穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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改訂前のものがベースになっているので、以外と早く仕上がりました。
まぁ、ここは最初から大幅に変えるつもりはなかったものですから。ケイネス先生の手札とケリィの手札を一枚ずつ追加したぐらいしか変更点はないですね。


ケイネスの切り札

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは目の前で繰り広げられている戦闘を余裕綽々と言わんばかりの態度で観戦していた。

 自身の召喚したランサーも、アインツベルンのセイバーも、教え子に触媒を奪われたライダーも、何れも世界にその名を轟かす英雄だ。しかし、そのセイバーも、先ほど撤退した凄まじい数の宝具を使用するアーチャーも、何れも自身が召喚したランサーとの戦闘で劣勢に立たされていた。

 この時点で、今回の聖杯戦争では直接戦闘においてランサーを脅かしうるほどの能力を持つサーヴァントがいないことがほぼ確定したと言ってもいいだろう。なんせ、未だに正体がはっきりしていないのはキャスターとアサシンだけだ。何れのサーヴァントも直接戦闘を主体とするサーヴァントではない。

 本来であれば、自分は敵サーヴァントの相手はランサーに任せて敵のマスターを屠る予定だった。しかし、ランサーが戦闘を圧倒的に優位に進めていることから自身の手出しは不要と判断して静観することにしたのだ。ここでアインツベルンのホムンクルスを討ち果たすことは不可能ではないが、噂に聞く最強の狙撃手が戦闘中にできた隙を狙ってくる可能性もある。

 本音を言えば、英雄対英雄のドリームマッチの観戦に入れ込んでいたというのもあるが。

 ケイネスは視線を白じんできた東の空にむけ、その後懐から取り出した懐中時計に向ける。スイス製の高級時計の針は午前3時を指し示していた。夜が明けてからも戦うことはできない以上、勝負を急ぐべきか――ケイネスは自問し、思考の海にその意識を投げ出す。

 だが、思考の海に没頭していたケイネスは直ぐにそこから抜け出さざるを得なくなった。彼が常日頃から下卑な小細工と見下してきた科学から生み出した兵器が、大気を切り裂きながら彼に牙を突きたてたのだ。

 

 

 

 AN/PVS-04暗視スコープを覗いていた切嗣は目の前の光景に驚愕した。

 確かに自身の放った弾丸は寸分違わず目標であるランサーのマスターの頭部に吸い込まれる軌道を取っていた。だが、それは突如目標の前に競りあがった壁によって防がれたのだ。当然、狙撃に気がついた標的は切嗣の存在も察知しているだろう。

 狙撃が失敗したと判断した切嗣は即座に逃亡を図る。切り札のコンテンダーも持参しているが、今の切嗣の装備は切り札のコンテンダーとWA-2000、そして自衛用のベレッタM92だけだ。それだけで敵マスターを葬ることは極めて難しい。切り札のコンテンダーの有効射程は350mも無く後200m以上距離を詰める必要があるし、ケイネスが遠距離攻撃が可能な礼装を所持していればそれも難しい。

 高度な魔術迷彩を施しながらも敵の奇襲を警戒して防御策も用意していたケイネスは、予想以上に慎重な魔術師である可能性が高い。ケイネスが遠距離攻撃用の礼装も所蔵していると考えて行動する方がいいと切嗣は判断した。

 何より、切嗣には直接手を下さなくてもケイネスを葬ることができる手札が残っている。もしもその手札でもケイネスを打倒しきれなかったとしても、ケイネスがこちらの手札の相手に梃子摺っている隙をつくこともできるだろうし、仮に手札がケイネスに破られたとしても、時間さえ稼げれば夜も明けてケイネスは撤退を選択せざるを得なくなる。

 故に彼はワルサーWA-2000を躊躇無く投げ捨てて狙撃ポイントから海の方に駆け出す。同時に、切嗣はインカムに手をかけて手札に号令を下す。

『α、βは同時にケイネスを攻撃しろ。十字砲火に絡み取れ』

『了解』

 短い了承の合図も聞き飛ばし、切嗣は倉庫の屋根から飛び降りた。ケイネスと350mの距離があれば逃げ切るのは難しいことではないだろうと彼は考え、まず逃走して体勢を整えようとした。

 トドメをコンテンダーで刺すにしろ、ケイネスを打倒するには、コンテンダー以外にも武器が必要だ。最低でも、予備兵装(サイドアーム)のキャレコM950短機関銃は欲しい。

 AN/PVS-04暗視スコープとスペクターIR熱感知スコープを合わせて10kg以上の重量があるワルサーWA-2000はこの際諦めるしかない。敵に――特にゴルゴ13に回収される可能性を恐れ、一応手榴弾をセットし、放棄したワルサーを爆破して退散する。

 生憎この国ではワルサーWA-2000ほどの狙撃銃を簡単に調達することはできない。一応予備のライフルとしてH&K PSG-1を用意してはあるが、聖杯戦争の限られた期間に再度調達できるかは分からない武器を放棄することはかなり痛い。けれども、これらの武装は切嗣の命に、そして切嗣が叶えるこの冬木の地における流血を人類最後の流血にするという悲願には変えられないものだった。

 

 ケイネスは自身を襲う文明の牙を防ぐために起動した月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御によって、敵の襲撃に気がついた。甲高い反響音からして、自身を襲ったものが銃弾であることを理解する。

追跡(Ire)……!?」

 即座に索敵によって下手人の場所を突き止めようとするが、彼が索敵を命じようとした瞬間、再度月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御が発動して先ほどとは全く別の方向から放たれた銃弾からケイネスの身を守った。

「ぐうぅ……!!」

 再度ケイネスを襲った銃弾は、先ほどの狙撃と比べても段違いの破壊力を持つものだった。しかし、この程度では月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)は破られない。ゴルゴ13の参戦を知ったケイネスは近代兵器の威力を調べ、それに対処できるだけの防御力を月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に与えるべく改良を加えていた。

 ケイネスの施した改良の結果、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御は何とか持ちこたえているが、凄まじい威力の銃弾から身を護るだけの防御力を月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に与えるには、ケイネスはそれなりの魔力を継続的に消費し続けなければならなかった。

 ――敵の弾薬は何れは尽きるだろうが、それまで待っていたら消耗したこちらが不利になる。

 ケイネスは即座にそう判断し、対近代兵器用に開発した『切り札』を切ることにした。

目覚めよ、我が人形(agito,mei,pupa)

 ケイネスの足元から、銀の影が浮かび上がり、人に似た容を造り上げる。

命令(オーダー)――殲滅(エクスターミネーション)

 ケイネスの命令に従い、水銀人形は銃弾を浴びせる敵の下へと跳躍した。

「さて……では、私はこちらを相手にしよう。中々逃げ足は速いじゃないか、ドブネズミが」

 

 

 

 切嗣によってαの符丁を与えられていた二人の戦闘用ホムンクルスは、その手で抱えているM2重機関銃から放たれる弾丸の矛先をケイネスからこちらに接近する銀色の影へと切り替えた。彼女達のいる倉庫の窓から見える銀色の影がケイネスによって放たれた自身に対する刺客であると判断し、これを撃滅することを優先したからである。

 銀色の影は12.7mm弾の掃射を受けて弾き飛ばされ、影はコンテナに叩きつけられた。αはこれで敵の無力化に成功したと判断し、ケイネスを負うべくパートナーと共にM2重機関銃と弾薬の詰まったリュックを背負う。

 常人の数倍の筋力を持つホムンクルスであれば、40kg近いM2を両手で抱えることも可能であるし、M2の尋常では無い反動を受け止めることも難しいことではない。切嗣は彼女たちに通常一人では運用できない重火器を持たせることで、彼女たちの力を最大限に発揮できるようにしたのである。

 しかし、敵を排除したという彼女たちの判断は尚早だった。突如、彼女たちの背後の窓が吹き飛び、そこから銀色の影が侵入してきたのである。二人のホムンクルスは窓ガラスの破砕音に反応してM2重機関銃を構えたまま振り向くが、その判断は数秒遅かった。

 素早く一体のホムンクルスに接近した銀の人影は、その右腕をナイフのような形状に変化させて斬りかかり、M2重機関銃を両断する。ホムンクルスは咄嗟に一歩退いて右腕に浅い傷を負っただけですんだ。

 そしてその隙にもう一体のホムンクルスはその手に抱えたM2重機関銃に引き金を引き、銀色の影に再度12.7mm弾を叩き込んで窓の外に吹き飛ばそうとする。それに対し、銀の影は脚を鍵爪状に変形させて床に突き刺し、数メートル後退したものの何とか踏みとどまった。

 この時、ホムンクルスたちは月明かりに照らされたことで敵の正体を知る。

 それは、全身銀色の人形だった。おそらく、先ほどケイネスを銃弾から守ったそれと同じ、水銀の礼装だろう。ただ、先ほどの水銀の盾と違うのはそれが人型で、かつ自律して動いているという点だ。

 そして、水銀でできているためかいくら銃弾を浴びせても効果はない。弾痕によって水銀の身体が抉られているようだが、どうやら水銀の飛沫は殆ど飛んでいないためにその体積を減らして消滅させることも難しい。

 これこそ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが対ゴルゴ13用に開発した切り札――白銀兵骸(アルゲントゥム・プーパ)|である。ケイネスが偶然目にしたとある映画に登場した人間抹殺兵器にヒントを得て製作された自律式ゴーレムであり、物理的な攻撃はほぼ無効という現代兵器の使い手からすれば厄介極まりない礼装である。

 自身のボディの色を変えられないことと、擬態機能がないこと、そして知能の性能の低下を除けば、ほぼ映画に登場する人間抹殺兵器と変わらない性能を持つ。

 その身体を構成する水銀にはダイヤモンドの粉末が多量に配合されており、その大量のダイヤモンドは水銀と配合することでダイヤモンドを含む水銀自体を魔力のバッテリーとしている。そのため、ケイネスの魔力消費は殆どない。また、ダイヤモンドという宝石の持つ魔術的な特性も礼装自体の強度を高め、燃費をよくしている。

 因みに、このダイヤモンドの粉末は月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)にも含まれている。

 大量のダイヤモンドの粉末は、ダイヤモンドの希少価値を維持するためにアングロ=デ・ロアズ商会によってドーバー海峡に捨てられるはずだったダイヤモンドを用いた。魔術協会はアングロ=デ・ロアズ商会の会長であるソロモンと極秘裏に交渉を行い、宝石魔術師にとっては消耗品であるダイヤモンドの安価な裏の流通ルートを確保していたのである。

今回、ケイネスは宝石魔術師以外が使うことは珍しいこのルートを使い、安くダイヤモンドを大量に調達していたのだ。

 そして、手持ちの兵器であの人形を打倒することは難しい――そう結論づけた二人のホムンクルスは、M2を投げつけて水銀人形を牽制し、部屋の片隅においてあったステアーAUGを抱えて水銀人形から逃亡した。

 

 

 

 

『αより、00。敵の礼装――ゴーレムの襲撃。形勢不利』

 切嗣は手札の一つであり、αの符丁を与えられたホムンクルスからの報告を聞いて顔を顰める。どうやら、ケイネスはあの場にゴーレムまで持参するほどに念を入れていたらしい。そして、そのゴーレムは近代兵器で武装したホムンクルスをして形勢不利と言わしめるほどの脅威ときた。

 α、βの符丁を与えて倉庫街に待機させていたホムンクルスには、それぞれM2重機関銃やFFV-M2カールグスタフなどの重火器を持たせて待機させていたはずだが、それが通じないとなると、かなり厄介である。

 戦略を練り直そうと考えをめぐらせていた切嗣は、突如背筋に走った悪寒に反応して咄嗟に身を引く。同時に先程まで切嗣がいた場所に銀色の球体が上空から凄まじい勢いで落下してきた。落下の衝撃で砕かれたコンクリート片が切嗣の身体にも痛みを与える。そして、落下の衝撃による土煙の中から男の声が聞こえてきた。

「どんな手を使ったのかは知らないが、この私の魔術迷彩を看破したことは褒めてやろう。だがな、あのような粗野な武器で魔術師に対抗しようなど片腹痛い。私から触媒を奪った不肖の弟子でさえそれぐらいは理解しているだろう」

 土煙が晴れると、そこにいたのは先程まで350m先にいたはずの彼の標的だった。先程の銀色の球体の上に乗っている。その球体の下には先程の攻撃の破壊力を物語る小さなクレーターまでもできていた。

「さて……まずは名乗りをあげようか」

 切嗣は球体から降りた金髪の男を観察しながら機会を窺っていた。

 おそらく、この男は足元の礼装を跳躍させて瞬時にここまで移動したに違いない。そうなれば、この場で闇雲に逃げたところで追いつかれるのは必死だ。何とかしてこの男の礼装を封じなければ逃げられないため、否が応でも切嗣はここでこの男と正面から戦う必要がある。

 切嗣は自身の失策に忸怩たる思いを抱かずにはいられなかった。狙撃が失敗したために状況は何一つ好転していない。セイバーはランサーに手も足も出ず、手札は敵の礼装によって封じられ、自分は碌な装備もなく魔術師と正面からの戦闘だ。寧ろ状況は最悪の方向に動いたと言ってもいい。

 

「アーチボルト家九代目頭首、ケイネス・エルメロイがここに仕る――求める聖杯に命と誇りを賭していざ尋常に立ち会うがいい。――ああ、私はお互い存分に秘術を尽くしての競い合いを期待している。聖杯戦争を辱めるような真似だけはしないでくれたまえ」

 

 ケイネスは涼やかな笑みを浮かべながら、貴族(ロード)として高らかに宣言した。

 

 

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはかつて近代兵器は下種な小細工であり、高尚な魔術に対して野蛮で粗野な技術だと侮っていた。伝統と格式がある時計搭随一の魔術師であり、代々研鑽を続けてきた魔術の大家、アーチボルト家の頭首である自身の魔術に比べればからくり仕掛けの近代兵器など取るに足らないものだと認識していたのである。

 だが、今のケイネスは違う。今でも近代兵器が下種な小細工であるという認識自体は変わらないが、その野蛮で粗野な技術にも侮れない点があることは認めている。実際にその近代兵器に命を狙われたことで心の片隅にあった慢心も今の彼の心からは拭い去られていた。

「ふん……如何なる手段を用いたのかは知らないが、私の魔術迷彩を看破したことは褒めてやろう」

 ケイネスは眼前で銃を構える男にそう告げる。銃器を使う東洋人――おそらく、この男があのゴルゴ13であると彼は判断した。高尚な魔術の競い合いの場に銃器を持つ込むような無粋な輩が2人も3人もいるはずがないという先入観が彼の中にあったためである。

 男はケイネスに言葉を返すこともなく懐から銃を引き抜き、同時に発砲してケイネスの前に弾幕を張った。当然、ケイネスの誇る礼装月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)がこれを阻止する。

「そのような豆鉄砲で月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御を突破できると思うな!!ScaIp(斬ッ!)』」

 ケイネスの詠唱により、水銀は鞭のような形状に変形して男に向かっていく。男は紙一重でそれを回避し、再びその手に握った銃から放たれる絶え間ない銃弾によってケイネスを牽制しながら倉庫街の通路に飛び込んだ。だが、ケイネスは逃がす気はさらさら無い。

追跡 抹殺(Ire:sanctio)!!」

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)に自動索敵をさせつつ、自身は追撃するためにポケットから新たな礼装を取り出して詠唱する。同時にケイネスが背を向けている海から10を超える水球が浮かび上がった。僅か2フレーズの詠唱でケイネスは流体操作の技術で海水から水球を形成し、重量軽減と風の操作で水球を浮遊させているのである。おそらく、同じことが瞬時にできる魔術師など、時計搭にも数人しかいまい。

球体(グロブス)……攻撃(インクルシオ)!!」

 ケイネスの詠唱に従い、水球の半数は空に打ち揚げられ、残りは直接標的を目指して眼前の倉庫の壁に殺到する。既に狙いは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律索敵で把握済みだ。ケイネスは把握した敵の座標に落下するように水球を打ち揚げ、同時に倉庫の壁ごと貫く弾丸を放てばいい。

  月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の盾に舞踏操液(アルターティオ・リクイドゥム)の矛。両者とも自身の持つ「風」と「水」の二重属性に共通し、最も得意としている流体操作を活かした礼装である。ケイネスは聖杯戦争に合わせて改良を加えたこの礼装に絶対の自信を持っていた。

「さぁ、覚悟しろゴルゴ13!!高潔なる魔術の真髄をもってこのケイネス・エルメロイ・アーチボルトが貴様の首を獲る!!」

 先程から彼らしからぬハイテンションで威勢のいい言葉を次々と言い放っているが、実はケイネスはそんな見た目の態度ほど余裕があるわけではない。先程の銃弾は月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の自律防御でも場合によっては突破されないほどの威力であり、ケイネスに初めて死の恐怖を体感させた。今の彼の態度は半分ほどはその恐怖を克服するために無理して振舞っている虚勢なのだ。

 実際、目の前の動くものに対して弾倉(マガジン)が空になるまで銃撃し続ける新兵ほどではないが、彼がかつてない緊張状態を強いられていることは確かだった。彼が緊張状態にありながらもその判断力を最低限維持できていたのは、事前の準備が――自信を守る絶対の盾があってのことである。

 ケイネスはこの戦争に参加する前に、自身の義父となる恩師であり、婚約者であるソラウの父から直々に忠告を受けていた。ソラウの父は冬木の地で行われる第四次聖杯戦争にゴルゴ13という現代最強の暗殺者が参戦するという情報を聞きつけるや否や、ケイネスに聖杯戦争を降りるように態々説得しに来たのだ。

 そしてケイネスは彼の忠告に従い、狙撃を警戒して魔術迷彩と同時に月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)を常に発動状態にするなどの対策を講じた。魔術迷彩との同時展開は彼ほどの魔術師でも片手間にできるものではなかったこともあって非常に不愉快なことではあったが、流石に彼の言葉を蔑ろにするわけにもいかなかったのだ。

 義父上の忠告に従って正解だったな――――ケイネスは内心でソラウの父に感謝する。彼が聖杯戦争前にゴルゴ13の存在を警告してくれていなければ、先程の狙撃で自身の命運は尽きていただろう。

 初めは義理の父の言葉とは言えど自信の矜持に反する忠告に反感を覚えたものだが、実際に命を救われれば認識を変えざるを得ない。代行者や封印指定執行者に匹敵するという情報の割りには大したことがないようにも思えるが、ケイネスは決して警戒をおこたることはなかった。

 

 

 

 

 

「ふざけるな……ゴルゴ13の首を狙うなら、その顔ぐらいは調べとけ!!」

 衛宮切嗣は勘違いをこじらせた魔術師に対して忌々しげに吐き捨てた。

 どうやら、ケイネスはこちらのことをゴルゴ13と誤解しているらしい。まともに情報を集めていれば自身とあの男が別人であることは一目瞭然のはずなのだが、まさかケイネスは敵の顔も知らないで首を獲れる気でいたのだろうか。だとしたらお笑い種である。

 実際のところはケイネスが情報収集よりも銃器対策となる礼装の製作に精を出していたのと、そもそも彼の情報網ではゴルゴ13の写真を入手することができなかったというだけのことなのだが、切嗣はそんな間抜けな真実を知る由もなかった。

 だが、迫り来る銀の鞭はかなりの脅威だった。単調な攻撃ではあるのだが、切り替えしが早い。軌道が読めても、次から次へと間髪いれずに打ち込まれればこちらから反撃に転じることは難しい。

 どうやら、ケイネスは敵を仕留めることを優先してはおらず、あくまで敵の消耗と反撃の封殺、そして自身の防御を重視してこの礼装を用いているようだ。ただ、防御を重視している分、決定力に欠ける礼装であるというのも事実。これならば上手く逃げられると切嗣は考えていた。

 ――――だが、この予想はこの直後に覆されることとなる。

 何かが地面を這って近づいてくる気配を感じて切嗣はとっさに右手に握るキャリコを背後に向ける。そして地面を這って延びてきた水銀の存在に気がつき、その正体を歴戦の経験から看破する。

「自動索敵か!!」

 瞬間、切嗣は直感に従って横に飛びのく。同時に切嗣が身を隠していた倉庫の外壁が突如爆砕され、外壁に穿たれた穴から何かが襲いくる。切嗣は咄嗟に飛びのいたおかげで難を逃れたが、切嗣を襲った何かはそのまま切嗣が背を向けていた隣の倉庫の外壁にも大穴を穿っていた。

 しかも、襲撃はこれだけでは終わらない。風を切る音と共に上空から先程と同じものが降り注ぐ。ただ、幸いなことに砲撃精度は甘いものであり、切嗣は弾雨の中を何とかやりすごすことに成功していた。

 ――――この臭いと感触からして、こいつは塩水か。

 狙いを外して地面や左右の壁面に炸裂した砲弾から飛び散った液体を浴びた切嗣は、自身を襲う砲弾の正体は海水だとあたりをつけた。一応毒を警戒して口に含んではいないが、ほぼ間違いないだろう。

 おそらく、ケイネスは海水を流体操作の技術で球体に形成、それを浮遊かそれに類する魔術で打ち上げる。破壊力から察するに、この水球は重量増加の魔術を施して落下のエネルギーを増幅させているのだろう。

 そして先程からこちらを壁越しに狙う弾丸も恐らくは同じ海水で、あの水銀の礼装のように圧力を操作して打ち出しているのだろう。照準はあの水銀による自動索敵がしてくれるためにケイネスが態々近づく必要はない。しかも、弾は無尽蔵だ。先程の水銀といい、ケイネスはよっぽどこちらに消耗を強いることが好きらしい。

「……砲撃の影響で更に弾着観測が乱れているみたいだな。これなら、逃げられる」

 この礼装は視覚をもってこちらを感知しているわけではない。温度や音で対象の位置を探知しているのだろう。如何にケイネスが凄腕の魔術師とは言え、礼装が捉えた広大な索敵範囲の視覚情報を一人で処理することは脳にかかる負荷を考えればありえないからだ。

 砲撃の精度が初弾以降低下しているのは、弾着の衝撃音で音探知機能が狂わされとことと、水を被った自身の体温が低下していることが関係しているのだろう。砲撃精度を見る限り、ケイネスは礼装を使用した弾着観測は行っていないが、それは恐らくとても観測できる状況に無いからだろう。ケイネスがやっていることは結局のところ、原始的な関節照準射撃に近いものだ。

 そして、温度と音でこちらを探知しているのなら、逃げる方策もある。切嗣は懐からM18発煙手榴弾を取り出し、ピンを引き抜いて後方に放り投げる。そして同時に切嗣は全力で駆け出した。

 発煙手榴弾は紫煙を吐き出しながら宙を舞う。そしてそれを目掛けて多数の砲弾が打ち込まれるが、砲撃精度の低さもあって当たらない。どうやら切嗣の目論見通りケイネスの礼装は発熱する発煙弾を目標と誤認したらしい。そして砲撃が囮に向いているうちに切嗣は離脱を試みる。

 

Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!!」

 

 衛宮の家伝である時間操作の魔術によって切嗣は一時的に体内時間を操ることができる。この魔術によって自身を加速させた切嗣は凄まじいスピードで夜の倉庫街を駆け抜けた。目指すは未遠川の河口だ。人気のあるあたりにまでいけば聴覚と温度に頼るしかないケイネスの礼装では追跡は困難になる。切嗣は人ごみに紛れることでケイネスの追跡を撒くつもりなのだ。

 ――ただ、問題はあの雨のような砲撃を避けながら逃げて僕の身体が持つかだな。

 切嗣は猛スピードで走りつつ、逃亡のリスクを考えて険しい表情を浮かべていた。




ケイネス先生の水銀ゴーレムは、あの溶鉱炉に落とされた人間抹殺兵器そのものです。

設定資料集にソロモンとデイブを追加しました。

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