穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

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ゴルゴ13という比較対象となる作品が少ないジャンルですので、皆様の感想が非常にいい参考になります。


動き出すG

「何を考えてやがりますかぁ!!このバカはぁ!!」

 ウェイバー・ベルベットは聖杯戦争で最も秘匿すべき情報の一つである自らの真名を堂々と名乗るという暴挙に出た自らのサーヴァントにくってかかる。しかし、彼の訴えは彼のサーヴァントには全く相手にされず、デコピン一つで沈黙を余儀なくされた。

 そして、ライダーは肩で息をするセイバーの方に向き直る。

「そこのセイバーよ。その清廉な剣気、そして逆境でもさらに燃える気迫は見事なものであった!!聖杯を求めた相争うめぐり合わせではあるが、矛を交える前に、うぬに問うておかねばならぬことがある」

 突然の乱入者から視線を向けられたセイバーは、反射的に身構える。

「何を問うというのだ、ライダー」

「うむ……セイバーよ、一つ我が軍門にくだり、聖杯を余に譲るつもりはないか?さすれば余は貴様を朋友として遇し、世界を制する快悦を共に分かち合う所存でおる」

「ライダー……貴様は何を言っている?」

 セイバーはランサーとの勝負を邪魔された怒り半分、破天荒な振る舞いに呆れ半分といった微妙な表情を浮かべる。

 そもそも、敵のサーヴァントを討ち取り、勝ち残った者のみが聖杯を得るというのが聖杯戦争の大前提のルールだ。それを無視し、矛を交えずに敵サーヴァントに恭順を求めるなどという思考はセイバーの理解の範疇の外にあった。

「そんな戯言を述べ立てるために貴様は私とランサーの勝負を邪魔立てしたというのか?」

「おう。その通りだセイバーよ。何せ、このままでは貴様が脱落しかねんのでな。お主ほどの剣士に、余が誘う前に脱落されては勿体無いではないか」

「ふざけるな、ライダー……今の言葉、撤回しろ!!騎士として、許しがたい侮辱だ!!」

 自分がランサーに負けると思ったなどという理由で介入された。ライダーの言葉はセイバーにとって許しがたい発言だった。確かに、自分が不利な状況にあったことは否定しない。だが、セイバーにはまだ宝具(奥の手)があった。10の歳月をして不屈、12の会戦を経て尚不敗の剣の存在がある限り、自分に敗北はないとセイバーは信じている。

「重ねて言うなら――私もまた一人の王としてブリテン国を預かる身だ。いかな大王といえども、臣下に降るわけにはいかぬ!!」

「ほう、ブリテンの王とな?これは驚いた!!名にしおう騎士王が、こんな小娘だったとは!!」

「その小娘の一太刀を浴びてみるか、征服王。先の侮辱の分も私の剣で清算してもらうぞ……」

 セイバーは感情を抑えた抑揚のない口調で言った。その口調からは彼女の奥底で沸き立つ怒りが感じられる。しかし、ライダーはセイバーの怒気などどこ吹く風といった様子で、飄々とした態度を崩さない。

「交渉決裂かぁ……残念だのう」

「おい、ライダー。俺はアンタのお眼鏡に適わなかったっていうのか?」

 ランサーが挑発するような口調でライダーに問いかける。それに対し、ライダーは彼らしくない少し困ったような表情を浮かべた。

「誘おうにもなぁ……お主ほどの“大英雄”ともなれば……流石に征服王たる余とて、軽々しく勧誘はできんわい」

「ほう……ライダー、お前は俺の真名に見当がついているっていうのか」

 ランサーは口角を吊り上げる。

「当然であろう!!しかし、この聖杯戦争という奇跡のめぐり合わせは中々どうして面白い!!これほどに興奮したことは生前にも一度もなかったわい!!」

 ライダーは豪快に笑い、ランサーは自身の真名をこの戦いだけで見抜いた油断ならないサーヴァントに対して好戦的な笑みを浮かべた。

 しかし、その一方でセイバーとその偽りのマスタ―、アイリスフィールは険しい表情を浮かべる。自分たちが直接干戈を交えながらも皆目見当もつかないでいたランサーの正体を、遠目から観察していただけのライダーが見抜いたというのだ。

 攻略の糸口がつかめず、こちらは手詰まりであるのに対し、ライダーがランサーの真名を看破して一歩有利に立っているという現状は厳しいものだった。

 

 

『そうか……よりによって貴様か』

 突如乱入したライダーによって三竦みとなった戦場で、寒気すら感じる甘ったるい猫なで声が反響した。どうやら魔術で誤魔化しているらしく、その声はそこかしこで反響しており音源の位置は分からない。しかし、ウェイバーはこの声の持ち主が誰であるかを即座に理解した。

『一体何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思って見れば――よりにもよって君自らが聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ。ウェイバーベルベット君』

 その声の持ち主の名はケイネス・エルメロイ・アーチボルト――時計搭で降霊化(ユリフィス)の講師を務める、九代を重ねる魔導の名家アーチボルト家の当主だ。ウェイバーは彼の教え子にあたる。そして、彼こそがウェイバーに触媒を盗まれなければイスカンダルを召喚していたはずの魔術師なのだ。

『致し方ないなぁ、ウェイバー君。君には特別に課外授業を受け負ってあげようではないか。魔術師同士が殺しあうという本当の意味――その恐怖と苦痛とを余すこところなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』

 ケイネスがいけすかない人間ではあるが、魔術師としての力量はウェイバーなどと比べ物にならないことはウェイバー自身がよく理解していた。真に魔術師同士が殺しあうということは、自身では手も届かないほど高い力量を持つ魔術師による一方的な蹂躙すらありえるということを、ウェイバーはこの時本当の意味で理解した。

 今まで彼の覚悟を支えていた反抗心が折れ、ウェイバーは戦車の御者台の中で恐怖に震える。

『まぁ、君のおかげで私はランサーという征服王にも優る素晴らしいサーヴァントを手に入れることができたのだから、君にはチャンスというものを与えてやろうではないか。もしも、君がこの戦いを降り、私に令呪を差し出すというのであれば、命だけは助けることを約束しよう』

 この手に持つ聖杯戦争の参加資格を差し出せば命だけは助かる――この心臓を握られているような恐怖から解放される――弱った意志に囁きかける甘い誘惑に、ウェイバーの心は揺れる。

 だが、その時御者台の中で震えるウェイバーの肩の上にライダーの大きな手が静かにおかれた。その肩に置かれた手の意図が分からず、ウェイバーはライダーを仰ぎ見る。

「おう、魔術師よ!!察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな。だとしたら片腹痛いのぉ!!余のマスターたる男は、余と共に戦場を駆ける勇者でなければならぬ。姿を曝す度胸すらない臆病者なぞ、役者不足も甚だしいわい!!」

 ライダーの挑発に対し、ケイネスの反応はない。だが、反応がないことが、ケイネスの無言の怒りをそのまま示していた。そして、自分のマスターが侮辱されたというのにランサーは意に介することなく飄々としている。この程度の挑発は彼にとっては軽口レベルでしかなかった。

「気にすることはないぜ、マスター。ありゃあマスターを常に手元で守れる条件にあるから言える言葉だ。俺はアンタがマスターってことに不満はねぇ。だから、ちっと頭を冷やせ。この程度の挑発で頭沸騰させてたら、禿げるぞ?」

 ランサーの忠告で頭が冷えたのか、先ほどまでケイネスが無言で発していた怒気も心なしか小さくなる。だが、ライダーの暴走は真名の曝露にセイバーへの勧誘、ケイネスへの挑発だけでは止まらない。さらにこの男はこの場を引っ掻き回す言葉を口にしたのである。

 

 

「おいこら!!他にもいるだろう、この戦いを盗み見ていながら、戦場に姿を曝さぬ連中は!!」

 ライダーは天を見上げながら大声を張り上げる。

「情けないのぉ!!歴史の枠を超え、世界に冠たる英雄豪傑が並ぶこの舞台に、何も感じるところはないというのか!?貴様等は、それでも英霊か!?もしも、誇るべき真名を持ち合わせるならば、聖杯に招かれし英霊は、今!!此処に集うがいい!!なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスイカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!」

 戦術も戦略もない、ただの挑発。このようなもの、戦場から英雄が消えうせた近代の戦争ではありえないものだ。だが、時空も場所も関係なく英雄が集うこの戦いは、尋常な戦場ではなかった。

「我を差し置いて“王”を称する不埒者が、一夜の内に二匹も湧くとはな」

 倉庫街を照らす街灯のポールの上に金の粒子が舞い、そこに金の鎧を纏った男が現界する。この第四次聖杯戦争の初戦で小学校を襲撃したバーサーカーのサーヴァントを討ち取った、遠坂時臣のサーヴァントの登場に倉庫街に集ったマスターたちは思わず身構える。

「難癖つけられたところでなぁ、イスカンダルたる余は、世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが…」

「たわけが。真の王たる英雄は、天上天下に我唯一人だけだ。後は全て有象無象の雑種にすぎん。無論、貴様等とてその例外ではない」

 黄金の鎧を纏った男は、眼下のライダーをその真紅の双眸で睨み付けた。

「そこまで言うのであれば、まずは名乗りをあげたらどうだ?貴様が真の王というのであれば、己の威名を憚りはすまい」

「問いを投げるか?王を名乗る雑種風情が、真の王たるこの我に向けて?」

 何がこのサーヴァントの琴線に触れたのかは分からないが、どうやらライダーの問は地雷を踏んでしまったらしい。

「我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら、そんな蒙昧は生かしておく価値すらない!!」

 男の背後の空間に黄金の波紋が顕れ、そこから多数の刃が出現する。それは槍や、斧や、剣、何れも高度な神秘を纏う武器だった。そして、サーヴァントたちは直感的に理解した。この武器は、全て宝具であると。

 男はポールの上で口角を吊り上げる。同時に、武器の暴風雨が倉庫街を襲った。

 

 

「…………」

 戦局をキャスターの水晶を通じて観察していたゴルゴは、メディアが冬木の街に張り巡らせた諜報網とこの倉庫街の戦いを通じて既に脱落したバーサーカーを除く全てのサーヴァントの能力を一通り把握した。

 今回の依頼の条件の一つが聖杯戦争に勝ち抜くことである以上、戦争に勝ち抜く算段をつける必要があるため、この男はサーヴァントの情報が一通り出揃うまでは傍観に徹していたのだ。

 ゴルゴの力量を持ってすれば、監督役によって聖杯戦争の開幕が告げられてから今日までの4日間で全てのマスターを狩ることもできたかもしれないが、それができない事情があった。それは、サーヴァントの存在である。

 マスターが殺害され、魔力の供給が途絶えたとしても魔力供給を絶たれたサーヴァントが消滅するまでにはある程度のタイムラグがある。単独行動スキルを持つサーヴァントであれば数日はマスター不在で行動することも可能だ。そして、消滅するまでの間に近くの魔術の素養のある新しいマスターに乗り換えられてはいくらマスターを殺害したところで意味がなくなってしまう。

 しかも、一度であればマスター不在の状態でもその身の消滅と引き換えに発動する宝具などといった事例も考えられる。魔力供給源を絶たれて窮鼠となった敵サーヴァントの逆襲をくらえば、こちらもただではすまなくなる可能性もあるのだ。自爆宝具や、死亡することで呪いなどの効果を残す特質を持ち合わせたサーヴァントの存在についても可能な限り検証する必要があった。

 また、マスターが不在のサーヴァントでも捕食によって魔力を獲得して現界を保ち続けることが可能だ。ゴルゴが選んだサーヴァントで倒しきれない相手が、捕食による魔力供給で現界を保ち続けた場合、いつまでたっても聖杯は満たされなくなる。それでは聖杯戦争に勝ち抜き聖杯を手にするという依頼の条件も満たせなくなってしまう。最善の策が敵サーヴァントの撃破ならば、敵マスターの殺害は、敵サーヴァントの能力と宝具次第で取るべき次善の策なのだ。

 あくまで依頼の条件は、敵マスターの殺害ではなく、聖杯戦争の勝利なのだから、聖杯戦争に勝利するための戦略を立てる必要があった。

 そして、ゴルゴは全てのサーヴァントとマスターについての情報を把握し、その行動の指針を決めてある一組のサーヴァントとマスターに狙いを定めた。このサーヴァントであれば、最悪何か奥の手を出されたところでこちらのキャスターの力量で離脱することは十分可能であるし、何よりも戦術上このマスターをここで潰しておく意義は大きいと判断したからだ。

 

 

「出るぞ」

「標的は?」

 キャスターに尋ねられたゴルゴは淡々と答えた。

 

「アサシン……そして、言峰綺礼だ……」




本来のゴルゴ13のお約束で言えば、ゴルゴが動くのはもっと終盤だったりしますが、このペースでゴルゴの出番を先送りし続けるのも、物語が単調になるなぁ……ということで、プロットを変更し、いくつかのイベントを前倒しにすることにしました。
AK-100 VS M16や最後の戦場、ワイルドギースのように、ゴルゴが全編にまんべんなく出て、それでいてゴルゴらしい作品の方がおもしろそうですし。
幸い、イベント前倒しによって生じるプロット変更も以外と簡単に済みましたので、更新速度に支障はなさそうです。
夏に色々試行錯誤して考えた没プロットもいくつかあったので、それを継ぎ接ぎすることでなんとかなりました。

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