自爆テロを連想するのはそう難しくはない。そして、相手が自爆しようとすることを知れば、時臣ほどの魔術師であれば即座に魔術による防御陣を展開するはずだ。

 魔術による防御陣が、スタングレネードが発する閃光と爆音に対してどれほどの効果があるかは分からないが、少なくとも無いよりはマシなレベルの効力は発揮するだろう。加えて、相手が自爆することを知っていればそれだけ光と音による混乱から復帰し、状況把握をするだけの余裕を持つまでの時間は短くなることが予想される。

 しかし、ゴルゴはそれについては全く問題としていないようだった。

「問題ない……だから、確実に遠坂時臣にベストを見せてからスタングレネードが起爆するようにしろ」

「あ、ああ。分かった……それで、スタングレネードが起爆した後はどうするんだ?」

「その後は全て俺が何とかする……お前の役どころは、ベストに取り付けたスタングレネードを見せ付けた上で起爆させるまでだ…………」

 雁夜はそれ以上の質問を許されず、その後は一人でストップウォッチ片手に確実に10秒を数えられるように練習を重ねることとなった。

 あくまで、雁夜は依頼人に過ぎず、ゴルゴの仕事の段取りを全て明かされる立場にはなかったのである。

 因みに、雁夜はスタングレネードであれば至近距離で起爆したところで殺傷力はないと考えていたが、それは大きな誤りである。

 確かに直接的に人を殺傷するほどの爆風が生じることはないが、それでも爆薬が爆発した場合、急激な燃焼によって激しい圧力が生じる。至近距離でそれを浴びれば、ボディーブローを受けたような衝撃に襲われるし、燃焼の際の熱で熱傷を負う可能性だって十分にある。

 一応、雁夜の着用するベストはこれらの衝撃と熱を想定し、怪我をする可能性を軽減させる素材を使ってはいるため、致命傷になる可能性は極めて低いのだが。

 

 

 

 質問を許されることなく、10秒をカウントする練習をするために休憩室を後にした雁夜。

 それを見送ったキャスターは魔術で机に大きな見取り図を広げた。

「頼まれたものの調査はできてるわ」

 そこに描かれていたのは、遠坂邸の見取り図。それも、結界の基点やその範囲、効果までもが詳しく書き込まれたものだった。

「屋敷の警備システム自体は、大したものではないわ。それこそ、あの頼りないマスターでも綿密に計画を立てて10年練習すれば突破できるでしょうね」

 キャスターはさらに何枚かの写真を見取り図の上に広げた。それらは、全て雁夜から依頼を受けた直後にゴルゴがかき集めたものである。

 水道工事業者や庭の手入れをする園芸業者など遠坂邸に出入りするものに金を握らせ、隠しカメラを持ち込ませて撮影させたものだけあって、庭や門に設置された礼装や結界の基点として設置された宝石など、ほぼ全てが分かる写真がそこにあった。

 上空から撮影された写真に、法務局から入手した屋敷の見取り図、それらにこの隠し撮りされた写真を加えた資料があれば、神代の魔術師にとって屋敷の警備システムを把握することは造作もないことであった。

「……正門の周囲に俺が引っかかるような結界はあるか?」

「魔術師対策として、魔術回路を持つ人間や魔術に反応する索敵結界や認識阻害の結界が幾重にも張られているわ。でも、魔術回路の無い人間に反応して警報を鳴らすものはこのひとつだけよ」

 そう言うと、キャスターは正門の裏に設置された彫刻の写真を指差した。

「これが破壊されれば、魔術回路を持たない貴方が侵入しても屋敷の中の人間は察知できないわ。屋敷の中……玄関とその隣の部屋にも魔術師向けのトラップしかないからそこから突入しても反撃はないし、侵入に気づかれることはないと見ていいでしょう」

「ガラスや建物自体に強化の魔術がかけられている可能性はないか……?」

「無いと思うわ。この結界からこの屋敷の主人の魔術の腕は大体分かるけれど、屋敷に長時間持続する強化の魔術をかけ続けられるほどの力量は無いの。それに、この結界や礼装の配置は外敵を庭で攻撃性の魔術で迎撃して、それでも駄目ならば邸内で屋敷の主人を強化し、かつ侵入者を弱体化させて迎え撃つようなコンセプトよ。壁や窓を強化するというのは、このコンセプトから外れているわね」

「……脱出の際に妨害してくるような結界はあったか?」

「それも無かったわ。この屋敷の主人は大分自信家みたいね。一度邸内に侵入した敵は確実に仕留められるから、逃げる敵を相手にするような仕掛けはいらないと考えていたのかしら?」

「…………」

 ゴルゴは無言でキャスターの分析をもとに考えに耽る。

 事前の調査からも、遠坂時臣が自信の研鑽に誇りを持つ魔術師らしい魔術師であることは分かっている。キャスターの分析した遠坂邸の防衛体制も、ゴルゴが把握している遠坂時臣の人物像に一致しているものだった。

 また、遠坂邸は住宅街にある。

 魔術を知らない配達員や警察、市役所職員などといった公務員、不埒な空き巣などの一般人が屋敷を訪れる可能性が高く、それらに対して何重もの警備体制を引くのは、逆に神秘の漏洩に繋がりかねないこともあって、魔術回路を持たない人間を想定した結界などを可能な限り減らしているとすれば納得がいく。

 それに、遠坂時臣の価値観からすれば、屋敷の侵入者として考えうる容疑者で、かつ危険性が高いのは魔術師や英霊ぐらいなものだ。警備に避けるリソースとて有限である以上、魔術師対策に重きを置くのは不思議ではない。

 ならば、キャスターの分析はまず間違いないと見ていいとゴルゴは判断した。

 既に、敵の陣地の全容はほぼ掴んでおり、頼んでいたものは既に準備させている。

 

 ――――準備は、整った!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は雁夜がランサーと共に遠坂邸に足を踏み入れたころへと戻る。その時、ゴルゴは遠坂邸の正面に止めたワゴン車の中にいた。

 全身黒尽くめのスーツに身を包み、右手にはH&K社が開発した傑作特殊作戦用短機関銃H&K MP5SD3。

 遠坂邸内には防音を目的とした結界が張られており、銃を発砲しても周囲にその発砲音が聞かれることはないが、屋敷の外でも発砲することを考えれば、可能な限り発砲音が小さな銃を使うべきだとゴルゴは判断していた。

 そして、強行突入の際にある程度の数の弾丸をばら撒く必要もあった。そのため、ゴルゴはサイレンサー内蔵で多数の弾丸を短時間で発射できるH&K MP5SD3を突入時のメインウェポンに選んだのである。

 

 

 腕時計に視線を遣る。雁夜がポケットに忍ばせていた爆弾の機動スイッチを押したことで、連動して腕時計は既にカウントダウンを開始していた。

 

 ――――時間まで、13……12……11……10!!

 

 ゴルゴは防音用の耳あてを装着し、サングラスをかけた。そして、ワゴン車のドアを開けてMP5SD3を抱えながら遠坂邸へと全速力で走り出す!!

 

 ――――5……4……3……2……

 

 時計を見なくとも、ゴルゴは正確に残り時間を把握していた。

 遠坂邸の塀を乗り越えると同時にゴルゴは抱えていたMP5SD3の引き金を引いた。

 連続して放たれた銃弾は寸分違わず結界の基点となっていた宝石を撃ち抜き、魔術回路を持たない侵入者を察知し、迎撃するはずだった結界は基点が砕かれたことによって消滅する。

 しかし、まだゴルゴは止まらない。

 突入したそのままの勢いで玄関の隣の部屋の窓に発砲し、さらに無数の弾痕が穿たれた窓に向かって突撃する。

 銃撃で脆くなった窓ガラスはゴルゴの体当たりで粉々に砕け散った。

 次の瞬間、玄関から凄まじい爆発音と衝撃が発せられ、眼を焼くほどの光がゴルゴに襲いかかった。しかし、閃光がいつ自身に襲い掛かるのか理解していたゴルゴはMP5SD3を眼前に掲げている。

 直視していれば網膜を焼いたであろう光も、鉄製の障害物があれば届かない。それでも強力すぎる光は壁面に反射してゴルゴを襲うが、反射した光はサングラスと瞼で十分に遮断できる程度の眩しさでしかない。

 同時にゴルゴを襲った凄まじい爆音も、耳あてをしているゴルゴにはほとんど影響を与えなかった。

 ゴルゴはこの屋敷の図面を頭の中に叩き込んでいる。数秒間瞼を開けられなくとも、自分の現在位置を把握し正確に目的地――遠坂時臣がいるであろう居間を目指すことができる。

 閃光と爆発音が発生してから3秒。ゴルゴは瞼を閉じたまま玄関に到達。視界を塞ぐMP5SD3を投げ捨て、ホルスターから一丁の銃を抜く。

 それは、トンプソン・コンテンダー。この戦争に参加している衛宮切嗣(魔術師殺し)が愛用している中折れ式の単発銃である。

 この銃の特徴として、威力の低い拳銃用小口径弾から、ライフル用の大口径弾まで、銃身を交換するだけで様々な口径の銃弾を発射できるというものがある。そして今回、ゴルゴは協力者のガンスミスに.30-06スプリングフィールド弾用の銃身を特注で作らせていた。

 ゴルゴは視界を得てすぐに時臣の姿を捉えた。時臣は予期せぬ至近距離での爆発に眼を焼かれ、さらに平衡感覚も麻痺しているらしく、膝を屈して苦悶の表情を浮かべている。

 結界が基点を破壊されたために機能せず、視覚、聴覚ともに機能していない状態では、時臣は目の前に雁夜以外の人間が迫っていることすら認識できなかった。

 動けず、感覚器官も機能していない時臣の頭部に照準を合わせることなど、ゴルゴにとっては容易いことだ。ゴルゴが視認すると同時にコンテンダーの銃口は時臣に向けてまるで吸い寄せられるように動いた。

 そして、ゴルゴは引き金を引いた。雷管が発火し、発射薬への引火によって.30-06スプリングフィールド弾が銃口から吐き出される。銃口が正確に標的に向けられており、なおかつ目標から銃口までの距離は極めて近い。

 銃口から解き放たれた凶器が目標へと一直線に向かっていくことは当然の理だった。

 目の前で銃口が火を吹いたことも、発射薬の爆発音が邸内に響いたことも理解できないでいる時臣の側頭部に成人男性の人差し指ほどはあろう大きさの弾丸が迫る。

 銃弾と時臣の頭部までの距離50cm。ところが、そこで弾丸は見えない何かにぶつかったかのように弾かれた。

 弾丸を防いだものの正体は、時臣が展開していた防御陣だ。雁夜が自爆しようとしていることをその爆弾を取り付けたベストを見て察した時臣は、爆風から己の身を守るために投入可能な全魔力を用い、全力の防御陣を展開したのである。

 即興の防御陣とはいえ、その強度は見事なものと言う他ない。ケイネスが先日M2重機関銃の攻撃に晒された際に展開した月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の防御形態に比べれば防御力は劣るが、それでも自爆テロに対処するべく張られた防御陣には一般的なライフル用大口径弾一発程度ならば余裕を持って防御できるだけの硬度はあった。

 しかし、その防御力が仇となる。

 .30-06スプリングフィールド弾が防御陣に弾かれた直後だった。先ほどまで眼を焼かれ、鼓膜が潰された痛みに顔を顰めていた時臣が、表情を一変させ、まるでガス室に放り込まれた受刑者の断末魔のような苦悶の表情を浮かべる。

 それもそのはずだ。時臣を襲った弾丸はただの.30-06スプリングフィールド弾ではない。彼を襲ったのは、衛宮切嗣(魔術師殺し)の切り札、起源弾。

 この銃弾を受けた対象には、衛宮切嗣の起源――『切断』と『結合』が具現化する。

 そして、この銃弾に魔術で干渉した場合、切嗣の起源は魔術そのものではなく、術者の魔術回路に具現化するのである。

 目の前で起こるであろう爆発に備え、時臣は全ての魔術回路を全力で回していた。それが起源弾の着弾と同時に一瞬で切断され、繋ぎ合わされる。全力で回されている回路が切断され、滅茶苦茶に繋ぎ合わされたものだから、魔術回路に走っていた魔力は暴走し、行き場を失った魔力は術者の体内を蹂躙するのだ。

 ゴルゴは敵対者となる可能性が高い衛宮切嗣の情報を収集する中でこの魔弾の存在に気づき、使用済みの起源弾の回収を試みた。この礼装の本来の持ち主である衛宮切嗣は、この魔弾で37人の魔術師を葬っており、彼に葬られた魔術師の中には、その遺体を魔術協会に回収されたものも少なくない。

 ゴルゴは魔術協会内部の伝手を使い、彼らに打ち込まれた弾丸を回収することに成功する。魔術協会も何らかの魔術の形跡は残るものの、既にその能力を完全に失い、再生の目処も立たない礼装には固執しなかったため、すんなりと起源弾を売り払った。

 そして、神代の魔術師メディアの手で誰にも再利用できなかったはずの起源弾は見事に蘇る。礼装としての機能が復活した起源弾は、ゴルゴが前もって日本に呼び寄せておいた職人の手によって.30-06スプリングフィールド弾へと再生されたのである。

 雁夜に自爆を仄めかせたのは、敢えて時臣に全力の防御をさせる布石だった。そこに起源弾を撃ち込めば最大の効果を発揮するのは勿論のこと、雁夜の突然の凶行と、スタングレネードの起爆は時臣から考える余裕をも奪う。そして、考える余裕が無くなった相手ほど、接近する第三者の存在に気づく可能性も低くなる。

 全てはゴルゴの計算のうちだった。

 起源弾の効果を受けた時臣は、暴走する魔力によって身体中をズタズタに切り裂かれ、声にならない悲鳴をあげて身体中の筋肉が引き攣ったかのような動きをする。そのまま放っておけば床でのた打ち回っていただろうが、時臣にとって幸か不幸かは分からないが、彼が苦痛に苛まれていた時間はほんの僅かの間だった。

 特注コンテンダーの発砲直後、ゴルゴはコンテンダーを躊躇なく投げ捨て、懐からもう一丁の拳銃を取り出した。それは、直前にゴルゴが投げ捨てたそれと同じコンテンダー。こちらは、市販されている.308ウィンチェスター弾用の銃身に換装されたものである。

 コンテンダーは銃身が中折式となっており、銃弾の再装填には通常の回転式拳銃(リボルバー)自動拳銃(オートマチック)よりも時間がかかる。もしも次弾を撃つなら、再装填するよりも新しい銃に持ち替えた方が早い。

 起源弾が完全に再生されていれば、打ち込まれたそれを防御した時点で標的はまず抵抗する力を失っているはずだが、念には念を入れ、確実に標的を葬るのがゴルゴの基本スタイルだ。

 そのため、起源弾を防がれた場合には、相手に何かを考えさせる時間を与えないために間髪いれず殺傷力の高い大口径の次弾を撃ち込む用意をゴルゴはしていたのである。

 ゴルゴは懐から引き抜くと同時にコンテンダーの銃口を時臣に向け、狙いを定め、引き金を引く。

 最初の特注コンテンダーの発砲から、次の発砲までの時間は僅かに0.32秒。

 もしも、これがゴルゴがいつも護身用に持ち歩いているS&W M36であれば、懐に手を入れてから0.17秒で引き抜き、発砲することができただろう。とはいえ、片手で銃を腰の辺りに構えて発砲する小口径の拳銃と違い、反動も大きい大口径の拳銃ともなればそのような撃ち方で照準を定めるのはゴルゴといえども難しい。(不可能ではないだろうが、練習が必要だろうし、反動を片手で受け止めるとなると腕にもそれなりの負担がかかると思われる)

 今度の弾丸は防御陣に阻まれることはなかった。至近距離から放たれた7.62x51mm NATO弾は時臣の頭部にまるで吸い込まれるように真っ直ぐ向かっていく。

 7.62x51mm NATO弾の持つ運動エネルギーは拳銃等に用いられる小口径弾のそれに比べて格段に高い。着弾と同時に時臣の頭蓋骨を容易に貫通した銃弾は、そのまま脳漿を貫いて頭蓋骨の反対側を再度貫通して時臣の体内から飛び出した。

 そしてその直後、着弾時に頭蓋骨を突き破った弾丸から発生した衝撃によって脳漿は膨張。銃弾の射入口と射出口を破断点とし、時臣の頭部は破裂。まるでスイカ割りに使われた旬のみずみずしいスイカの如く派手に真っ赤な脳漿を周囲にぶちまけた。

 

 

 

 

 この夜、一人のスナイパーの完璧な計略の結果として、言峰綺礼に次ぐ第四次聖杯戦争における三人目の脱落者が決定した。

 

 その脱落者の名は、遠坂家当主、遠坂時臣――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――やった?……いや、やってやったぞ時臣ィ!!

 

 文字通り耳を劈くような激痛に苛まれながら眼を開いた雁夜は、まず目の前で頭を破裂させて倒れ伏す時臣と、それに向けて煙を吐き出す銃口を向けているゴルゴを見た。

 目の前のスプラッタな光景に一瞬我を失ったが、中東では幾度と無く見た光景ということもあって、雁夜はすぐに我を取り戻し、同時に勝利を確信した。

 ライフル弾で頭部を銃撃された人間がどうなるか。戦場でそれを見てきた雁夜は、時臣がこの状態で生きていることは死徒でもない限り万に一つもありえないことを知っている。

 恨み、妬み、怒りの大将だった宿敵が人間の死に方としては安らかから最も程遠い死に様を晒している。日頃から優雅で、品の高さと俗物との格の差を見せ付けるかのごとき文句のない貴族の振る舞いをしてきた遠坂時臣という男は、優雅や品格などというものとは全く無縁の、泥臭い戦場に転がる有象無象のような死体へと変貌していた。

 心の底から湧き上がる歓喜の感情は、鼓膜の破れた痛みを忘れるほどの量の脳内快感物質を脳内で生み出していた。この時、雁夜は人生で最大のハイな感情を味わっていたのである。

  

「ハハ……ハハハ、フ、フハハハハハハァ!!」

 

 まるで大瀑布から絶え間なくあふれ出る水流のように雁夜の口から嘲りと悦の混ざった嗤いが止まらない。

 これが愉快といわずに何と言う。口にはしないが、そんな心からの想いが透けて見えるほどに雁夜は口を歪めながら嗤っていた。

 

 しかし、雁夜が悦に浸っていられる時間はそれほど長くはなかった。腹が痛くなるほどに嗤っていた雁夜の視界に、突如現れた二つの掌。それらが雁夜の眼前で合わさり、勢いよく叩かれた。

 鼓膜が破れて耳が聞こえない雁夜でも、目は見える。僅かながらも眼を直撃した風圧と、突然の光景に驚いた雁夜は、そのまま後ろに倒れてしまう。

 いきなりの猫騙しに驚いた雁夜は、思わずその下手人――ゴルゴを見た。

 普段と変わらぬ氷のような冷たさと鷹のような鋭さの混じったその眼差しを直視した雁夜は、猫騙しによって強制的に感情の昂ぶりをリセットされたことでようやく冷静さを取り戻す。

 ゴルゴは雁夜を一瞥すると、雁夜に退出を促す。

 もはや、邸に長居をする必要はない。後は、マスターを失ったアーチャーの敗北を待ちながらアジトへと帰ればいい。かねてからの段取りを思い出した雁夜は、無様な死に様を晒す時臣をもうしばらく見ていたいという思いに後ろ髪を引かれながら時臣の死体に背を向けた。




ゴルゴの戦略まとめ


おじさん、自爆テロを仄めかす

トッキー全力防御、ゴルゴは結界を突破して屋敷に強行突入。

スタングレネード爆発、トッキーの目と耳が使えなくなる。

トッキー、感覚麻痺してる間にゴルゴに起源弾撃ちこまれる

トッキー発狂

トッキーゴルゴにトドメをさされる


ケリィでも4時間あれば遠坂邸の結界を突破できるみたいなんで、それを基準に遠坂邸のセキュリティについて自分なりに設定を考えてみました。
魔術師以外に対するセキュリティレベルが低いのは、オリジナル設定です。
あんまり高いセキュリティを一般人に対して設定すると、幽霊屋敷みたいな噂が立ちかねないかな~なんて思った次第でして。

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