穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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注意!!

これは本編とは何の関係もないIFのストーリーです。あくまでアイデアのみで、この構想のIFの続編も期待しないで下さい。

拙作をはじめてご覧になる方は、第5話「帰郷」から読んでください。


英霊召喚――IF

 召喚陣の前に立ち、雁夜は静かに息を吐いた。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 魔術回路が起動し、雁夜の全身が炉となって召喚陣に魔力供給を始める。

「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 召喚陣に光が灯る。風が巻き上がり、まるで召喚陣そのものが生きているかのように感じられる。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 次第に大きくなる召喚陣の鳴動をゴルゴは眉一つ動かさずに見つめ続けていた。彼にとってはこの高度な魔術的な儀式などはどうでもいい。ただ、彼の望む計画通りにことが進められるかどうか。それにしか彼には感心はないのだ。

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 満月の夜、燃え盛る焔のように周囲を照らす召喚陣の前で雁夜は己の意志を誇示する狼のように吼えた。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 召喚陣から溢れ出した光は地方都市のはずれにある山中を昼の如く明るく照らし出す。その光はどこか神々しく、神秘的な光で、英霊の召喚という奇跡を体現しているようであった。

 奇跡の光を前に思わず感嘆する雁夜に対し、その傍らで召喚を見守るゴルゴの表情は全く変わらない。ゴルゴは神秘的な召喚そのものには全く目もくれず、光の中に顕現した人間の影だけを見据えていた。

 目の前の光景に見とれていた雁夜だが、光が収まるにつれて我に帰る。同時に全身からエネルギーが吸い上げられ、まるでフルマラソンを完走したかのような疲労に襲われた雁夜はその場に立つこともままならずに倒れこんでしまう。

「我を英霊の座から招いた身の程知らずは貴様か?召喚の儀式の魔力消費にも耐えられない未熟者が、よくもまぁこんな戦争に参加しようと思ったものよ」

 魔力消費に耐えかねて倒れてしまった雁夜だが、意識ははっきりしていた。目も、耳も、鼻も舌も全て正常だ。だから彼は自身に向けられたまるで毒草のような危険で妖艶な雰囲気を醸しだす女の声音をはっきりと聞くことができた。

 体力の限界に近い身体に力を籠めて何とか上体を起こし、目の前に顕れたサーヴァントを見据える。

「先程の言葉が聞こえなかったのか?もう一度、問おう……お主が我を招きしマスターか?」

 目の前にいたのは黒いドレスを纏った女性だった。絶世の美女といっても差し支えないほどに麗しい。雁夜は一瞬女性に見惚れてしまったが、直ぐに我に帰って口を開いた。

「ああ、俺――間桐雁夜があんたを招いたマスターで合っている。それで貴女は誰だ?」

 雁夜は己の右手の甲に刻まれた令呪を見せ、己がマスターであることを目の前の女に示す。だが、目の前の女性は胡散臭そうな目で雁夜を一瞥するとすぐに視線をゴルゴの方に移した。

「ふむ……パスも一応繋がっておるようであるし、確かにお主がマスターということは事実のようだな。……しかし、そこの男よ、お主は何者か?我の美貌にも一切反応を示さないその不愉快な態度といい、その眼光といい……只者ではあるまい」

 美しい女性はよく薔薇に例えられる。外見は綺麗でも、気安く手を出せばその棘によってしっぺ返しを受けるという皮肉を籠めた例え話である。目の前にいる美女も、世の中の男が薔薇と讃えてもおかしくはない美貌の持ち主だということは疑いようもない事実だろう。

 だが、雁夜は彼女を薔薇だとは思えなかった。彼女の色香はまるで麻薬を彷彿とさせるほどで、もしも彼女に夢中になってしまえばその先にあるのは破滅の道だけだったに違いない。雁夜はこの女に甘い香りで蟲たちを惑わす食虫植物を幻視した。

「彼は俺が雇った協力者だ……俺がこの戦争に参加する事情も全て知っている。警戒しないでほしい」

「三流のマスターよ。お主には聞いておらぬ。我はあの男に聞いているのだ」

 女は雁夜の言葉など歯牙にもかけず、探るような視線をゴルゴに向けている。それに対し、ゴルゴは先ほどまでと変わらない自然体で対応する。

「俺はデューク・東郷だ……間桐雁夜との関係は本人が言った通りで間違いはない……」

 以外にも、女はゴルゴについて深く追求しなかった。只者ではないと評した人間に対する反応としては、随分あっさりとしているようにも思える。

「……よかろう。あの男――デューク東郷とやらはお主の味方ということでよいのだな。ならばこれ以上の追求はせん。しかし、我のような英霊を最弱のクラスで呼び出すとは……しかも召喚一つで疲労困憊なほどの腕前で。我がマスターは自殺志願者か?それとも、自分の力量もわからず、我のことも知らぬ阿呆か?」

 雁夜は女の言葉を否定することはできなかった。魔力供給ですら事欠くことが予想される実力で聖杯戦争に参加したことは事実であり、実際ゴルゴに依頼しなければ勝機は0だったに違いない。最悪の場合は臓硯の刻印虫にすら頼らざるを得なかったかもしれないのだから。

 ただ、悲惨な自身の実力よりも気にしなければならないことがある。最弱のクラス――先ほどこの女は確かにそう言った。聖杯戦争において最弱と呼ばれるクラスと言えば、一つしかない。

「俺は自殺志願者でも、阿呆でもない。勝たなければならない理由があるから、勝つために貴女を呼んだ……して、貴女はその口ぶりからするに魔術師(キャスター)か?」

 だが、女は雁夜の問いかけに対し、嘲るような笑みを浮かべる。

「間違ってはおらぬ。確かに我は魔術師(キャスター)のサーヴァントだ。だが、我の特性から考えるに、魔術師(キャスター)と断ずるのも少し不足があるぞ?」

 女の言っていることの意味が理解できずに、雁夜は眉を顰める。

「我の保有するスキルには『二重召喚(ダブルサモン)』というものがあってだな、我は魔術師(キャスター)でありながら『暗殺者(アサシン)』のクラス別スキルも持っている」

 女の告白に雁夜は目を丸くする。雁夜の反応が面白かったのか、女は口元に手をあてながら笑った。

「ククク……何だ?その反応は。我の逸話を知っておれば別に驚くことでもなかろうに」

「俺は貴女の逸話は知らない。そもそも、俺は貴女の名前すら知らされていないんだ」

 雁夜は若干不貞腐れながら応える。知っていて当然とでもいいたげな女の反応は不快だった。

「お主……本当に自殺志願者でないのか?それとも、お主はデュークとやらから恨みでも買っておるのか?お主のような凡庸でつまらないマスターが我を呼ぶということは、我の裏切りに最後まで気づくこともできずに屍を曝すということと同意義であろうに……」

 即席の祭壇にまで近寄り、そこに置かれていた触媒を手にする。

「わざわざ我が使っていた匙まで用意していながら、まさか我が呼ばれるとは思わなんだとは。お主ほど単純な愚か者では、裏切りもあまり面白くないわ」

 女は溜息をつき、心底呆れたとでも言いたげな視線を雁夜に向ける。しかもその視線からはどこか哀れみすら雁夜は感じていた。

「重ねて言うが、俺は自殺志願者ではない……はずだ。まぁ、俺も貴女が誰かということは知らないんだが。触媒を用意してくれたのは俺の協力者の方で、俺はその触媒がなんなのかすら教えてもらっていないんだ」

 どこか憮然とした態度をとる雁夜に対し、キャスターは先程とは違い探るような視線を向ける。そしてそのままゴルゴに向き直った。

「お主はこの聖遺物が私の縁の品であることを知らなかったわけではなかろう?こんな騙す価値もなさそうな男に何故我のことを話しておかなんだ?」

「……俺は依頼を遂行すべく雇われたにすぎず、聖杯にもこの戦争にも興味はない。俺にとってあくまで聖杯戦争は依頼達成のための手段にすぎず、聖杯に求めるものは何もない。そして、お前を召喚したのもこの男の依頼の遂行のためだ」

「くくく……聖杯戦争に勝ち残るために我を呼ぶか。幾多の英霊の中からこの我を選んだにはそれ相応の理由があるはずであろう。申してみよ」

 女の態度は面白そうな玩具を見つけた暴君のそれを思わせる。ゴルゴはそんな女の問いかけに対し、淡々と答えた。

「……最初から召喚させるサーヴァントは魔術師(キャスター)以外の選択肢はなかった。まず、剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)の三騎士はその基礎能力の高さから競争率が高い。この戦いを見据えて何十年も前から準備を進めている始まりの御三家は、おそらくこの三騎士の何れかに強い適正を持つ大英雄縁の品を既に入手しているに違いないからな」

 これまで自身にも明かされてこなかったゴルゴの戦略に雁夜も耳を傾ける。

「同じクラスの枠を取り合う場合、他のクラスの適正が無いか、より強大な英雄が優先される。……そのため、戦争の一年前から準備してもこの三騎士の枠に該当する英雄を確実に引き当てられる保障がない。クラスの椅子取りゲームに敗北し、無理に適正が低いクラスで英霊を召喚してしまえばサーヴァントの弱体化も免れない。また、狂戦士(バーサーカー)を選ばなかったのは偏に依頼者の実力不足からだ。依頼人が狂戦士(バーサーカー)を召喚したとしても、その魔力消費に耐えられず自滅してしまう可能性が高かった。……おまけにそもそも狂戦士(バーサーカー)というのは手綱を握るのが難しいクラスだ。彼では恐らく御しきれないだろう。戦略的にもあまり使いやすい駒ではないことは確かだ」

 冷静かつ現実的な分析に対し、女は口角を上げながら問いかけた。

「……つまり、準備不足ゆえに戦略が最初から制限されていたというわけか。事情があったにせよ、初手でもたつくようでは、何れ我が何かしなくてもボロを出しそうであるな」

「…………」

 女はゴルゴをバカにするような発言をするが、ゴルゴは逸れに対して全く反応をみせることはない。その態度を見た女はゴルゴの評価を上方修正する。

「お主が我をサーヴァントに選んだ理由は推測できるぞ。我がマスターは未熟もいいところ、騎乗兵(ライダー)を呼んだとしても宝具はまず使えん。騎乗兵(ライダー)の宝具は確実に現代の技術を超越した乗り物になるであろうが、同時にそれだけの代物を街中で使うならば最低限の隠匿技術を必要とする。マスターにはそれが存在せぬから、騎乗兵(ライダー)を選ぶことも憚られた。暗殺者(アサシン)は本来山の翁しか呼べぬが、暗殺者(アサシン)としての逸話と魔術師(キャスター)としての逸話を持つ我であれば、正攻法を使わずともこの戦争で暗殺者(アサシン)としての役割も担いながら上手く立ち回れると踏んだわけか。デュークとやら、貴様の戦略眼は中々のものではないか。褒めてつかわすぞ」

 女からの賞賛もゴルゴにはどこ吹く風といったところだ。だが、女はゴルゴのそのようなところもお気に召したらしい。

「だんまりか……まぁよい、お主は中々どうして面白げがありそうだからな。ただ、一つだけ答えよ。お主は我を召喚する危険性は考えなかったのか?」

「……アッシリアの女帝を召喚する危険性は承知している。その上での選択だ」

 

 アッシリアの女帝。その言葉で雁夜は女の正体を初めて知る。だがその時、雁夜は女の纏う雰囲気が一変したことを肌で感じ、同時にその凄みに震え上がった。虎や獅子のような圧倒的な力と意思による圧力ではない。例えるのであれば、それは女郎蜘蛛だ。決して力が強いわけではないが、その妖しげな美しさが生理的な恐怖感をも抱かせる。

「……なるほどな。最初から信頼関係とやらは考慮に入れておらぬというのか。だが、世界最古の毒殺者の名は伊達ではないぞ。このセミラミス、果たしてお前に扱えるものなのか?」

――だが、裏切りを目の前で仄めかすセミラミスに対し、ゴルゴは初めて正面から向かい合って答えた。

 

「俺に敵対する者……裏切る者は俺の手でカタをつける!!それが俺のルールだ……」

 

 

 

 アッシリアの女帝と世界最高の狙撃手の聖杯戦争に『正攻法』は一切存在しない。彼らは不可能の――常識のその向こうから突如顕れて牙を突きたて、参加者達を屠るのだ。

 

『馬鹿な』

『ありえない』

『不可能だ』

 

 そんな思考に囚われたマスターから一人、また一人と脱落することが決定している。

 最後に残るのは女帝と狙撃手と最初から決まっているのだ。

 唯一決まっていないことは、二人のうち、どちらが相手の背後にその牙を先に突き立てるかということだけである。




おい、文章構成が殆ど『英霊召喚』の流用じゃねぇか!!
って突っ込みは勘弁してください。あくまでも派生したIFの単発ストーリーですし、暇つぶしに適当に書き上げたやつですから。ここからの本編はこんなことはしません。


さて、ゴルゴがキャスターで蝉様を召喚というIF。
改訂の構想中、最初はメディアさんをリストラして蝉様を抜擢しようと考えました。やばい、これいけるんじゃね?と思いましたよ、ええ。
しかし、いくつかの解消不可能な問題が発生したために非常にもったいないと思いつつも泣く泣く没にしました。

以下理由を列挙します。
蝉様道具作成スキルC……しかも毒しかつくれへん。これ、戦略的にとれる選択肢が少なすぎるわ。
虚栄の空中庭園?冬木でこっそりと造れるような代物ではないでござるよ。
残りの宝具?まだ不明だ。
裏切る前提なので危険すぎませんか?こちらが誠意を見せて勝てるお膳立てをしっかりしても、自身の愉悦のために裏切るような女をゴルゴが一時とはいえ信頼しますかね?裏切る前提の三下野郎なら瞬殺ですが、予期せぬ個人的な王様的気まぐれで裏切られたらゴルゴでも絶対絶命です。抱いたところで情が湧く相手でもなし。そもそも、自分が一番でなければ嫌という制御不能我儘女帝を聖杯戦争中だけとはいえ制御する方法がどうしても自分には考えられませんでした。

これらの問題が解決できれば蝉様でもよかったのですが、どうしても解決する方法が思い浮かばなかったのです。構想の難易度が高すぎて自分では手におえませんでした。

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