穢れた聖杯《改訂版》   作:後藤陸将

18 / 32
お久しぶりです。
およそ5ヶ月ぶりの更新です。アポクリファ完結したので、ようやく進められるようになりました。
リアルが忙しいにも関わらず、現実逃避してたら一本できてしまいました……明日から大丈夫だろうか……




集うもの

「なぁ……ライダー、一体さっきからどうしたんだよ?」

 海風に曝される冬木大橋のアーチ最上部、ウェイバー・ベルベットはそこでアーチの冷たい鉄骨にしがみつきながら自身のサーヴァントであるライダーに問いかけた。

 ランサーとセイバーが戦っている港に視線を向けていたライダーは突然立ち上がり、先ほどまで呷っていたワインを眼下の川に落としたことにも気づかずに『驚愕』の表情をその顔に浮かべていたのだ。

 魔力で視力を強化してやっとセイバーとランサーの戦いが見えるが、それでも彼らの容貌を見るのがやっとだ。一体、ライダーが何を見て驚いたのかはウェイバーには見当もつかなかった。ただ、ライダーとの付き合いはそう長くはないが、ウェイバーがライダーが驚いた表情を見たことはこれが初めてだった。

「…………」

 ライダーは声を発しない。ウェイバーの耳に響くのは、ライダーの赤いマントが強風でたなびく音と、眼下の車が発する騒音だけだ。返事をしないライダーにしびれを切らしたウェイバーはアーチ状の鉄骨の上を這うように進み、ライダーの下に近寄る。

「なぁ、ライダー……」

 マントの裾を引っ張ろうとしたその時、ウェイバーは背中から吊り上げられ、命綱であった四肢は強制的に鉄骨から離された。ライダーの丸太のごとき太い腕がウェイバーが肩に引っ掛けたナップザックを掴んで持ち上げたのだ。地上50mの鉄橋のアーチの頂上部で四肢が地面から離れてぶら下がり状態となったウェイバーは恐怖からパニックに陥る。

「ぎゃぁあ~!?お、下ろせ、いや、下ろしてください!!」

「喚くな馬鹿者」

 いつものからかうような口調ではなく、何の抑揚もない口調でただ静かにライダーは告げた。普段の彼と今の彼は様子が異なることに気がついたウェイバーは、地から離れた足元から視線をライダーの顔へと向ける。そして気がついた。

 

 ――笑っている。

 

 ライダーは笑っていた。だが、それは彼が度々見せた不敵な笑みでも、現代を満喫している時に見せた豪放な笑みでもない。まるでヒーローショーに集い、ヒーローに憧れを抱く純粋な子供のような笑みだった。彼が征服を語るときに魅せるその表情とはまた別の、ただ純粋な憧れ、敬慕、そして興奮を孕んだ笑みがその顔に浮かんでいた。

 瞳が輝いているというのは、今のこの男の瞳の状態を指すのだとウェイバーは理解した。ライダーが何を見たのかは分からないが、己を失うほどの衝撃を受けていることは間違いないだろう。

「クッククク……」

 ライダーの口から小さな笑い声が零れる。一体さっきからこの男はどうしたのか。イカレてしまったのではないかとその顔を注視する。

「フハハ……ガッハハハハハハ!!」

 突如堰が決壊したかのような大声でライダーは笑いだした。至近距離でその大声を浴びたウェイバーは慌てふためく。しかし、未だその身体はライダーに吊り上げられたままのため、暴れた拍子に身体のバランスが崩れ、ナップザックから身体が滑るように抜け落ちてしまう。

「フベッ!?」

 咄嗟に両脚を開いて鉄骨にしがみつく。同時に股間を強打して悶絶するが、この狭い足場の上でのたうち回っていれば九分九厘50m真っ逆さまだ。ウェイバーは涙目を浮かべ、歯を食いしばりながら必死で鉄骨にしがみついていた。

「何をしておるか坊主!!そんなに必死になって橋にしがみつくでない!!我らも出るぞ!!」

「お前のせいだよ馬鹿ぁ!!」

 しかし、そんなウェイバーの事情などどうでもいいのだろう。ライダーは左有無を言わせずに手でウェイバーの首根っこをつかみ、右手で抜き身の剣を闇夜に掲げた。

「さぁ、我らも向かうぞ!!」

「向かうってどこへ!?」

 泣きべそをかきながら問いかけるウェイバーに対し、ライダーは即答した。

「戦場に決まっておろうが!!今行かんでどうするというのだ!!」

 一閃――同時に空間に裂け目が生まれ、戦車(チャリオット)とそれを引く二頭の牡牛が雷を散らしながら顕れた。ライダーはウェイバーを掴んでその戦車の御者台に放り込むと、自らもマントを翻しながら御者台に乗り込んだ。

 強引に御者台に投げこまれて即頭部を強打したウェイバーは、頭にできたコブをさすりながらライダーに質した。

「おい、何なのか説明しろよ!!さっきから笑ったり、いきなり戦場にいくって言ったり……そもそも、静観するって言ってたのはお前じゃないか」

 そう、先ほどまでこの橋の上でセイバーとランサーの戦いを静観していたのはライダーの方針だった。一見考えなしに気の向くままに行動しているようにしか見えないが、ライダーは実はかなり物事を深く考えている。世界を征服しかけたその功績は伊達ではないのである。

 誘いをかけてくるような敵は放置して、誘いにかかった敵と戦って消耗したところをたたけばウェイバーたちは漁夫の利を得ることができる。当初からライダーはそのつもりだったはずだ。確かに形勢はランサー有利で、セイバーは追い詰められているようだが、ランサーには遠目からでは殆ど消耗が見られないことが分かる。何故、今出るのだろうかとウェイバーは疑問に思わずにはいられなかった。

「坊主、確かに余はもう少しサーヴァントが集まるまで見物しておるつもりだった。だがな、このままではセイバーが脱落しかねん。ランサーとセイバーの技量の差は明らかだからな」

「消耗をしたセイバーを狙うのか?でも、ランサーはほとんど消耗してないじゃないか。今出てっても……」

 そこから先の言葉を紡ぐことはウェイバーにできなかった。不意に額にライダーのデコピンが炸裂したからである。

「ギャアァァア!?」

 額を押さえて蹲るウェイバーにライダーは溜息をつきながら言った。

「あのなぁ、坊主。貴様が何ゆえ勘違いしたのか知らないが、余はそもそもあの戦いにおびき出されたサーヴァントをまとめて相手にするつもりだったのだ。漁夫の利などという手は生前も、これからも使うつもりはこれっぽっちもないわい」

「ちょ……ちょっと待て!!お前はお前以外の6体のサーヴァント全てに喧嘩売るつもりだったのか!?」

「当然であろう!!この地に集いし英霊は誰もが異なる土地、異なる時代に名を馳せた英雄豪傑に違いあるまい!!彼らと矛を交える機会なぞ、このような場を置いて他になかろう。そして、余は彼らを我が軍門に向かえ、朋友として共に世界を征服する愉悦を共に分かち合うのだ!!」

 こいつ、聖杯戦争って何なのか理解してないのか?――ウェイバーはそう思わずにはいられなかった。

「お前、聖杯戦争のルール分かってるか!?敵のサーヴァントは倒すのが聖杯戦争なんだぞ!!」

「当然であろう?何を言っているのだ貴様は?」

「だからぁ!!敵のサーヴァントは討ち取る対象だ!!殺し合いなんだよ、聖杯戦争は!!そもそも、勧誘するったって当てはあるのか!?」

「フン、勝利してなお滅ぼさぬ。制覇してなお辱めぬ。それこそが真の征服である!もとより、余にとってこの聖杯戦争はただの殺し合いではない!」

 ウェイバーの魂の叫びもライダーには全く届いていないらしい。ライダーは気にする様子も見せずに堂々と胸を張って自身の王道を言い放った。

「さて、坊主、つまらぬ問答はまた橋の上でゆっくりつきあってやる!!今は、戦場に馳せ参じることが第一だ……何より、まさかあの大英雄がこの地に馳せ参ずるとはな!!生前も、これほど心が躍り、興奮がおさまらぬことはなかった!!」

「だ、大英雄?まさか、ライダーお前あのセイバーかランサーの真名が」

 敵サーヴァントの正体を見抜いたかのような口ぶりをするライダーにウェイバーが問い質そうとするが、手綱を握るライダーは既に手綱を握って牛達に合図を出していた。急加速した戦車の御者台の中でウェイバーの問はライダーの耳に入ることもなく風きり音に遮られた。

「いざ駆けろ!!神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!!」

「う、うわぁぁあぁあ!?」

 合図もなく急加速した戦車の中でウェイバーは絶叫するほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーのマスターに成りすましているアイリスフィール・フォン・アインツベルンは目の前で繰り広げられている戦闘の様子を険しい表情を浮かべながら見つめていた。アインツベルンの家が必勝を期して召喚したはずの最優の英霊であるセイバーが、明らかに相手のサーヴァントに押されているのだ。

 セイバーの鎧の合間に見える蒼色のドレスには、既に数え切れないほどの切り傷が刻まれており、そこから滲み出す紅い血がドレスを染め上げていた。剣を振るう腕や体勢の幹となる脚、急所には防具が装着されているためにダメージはない。

 身体に刻まれたダメージは魔術によって治癒可能とはいえ、怪我に治癒が追いつかず、その身体に刻まれた傷は増え続ける一方だ。致命傷は避け続けているとはいえ、アイリスフィールからのバックアップにも魔力の限界がある。

 対して、対戦相手のランサーが纏う、敏捷さを優先した必要最低限の薄さしかない鎧にも、鎧にも覆われていない身体にも、傷は一つたりともなかった。セイバーが形勢不利であることは誰の目から見ても明白な事実だった。

 だからこそ、アイリスフィールは目の前の光景が理解できなかった。自身の騎士であるセイバーは並大抵の英雄ではない。セイバーの真名は世界にその名を轟かせるブリテンの伝説の騎士王、アーサー・ペンドラゴンなのだ。

 英霊としての格は、そんじょそこらの英雄とは比べ物にならず、日本における知名度も高いために知名度補正を受けて生前に近い力を発揮できる。当然、対抗できる英霊とて彼女に負けず劣らずの勇名をはせる大英雄に限られるはずだった。

 しかし、セイバーを翻弄する凄まじいスピード、セイバーでも防ぎきることができない異常な速度の突き、反撃の隙も許さない猛々しくも美しい槍の舞でランサーは終始優位に立っている。

 

「おいおい、セイバー。まさか、こんなもんじゃないだろうな?」

 失望したと言わんばかりの残念そうな表情を浮かべながらランサーは言った。

「ふざけるな……私はまだ戦える!!」

 セイバーは魔力を放出しながら大地を蹴りとばし、急加速してランサーに正面から斬りかかる。それに対し、ランサーは槍を振り回し、セイバーの見えない剣を横から弾いて防御する。

「おいおい、そんな仏頂面しながら剣を振るってると、散り際にも笑えねぇぞ、セイバー。別嬪なんだから、散り際だって笑顔で逝かなければ勿体無いだろう」

「私を愚弄するつもりか、ランサー!貴様が笑っていたいなら勝手にそうしていろ!私がその笑顔を浮かべたままの貴様を叩ききる!」

「威勢はいいな……だが!!」

 ランサーが放つ神速の連撃が立て続けにセイバーを襲う。槍の穂先が狙うのは全て急所だ。セイバーは自身が鍛え続けた剣の業と、保有スキルである直感を使って迫り来る穂先をどうにか受け流す。未来予知に匹敵するランクAの直感と、騎士王と謳われた英雄の剣をもってすら受け流すことが精一杯という現状に、セイバーも焦りを募らせていた。

 どうにか槍の連撃を受け流すも、まだランサーの攻撃は終わらない。ランサーは槍の間合いからさらに一歩、前に出る。そこは剣の間合いであることは百も承知だが、ランサーは全く躊躇しなかった。

 自身の間合いに飛び込んできたランサーに対し、セイバーが反射的に剣を振るう。槍を突くにも、穂先で薙ぐにも近すぎる間合い、だからこそセイバーはこれを好機と判断して反撃に出たのだ。

 しかし、セイバーの斬撃はランサーの鼻の手前を掠めただけだった。さらに、紙一重で斬撃を回避したランサーは剣の間合いからさらに一歩、前に出た。そして、斬撃が空ぶってセイバーの正面に隙ができたその一瞬を彼は見逃さなかった。ランサーはそのしなやかな下半身のバネを使って大地を蹴り、鎧で守られたセイバーの鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。

 直感で膝蹴りを察知したセイバーは、瞬時に後ろに跳ぶことで膝蹴りの衝撃を軽減した。だが、神速を誇るランサーの健脚から放たれた蹴撃はそのような小細工など関係ないほどの威力を有していた。膝蹴りを喰らったセイバーは吹き飛び、立ち並ぶ倉庫の壁面に勢いよく叩きつけられた。壁面にはくもの巣のような大きなひび割れが走り、激突の衝撃音がコンクリートで覆われた地面に反響する。

「期待はずれだなぁ、セイバー。俺はもうその見えない剣にもなれた。長さも、形も、打ち合った手ごたえから想像がついてる」

 おそらく、彼の言葉には嘘はない。セイバーはそう確信していた。ランサーは自身の剣の長さも、刃渡りも、形状も全てが分かっているからこそ、先ほどの斬撃を鼻先で紙一重で回避することができたのだろう。

 武芸の技能において、自分はこのランサーのサーヴァントよりも劣ることも理解した。この男の戦い方は、まさに戦場で如何に生き残り、如何に強い敵を殺すかということだけを考え、戦場で鍛え上げた者の戦い方だ。

 この男の戦闘スタイルは自身の不肖の息子、モードレッドにも似た戦闘スタイルだが、この男の戦い方はモードレッドのそれよりもさらに洗練されている。この男はおそらく、生前に幾多の大英雄との死闘を繰り広げた経験があるに違いない。

 戦いの才では同格かもしれないが、戦闘の経験では相手のサーヴァントに劣るであろうことをセイバーは短時間の攻防で思い知らされていた。

「このままだとつまらねぇ。セイバー、もしも貴様にその見えない剣以外の宝具があるっていうなら、使ってみろよ」

 ランサーが嘲るような笑みを浮かべながら挑発する。あの表情は、自分がいかなる宝具を使おうとも決して負けはしないという確信から浮かべる笑みだ。誇りを踏みにじられた怒りから宝具を解放したい衝動に駆られる。

 自身の直感スキルは宝具を使ってもあのサーヴァントには通用しないと警鐘を鳴らすが、状況は手詰まりだ。例え通用しなくとも、自身の最強宝具を防ぐためには相手もなにかしらのスキルなり、宝具なりを使う必要があるのなら、ここで宝具を解放するという選択肢もありかもしれない。

「マスター……指示を」

 セイバーはアイリスフィールに向かって問いかける。だが、問いかける真の相手はこの会話を聞いているであろう彼女の真のマスター衛宮切嗣だ。召喚してから彼は一度もセイバーとは口をきいておらず、コミュニケーションを一切絶っているが、今回は戦闘中だ。まともな思考回路をしているのであれば、なんらかのリアクションがあるものとセイバーは期待していた。

 しかし、同時に念話で呼びかけても切嗣からは何の応答もない。アイリスフィールに目をやると、彼女は戸惑いながらも首を横に振った。おそらく、彼女は銀髪に隠れたイヤホンから切嗣の指令を聞いたのだろう。

 このままでは勝機は薄い。一体、自身のマスターは何を考えているのか問い質したくなったが、生憎マスターは無反応、さらに眼前の敵はどうやらこれ以上待ってはくれないらしい

「どうやら、貴様のマスターは宝具の使用を認めなかったらしいな。勿体ねぇ……どうせなら全力で戦ってほしかったが、それすらも期待できねぇとは」

 ランサーは槍を構え、鷹のような鋭い眼光をセイバーに向ける。

「構えな、セイバー。どうせなら首を獲る相手の真名も知りたかったが、宝具も開帳しねぇってんならしょうがねぇ。このまま討ち取らせてもらう」

「侮るなよ、ランサー。私はセイバーのクラスで現界したサーヴァントだ。剣技とこの剣があれば、十分に戦える!!」

 自身が圧倒的に不利であり、勝算が限りなく低いことはセイバーも分かっている。だが、勝算がないからといって勝負を投げ出すことはできない。セイバーは決死の覚悟で剣を握りなおす。

 

 度重なる剣戟、ロケットのような踏み込みで砕けた足元のコンクリートの欠片を踏みしめ、セイバーが駆け出そうとした次の瞬間、闇夜に雷鳴が轟いた。

 その光りと轟音に驚いて思わず空を見上げると、そこには雷を帯びながら空を駆ける戦車(チャリオット)の姿があった。戦車はまるでその光りを魅せるかのように旋回しながらゆっくりと降下し、ランサーとセイバーのちょうど中間に着地した。戦車を引く牡牛が放つ稲妻と天を駆ける蹄がコンクリートを砕き、コンクリートの粉塵は周囲の視界を覆った。

 そして、海風によって粉塵が薙ぎ払われると、停車した戦車の御者台にいたサーヴァントの姿が顕になる。それは、赤いマントを羽織った巨漢だった。さらに、そのサーヴァントは乱入して早々、とんでもないことを口にした。

「我が名は征服王イスカンダル!!此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した!!」

 そのサーヴァント――ライダーは、聖杯戦争において最も秘匿すべき情報である自らの真名を高らかに告げた。




ゴルゴは久しぶりなのに出番なし。
しかも、物語に進捗なし。これならアポ5巻出る前に書けたんじゃないの?って思った皆さん。
正解です。

実は、ライダーとウェイバーの会話のあたりは9月には書き終わってました……

これからも忙しいので、更新は不定期になりそうです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。