穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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前回の話について、
「サーヴァントに通常兵器で攻撃しても無効じゃね?きのこが昔そんなこと言ってたぞ。設定捻じ曲げんのはどうよ」
って意見があったので、この場を借りていくつかの資料を元に反駁させていただきます。



そこそこに長いので、興味の無い人は前書きをすっとばして本編を読むことをお勧めします。読まなくても、本編を読みすすめるのに支障は一切ありませんので。




 まず、確かにコンマテのQ&Aできのこ氏が
「サーヴァントには通常兵器が効かない」
という発言をしていたことは事実です。

しかし、出典元であるコンマテQ&Aの原文をよく読みましょう。
「『彼らが霊体なので』通常兵器が効かない」
という主旨で書かれています。

サーヴァントに通常兵器が効かない理由は『霊体だから』と明記されているので、実体化しているサーヴァントに通常兵器が絶対無効というわけではないと思います。
stay nightのセイバー√でも凛が「相手が実体化していればこっちの攻撃も当たるから、うまくすれば倒せるかも」
という発言をしていますね。
コンマテ3巻では
「実体は、我々と同じく壁をすり抜けることはできないし、鉄の棒で殴られれば痛いし怪我もする」
「霊体は、そういった物理的な干渉を無視出来る」
という発言もあります。

その一方で、アポクリファではスパルタクスの暴走の際に魔力を帯びていない攻撃はサーヴァントを傷つけることはできないという記述もありますし、stay nightの桜√にてライダーがサーヴァントを傷つけられる条件について色々言っているということも事実です。
ライダー曰く、
「通常のサーヴァントには通常の攻撃は効かないが、サクラに囚われたサーヴァントは例外」
「セイバーは肉を与えられ、霊体に戻れない生命」
とのことです。
文脈から推察するに、通常の攻撃はサーヴァントには効かない。肉を与えられた生命には通常の攻撃は有効ということではないでしょうか?その肉を与えられた生命という言葉を受肉か、それとも実体化ととるかは解釈が分かれるかもしれません。
肉を与えられた命=常時実体化ととれば、文字通り実体化時には通常兵器が有効ということになります。
肉を与えられた命=受肉ととれば、肉体を構成するものが通常のサーヴァントの肉体を構成するエーテル体でなくなれば通常兵器が有効ということになります。逆説的に、受肉しない限りは通常兵器は無効ともとれます。これは先の凛の台詞と矛盾する部分です。
しかし、stay nightのセイバー√をよく思い出してください。士郎がセイバーをアインツベルンの森で抱いた時、セイバーは破瓜によって血を流しています。この時、その手段やダメージの程度、血を流した場所がどうであれ、セイバーの身体に傷ができたことは疑いようの無い事実であります。破瓜で血を流すことが傷つくことではないと言うのであれば、その根拠を教えてほしいですね。
この事実から鑑みるに、ライダーの台詞は前者の肉を与えられた命=常時実体化ととるのが妥当ではないでしょうか?

物理的な手段でサーヴァントを傷つけられないというのなら、魔術師としてはヘッポコな士郎は処女のセイバーを抱くことができません(逸物を士郎が魔術を用いて強化していたというのなら話は別ですが、そのような描写はありませんでしたし、当時の魔術師としてはヘッポコな士郎にそれができたとも思えません)。
もしも、サーヴァントが物理的手段による傷を一切受けないというのであればセイバーは文字通り鋼鉄の処女になってしまいます。根拠となるシーンが破瓜のそれとはいえ、セイバーは神秘や魔力のかけらもない士郎の肉体の一部によって傷をつけられたことは確かです。
士郎の逸物で傷つけられる以上、物理的な破壊力では士郎の逸物の破壊力を遥かに上回る通常兵器の攻撃でセイバーが絶対に傷つかないという理屈はおかしいのではないでしょうか?だとすれば、士郎の逸物はよっぽど特殊だということになりますからね。
一応士郎の逸物が特殊だという根拠を探したものの、Fate並びにその派生作品の中でも見つけられませんでしたから、士郎の逸物が特殊であるということはないと考えていいでしょう。

セイバーが厳密には正規の英霊と違って生者であるといっても、聖杯戦争に参加している際の肉体自体は他のサーヴァントと同じエーテルで編まれたものであることは変わりありません。そのことが士郎でもセイバーを抱けた理由だと考えるのは無理があるでしょう。
女性のあの場所だけがサーヴァントであっても物理的な攻撃を負う唯一の弱点と考えるのも、非常に不自然です。もしも、あそこが唯一の弱点だったら、それはどこの陵辱系のエロゲだっていう設定ですよね。
アポクリファのジャンヌでしたら憑依という形で現界しているので、ヤればできるというのが公式で言われています。しかし、あれは元々の身体がレティシアのものなので実際に妊娠するのもレティシアといわれています。(まぁ、ジャンヌは処女ではないので、本物の肉体であればいたしても血は出ないのですが……聖処女云々というのは置いといてください)ジャンヌはセイバーの事例とは異なる例外と考えていいでしょう。

以上に述べた理由で、私は拙作においてサーヴァントは神秘は魔術なくしても、桁違いのエネルギーをぶつければ傷つけることができるということにしました。勘違いや中途半端な知識でこのような設定を使ったわけではないと分かっていただけましたでしょうか。


尤も、第五次聖杯戦争ではエミヤが上空からのヒモなしバンジーによって地上の建造物に激突して飄々としていたので、物理攻撃が実体化時にサーヴァントに有効だったとしても並大抵の威力ではサーヴァントを傷つけられないことは事実でしょうが。
通常兵器でも相当強力なものを持ってこない限りはサーヴァントの耐久値は抜けないと考えられます。


まぁ、Fateも派生作品なども含めて息の長いコンテンツですから、自分の出した結論に対する多少の矛盾や齟齬はあると思います。自分の引用した資料と相反するような資料もあるかもしれません。息の長い作品にはそのようなこともあるでしょう。

ただ、ゴルゴが通常兵器によってアサシンを満身創痍にしたことも、ゴルゴの凄さを強調するためにFateの設定を捻じ曲げるという浅はかな考えによる結果ではありません。これで拙作の構成はうろ覚えの曖昧な情報に基づいたものではなく、きちんと設定を調べて自分なりに整理し推察した上でのものであると分かっていただければ幸いです。


一つだけ付け加えておくと、物理攻撃が有効であろうがなかろうが、綺礼がキレイキレイという結果は変わりません。
マッハ12で着弾した20mm弾の衝撃はちょっとした隕石に匹敵します。直撃を避けられたとしても、ソニックブームに襲われればひとたまりもありません。身体は衝撃波でズタズタに切り裂かれます。
アサシンが身体を張って綺礼の盾となったとしても、彼らの身体の面積では綺礼を庇いきることは不可能です。そもそも、物理攻撃が一切サーヴァントに無効だったとしても、サーヴァントは運動エネルギーの影響は確実に受けますから投げられれば吹き飛びますし、身体に伝わった衝撃で硬直することはあります。コンクリートに叩き付けられれば無傷でも身体はその衝撃からすぐには立ち上がれません。
アサシンが衝撃波の持つ運動エネルギーに吹き飛ばされるのは間違いないでしょうから、どのみち綺礼は衝撃波に直接晒されてそのまま倒壊した建物の下敷きになってTHE ENDです。
アサシンもマスター死亡によって遠からず脱落します。
アサシンを葬るためにキャスターが20mm弾に魔術的な付与をしてもしなくても綺礼とアサシンの結末はほとんど変わらないのです。即死か死のがけっぷちかの違いです。
そもそも、サーヴァントにライトガスガンが有効であろうが無効であろうが結果は変わらないので、特にゴルゴのすごさを見せ付けるために設定を捻じ曲げる必要は全く無いのです。


魔術師殺しの分析(前編)

 切嗣は舞弥の車に回収され、疲労困憊な状態でアインツベルンの森に帰還した。既に夜は明け始め、東に見える山際は白んできている。

 本来であればすぐにでも休眠を取りたいところであったが、切嗣は疲れた身体に鞭を打って作戦会議を開いた。アイリスフィール、セイバー、舞弥、そして港で陽動に参加した4体のホムンクルスと共に机を囲む。

 会議といっても、実際にこれからの戦略の決定権を持つのは切嗣であり、他の出席者からは発言権しか持たない。この集まりの主な目的は今夜の闘いで得られた情報を共有することと今後の戦略の通知なのだ。

「とりあえず、港での戦いで得られた情報を整理してみよう。まず最初はアーチャーについてだ」

 切嗣が最初に切り出した話題はアーチャーについてだった。手に入った情報はあの冬木の港のやりとりと戦闘だけなので、一番情報の整理が楽だという理由からであった。

「雨のように大量の武器を降らせていたわね。それに、金髪に紅い目で金の鎧……これといって真名を特定できるものはなさそうね」

「あの雨のように降り注いだ武器は、おそらく全て宝具クラスです。また、あの男は私やライダーと同じく王であったことは間違いありません。」

 アイリスフィールの言葉に実際に戦闘に参加したセイバーが意見を付け加える。

「彼の言動の中に特定の地域などに関係する言葉は出てきませんでした。ただ、彼は撤退時に遠坂家当主である遠坂時臣の名前を挙げていました。あの気性ですし、残りのサーヴァントとそのマスターの組み合わせを考えるに、アーチャーのマスターは遠坂時臣だと断定してもいいかと」

 舞弥の意見に、切嗣は頷いた。

「舞弥の見立て通り、アーチャーのマスターは遠坂時臣だと考えて問題ないだろう。真名は検討がつかないが、ランサーとの闘いを見る限りでは距離を詰めない限り勝ち目がないことは明白だな。戦闘はリスクが高いから、アーチャーとの直接戦闘は避けることを基本方針にしよう。遠坂時臣については、既に対抗策をいくつか準備しているから問題ない。次に進もう」

 切嗣の立てた戦略に対して舞弥とアイリスフィールは了承の意を籠めて頷いた。ホムンクルス二人は切嗣にとってはあくまで道具でしかないため、こちらが求めない限りは発言権もない。

 セイバーは唯一切嗣の立てた基本戦略に不服だった。セイバーがアーチャーに太刀打ちできない前提で戦略を練る切嗣の方針は不愉快であったが、倉庫街の闘いで彼女はアーチャーに一矢報いることもできなかったのも事実だ。

 セイバーとしては宝具さえ解放できればアーチャーが相手でも勝機があると主張したかったが、切嗣が自分を徹底的に無視している以上ここでアーチャーとの対決を具申しても相手にしてもらえるとは思えなかったので諦めた。

 

 切嗣は不服そうに顰めっ面を浮かべるセイバーを無視し、満場一致ということで議題を次のサーヴァントに変えた。

「次はライダーだ。本人が名乗っていた通りに真名は征服王イスカンダルだと考えて問題ないだろうな。宝具はあの戦車だ。あの戦車を引く牛は、轅の綱を斬りおとして手に入れたといわれるゴルディアスがゼウスに捧げた供物の逸話が昇華したものだろう……舞弥、マスターの方は名前以外に何か分かったか?」

「ウェイバー・ベルベットという時計搭の学生です。3代目の新興の魔術師ということしか分かっておりません。現在、時計搭に潜入している協力者に情報の洗い出しを頼んでいるところです。おそらく、昼までにはマスターに関する詳細な情報が手に入るかと」

 切嗣は溜息をついた。

「マスターの方の手札は分からずということか……しかし、あそこのマスターはサーヴァントに完全に振り回されているようだった。しかも、そのサーヴァントが真名をばらすほどの馬鹿ときた。あの馬鹿の考えが読めない以上、あの陣営がどう動くかは分からない。何か動きを起こす前に仕留めたい相手だ。舞弥、ライダー陣営の根拠地の特定を急いでくれ」

「分かりました」

 セイバーもアイリスフィールもライダーに関しては切嗣が挙げた情報以外は特に情報がない。あれほど奔放なサーヴァントの行動については全く理解が及ばないため、セイバーも切嗣の方針をすんなり受け入れることにしたようだ。

 

 ライダー陣営の話を終えた後、切嗣はその視線をアイリスフィールに向けた。

「……問題はここからだ。ランサーのサーヴァントとそのマスター、ケイネス。アイリ、ランサーはまだ脱落してないんだね?」

「ええ。あの戦いの後、聖杯にくべられたサーヴァントはいないわ」

 アイリスフィールの言葉を聞いた切嗣は険しい表情を浮かべる。

「ケイネスは無反動砲の直撃を受けて撤退したけれど、ランサーは脱落していないということはケイネスもあの攻撃で仕留められていない可能性が高い。重症とはいえ、生存していると見るべきだろう」

 切嗣は手元の資料からケイネスに関するものを机の上に広げた。

「まず、マスターのケイネスについてだ。アイリは一度聞いていると思うが、一応確認しておこう。若年ながら時計塔で降霊科一級講師の地位につくアーチボルト家九代目当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。風と水の二重属性を持ち、専門である降霊術以外にも、召喚術、錬金術にも通じるエキスパートだ」

 切嗣はプリントアウトされた鮮明度が低い数枚の写真をテーブルに並べる。

「倉庫街に潜ませていた使い魔に仕込んだカメラの映像だ。ケイネスが披露した礼装はこの3つが明らかになっている」

 セイバーとランサーの戦いに立ち会っていたアイリスフィールは、初めて目にするケイネスの礼装の姿を真剣な表情で観察する。

「まず、この自由自在に変形する水銀の礼装だ。これは盾にも矛にもなるらしい。細い紐状に展開して索敵も可能だし、.300ウィンチェスターマグナムをものともせず、12.7mm弾の弾幕からでも貫けないほどに強靭な盾というのは厄介だ。最後に舞弥が放った成形炸薬弾(HEAT)には耐えられなかったようだが、それでもケイネスを生かすほどには殺傷力を減じさせている。こいつを正面から打ち抜くとなると、おそらく対戦車砲クラスの火器が必要だね」

 写真に写る水銀の盾を見てアイリスフィールは唸る。

「水と風に共通する流体操作の術式を利用した魔術礼装みたいね……弱点はないの?」

「攻撃面に関してはそこまでの脅威ではない。鞭のように振るわれる水銀にはかなりの威力があるけど、その威力は水銀自体の重さと遠心力によるものだ。だから、鞭の軌道を読むことは近接戦の心得があれば難しくはない。あの水銀の動きは全て圧力による流体操作で動いていると見ていいだろう」

「防御面はどうなの?」

「問題はそこだ……流体力学の限界から考えるに、一度膜状に展開した水銀がその膜を食い破る威力を持つ攻撃に曝されたとき、水銀に適切な防御形態への瞬時変形をするだけの圧力をかけることは不可能だ。しかし、ケイネスはそれを補う術も抜け目無く準備している」

 港に待機していた使い魔と視界を同調させて砲撃観測をしていた舞弥が説明を引き継ぐ。

「水銀は攻撃時も防御時も常に一定量が変形せずに球状の状態でケイネスの周囲に待機していました。この水銀が変形したのは、成形炸薬弾(HEAT)がケイネスに命中したときだけでした。球体であれば、音よりも早く圧力変形をすることが可能ですから、非常時に最硬の防御を取るために待機させていたものと思われます」

「自分の礼装の弱点を理解した上での二段構えの防御というわけね……抜け目がないし、手ごわいわね」

「対戦車砲クラスの火器を当てようにも、あの男が攻撃に使った礼装がそれを邪魔するからね、厄介だよ」

 切嗣は水を操り砲撃をするケイネスを写した写真をアイリスフィールに差し出す。

「こいつも流体操作を利用した礼装だ。ケイネスの周囲に浮遊する球体は水……おそらくは後ろの海から汲み上げた海水だろう。やつはそれを流体操作によって打ち上げて敵の周囲に落としてくるんだ。おそらく水平射撃もできるだろうが、どちらにせよ直撃を喰らえばひとたまりもない。距離を取れば砲撃の精度も落ちるからそうそう当たらないし、落下音で水球の大体の落下位置が察知できるのが救いか」

「弾丸は海水を球状にしたものだから、いくらでも海から汲み上げられるわね。実質無尽蔵に弾丸を射出できるってことかしら?」

「そう考えていいと思う。砲撃の観測はあの水銀の礼装が行っているみたいだ。」

 倉庫街のように直接射線を確保するのが難しいところでの交戦となると、対戦車砲クラスの火器を命中させることは非常に難しい。遠距離からの砲撃で傷を負わせられることは今回の戦いで証明されてはいるが、ケイネスは同じミスを繰り返すことはないだろう。次の戦いで対戦車火器を決め手にすることは非常に難しいというのが現状だ。

「この二つの礼装には共に弱点があるからいい。けれど、一番厄介な問題はケイネスの三つ目の礼装、水銀のゴーレムだ。……α、β。君達から報告を頼む」

 切嗣はドアの傍に立つホムンクルスに初めて発言を促した。二人のホムンクルスは、軽く頭を下げ、説明を始めた。まずはαと名付けられたホムンクルスが口を開く。

「ケイネス・エルメロイの3つ目の礼装、水銀のゴーレムは完全自律式の礼装です。いかなる打撃を与えようと、数秒で元の形状に戻りますし、水銀の身体を削ってもその飛沫がすぐに本体にくっつくために身体を構成する水銀を減らすこともできません。身体の一部を刃物のような形に変形させ、それを武器に使います。攻撃範囲は狭いものの、接近されれば身体中のいたるところから棘や刃が突き出てくるので、防御は非常に難しいです」

 次いでβと呼ばれたホムンクルスが説明を引き継ぐ。

「移動速度は我々とそう変わりませんが、身体が水銀なので身体形状を変化させることで細い隙間を通り抜けながら移動することが可能なようです。思わぬところからの奇襲をうける危険もあります。思考能力も一般的なゴーレムの思考能力を凌駕するものであり、ある程度合理的な行動を取る程度の思考能力があるものと推察されます。最終的に武器庫のありったけの弾薬による弾幕で足止めには成功しましたが、撃破することはできませんでした」

 

 二人のホムンクルスは、先の倉庫街の戦いでケイネスが放った水銀ゴーレムと交戦した。ライフルでその身体を穿とうとも、機関銃でその身体を削ろうとも倒れないゴーレムが相手ということで二人は苦戦した。

 こちらと移動速度は対して変わらないとはいえ、水銀ゴーレムは隙間などをすり抜けることでこちらよりも場所によっては素早く移動できる。そのため、二人は幾度かゴーレムに接近を許し、その度に手持ちのありったけの弾丸を叩きつけることでゴーレムの動きを封じ込めていたのだ。

 倉庫街やその近辺の数箇所に用意していた臨時の武器庫を回りながらの逃走であり、彼女たちはすさまじい数の弾薬を消費した。実は、ホムンクルスの二人は素知らぬことであるが、GE M134を片手で抱え、薬莢をばら撒きながら戦う彼女たちは、一時は倉庫街に張られた人避けの結界の範囲外で銃撃戦を繰り広げており、そこを一般人に目撃されていた。

 目撃者はちょうどそのころに港の近くを爆走していた暴走族グループである。彼らはGE M134の発するけたたましい銃声を聞きつけてホムンクルスとゴーレムの戦う公園に乗り込んでいたのだ。

 そして、彼らはGE M134を抱えながら、水銀の化け物と交戦する銀髪紅目の美女たちの姿を目撃した。恐怖にかられた暴走族の面々は110番通報したものの、液体金属のような化け物相手に重火器を抱えて大立ち回りする銀髪の美女の話などしても信じてもらえるはずがない。

 ただ、先の小学校襲撃事件のこともあり、付近を巡回していたパトカーが一応駆けつけた。そこで警官達はおびただしい数の空薬莢を確認し、事件性があると判断されて警察は大規模な捜査を開始する。

 当然、通報者である暴走族の面々も参考人として聴取されるが、彼らの供述は世界的に大ヒットした過去に送られてきた人類抹殺兵器の映画のワンシーンのようなものであり、信憑性が薄いと判断されて証拠とはみなされなかった。こんな証言をもとに捜査をするのは無駄だと判断されてもしかたのないことだろう。

 結果、倉庫街の惨状もすぐに警察の知るところとなり、冬木の港で大規模な戦闘行為があったということが知られてしまったことで隠蔽役である聖堂教会のスタッフは頭を抱えることとなっている。

 数日前まで小学校襲撃事件の影響で警察やマスコミが街中に溢れていたのをどうにか沈静化させたと思ったら、今度は倉庫街で大規模な武力衝突があったと誤解されて冬木市に大規模な捜査体制が敷かれようとしているのだ。監督役である言峰璃正はこの国の警察の上層部への隠蔽の根回しのために、後日奔走させられることとなる。

 因みに、この時の暴走族の面々の体験が後に、『蝉菜マンションのドアノック幼女』などと並んで冬木の七不思議のひとつ『倉庫街のターミねーちゃん』として語り継がれることとなる。

 

「高度な自律式水銀ゴーレムに、自律防御礼装、それに砲撃用の礼装……時計搭の天才講師だって聞いていたから油断なら無い相手だとは思っていたけど、これは想像以上に手ごわい相手みたいね」

 アイリスフィールも明らかになった敵の情報に対して危機感を覚えている。夫の勝利は疑っていないが、この聖杯戦争の中でもこのランサーのマスターが屈指の難敵だと判断するのも、無理からぬことであろう。

「次からは対戦車兵器を当てることはまず不可能だろうけど、僕にも切り札がある。それを使えばケイネスは確実に屠ることができる。礼装の相性はそれほど悪くないみたいだしね」

 切嗣の切り札たる礼装は、魔術に対するカウンターである。敵が魔力を使えば使うほどに敵が負うダメージは致命的なものとなるのだ。その点、ケイネスの防御用礼装はその防御力から考えるに相当の魔力を消費するものであることは間違いないと切嗣は考えていた。つまり、あの魔術礼装に切り札を当てることができれば、切嗣の勝利は揺るがない。

「問題はケイネスではなく、そのサーヴァント、ランサーだな」

 アイリスフィールは夫の呟きで若草色の髪をした青年の姿を脳裏に呼び起こす。争いごとには疎いアイリスフィールですら、あのサーヴァントが騎士王をも上回る武芸の才と英霊としての格を併せ持つ大英雄だということをあの戦いを通して理解していた。

 あの遠坂のサーヴァントですら撤退に追い込むほどの圧倒的戦闘能力に、並ぶもののないほどの敏捷性を見るに、敵対するサーヴァントの中では一番の脅威だと言ってもいいだろう。

「ライダーはランサーの真名の検討がついているらしいが、流石に根拠をポロリと零してくれるほどには口は軽くないだろう。しかも、判断材料が遠坂のアーチャーと同じように非常に少ない。あの槍さばきとEXランクの敏捷性……さらに、スキルか宝具かは分からないが、ランサーはおそろしく頑丈だ。ランサーを倒すことは視野に入れない方がいい。ランサーはマスターを倒すことを優先する」

「どうして頑丈だって分かるの?悔しいけど、ランサーはあの戦いではまともに攻撃を受けたことはないはずよ?」

 アイリスフィールの疑問に対し、セイバーが答える。

「アイリスフィール。それは違います。あの戦いの最中、私の剣は幾度かランサーの身体を斬りつけました。しかし、喉を斬りつけようと、頭を斬りつけようとあの男の身体には傷一つつかなかったのです」

 ホムンクルスとはいえ、戦闘は想定されていないアイリスフィールの目では、ランサーとセイバーの織り成す剣と槍の乱舞の全てを把握することはできなかった。そのため、彼女の目からは倉庫街の戦いはセイバーの攻撃は全てが回避され、ランサーは無傷でセイバーを圧倒しているように見えていた。

 だが、実際にはセイバーの剣は幾度もランサーの身体を捉えていた。だが、何度斬りつけようと、急所を斬りつけようとランサーの身体には傷一つつかない。セイバーは敵が尋常ならざる頑丈さを持ちえていることを把握していた。切嗣は使い魔の持たせていたカメラをコマ送りに再生することでそのことを理解していたのである。

 倉庫街でランサーの頑丈さのことをセイバーが口にしなかったのは、アイリスフィールを慮ってのことだ。そもそも、セイバーはランサーに頑丈さがなくとも自分はランサーに比べて戦闘能力で劣っていることを理解していた。

 アイリスフィールの身体の具合が数日前からあまりよくないことも何となく察していたし、自分が劣勢に立っている状態に不安を募らせていることも理解していた。このような状況下でさらに『自分の攻撃が一切ランサーに通じない』などという事実を伝えてアイリスフィールの不安を煽ることは危険だとセイバーは判断して口を噤んだのである。

 戦況が読めない阿呆のような強気の態度をしていたのも、アイリスフィールのためだ。セイバーもかつては一国の王であった女性であり、劣勢に立たされているにもかかわらず、戦況を理解できない蛮勇のような振る舞いを本心でするほどに愚かではない。ランサーとの戦いで強気な発言をしていたのは、コンディションが悪い味方を鼓舞するためのものだったのである。

「ランサーの頑丈さの種が分からなければ、やつは絶対に倒せない。真名が分かれば対処のしようもあるだろうが、分からない以上は交戦しないことが最上の策だ」

 切嗣が口にした『ランサーとは戦わない』という方針を聞いた瞬間、アイリスフィールは隣に立つセイバーの拳が強く握られる音を聞いた気がした。自分が戦力にならないということを断言され、内心は穏やかではないのだろう。

 セイバーは自分が倉庫街でランサーに傷一つ負わせることができず、自分は傷だらけという明らかな劣勢に立たされていたことは理解できているし、それを見た切嗣がランサーとの直接対決を避けようと思う心情は理解しているのだろう。

 サーヴァントとして、また武人としてランサーと雌雄を決したいという気持ちはないわけではないが、倉庫街での体たらくを見ていた切嗣にそれ堂々と主張するほどにセイバーはあつかましくは無い。あれを見て自分の勝利を信じて欲しいというのは都合がよすぎるだろう。

 だが、あのランサーに投げかけられた侮るような言葉だけは看過できなかった。内心では雪辱を果たしたいという気運がある一方で、それを主張することはあつかましいことであると弁えている。その葛藤がどうしても隠し切れないようにアイリスフィールには思えた。

 

 時刻は朝7時を回ったところだ。既にサーヴァントを取り込んで身体機能が低下している妻を気遣って、切嗣がここで一度休憩を挟むことを提案した。メイドのホムンクルスが持ってきた軽い食事を取りながらセイバー陣営は暫しの休息を取った。




ケリィ陣営の会議は後編に続く予定です。

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