穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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一年半近く放置していてすみません……
色々と他作品に浮気してたり、リアルが繁忙期だったり、FGOやってたりHOI4やってたりWOWSやってたりとまぁ、色々あったんです


雁夜VS時臣

 ウェイバーが略奪の成果を持ってマッケンジー邸についたころ、遠坂邸で動きがあった。

 遠坂時臣の屋敷に警報がけたたましく鳴り響いていた。これの示す意味はたった一つ、屋敷に侵入者がいるということに他ならない。

 応接間でティータイムと洒落こんでいた時臣も、無作法な来客者の存在を知って静かに紅茶を飲み干した。

「無粋な客だな、時臣」

 そこに音も無く実体化した彼のサーヴァント、アーチャー。傲慢さが服を着て歩いているような男の前で時臣は見かけは臣下の礼をとっている。

「王よ。私は客人には礼儀をもって迎えたいと考えております」

「フン……有象無象なんぞ、我が迎える客人ではあるまい」

「しかし、英雄王と比べれば月と鼈の有象無象とはいえ、座に召し上げられた英雄であり、歴史に名を馳せた者であることは変わりありません。申し上げにくいことですが、矮小なこの身では手に余る客人なのです」

 アーチャーはちらりと窓の外を見る。そこに佇んでいたのは、槍を担いだ美丈夫と季節よりも少々早く厚手のコートを着込んだ男だった。

「あの脚だけが自慢の飛蝗か……確かに、あの王を名乗る不届き者共よりは骨はありそうだがな」

 コンテナ倉庫街での戦いを思い出したのだろう。アーチャーは不機嫌さを顔に出している。

「貴様の見繕った獅子とやらがアレか。大言も過ぎれば罪だぞ、時臣……」

「滅相もございません。英雄王の御手を煩わせることはとても心苦しいことですが、こちらの格も理解できずに突っ込んでくる野蛮な獣にはこの世の理を見せ付ける必要があるのです。ですが、あのマスターは私が始末しましょう。あれは、英雄王に拝謁することすらおこがましい小物。ならば、矮小なこの身でも梃子摺ることはありません」

 アーチャーは時臣を一瞥する。そして、馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、金の粒子となって実体化を解いた。敵を迎撃する為に庭へ向かったのだ。

「まぁいい。あの飛蝗には我が改めて王に楯突いたことに対する誅罰を与えてやろう。二度目の義理立てだぞ、時臣。次は無いと心得よ」

 時臣は、アーチャーの気配が消えた応接間で深く頭を下げた。

「御武運を」

 時臣も自身の礼装たる杖を手に立ち上がり、杖を一振りして玄関にしかけられていた侵入者迎撃用の罠を解除する。ランサーを引き連れて現れたコートの男の正体は分かっている。間桐を逃げ出し、魔導の道に背いた落伍者だ。その落伍者を討つために、時臣は敢えて邸内に入れるという判断をしたのである。

 その判断の理由の一つに、サーヴァント同士の戦いがあった。

 ランサーの脚の速さは倉庫街の戦いを通じて時臣も把握している。ランサーが自分の強みを最大限に活かすのならば、ろくに走り回るスペースのない室内戦ではなく、縦横無尽に走り回れる庭を戦場に選ぶ可能性が高い。

 もしも庭が戦場になるのならば、アーチャーの繰り出す宝具の雨の中で、ランサーが如何に素早い動きで掻い潜り、肉薄して己が槍を突き立てんとするという戦いになるだろう。

 アーチャーの戦術は点を狙う狙撃ではなく面を制する爆撃だ。もしもマスターが庭にいれば、確実に流れ弾に巻き込まれることになる。

 流れ弾に巻き込まれることを避けるためには、サーヴァントたちとは別のフィールド――建物内部で戦う他ない。

 そして、時臣が建物内部での戦いを選んだ理由はもうひとつあった。

 それは、先日彼の同盟者にして弟子だった男を始末した暗殺者の存在である。

 自身の弟子である綺礼は、魔術師としてはそこそこの腕でしかないが、戦闘者としての技量は時臣のそれを遥かに上回っていた。加えて、綺礼の身の回りにはアサシンのサーヴァントがついており、サーヴァントが攻めてこない限りはまず身の安全は脅かされない状況にあった。

 しかし、綺礼はあっけなく聖杯戦争から脱落させられた。それも、神秘のかけらもない近代兵器を用いた狙撃によって。

 璃正神父によれば、その実行犯は死徒をも神秘を用いずして殺した経歴を持つ狙撃手である可能性が高いという。最も偵察に長けたサーヴァントを引き連れた綺礼に察知させることなく狙撃を成功させた狙撃手が存在する以上、近代兵器を蔑視している時臣とてそれ相応の警戒をすることは必然だった。

 狙撃手の雇い主が誰であるかは全く見当もつかないが、アインツベルンが魔術師殺しなどという魔術師の面汚しを迎え入れている以上、ロード・エルメロイを除く全てのマスターが雇い主となっていても不思議ではない。

 また、建物から出て自らの身体を狙撃手に晒すことはリスクが大きい。相手が相手である。下賤な武器であろうと用心するに越したことはないと時臣は判断した。時間がなく、魔術に使う素材等を調達しようにも外出ができないという事情もあり、邸そのものは強化できなかったこともあり、時臣は篭城を決め込んだ。

 邸内にいれば狙撃手とて時臣を視認できないだろうし、壁面はサーヴァントの戦闘の余波にも耐えられるように頑丈にできている。結界と二段構えの防御ならば突破されることはないという打算もあった。

 しかし戦場に挑む緊張と、僅かな高揚を感じる一方で、時臣は落胆していた。

 ――何故、私に挑むのが時計搭の神童と名高いロード・エルメロイではなく、あの落伍者なのだ。

 時臣とて、この聖杯戦争において自身が一度も闘うことなく勝利できるとは思っていない。また、根源に至ることが最優先目標とはいえ、相手が一魔術師として、互いに何代もの研鑽を重ねた秘術を尽くして戦わんと挑んでくるのであれば、その決闘から逃げるつもりは毛頭無かった。

 ランサーのマスターがロード・エルメロイであることは先日の戦いを偵察して把握していた。しかし、彼は先日のコンテナ倉庫での闘いの中で砲撃と思しき攻撃を受け、重傷を負いながら撤退している。

 そして、今。ロード・エルメロイが従えていたはずのランサーを従え、間桐の落伍者が自分の前に現れた。

 時臣はこれが何を意味するのか理解できない愚物ではない。ロード・エルメロイは聖杯戦争から脱落したと時臣は確信していた。同時に、ロード・エルメロイと自身がこの聖杯戦争において戦うことはまずないということも時臣は理解していた。

 残る陣営は衛宮切嗣(魔術師殺し)などという魔術師の風上にも置けない汚物をマスターに立て、かつての志を失ったアインツベルンに、魔術師としては三流の域を出ない時計搭の底辺学生、魔術師の一族としては滅亡の瀬戸際にある間桐、まだ見ぬキャスター陣営のマスター。

 魔術師として雌雄を決するに値する魔術師があるとすれば、消去法でキャスター陣営のマスターぐらいだろう。

 ――まぁいい。全く期待してはいないが、正面から乗り込んできた蛮勇に免じて遠坂家当主として招き入れてやろう。

 時臣は書斎を後にし、来客をもてなすべく玄関へと赴いた。

 

 

 

 遠坂邸の裏庭に実体化したアーチャーは、既にマスターの元を離れて裏庭に移動していた槍を担いだ美丈夫――ランサーと相対した。

「よう、また会ったなアーチャー」

 ランサーの顔を見たアーチャーは眉を顰める。

「飛蝗、貴様の顔を見るのが今宵が最期だ。我の手を煩わせる前に、自害せよ。」

「生憎だが、俺は強敵との死力を尽くした戦いがしたくてここに来た。自分で娯楽が始まる前に幕引きなんざできないな」

「二度も我に命令をさせるな……我の手を煩わせるのであれば、他のサーヴァントの首を全て献上し、我の手間を省くぐらいのことはしておけ」

 しかし、アーチャーの傍若無人な振る舞いに、飄々とした態度で応えるランサー。

「俺は戦いにならないヤツに時間を割くような甲斐性も、それを愉しむような趣味も無くてな。それに、金ぴか。お前の力は倉庫街で見せてもらった。どうやらお前は()()()()()やつらしいな。できれば槍とか剣、拳で戦えたならば最高だったんだが、バカみたいな数の宝具と戦うってのもまた一興だ。愉しませてもらうぜ」

 アーチャーの威も命令もどこ吹く風とばかりに聞き流すランサーの態度に、アーチャーの米神にも青筋が浮かぶ。

「我で愉しむだと……勘違いするな、愉しむのは我の方だ。無論、貴様との児戯に愉悦があればの話だが。貴様はただ、我の前でその畏敬に恐れ戦ておればよい」

「生憎、戦いでビビったことなんざ、殺された時を含めて一度もねぇよ。そら、かかってこい。それとも、そのバカみたいに言葉を吐き出すだけの口も貴様の宝具だってのか?」

「我の威光すら理解できぬ、獣以下の害虫め」

 アーチャーの背後に無数の黄金の波紋が現れ、そこから数え切れないほどの武器が展開される。

「せめて我の腹を捩じ切らせるほどに無様に踊りまわるがいい、飛蝗」

「俺の脚についてこられんなら、嫌々だが踊ってやってもいいぜ?」

 直後、金色の弾幕が空間そのものを押しつぶさんとする勢いで放たれた。

 

 

 

「久しいな、雁夜」

「…………」

 アーチャーとランサーが庭にて戦いを始めたころ、雁夜は遠坂邸の玄関にて遠坂時臣と相対していた。

 二人はしばし、無言で向かい合う。来客を出迎えるための調度品に彩られる一方、その影にも幾重もの罠がしかけられた城の中。二人の男の間には言葉はなく、ただ来客の右腕につけられた大きな腕時計の秒針が耳を澄ませば分かる程度に小さな音を立てるだけだった。

 沈黙を破ったのは時臣だった。僅かに溜息をつくと、時臣は口を開いた。

「まさか、魔術を棄てた落伍者が戻ってくるとは。万能の願望器のためだけに一度は臆して棄てた魔導の道を再び歩もうなどとは、中々に厚かましいな」

 まるでその愚かさを哀れんでいるような口調で時臣は続ける。

「間桐も落ちたものだ。魔導の家に生まれたという理由だけで聖杯戦争に参加する権利を得た落伍者では、勝ち抜くどころかまともにサーヴァントを運用することすら困難を極めるだろうに。君の名誉や誇りなどは既に何の価値もないが、その愚行で間桐の家そのものに泥を塗ることはやめたまえ。君が恥というものを理解できるならな」

 道端で烏に啄ばまれているネズミの死体を見るような冷たい視線を向ける時臣に対し、雁夜の胸中にはマグマのように煮えたぎる怒りが湧き上がっていた。

「君が魔道を棄ててくれたおかげで私の娘は魔術師としての道を歩むことができるようになった。その点で言えば君には感謝してしかるべきなのだろうが……このような醜態を晒す愚者からの恩恵だと考えると、不愉快にすら感じられる」

 これから命のやり取りをする相手に対して、時臣は余裕を見せ付けていた。

 しかし、時臣の口上は雁夜を挑発して冷静さを失わせることを意図したものではない。あくまで、冷静に敵を分析し、その総評を述べたまでのことだった。

 つまり、時臣にとって雁夜とは敵ともならぬ存在、精々が生理的に気に食わないという理由でスリッパで叩き潰すゴキブリのような存在にすぎなかったのである。

「時臣、貴様はいつもそうだ……」

 対して、家に入り込んだゴキブリと同レベルとしか見られていない雁夜は、眉を吊り上げ、険しい視線を時臣に向けていた。辛うじてあからさまな怒りの形相を浮かべることだけは抑えられているようだが、内心の怒りはほとんど隠せていないようなものだった。

 冷静で気品のある態度を崩さない時臣と比べれば、まさに氷と炎ほどの温度差が二人の間にはあった。

「ああ、お前は貴族を気取ることが許される立ち振る舞いを欠かさない。自己研鑽だって怠っていないだろう。自信があるから、そんな態度でいられる……俺みたいなヤツをそうやって高みから見下ろしていて当然と思える」

 雁夜の漏らした言葉は、時臣にとっては至極当然のものであり、今更雁夜から指摘されることでもない。ただ、自身との間にある『格』の違いを目の前の落伍者が認識していたという点は僅かながらに時臣の興味を惹いた。それこそ、彼にとってはゴキブリの奇行程度の興味でしかなかったが。

「魔術師であることを誇りにしているお前にとって見れば、魔術師であることから逃げた俺は、最も唾棄すべき存在だろうな。崇高な義務とやらから逃げ、何代も継承された高貴な血とやらから逃げ、凡百に扱えない神秘の代物とやらから俺は逃げた……」

「自覚はしていたのだな。自らに責任を持つことこそ、人である第一条件だ」

 まるで出来の悪い生徒から予想外の正解を答えられた教師のように、時臣は僅かに表情を緩めながら続けた。

「尤も、その責任を自覚してなお恥知らずにも放り出したのなら、それは人ではなく、狗だ。そして、責任すら自覚せずにそれを放り投げたものは狗ですらない。英雄王の言を借りれば、地を這う虫けら風情というやつか。上を向いて生きることすら能わぬ、真性の屑だよ。雁夜、私は君を後者だと思っていたのだが、どうやら見誤っていたようだな。君にも恥とそれを自覚できるだけの知性があったとは」

「勘違いするなよ、時臣。俺は自分が何をしたのかは自覚しているし、理解している。だがな、俺はそのことを恥だとは思っていない!!」

「何?」

「俺が放り出したものが、()()()にとってどれだけの価値があるものだったかは知ってるが、それは()にとっては炉端のゴミと同程度の価値しかない!!」

 雁夜は吼えた。歯を剥き、憤怒の形相を浮かべる。これまでは辛うじて抑えられていた怒りが、火山の噴火のように一気に噴出した。

「お前は自分の――魔術師の物指しで全てを測ろうとする!!魔術が全てに優越し、それを扱う自分も選ばれた人間だという選民思想に嵌り込み、悦に入っているクソ野郎だ!!」

「魔術の徒として、魔術師の物指しを優先するのは当然のことだろう。今更それを君に指摘される謂れはない。私もそんなことは君に言われるまでもなく自覚しているのだから。高貴なる義務(ノブレス・オブリージュ)と選民思想の区別がつかないとは、君はジャーナリストとしても落伍者だったらしいな」

  先ほど、最底辺だった雁夜という男の評価を僅かに上方修正した時臣だったが、すぐにその修正が誤りだったことに気づき、再度彼の評価を最底辺に落とす。時臣は呆れかえっていることを見せ付けるかのうように、溜息をついた。

「私に言わせるのなら、世間一般で言う良識などという物指しに縛られながら神秘と向き合おうとする方こそ、度し難い愚行なのだがね。さて、言いたいことはそれだけか……?」

 時臣にして見れば、雁夜と問答する必要性はなかったし、そんなことをしている間に時臣は雁夜を数百回は殺せた。何せ、ここは時臣の本拠地にして要塞だ。様々な調度品で彩られた品のある屋敷の中は、時臣の意思一つで確実に侵入者を抹殺するキルゾーンへと変貌する。

 敢えて雁夜と問答する時間をつくったのは、いつでも雁夜を殺せるという余裕と、意図せぬこととはいえ次女に魔術師としての道を拓いてくれたことに対する義理あってのことだった。

「……これで最後だ。最後に一つだけ、お前に言っておきたいことがある」

 そう言うと、雁夜はコートのボタンに手をかけた。

「何でも魔術師の物指で測れると思うから見誤る……だからお前は死ぬんだ、遠坂、時臣ィ!!」

 雁夜はコートを勢いよく脱ぎ捨てた。それと同時に、コートの下に隠されていたものが露になる。

 時臣は、厚手のコートの下に隠されていたものを見て目を見開いた。

 コードが接続された、無数の筒。そのような代物には疎い時臣でも、雁夜が身体中に括りつけているその筒一つ一つが爆弾であることは分かる。そして、時臣は雁夜の意図を瞬時に悟った。

 現在進行形で中東界隈で大流行の悪魔の所行――自爆テロである。

 

「くたばれ!!ヒトデナシィ!!」

 

 雁夜の咆哮と同時に彼の身体から溢れんばかりの光が放たれ、遠坂邸の一室を白で満たした。




オジサンが死んだ!!このヒトデナシ!!


ランサーとオジサンの関係とか、え?1.5ageほったらかしてやっと更新したと思ったら何でオジサン自爆テロしてんの?ってことのネタ晴らしとか、ゴルゴとかメディアとかはまた次話で出す予定です。

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