穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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忙しい……更新が辛い……


起死回生

 ケイネスは一つ失念していた。先ほどの狙撃が放たれた二つの方向と十字砲火が放たれた方向は異なっていたということを。つまり、この時、十字砲火に参加せず、最初の狙撃に参加した一方の狙撃手はノーマークになっていたのだ。

 狙撃手の名前は久宇舞弥。魔術師殺し、衛宮切嗣が最も信用する『部品』である。

 そして、そのノーマークになっていた久宇舞弥は既に倉庫街を離脱し、モーターボートに乗って未遠川の対岸に移動していた。そこに前日から停車していた一台のトラックのウィングボディを開放し、荷台から覗く6本の鉄の筒に駆け寄った。

 すばやく角度を調節した舞弥は、その照準を倉庫街の一角、ケイネスが陣取る場所に定める。既に倉庫街に向かう前に大まかな照準の設定と弾丸の装填は済ましていたため、所要時間は数分だった。

「00、砲撃の準備は完了しました」

 舞弥は無線をつなぎ、切嗣と連絡を取ろうと試みる。しかし、切嗣からの応答はない。

『ザザ……ま…………ザザザ……いそ……ザザッた……』

 切嗣は答えられる状況にない。雑音と爆音の間で響く切嗣の途切れ途切れの声から、舞弥はそう判断した。手元の液晶に視線を移し、切嗣、ならびにアイリスフィールが標的から十分に距離を取っていることを確認すると、舞弥は躊躇うことなく引き金を引いた。

 もしも切嗣が砲撃の中止を要請しているのであれば、必ず何らかのアクションがあるはずであり、それに魔術師殺しの部品である舞弥が気づかないはずはないからだ。無線に応答しようとしている点から、アクションがとれないほど切羽詰まっているということもないと断言できる。

 既にトラックには、認識阻害の結界と遮音結界が敷かれているため、周囲のことを気にかける必要は無い。

 鉄の筒――M40 106mm無反動砲が咆哮し、凄まじい衝撃、爆音がトラックの荷台を襲う。だが、舞弥はその凄まじい衝撃に怯むことなく、残り5門のM40を順次発射する。

 切嗣がこの日のためにスミルノフから調達した全6門のM40から放たれた6発の弾丸が、冬木の闇夜を切り裂いて飛翔した。

 

 

 

 

 

 自身の失念にも気づくことなく自慢の攻撃用礼装舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)が矢継ぎ早に水球を打ち上げている様子を見ながら、ケイネスはしかめっ面を浮かべていた。

 

 ――これが本当にあのゴルゴ13なのか?

 ケイネスからしてみれば、正直言って拍子抜けする相手であった。確かに、自分の魔術迷彩を見破っての狙撃、その後の大口径銃の十字砲火は確かに危ないところであったが、その後自分に追いつかれたあの男はただ逃げ回るばかりだ。

 依頼の成功率が99.8%を誇る男が、自分に対する狙撃を失敗し、このように無様に逃げ回るだろうか?それに、そもそも先ほどの十字砲火にしろ、どうやら今逃げ回っているあの鼠は最初から協力者がいた可能性がある。ゴルゴ13が誰かと組んで十字砲火など、するだろうか?噂通りならあの男はヘッドショットの一撃で自分をしとめようとするはずだ。

 ……ひょっとすると、あの鼠はゴルゴ13ではなく、それ以外のマスターに雇われた殺し屋ではなかろうか?だとすればこれほど乱暴というか、横着な襲撃をする理由にも納得がいく。今無様に逃げ回っていることが擬態である可能性も、低いと言えるだろう。

「私は勘違いをしていたのか……」

 ゴルゴ13に対して過剰なまでに警戒していたため、近代兵器=ゴルゴ13という式に囚われていたことにケイネスは気づいた。黒髪の東洋人という特徴は合致しているが、この敵は、ゴルゴ13ではないのだと考え、即座に頭を切り替える。

 同時にあの勘違いした恥ずかしい宣戦布告のことはもう考えないようにする。

 これまでケイネスが舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)による砲撃に拘っていたのは、敵がゴルゴ13であると考え、深追いすることは危険だと判断したからだ。しかし、相手がゴルゴ13ではなく、近代兵器を使う横着なテロリストだと分かれば対処法もまた変える必要がある。

 敵は重火器は抱えていなかった。拳銃ぐらいは持っているかもしれないが、拳銃の弾では月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を突破することは不可能と断言してもいい。ならば、ここは距離を詰めて直接月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)による攻撃で屠るのも手だ。

 敵は如何なる手段を用いたのか分からないが、かなりの高速で移動しているようであるし、このままでは舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)の砲撃射程外に逃亡することを許してしまうかもしれない。舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)による砲撃の精度は距離が開くと低下するため、逃亡前に仕留めることも難しい。

 ケイネスは視界を使い魔の鼠の視界に切り替える。この使い魔はランサーとセイバーの闘いを観察するために、先ほどまでいた倉庫の屋根に放っておいたものだ。どうやら、未だにセイバーはランサーの前に手も足も出ないらしい。もう少し、時間をかければセイバーの首は取れるだろう。

 先ほどの溝鼠の襲撃のタイミングからして、溝鼠はあのセイバー陣営、または、セイバーがランサーの首を取ることで得をする陣営が雇った可能性が高い。

 不肖の弟子は、雇い主候補から外してもいいだろう。魔術師としては三流だが、彼は近代兵器を用いてこの聖杯戦争に勝ち抜こうと考えるほど性根は腐っていないだろうし、あの征服王もそんな輩を雇うことを善しとはしまい。

 しかし、雇い主が誰であろうとここでセイバーの首を取れば、どちらにせよ溝鼠の目論みを挫くことができることには変わりがない。

「……出る必要もないな」

 あの溝鼠の性根は魔術師としては許しがたいほどに腐っている。そんな性根の腐った輩のことだ。このまま追撃したとしても近代兵器による逆襲を狙ってくるに違いない。鉛玉程度で討ち取られるとは思わないが、万が一ということも考えられる。わざわざ危険を冒さなくても、ランサーがセイバーを討てば溝鼠の計画は破綻するのだから、手を出すことは無いとケイネスは決断した。

 ここで、ケイネスが追撃に出る決断をしていれば、一秒後に到来する溝鼠の牙は避けられたかもしれない。だが、ケイネスは近代兵器についての知識をそこそこ手に入れていたが故に、同時に慎重になってしまったのである。

 この時、1000m先から放たれた砲弾は音速以上のスピードで落下し、ケイネスに迫っていた。しかし、ケイネス自身は自身の礼装の砲撃の着弾による爆音のせいで風を切る砲弾の音に気がついていなかった。

 接近する高速飛翔体を感知した月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御が起動し、ケイネスを覆うように展開する。そして、6発のM344A1砲弾は正確にケイネスの周囲に着弾した。

 最初の一発から4発目の砲弾は全てケイネスに直撃はしなかった。直撃はせずとも至近弾による衝撃と周囲に飛び散った高速の礫がケイネスを襲うも、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御はそれらの破片を全て防ぎきっていた。

 だが、5発目の砲弾がケイネスに破局をもたらした。5発目の砲弾は月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に直撃し、信管が起動した。成形炸薬弾(HEAT)と呼ばれるこのタイプの弾丸の特徴は、炸薬先端部の漏斗状の成形コーンが炸薬の爆発エネルギーにより融解し、メタルジェットと呼ばれる炸薬の爆発エネルギーが漏斗状の窪みの頂点と対称の位置にある一転に収束されることである。

 メタルジェットは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の絶対防御を貫き、水銀の壁に孔を穿った。

「グァァァァァァ!?」

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の絶対防御を貫いたメタルジェットは、そのままケイネスの右肩を掠める。そのエネルギーはケイネスから右腕をごっそりと削り取るだけの破壊力を有しており、その衝撃で感覚器官にもダメージを受けたケイネスは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御は辛うじて維持できていたものの、出血の処置もままならないほどの重症を負ったのだ。

 対戦車兵器による攻撃を受けてもなお彼が辛うじて生きながらえることができたのは、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御にケイネスが加えた改良故だった。月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は近代兵器対策として、接近する物体の速力と大きさに応じてその脅威度を自動で判別し、一定の速力以上の物体の接近に対しては防御形態を変化させて対応する能力を付与されていた。

 高速で落下する巨大質量弾に反応した月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は逆棘状の細かい強靭な細い柱を林立させ、まるで剣山のようにケイネスを覆う形態を取ったのだ。 通常ならいくら時計搭の神童と謳われる天才魔術師ケイネスであっても、HEAT弾の発するメタルジェットを完全に封殺することはできないはずだった。しかし、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御の特性が彼を救ったのだ。

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の逆棘状の突起に接触した際にM344A1砲弾の信管が反応して炸裂したのだが、HEAT弾が発するメタルジェットが装甲を食い破る威力を保持できる距離は数十センチと非常に短い。

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の外輪部の突起に接触した際、メタルジェットの発生点とケイネスの間には通常よりも広い間隔が生まれていたため、メタルジェットの殆どが月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)による防御に阻まれたのだ。

 そのおかげで、ケイネスは重症でありながらも辛うじて命は繋ぐことができたのだ。

「さぁ……ラ……サァ……」

 思考にも霞がかかってくる中、ケイネスは必死に自身のサーヴァントに救援を乞うた。

 

 

 

 セイバーを圧倒し、闘いそのものもどこか億劫といった雰囲気を醸しだしていたランサーが倉庫街の一角から響いた連続した爆発音に反応し、突如目の色を変えて後方に飛びのいた。

「!?……マスター!!」

 この闘いが始まってから初めてできたランサーが自分から大きく退いたことにセイバーは驚く。すかさず追撃に打って出るが、ランサーが槍の穂先をアイリスフィールの方に向けたために追撃を断念し、アイリスフィールとランサーの槍の間に立ち塞がった。

「おい。セイバー今宵はここまでだ!!この勝負は預けておけ!!」

「待て!!ランサー!!」

 ランサーはそう言い捨ててセイバーの前から離脱する。しかし、セイバーにはランサーを黙って見送るつもりはなかった。即座に魔力放出によって加速してランサーの後を追う。先ほどの連続した爆発音とその後のランサーの反応から、自身の真のマスターである切嗣がランサーのマスターに負傷を負わせたのだろうことはセイバーにも予測がついた。

 つまり、ここでランサーを見逃せば、ランサーはランサーのマスターを追い詰めた切嗣と鉢合わせし、切嗣を害する可能性がある。コミュニケーション一つとれないマスターではあるが、マスターが切嗣であることには変わりは無い。ここで切嗣を討たれるわけにはいかなかった。しかし、先ほどランサーがその槍の穂先をアイリスフィールに向けたことに反応して初動が遅れたことや、元からの敏捷値の差もあってランサーとの距離はグングン離されていく。

 そして、ランサーはいち早く爆発の発生源に辿りつき、そこに倒れる一人の男を背負って倉庫街からすさまじい速さで離脱した。切嗣が令呪も使わなかったことからすると、どうやら幸いにもランサーは切嗣とは遭遇しなかったらしい。

「アイリスフィール、どうやら今宵はここまでのよううです。我々も城に戻りましょう」

 セイバーはアイリスフィールに向き直って退却を進言する。彼女を通じて切嗣に指示を乞うためだ。

「そうね……」

 アイリスフィールはその美しい銀髪に隠されたイヤホンに手を添えた。彼女には盗聴器が仕掛けられており、こちらの会話は全て切嗣に聞こえるようになっている。そして、切嗣からはアイリスフィールのもつ通信機に連絡がくる手はずになっている。

 数秒後、切嗣の声がアイリスフィールの耳に聞こえてきた。

「ハァ……ハァ……アイリ、ランサーは撤退したんだな?」

 切嗣は相当に疲弊しているらしく、その声に力はなく、息もあがっていた。

「どうしたの?すごい疲れているみたいだけど?」

「問題ないよ……ちょっと走り回っただけさ」

 ケイネスの砲撃からコンテナの間をかいくぐって逃げていた切嗣は、実際はかなり疲弊していた。固有時制御も使っていたため、本当は自力でアインツベルンの森に帰還するのも厳しい状態だ。後で舞弥に回収してもらわなければならないと考えて既に指示は出していた。

 初めての実戦を経験した妻を気遣って表面上は平気なフリをしているだけなのだ。

「君たちは事前の取り決め通りにC地点に向かってくれ。僕も別ルート経由で城に戻るから」

「……分かったわ」

 夫が無理をしていることはアイリスフィールも理解していたが、彼が強がっていることに対して特に言及することなく彼の指示を了承した。

 

 

 こうして第四次聖杯戦争の開戦から4日目の夜は終わりを迎えた。

 

 各陣営はそれぞれ、この聖杯戦争が既に自陣営が準備していた戦略から大きく逸脱した事態となっていることに頭を抱えることになる。


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