穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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気がついたら、お気に入りが1000を超えていた……3ヶ月も放置しているのに、ありがたいことです。しかし、これからの更新ペースはあまり期待しないで下さい。


魔術師殺しの分析(後編)

 アインツベルンの城では、セイバー陣営が朝食を挟んで会議を再開していた。朝食前に、既にアーチャー、ライダー、ランサーとそのマスターについての考察は終えており、バーサーカーは脱落が確認されているため、ここからは残るアサシン、キャスターについての分析が中心となる。

「まず、アイリ。サーヴァントがあの戦いの最中に一体脱落したことは間違いないね」

 夫の問いかけに、アイリスフィールは首を縦に振る。

「あの戦いの最中にサーヴァント一体が脱落してる。聖杯の器の状態からしても、間違いないわ」

「……バーサーカーは遠坂時臣が既に討伐している。そして、ライダー、ランサーはあの倉庫街にいた。そうなると、脱落したサーヴァントはアーチャー、アサシン、キャスターの何れかだろうね」

「切嗣、その中からアーチャーは除外してもいいと思います」

 セイバーが言った。

「あのアーチャーは、態度こそ傲岸不遜そのものでしたが、実力は桁外れです。魔術師や暗殺者に彼のサーヴァントが討てるとは思いません」

 しかし、切嗣は会議の前半と同様、セイバーの発言は完全に無視している。それどころか、セイバーに視線を向けることすらない。完全に、セイバーをその場にいないものとして扱っている。

 セイバーもその事実には気がついているが、だからといって切嗣の気を無理にひこうとは思っていない。今のところ、切嗣の判断には戦略上の明らかなミスが見受けられないし、無理に主張を押し通す必要もないと考えていたからだ。

 

 

「最初に説明しておくけど、港での戦闘中に僕はアサシンを複数体目撃した。本来一つのクラスにつき複数のサーヴァントが召喚されることはありえないが、マスターである僕の目からも彼ら一体一体がサーヴァントであることは間違いなかったよ」

 夫の説明を聞き、アイリスフィールは僅かに眉を顰めた。

「やっかいな能力ね……分裂するか、増殖する能力を持っているっていうこと?」

 アイリスフィールの推測を切嗣は肯定する。

「僕も、アイリと同じ結論を出したよ。そして、肝心のアサシンだけど、戦闘を監視していた時に数体のアサシンが途中で急に行方をくらませたのを僕は見た。霊体化したのか、消滅したのかは分からないけど、この時にアサシン陣営に何らかの動きがあったとみて間違いないだろう。そして、ほぼ同時刻に深山町の古いアパートで爆発事故が起きていたことが分かっている」

「爆発事故?それがどうしたの?」

 アイリスフィールは首を傾げる。それに対し、切嗣は中心部に小さなクレーターのある瓦礫の山の写真を机に広げた。

「表向きはガス漏れによる爆発事故とされている。だけど、これはただの爆発事故じゃない。現場をホムンクルスに見てもらったけど、火災による延焼がほとんどないし、巨大な力をぶつけられたような印象を受けた。そして、これが聖杯戦争がらみだと気づいた教会の隠蔽スタッフが手を出す前に使い魔が瓦礫の中からこんなものを見つけたよ」

 切嗣が足元の鞄から透明なビニール袋を取り出す。それは、黒く変色した血がこびりついた十字架だった。

「こいつには持ち主の指紋が付着していた。そして、それを、分かっている限りの聖杯戦争の参加者のものと照らし合わせてみたら……一致したよ」

 切嗣は、この聖杯戦争が始まる前にケイネス、時臣、綺礼、雁夜の情報を可能な限り集めた。その情報の中には彼らの指紋も含まれている。家の表向きのことを代理人に任せきりであるケイネス以外の3人には国の機関の名を騙って公的手続き書類に偽った郵便を送り、入金手続きに使われた振込用紙と返信書類によって彼らの指紋を入手したのである。

 後の世で振り込め詐欺と呼ばれる手口であるが、当時はさほど大きな問題になっておらず、加えて振り込む金額も過小であり、表の世界のことを些事だと考えている綺礼と時臣は疑うことなく切嗣の詐欺に嵌ってしまったのであった。勿論、間違いのないように切嗣は魔術協会や聖堂教会に提出された彼らの書類に付着していた指紋も採取し、万全を期していた。

「……誰と一致したの?」

 バーサーカーのマスターである一般人に続く脱落者。それが一体誰なのかアイリスフィールは恐る恐る尋ねた。

「指紋の鑑定の結果、あの十字架の指紋は言峰綺礼のそれと一致した。付着していた血液も、言峰綺礼と同じB型の血液だった。……不確定要素が多いけど、僕はアパートへの攻撃で、言峰綺礼は死んだと考えている」

 切嗣の推理にアイリスフィールは絶句する。言峰綺礼は夫をして恐ろしいと言わしめた、難敵となるはずの男だった。聖堂教会の代行者であり、直接的な戦闘能力でいえば、全マスターでもトップクラスのはずだ。その言峰綺礼が、聖杯戦争二人目の脱落者だとは、信じがたいことであった。

「で、でも。この破壊の後はあのアーチャーの攻撃に似てるわ。まさか、遠坂時臣が弟子であり、監督役の息子である言峰綺礼を殺したとでもいうの?」

 確かに、魔術師の世界では一度袂を分かった師弟が殺しあうことはさほど珍しいことではないし、アーチャーなら倉庫街で見せた絨毯爆撃のような宝具の乱射はこの現状に近い光景を作り出すことは可能だろう。しかし、切嗣はその問いに対し、首を横に振った。

「いや。これはアーチャーの仕業ではないと思う」

 切嗣は右手の指を二本立てる。

「理由は二つ。まず、周辺の住民が爆発のあった時刻に物凄い大きな音を聞いているということだ。もしもアーチャーが主犯だったとしたら、マスターである遠坂時臣がアパートの周囲に遮音結界を張らないわけがない。彼はこの地のセカンドオーナーだし、何よりも神秘の隠匿に気を使う典型的な魔術師だ。音が周囲に漏れて聖杯戦争の現場を誰かに目撃されたりするリスクを彼が負うとは思えない。バーサーカーを討伐したときも、小学校から出てくるときには自分たちに隠匿の結界をはっていたしね」

 そして、切嗣は指を一本折って続ける。

「二つ目の理由。それは、こいつだ」

 切嗣は一枚の地図と、数枚の写真をアイリスフィールの手元に差し出した。

「城に帰ってくる前に、使い魔を現場に放って現場の状況を可能な限り撮ってきたんだ。この写真を見て欲しい。アパートの周囲を空から見ていて気がついたんだけど、こことここ……屋根の一部が壊れているのが分かるかい?それも。破壊の痕跡もよく似てる」

 写真に写っている住宅の瓦屋根は、一部が吹き飛んでいる。まるで、突風でも吹いたかのようだった。

「気になって周りを調べてみたんだけど、ガラスが割れるとかの被害が一部の地域に集中して出ていた。そして、大なり小なり被害を受けた住宅の位置を整理すると、こうなる」

 切嗣が指し示した地図を見ると、被害のあったことを示す赤いマーカーが塗られた住宅は、倒壊したアパートから一直線上の区域に集中していることが分かる。

「被害のあった建物はこのアパートから直線状の区域に集中している。そして、この直線の終着点がここ……深山七町ビルだ」

「つまり、どういうこと?」

「被害が直線状に集中しているということは、その直線の先端部から攻撃があって、その攻撃の余波によって被害がでているということだ。このアパートへの攻撃は、狙撃によるものだと僕は思っている。だけど、この狙撃はアーチャーの絨毯爆撃のような攻撃とは明らかに違う。アーチャーのサーヴァントが狙撃に秀でている例が多いとはいえ、彼の戦闘スタイルとは似ても似つかないものなんだ。僕は、アーチャー陣営以外の陣営がこの狙撃をしたと思っている」

 さらに、舞弥が切嗣の意見に捕捉を加える。

「加えて、アーチャーの性格から見ても、アーチャーの仕業とは考えにくいです。バーサーカー討伐の際、遠坂時臣はアーチャーの従者として振舞っていました。倉庫街での態度を見る限り、アーチャーは自分から動くに値しない敵のために腰を上げることはないと見ていいでしょうし、仮にアーチャーが出陣するとするならば遠坂時臣を伴っていなければおかしいです。しかし、昨夜遠坂邸を監視していた使い魔は遠坂時臣が邸が出る姿を捉えてはいません」

 アーチャー以外のサーヴァントによる狙撃。その可能性に対してにアイリスフィールは驚きを隠せない。

「まさか、アサシンかキャスターがこれをやったっていうの?」

「アサシンは除外していいでしょう。倉庫街での戦いの最中に姿を消したそうですから、この爆発でマスターが死亡して脱落したと考えれば筋が通ります。そして、その下手人はアーチャーとあの倉庫街にいたサーヴァントを除けばキャスターしか考えられません」

 アイリスフィールの問いに切嗣が答える前に、セイバーが先に自分の意見を口にした。

「狙撃のできる魔術師(キャスター)……噂に聞く第五魔法の使い手みたいね」

 現存する五つの魔法、その内の「青」の魔法の使い手は、その破壊力に関しては軽く対城宝具クラスと言われており、宇宙戦艦だとか人間ミサイルランチャーだとか言われているらしい。話を聞く限り、キャスターのサーヴァントも彼女と同じような破壊に特化した魔術の使い手なのだろうかとアイリスフィールは考えた。

「いや……僕は、この狙撃はキャスターの仕業ではないと僕は思っている」

 しかし、切嗣は彼女の考えを否定した。先ほどセイバーがキャスターが下手人であると意見した時に反論していればいいものの、アイリスフィールがキャスターについての話題を切嗣に振るまで反論しなかったあたり、彼はセイバーを無視することにかけてはかなり徹底しているようだ。

「でも、アーチャーが犯人じゃなくて、アサシンが被害者……倉庫街にいたサーヴァントを除けば、後はキャスターだけじゃない」

 アイリスフィールが異を唱える。

「アサシンが被害者じゃないならキャスターが被害者ということになるけど、それでは筋が通らないわ」

「理由は、あの破壊の痕跡にある。あのアパートから直線状の区域に生じている建物の被害は、超音速の物体が飛翔した際にできる衝撃波による損傷だった。つまり、あれは超音速の弾丸による純物理的な砲撃……いや、狙撃だ。キャスターが魔力を使って砲撃することならば分かるけど、魔力による砲撃なら衝撃波が生じるとは考えにくい」

「衝撃波?」

 ホムンクルスであるアイリスフィールには、一般常識と魔術の知識以外の知識はそもそもインプットされていない。アインツベルンの魔術の知識のみを与えられ、アインツベルンの城で育った彼女に科学の知識が乏しいのは当たり前である。物理学の話など分かるはずもない。

 彼女には小学生の理科レベルの知識しか与えられなかったことを思い出した切嗣が苦笑を浮かべながら説明を始めた。因みにアイリスフィールの隣のセイバーはというと、単語の意味は分かるもののの物理学の知識までは聖杯が与えてくれなかったらしく、自分の時代にはなかった知識に対し、興味深々といった表情を浮かべている。

「水面を船がゆっくり進んだら、波紋が円状に広がるだろう?あれをイメージしてごらん。船が進む速さが波よりも速ければ、船の先端から波が小刻みにできて、だけど、波より早く船が進むかあら波が船の先で重なって大きな波ができる。水面を空気中、船を飛行機とかに置き換えて考えた場合、波が衝撃波にあたる。衝撃波は音の波が重なってできたものだから、大きなエネルギーを有していて、上空を超音速の戦闘機が飛んだりすると窓ガラスを割ったりする被害が出る例もあるんだ」

 アイリスフィールが分かったような分からないような微妙な表情を浮かべているが、切嗣は話をかまわずに進めた。物理学の話よりも、その衝撃波が何を意味するかの方が重要だからである。

「魔術でも、同じような現象を起こすことはできる。だけど、魔術を用いて弾丸を超音速にまで加速させて発射するよりも莫大な魔力を収束させて放ったほうがよっぽど手っ取り早い。つまり、サーヴァントじゃなくてもできる攻撃なんだよ。だから、犯人はキャスターとは限らない」

「切嗣はサーヴァントじゃない、普通の人間がこんな攻撃をしたって考えているの?そんなことができる魔術師が参戦しているなんて……」

 そこまで口にしたところで、アイリスフィールだけが夫の微かな異変に気がついた。彼女も、以前に切嗣がその表情を見せていなければ見抜けなかったかもしれない本の僅かな表情の変化。かつて、切嗣がアインツベルンの城で一度だけアイリスフィールに見せた恐れ慄く表情が、そして、その時に彼が語った言葉がアイリスフィールの脳裏を過ぎった。

「ああ。()()()しかいないよ、間違いない。僕が言峰綺礼が殺されたと考える理由も、そこにある。アサシンとキャスターのマスターは、間桐雁夜と言峰綺礼に限られてる。マスターの中で()()()を雇うことを忌避しない陣営はおそらく間桐だけだし、今回のマスターの中で一番殺しにくいマスターが言峰綺礼だ。状況証拠も踏まえると、言峰綺礼が殺されてると考える方が自然だ。そもそも、元とはいえ代行者をレールガンクラスの超音速弾で葬ろうと考え、それを実行できるやつは考えうる中でサーヴァントを除けば()()()しか考えられない」

 切嗣の言い回しでアイリスフィールの予想が確信に変わる。

「……ゴルゴ13」

 緊張した面持ちでその名を口にしたアイリスフィールに対し、切嗣は静かに頷いた。




次回あたり、久々にゴルゴを出せたらいいなと思ってはいます。あくまで、希望ですが。

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