穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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お久しぶりです。およそ半年ほどお待たせしてしまいました。

原因は、もう一つの掲載作のやめて!!冬木市に没頭していたことにあります。
そちらが片付いたので、今後はこちらもボチボチと書いていこうと考えています。


手がかりを掴め

 未明の倉庫街の戦いから、丸一日が経過した。

 しかし、その間はどの陣営も戦闘行動に出ることはなかった。単純に、昼は聖杯戦争の神秘の隠匿という原則に従って。そして、日が沈んでからも先日の戦いでの消耗を補填するためにどの陣営も動くことができなかったのである。

 

 

 そして、聖杯戦争第二戦から2日後の夜。ようやく聖杯戦争は再び動き出した。

 案の定、痺れを切らしたかのように動き出したのはライダー陣営だ。しかし、普段はマスターを連れ回しているライダーが珍しいことにマスターに連れ回されるという主従逆転(?)現象がおきていた。

「おい、坊主……昨日の鄙びた川べりでの水汲みはまぁ分かった。結果ははずれであったがな。それで、今回は徒歩で一体何を調べているのだ?」

 主にダウジングに用いられるペンデュラムと冬木市の地図を両手に持ったウェイバーは、夜の街をダウジングに従って歩き続けて時折地図にマーカーで印をつける作業を続けている。

「昨日も言っただろ?キャスターの工房の捜索さ。とりあえず、最初に調べた水の流れはハズレだったから、次は霊脈を調べてみようと思ったんだ」

 昨夜、ライダーはウェイバーに命じられて未遠川の河口から一定間隔にマーキングした地点から水を採取し、水中の術式残留物の検査を行っていた。しかし、結果はハズレ。元々、これは最も簡易的でお手軽な検査であったため、これでキャスターの工房の手がかりが掴めるだなんてウェイバーも最初から思っていなかったが。

 そもそも、魔術師(キャスター)のサーヴァントが己の工房の存在が排水によって露呈するなんてうっかりをするはずがないのだ。そんなことをするのは、三流以下の魔術師か魔術師としての常識が欠落した狂人ぐらいなのだから。

 そして、水の検査が空振りに終わった翌日にウェイバーが手を出したのは、この地の霊脈の流れだった。零体化したライダーを侍らせて彼は地図とペンデュラムを手に夜の冬木の街を徘徊し、霊脈の配置図を手元の地図に書き込んでいく。

 ペンデュラムの指し示す霊脈の流れに沿ってひたすら歩き、その軌跡を地図の上に書き込む。傍から見れば不審者の行動以外の何ものでもないそれを、ウェイバーは既に1時間以上続けていた。

 幸いにも夜間に外出している住民はそうそうおらず、周囲を警戒しているライダーが住民の接近を知らせてくれるため、ウェイバーは警察のお世話になることなく霊脈探しを続けられていた。

 

 

「おかしい……」

 深夜1時。捜索を始めて1時間半が経過し、手持ちの地図の2割ほどの探索が終了していた。その範囲の霊脈も大体は地図に書き込まれている。

「何がおかしいというのだ?」

 霊体化したままライダーが尋ねた。

「この地図を見てくれ。太いマーカーでなぞってあるところが霊脈。細いマーカーでなぞってあるところが、ペンデュラムに微弱な反応があった魔力の流れだ」

 このペンデュラム。実は地味にベルベット家の持っている魔術礼装の中で一番高価なものである。さる魔術師の愛人をしていた祖母が、お相手の魔術師から譲り受けたものらしく、中々の高性能だ。

 安物のペンデュラムでは捕らえられなかったり反応が微弱すぎて分析できない細かな魔力の流れまでも感知できるため、ウェイバーはロンドンからこのペンデュラムを持参し、今回の探索にも用いていたのである。

「この蜘蛛の巣のような線がどうかしたのか?」

「蜘蛛の巣にしては、直角に曲がっていたり所々で格子状になっていたりと規則的に並びすぎだ。ほぼ道路に沿って走っている時点で絶対におかしい。普通、魔力の流れがここまで規則的に並ぶなんてありえない。これは、間違いなく人為的に手が加えられた結果さ」

「なるほど、キャスターの手がかりということか」

 ライダーはにんまりと笑う。マスターが成果らしい成果を挙げて鼻が高いのだろう。しかし、一方で成果を挙げたはずの当のウェイバーの顔はどこか釈然としていない様子だった。

「断定はできないぞ。遠坂や間桐のような土着の魔術師が霊脈に施している細工だとか、前回の聖杯戦争に参加したキャスターの仕業って線もまだ残っている」

 この国の首都、東京も人為的に霊脈の流れをいじくることで土地全体に安定をもたらすように張り巡らされていると時計搭の授業で聞いたことがある。この国に土着している魔術を使う陰陽師という集団が400年近く前に将軍の城や神社などの配置も活かして張り巡らせた霊脈の流れは、現在でもほぼそのままの形で残っているらしい。

 同じことが、この冬木の地で行われていたという可能性も、現段階では棄て切れなかった。

「それに、所々道路からずれて走っている魔力の流れがあるのが気になる」

 ウェイバーは、手に持っていたペンのノックカバーで細い線をなぞりながら示した。魔力の流れを人為的に操作している術式などをこの路上で見つけ出せたらいいのだが、どこを探してもそれらしきものは発見できない。魔術師としての力量がお世辞にも高いとはいえないウェイバーなら、高位の魔術師が施した術式の隠蔽を看破することなどどのみち不可能なのだが。

「……坊主、お主の見解は?」

「ボクは、今回のキャスターの仕業じゃないかって思っている」

「して、その理由は?」

「時計搭で見た資料によれば、土着の御三家の遠坂は宝石魔術で名の売れている魔術師だ。土地の霊脈の操作ができないわけではないと思うけれど、この街全体の霊脈をいじくるとなると流石に手に余るはずだ。専門外だし、組織力もない」

 ウェイバーは電信柱にもたれかかり、ペンも回しながら続けた。

「御三家の間桐も土着の魔術師だけど。この土地のセカンドオーナーである遠坂の目を掻い潜ってこれほどの霊脈の操作をすることは絶対に不可能だ。遠坂が自分の管理する地の霊脈を好き勝手にいじくることを容認するはずがない」

「では、前回のキャスターのサーヴァントという線はどうなのだ?」

「……何十年も経てば道なんてかなり変わるさ。しかも、第三次聖杯戦争は第二次世界大戦の真っ只中だったっていうし、戦中戦後の混乱や発展で道も大きく変わっているだろう。ここまで道路と魔力の流れが一致しているのは通常考え辛い」

「なるほど、それで残ったのがキャスターだったということか。ようやくキャスターの尻尾を掴んだな。やるではないか、坊主」

 しかし、珍しく褒められたというのにウェイバーの顔はそれほど明るくない。

「どうしたのだ?これは立派な戦果ではないか。未だに顔すら出さぬキャスターの戦略の一端を掴んだのだぞ?」

「こんなもの……優秀な魔術師の取る方法としては下の下だ」

 彼の望んでいた戦いは、こんな警察の鑑識のような地道で泥臭いものではない。互いに知略を巡らせ、相手の策を読み、罠を張り、裏をかきながら奇跡の技を競い合う。それが、ウェイバーの目指していた『魔術師の戦い』というものだ。

 一つ一つコツコツと証拠を足で集め、それを消去法で消しながら相手の痕跡と策を考える。そんなもの、秀でた頭も技術もない凡人にでもできることだ。こんな地道な作業の結果の勝利など、己の魔術師としての有能さを証明するために聖杯戦争に参戦した彼にとっては何の意味もないものである。

 キャスターに近づく道筋が見えてきたとはいえ、このようなやり方はウェイバーにとっては不愉快なものであることに変わりはなかった。しかし、いくら本人が不愉快な地道な作業であろうと、だからといって成果が上がらないわけではないのだ。むしろ、足元を見ながら進める捜査は、意外なヒントを拾うこともある。

 

「ん……?」

 魔力の流れを追っていたウェイバーは、いつの間にか先日ライダーが水を汲みに来た未遠川の河川敷にまでたどり着いていた。どうやら、彼が追っていた魔力の道筋は未遠川に合流するらしい。

「昨日の川っ縁か。そういやぁ、ここには大きな注ぎ口があったのぉ」

 ライダーの何気ない一言。集中を散らすので、これまで何度文句を言ったか分からなかったが、今回に限っては口まで出かかった文句が出てこない。ライダーの何気ない一言に、ウェイバーが引っかかりを感じていたからだ。

「注ぎ口……?」

「おお。そうだ。余の戦車が通れるくらいの巨大な注ぎ口でな。そこから水が川に流れ込んでおった」

 それを聞いたウェイバーは即座に川へと駆け寄った。幸いにも、河川敷には街灯が多数設置されており、深夜だというのに視界に困ることは無い。そのため、目的のものはすぐに見つかった。

 川に注ぐ、巨大な排水溝。その直径は2m50cm……いや、3mはありそうだ。生活排水などを流す水路にしては異様なほどに大きい。迷うことなく堤防から降りて排水路の中に入ったウェイバーは、懐からペンデュラムを取り出した。ペンデュラムが先ほどよりも強い反応を示しているのは一目瞭然だった。

「そうか……道路が魔力路になっていたわけではない!道路に埋設された水路が魔力路になっていたんだ!!」

 ウェイバーの中で全ての疑問が氷解する。

 道路とほぼ重なる道筋を描いていたのは、道路に埋設されていた水道管や下水管などを魔力路としていたため。

 魔力路をつくったと思われる魔術的な痕跡が一切見受けられなかったのも、魔力路が地下に設置されていたため――こちらは、地下に魔力路があると気がついたところでウェイバー如きが気づけるようなレベルではない隠蔽が施されているため、どのみち彼には魔術の痕跡を見つけることは不可能なのだが。

 そうと気がつけば、もはや地道な作業を続ける必要はないとウェイバーは判断した。正直、寒空の下で延々と歩いて魔力路を探す作業には飽き飽きしていたし、一人の足で歩いて全ての魔力路を一晩や二晩で探し出せるほどに冬木の夜は長くないし、街も小さくはないのだ。

「よし、ライダー!!神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を出してくれ!!」

「む、むぅ?坊主。一体どういうことだ?余に説明せい」

「キャスターが張り巡らせている兵站の全体図を見に行くんだ!!」

 キャスターにとって魔力は力を発揮するために必要な戦略物資であるからして、キャスターが冬木市の地下に埋設している魔力路は間違いなくキャスターにとっての生命線とも言える補給路だ。

 色々と細かいことはウェイバーは敢えて割愛していたが要点はきちんと抑えられていた。教えることが上手い教師のような端的な説明でライダーも納得したらしい。

「なるほどのぉ。戦には兵站が欠かせぬ。キャスターの補給路を調べ、その後に破壊するというのだな?ならばよし!!」

 ライダーが腰から抜いた剣を振り下ろすと同時に空間に亀裂が走り、そこから二頭の雄雄しい飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)と、二頭が牽引する戦車(チャリオット)が出現した。

「それで、どこに向かうというのだ?」

 問いかけたライダーに対し、ウェイバーは淡々と目的地を告げた。

「冬木市水道局だ」

 上下水道図を奪取し、それをもとにキャスターの拠点を探る。これで、名も顔も知れないキャスターの正体に一歩近づける。ウェイバーはこの時確かにそう確信していた。

 そしてその後、無人の冬木市水道局にてライダーの言うところの「征服王の略奪」(ただの窃盗)を行い、冬木市の上下水道図を手に入れた二人は、上機嫌で帰路についた。

 道中は下策にてキャスターの手がかりを掴んだことに不満たらたらだったウェイバーも、これでようやく敵サーヴァント――それも、これまで一度も姿を見せていないキャスターを追い詰めるとができるという高揚感に浮かれていた。

 ライダーの「下策をもって上首尾に至ることは上策をもってそれにいたるよりも数段優る偉業である」と褒め言葉も、彼の高揚感に拍車をかけていた。

「おう坊主!!戦果らしい戦果はこれが初めてだな!!明日はいよいよ、キャスターめの巣窟に乗り込み、制覇しようではないか!!」

「一日でこの地図全部調べるのか!?睡眠時間が足りないぞ!!」

「戦において、陣が変わることなど日常茶飯事よ。故に、敵の位置が分かったのならば速やかに叩かねばならぬ。取り逃がしてしまうとまた骨だぞ?」

「……仕方ないな。けど、お前も手伝えよ!!煎餅かじってテレビ見ながら寝そべっているなんて許さないからな!!」

 

 しかし、ウェイバーは知らない。冬木市はほぼ全域が魔女の監視下にあり、自分たちの戦略拠点を脅かさんとする敵対者に対して依頼達成率99.8%の男が手を講じないはずがないということを。


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