穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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今日はなんだか執筆速度が以上に早い……
多分、ついに登場したあのお方のせいだと思う。


ゴルゴ13の武器

  ――――第四次聖杯戦争開幕の二ヶ月前

 

 アメリカ合衆国 ニューヨーク

 

 ニューヨークの片隅、古いビルが立ち並ぶ一角にある寂れた工房にゴルゴの姿があった。

「あんたか……」

 久しぶりに来店したゴルゴを複雑そうな表情で迎えた中年の男の名は、デイブ・マッカートニー。ゴルゴがその職人としての技術をこの世で最も信用している銃職人(ガンスミス)だ。

「それで、今度は一体どんな無茶苦茶な注文じゃ?」

 1km先のフットボールを打ち抜ける銃を超ロングマグナム弾込みで3時間で作らされ、宇宙空間で使えるM-16を2日の徹夜で作らされ、M-16用223ウィンチェスター弾頭に極小の雷管、火薬を埋め込んだ炸裂弾を作らされるという常軌を逸した無茶振りを経験しているデイブは、既にこの男の口から飛び出す荒唐無稽な注文に慣れていた。

 10倍スコープにピッチ8分の3インチ螺子穴を切るような、1時間でも終わる仕事であればいいなぁと心の底では思うのだが、まぁそれはないだろうとデイブは諦観した表情でゴルゴに尋ねる。

 だが、何故だろうか。この時、デイブは、あのM-16用小型炸裂弾を作らされたときと同じ、いやそれ以上の悪い予感を感じていた。そして、その予感は的中する。

「最低でもマッハ12の銃弾を放つことができる狙撃銃を作ってくれ……」

「な、な……なんだってぇ!?」

 デイブは自身の耳を疑った。この男の口から放たれた注文が信じられない。『マッハ12』の弾を飛ばす銃など、一体なんでそんな注文が出てくるのだろうか?デイブはただ唖然とするしかない。無重力で使えるM-16の方がまだ用途が思い浮かぶ。

 しかし、ゴルゴは言葉もでないデイブの前に100ドル札の札束がぎっしりと詰まったアタッシュケースを置いて話を続ける。

「期限は二ヵ月……謝礼はもう用意してある……」

「ちょっ……ちょっと待ってくれ!!」

 あまりに無茶苦茶な注文にデイブは慌てふためく。

「マッハ12だって!?アメリカの偵察機SR―71ブラックバードだって最高速度はマッハ3.2だぞ!?あんたはコミックに出てくるヒーローでも撃つつもりか!?そんなもの一体何に……」

「…………」

 デイブはゴルゴから向けられた無言の圧力に気づき、それ以上喚くのをやめた。この男との付き合いは長い。この男について余計な詮索をしないということも既に二人の間の不文律となって久しかった。

「……俺には、お前以外にこの注文をこなせる銃職人(ガンスミス)の心当たりはない」

 そしてこれだ。世界最高の狙撃手からの、余計な修飾のない褒め言葉。世界一の狙撃手に職人としての腕を頼りにされるというのは、銃職人(ガンスミス)として冥利に尽きる瞬間だ。この男から世界最高の腕と見込まれて依頼を受けると、どんな無茶な仕事だろうと引き受けないという選択肢がなくなってしまう。

「はぁ……分かった、引き受けるよ。アンタがこんな馬鹿げた銃でヒーローを撃とうがモンスターを撃とうが、ワシには関係のないことだ」

「頼んだ……」

 

 また、二ヶ月の間この工房は休業の看板を掲げた修羅場になるだろう。最近は目も疲れやすいし、昔のように何日も徹夜仕事をすることはできないが、それでもやる気だけは初めてあの男と出会ったあの時から全く変わらない。

 あの男から仕事が回されてくる限り、自分は引退できそうにない――デイブは誰もいない工房で、誰に向けたものでもない誇りに満ちた笑みを浮かべながら図面を引き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 冬木港の倉庫街での戦いを監視し、今が好機だと判断したゴルゴは、その肩に巨大な筒を背負いながらキャスターの転移によってとある貸しビルの一角に転移していた。

「……この部屋を遮音結界で覆え」

「分かったわ」

 キャスターは僅か一小節の詠唱で部屋に遮音結界を張る。そして、その傍らでゴルゴは拠点から持参した長さ3m以上はある太い筒を、部屋の中にある家具に擬装された固定具に接続し、筒の向き、高さ、角度を固定する。既に、幾度も下見しているため、どの角度、どの高さ、どの向きに調整すればいいかは分かっている。

 さらにゴルゴはいくつかの配線を砲身の根元に設置された特殊な装置へと繋げて、準備を淡々と進めていく。本来であればこの鉄の筒は、如何にゴルゴ13といえども簡単には持ち上げられないはずだ。しかし、キャスターの重量軽減の魔術のおかげでゴルゴが片手で扱うことができた。そのため、本来であれば数人がかりでなければ行えない作業もゴルゴ一人で難なくこなしていた。

 そして、筒を固定したゴルゴはその筒に、キャスターに持参させていた大荷物から取り出した様々な部品を付け加える。筒の中に椎の実型の弾丸をはめ込み、筒の戦端を高圧カップリングで覆い、そこにチューブを付け加える。

 

 数分後、柱と壁を無機質なコンクリートで覆われた色のない一室で組みあがったのはまるで大蛇を思わせるような太く長い『砲』であった。砲身の長さはおよそ3mほどだろうか。『砲』とそれを固定する家具にカモフラージュされた固定具しかない部屋の中央をこの巨大な砲身が占拠し、なんとも形容しがたい圧迫感を醸しだしていた。

 ゴルゴは各部のチェックを終えると、銃身上部に取り付けられた照準器を除いて目標の姿を確認した。艦砲や戦車砲を思わせる物干し竿の先、700m先に存在するビジネスホテルの窓には漆黒の僧衣を纏った男の姿があった。アサシンのマスター、言峰綺礼である。

 

 言峰綺礼がアサシンのマスターであることは、キャスターが街中に張り巡らせた監視網から既にゴルゴたちは予測していた。加えて、現在冬木港で行われている戦いでその予測は完全な確信へと変わった。

 ゴルゴからしてみれば、今回のアサシンはまず第一に葬らねばならない存在であった。幾多の暗殺者を返り討ちにした自分ですら襲撃の直前でなければ気配を看破することができない気配遮断スキル、そして優に80は超えるその数。

 街のいたるところに忍び隠れる存在がいれば、自分たちの戦力、動向が筒抜けになる可能性は否定できない。また、こちらが敵に対して行動を起こそうというところを襲われる危険性もあった。端的に言えば、このサーヴァントがいるかぎりこちら側が積極的に攻勢に出ることは非常に難しい状態にあるのだ。

 ゴルゴの側にも街中に張り巡らせた監視網を持つキャスターがいるが、その監視網とて全てのアサシンの動きを同時に監視することは不可能だ。加えて、もしも彼らが近代兵器で武装して襲撃を企んだ場合、それを阻止することは至難の業だ。暗殺者の英霊の技量と、暗殺に適した近代兵器が合わされば、その脅威は如何ほどか。

 加えて、今回召喚されたアサシンの宝具も厄介極まりないものであった。分身を作る能力か、手下を召喚する能力なのかは不明だが、どちらにせよこのサーヴァントを消滅させるのは非常に難しい。

 何故なら、80体近いアサシンの全てを葬らなければアサシンの脱落とはみなされない可能性があるからだ。その場合、気配を隠して見つけることすら難しいアサシンを地道に一体一体狩るか、マスターを仕留めて魔力供給源を絶って一網打尽にする以外にアサシンを脱落させる方法はない。

 前者も途方もない苦労が必要だが、後者も負けず劣らず厄介だ。なんせ言峰綺礼は聖堂教会の元代行者である。並大抵の方法で仕留められる相手ではない。その身体能力、格闘能力はゴルゴのそれを遥かに超越しており、実戦経験も豊富だ。直接この男と戦って勝利できる可能性があるのは、サーヴァントだけだろう。

 そして言峰綺礼は十中八九遠坂時臣と組んでいるとゴルゴは看破していた。彼のここ数年の動きを調べ、最低でも1年前には既に彼が令呪を得ていた可能性あったことを突き止めている。一度は代行者にまで任命された聖職者でありながら、時臣の下で魔術の研鑽に励むなどの情報証拠は多数あがっていたし、遠坂邸や冬木教会内の電話を盗聴して内通を思わせる会話も拾っていた。

 この遠坂との同盟もアサシンの脅威度を上げる要因の一つだった。アサシンが諜報と暗殺に従事し、遠坂時臣のサーヴァントがその情報をもとにして動いた場合、彼らはこの聖杯戦争で常に優位に立つことができる。

 遠坂時臣の召喚したサーヴァント、アーチャーの戦闘能力は現在冬木港で繰り広げられている戦いを見れば一目瞭然だ。あれは、アーサー王にイスカンダルという一級品のサーヴァントをも凌駕する、ただでさえ圧倒的な力を持つ格上のサーヴァントであった。

 冬木港で繰り広げられている戦いを見る限り、あのサーヴァントを下せる可能性があるのは、優秀なマスターに恵まれた超一級品の大英雄であるランサーくらいだとゴルゴは分析していた。

 真名を看破されて弱点である踵を狙われたら危ないだろうが、セイバーとの戦いを見る限り、ランサー陣営は徹底してランサーの真名を隠そうとしていることが分かる。

 生前にランサーと婚姻を結んだメディアや、イリアスにどっぷり嵌っていたイスカンダル以外では、ランサーが宝具を開帳しない限りは『アキレウス』というトロイア戦争の大英雄であることを看破することは難しいだろう。ゴルゴでさえ、メディアの反応がなければあのランサーの真名がアキレウスであることを看破できなかったのだから。

 結果、ランサー陣営以外がアーチャーの脱落を狙うとしたら、その手段はマスターである遠坂時臣の抹殺以外はないという結論に至る。

 しかし、遠坂時臣を抹殺したところでアーチャーが即座に脱落するわけではない。アーチャーはクラス別能力として単独行動スキルを有しており、マスターなしでも数日間は現界し続けることが可能だからだ。

 Aランクの単独行動スキルをあのアーチャーが保有していた場合、最悪マスターを失ってもその身の消滅と引き換えに一度きりであれば宝具を開帳することも可能だ。あの超一級品のサーヴァントの奥の手となると、例えマスターを失った状態であろうとも敵を道連れにしかねない。マスター不在で弱っているからといってアーチャーに戦いを挑むことも危険なのだ。

 また、最も考えられる選択肢として、マスターを失ったアーチャーが同盟者である言峰綺礼を新たなるマスターとする可能性も考えられる。マスターを失っても数日間は現界できるのだから、同盟者と合流して新しい主従契約を交わすことになんの不思議もない。

 言峰綺礼からしても、あれほど強力なサーヴァントを得られるのだから、主従契約を拒否する理由はないはずだ。だが、そうなれば他の陣営からすれば悪夢以外の何者でもない。あの超一級のサーヴァントからマスターという唯一の弱点がなくなるのだから。

 つまり、アサシンを倒して後顧の憂いを失くし、アーチャーを確実に脱落させるためには、ゴルゴとしてはどうしても聖杯戦争の序盤で言峰綺礼を葬り去る必要があったのだ。

 

 

 言峰綺礼は戦略上序盤で必ず葬っておかねばならない相手であるとは言えど、ゴルゴにとっても代行者というのは簡単に屠れる相手ではない。聖遺物や神秘の隠匿に関わって代行者と激突した経験もあるゴルゴだが、これまでに体験した代行者との戦いはそのどれもが激戦であった。

 当然、代行者の能力も熟知しており、身体能力で言えば彼らは自分よりも高みにあり、真っ向からの戦いでは自分に殆ど勝ち目がないこともゴルゴは自覚していた。しかも、ゴルゴの擁するサーヴァント、キャスターと言峰綺礼の相性もあまりよくないため、サーヴァントによる抹殺という手段も使えない。

 キャスターは根っからの魔術師であり、戦闘の経験は非常に少ないのである。絨毯爆撃じみた魔術による攻撃は可能だが、数々の修羅場を潜り抜けた元代行者であれば弾道を読み、最低限のダメージで爆撃を潜り抜けることが可能だ。最悪、逃げられる可能性もあるだろう。

 アサシンを何体か令呪で強化して特攻されれば、戦闘経験に乏しいキャスターでは万が一のこともありえる。

 故に、ゴルゴは言峰綺礼を自分の手で葬る策を用意していた。確かに、戦闘能力、身体能力ではゴルゴは言峰綺礼に歯が立たない。けれども、ゴルゴ13はこれまで幾度も自分よりも優れた能力を持つ相手と戦い、それを退けてきた。

 ヒマラヤ山脈という世界最高レベルの高地にてゴルゴを圧倒した、中国山岳部隊の創設者の『燐隊長』。純粋な暗殺者としての技量でゴルゴを上回る盲目のプロフェッショナル『イクシオン』。百発百中のゴルゴの射撃を回避するほどの身体能力を持つバイオニック・ソルジャー『ライリー』。自身の半径3km以内のゴルゴの殺気を感知するKGBの超能力者(テレパス)『アンナ』。その誰もが、ゴルゴをして強敵と言わしめる恐ろしい相手だった。

 しかし、、ゴルゴはその強敵たちの全てに結果として勝利している。自身の能力を凌駕する強敵たちを幾度も葬ったゴルゴの最大の武器はその身体能力でも、臆病深さでも、狙撃の腕でもなく、豊富な知識と、自身の持つ能力の全てを活かした最良の策を即座に見出すその頭脳なのだ。

 そして、その頭脳が導き出した、元代行者という戦闘者を確実に屠るための答え、それこそが今ゴルゴの目の前に聳える巨砲に他ならない。

 

 その巨砲は、ゴルゴが世界で最も頼りにしている銃職人(ガンスミス)、デイブ・マッカートニーが二ヶ月の月日をかけて作成した、ゴルゴのリクエストに完璧に応えた最高の一品だった。




ゴルゴといえばデイブ・マッカートニー!!そして、ゴルゴの彼に対する無茶振り!!
ということで、満を持してデイブの登場です。
改訂前では出番はない予定でしたが、改訂版のプロットの参考にゴルゴ13を読み返していると、どうしても彼を出したくなってプロットを改変してまで彼の登場を盛り込みました。

そして、デイブを書くと執筆速度が上がる上がる……やはり、自分もこの人が大好きでたまらないみたいです。

捕捉:一応、マッハ12というのもそれなりの根拠があっての数字です。次話でそのあたりについても詳しく触れたいと思います。
 無理じゃね!?とか、お前物理学舐めてない?軍事のトーシロが!みたいな文句は、次話にて自分の出した答えを見てからお願いします。

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