東方帽子屋   作:納豆チーズV

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八.どうか虚像の真実を見抜いて

「たっだいまー」

「おじゃまします」

 

 こいしに誘われるがままに屋敷内へと足を踏み入れ、なんとはなしに内装を見回す。そしてすぐにその神秘性に舌を巻いた。洋風ホラー映画で見るような館に似た紅魔館とはまた違い、桃色の床、白い柱や壁、色鮮やかなステンドグラスで彩られた室内は穏やかな美しさを連想させ、まるで物語の世界にでも来てしまったようだった。

 感動する俺の手をこいしが引いてくるので、観賞もほどほどにカツカツと靴を鳴らして屋敷の中を進み始めた。

 

「……なんかすごいたくさん怨霊がいるんですけど」

 

 こいしの能力のおかげか、どれもこれも俺たちに目を向けようとはしてこないが、不気味な青い霊力を持った白い骸骨がそこかしこに漂っている。怨霊は妖怪として、知識としては知ってはいたが、あまり見たことがないのでどこか身構えてしまうことをやめられない。

 

「んー、レーチェルならこの程度の怨霊、どうってことないよ。地上じゃ乗っ取られるなんて眉唾の話もあるみたいけど、よっぽどのことがない限りはそんなこと起こらないからねぇ」

 

 怨霊の力は幽霊のそれを下回る。乗っ取る対象の体や精神が相当に弱っていなければ、生命力に溢れた人間や妖怪に乗り移ることは叶わないのだろう。そう考えれば少しは安心できるものだが、やはりどこか無意識に警戒してしまう。

 

「そんなに心配ならお姉ちゃんのペットでも借りてこよっか? そこらへんにいるし、皆嬉々として怨霊を食べたりするし」

「え。それって大丈夫なんですか? 体、というか精神の方」

「へーきへーき。その方が強くなるってお姉ちゃんも言ってたもん」

 

 ペットか。怨霊を食べているとなると、そのすべてかほぼ全員が妖怪化し、怨霊に対する高い耐性を備えている可能性が高い。強い妖獣になると同時に性質的に危なくなる気もするけれど、こいしが大丈夫と言うのならおそらく大丈夫なのだろう。

 ……感受性の高い妖獣でも平気だと言うのなら、悪魔の中でも最強種に近い誇り高き吸血鬼がいちいちビビっていてはいけない。「呼ばなくてもいいですよ」とこいしに告げて、大きく深呼吸をして、心の中の恐怖をできるだけ弱めるようにした。

 そもそもせっかく友達の家に遊びに来たのに、こんな気持ちのままでいるのは失礼に当たる。怖がるんじゃなくて、もっと楽しむべきだ。

 

「……って、この廊下の先ってあんまり怨霊を見かけませんね」

「ほんとだねぇ。じゃあたぶん、この先にはお姉ちゃんがいるんじゃないかな」

「どうしてです?」

「お姉ちゃん、これでもかって言うくらい怨霊に嫌われてるみたいだから」

 

 そういえば前にこいしから、第三の目が開いていた頃は近づいてこなかったと聞いた。怨霊が心を読まれたくないと思っているのなら、怨霊が少ない方へと進んで行けばこいしの姉へとたどりつけるという考えに至るのは自然だ。

 ふと立ち止まり、その道の先を見据えたまま思考にふける。

 普通に考えて、他人様の家に上がったのならば見かける家人全員に挨拶をしておくべきだろう。ましてやすぐそこにいるとわかっているのに無視をするなんてありえない。たとえ相手が心を読めるというサトリでも「おじゃましています」の一言くらいは告げるべきだ。

 

「行きましょうか、この先に」

「いいの?」

「挨拶はするべきです。それに、いつもあなたの妹さんには世話になってます、ってことも伝えないといけませんしね」

「……世話になってるのは私の方だけどね」

 

 今度は俺がこいしの手を引いて、廊下を進み始める。まるでなにかを忌避し、逃げるようにしていく怨霊たちを横目に、その根源であろうものを求めて突き進んだ。廊下をまっすぐに歩いていき、怨霊が多くなったきてから「この道は違う」と引き返して、階段を上がり、そうしてたどりついた場所は中庭を見下ろすことができるバルコニーであった。

 手すりの近く。丸テーブルに数冊の本を置き、二つあるイスのうちの一つにその少女は腰をかけている。口元にわずかな弧を描き、ぱらぱらと手に持った本を読み進める姿は少女そのものの容姿のよさも相まって、さながら一つの絵画のようにも見えた。

 薄紫色のボブはこいし同様若干のクセがあり、両の瞳は深い紅に染まっている。手元のフリルが可愛らしい水色の服装は幼稚園か私立の小学校に近いデザインをしており、黄色いハート形のボタンで留められているようだ。下は膝に届く程度の桃色のセミロングスカートで、家の中ということもあってか赤いスリッパを履いている。

 しかしこいしもそうであったが、やはり一番特徴的なのは人型の姿かたちではなく、胸元に浮いた第三の目(サードアイ)の方である。頭の赤いヘアバンド、服の両手および首元のハートの飾り部分、腰に巻いた管、それらすべてとその他背中の見えない部分からも伸びた管が胸元にある赤色の膜を持つ第三の目に収束し、そしてそれはこいしのものと違ってきちんと開かれていた。

 足音からか、彼女は俺たちがいることに気づいたようで、本から顔を上げてこちらに顔を向けてくる。

 ともに第三の瞳も俺をじっと見つめてきて一瞬ビクリと体が震えたが、すぐに首を横に振って、どうにか緊張を掻き消すように意識した。

 

「こいし、帰っていたんですね」

「ただいまって言ったよ」

「そうなんですか? ……あら、本当みたいね。ごめんなさいね、反応してあげられなくて」

 

 本当みたいね、の部分で小さく俺に微笑みかけてきていた。「そうなんですか?」の確認に対し、俺が半ば反射的に地霊殿に足を踏み入れた時のことを思い出してしまい、その光景を彼女がそのまま読み取ったのだろう。

 ――古明地こいしの姉、古明地さとりは、心を閉ざした妹の考えだけは読むことが叶わない。

 わざわざ俺の心を覗いたということから、その知識が間違っていないことが窺えた。

 と、そこまで考えたところで、目の前の少女の顔が疑惑に歪んだ。

 そうだ、心を読まれるんだった。自然に思考してしまっていたが、原作知識なんてものは世界の秘密にも等しい異端の記憶なのだ。あまり考えていてはいけない。

 

「考えちゃいけないことを考えちゃいけないと考えられても、私には読むことしかできないのですが……」

「あ、いえ、私が考えてることは全部嘘ですからっ。気にしないでください」

「『嘘嘘嘘嘘嘘。いや、本当だけど……って違う、嘘です』なんて考えられてもねぇ……その思考もバレバレですから」

 

 少女が、呆れたように小さくため息を吐いた。開き直ればいい、と事前に対策を考えてきたのに、いざ出会ってみればこれである。なんかもう、どうしようもない。

 

「私は古明地さとりと申します。とは言え、あなたはその名前をすでにご存じのようですが……こいしから聞いたのではないみたいですね。原作知識、とやらから手に入れた情報ですか」

「うぐぐぐ……私は、レーツェル・スカーレットです。吸血鬼……じゃなくて、人間をやっています」

「『今は人間に変装してるから人間で通さないと。いや、前世では本当に人間だったけど』、ですか。ずいぶんと不思議な記憶をお持ちのようです」

 

 そんな興味津々な顔で微笑まないでほしい。考えちゃいそうになるから。

 

「もう、お姉ちゃん。あんまりレーチェルをからかわないでよ」

「こいし……? えっと、ごめんなさいね。やっぱりいつものクセで……」

 

 どこか戸惑った様子で、さとりがこいしに小さく頭を下げる。なにかおかしなことがあっただろうか、と首を傾げていると、そんな俺をさらに不思議そうにさとりが見つめてきた。

 

「こいし、もしかしてこの人があなたの言っていた」

「地上でできた初めての友達、だよ」

「…………よかったですね。レーツェルさんも、こいしを深く信頼してるようです」

 

 今度はひどく微妙な表情で、さとりが俺を見やる。百面相だ。心が読めるという特徴があるから大して違和感なく受け入れられるものの、事情を知らない人からすれば変人にしか見えないだろう。

 

「変人とは失礼ね。こいしから聞いていますよ。あなたは私の妹を追い回す変態のストーカーだと」

「え」

「初めて聞いた時から、こいしが変な輩に騙されてないかとずっと不安でした。私の想像していた変とは全然違いましたが……どこか頭がおかしいことには変わりないようね。誤解、ですって? ええ、まぁ、あなたはこいしを友達として見ているようですし、変態やストーカーという評価はこいしが飛躍してつけたものの可能性はあります」

「あるっていうか、たぶんその通りです」

「『一応本当に追い回したりはしたけど』ですか。それならこいしの評価もあながち間違ってはいませんね、変態のストーカーさん」

 

 どうして俺は初対面の女の子から地味に罵倒の言葉を受けているのだろうか。変人だと考えられたことを根に持たれているのかな。とりあえず謝らなければ……と考えた直後、「『とりあえず謝らなければ』ですか」とさとりが黒い笑みを浮かべた。

 

「……ごめんなさい」

「はい。本気で謝ってくれていただけたようでなによりです。私もすみません。なにぶんこいしが誰かを連れてくるなんて初めてのことでしたから、必要以上に警戒してしまいました」

 

 どうやら悪い妖怪ではないみたいですね、とさとりが初めて俺に優しげな微笑みを向けてくれた。なんだかほっとすると同時、それも見透かされているのではないかと思考して、しかし「まぁそれもいいか」と思い直す。

 俺を安心させるために柔らかい言葉をかけてくれたのだとすればそれはたぶん、いや、きっといいことなのだ。いちいちその意図について考えていてもしかたがない、相手の思い通りになっているからと言って憤っていてはキリがない。

 サトリなんて心を読める妖怪の前では、鬼のごとく自分に正直でいることが大切なのだろう。

 

「……そこまで私に理解を示そうとしてくれた方は、たとえ鬼でも一人もいませんでしたけどね」

「理解、って。大したことは思ってませんけど」

「普通の(かた)なら、数回心を読んだだけでもうんざりして私を遠ざけようとするものです。言葉を介する種ならば特に。こいしが連れてくるだけあって、あなたは普通とは違うみたいですが」

 

 言葉を用いる生き物にはすべて裏表がある。そして、言いたいことだけを会話を介して伝えることを望んでいる。そんな当たり前のことは、ある程度以上の知恵を持つ生命ならば必ず理解していることだ。

 だからこそ、心を読めるサトリという妖怪は多くの者から嫌われる傾向にある。鬼でも、天狗でも、サトリという妖怪を理解した存在は言葉を介する生命である限り、意識的にも無意識的にもそれを遠ざけようとするのだろう。

 

「そうですね……よければ、私にこいしと出会った時の話をしていただけませんか? よければ、ですが」

 

 不意に持ち出されたさとりからの提案に、こいしと顔を見合わせた。

 

「私は構いませんよ。こいしはどうです?」

「レーチェルがいいなら、別にいいよ」

 

 レーツェルです、ともはや定型になりかけたやり取りをして、さとりが前にする丸テーブルに近づいていく。

 

「あ、すみません。イスが一つ足りませんね」

「大丈夫ですよ」

 

 倉庫魔法を発動し、自身の空間からマイチェアを取り出した。一通りの生活用具は向こう側に揃えてあるのだ。

 こいしを元々あったイスに座らせ、その隣に倉庫から持って来たイスを置いて、俺が腰をかける。ちょうどその時にさとりが読んでいた本にしおりを挟んで机の上に置くのでタイトルを見てみたら、『ストーカーの安全な撃退法』と書かれていた。

 ……ちょっとばかり微妙な気持ちになってさとりに視線を送ると、第三の目と一緒にサッと視線を逸らされた。

 

「……まぁ、いいです。さて、なにから話しましょうか……」

「レーチェルが私をストーカーしてきた日のことからじゃないの?」

「ええ、まぁ、そこからなんですけど」

 

 いい加減俺を変態のストーカー扱いするのはやめてもらえないのだろうか。

 

「『こいしは本気で言ってるわけじゃないし、さとりもからかうネタにしているだけだろうから、別にいいんだけどさ』。よかったですねこいし、公認ですよ」

「わーい」

「むぐぐぐぐ……」

 

 さっさとあの日のことを思い返そう。気持ちを落ちつかせ、どうにか記憶の糸をたどっていく。

 

「あの日の前日は、咲夜と……うちの住み込みの人間のメイドさんと一緒に買い物に出かけたんです。こいしが横を通りすぎた時、なにか不思議な感覚を覚えまして、次の日にはどうしてかこいしを探してました」

「『変態的感覚がビビっときたわけじゃないから』ですか。いえ、別にそんなこと欠片も思ってませんでしたけど……」

「むぐぅ」

 

 思考を読めるなら思考の方で先手を打ってやろうかと思ったら、墓穴を掘った。あんまり慣れないことはするべきじゃない、なんて考えながら咳払いをした。

 

「まぁそんなこんなで、ぼーっとしてたらこいしを見つけて、追いかけました。それで出会ったんです。はい、出会い終わり」

「一緒に蕎麦屋に行ったりしたよねぇ。茸蕎麦美味しかったなぁ……って、あれ? なんで私、こんなことまだ覚えてるのかな。いつもはなんでもかんでもすぐ忘れちゃうのに」

「別にいいじゃないですか。私は覚えていてくれて嬉しいですよ」

「んー、そっか。じゃあ別にいっかー。なんだかレーチェルに関わった時のことって、全然忘れないみたい」

 

 さとりの両目がスッと細まるが、今回はなにも言わない。やはりこいし本人が言う通り、こいしが過ごした日々を忘れていないのは本当におかしいことなのかもしれない。

 

「それでその後もちょくちょく会って……そうそう、私の家で夜空の観賞会なんてやった時に初めてこいしはフランと会ったんですよね。フランっていうのは私の妹で、とっても可愛い子なんです」

「ええ、あなたのイメージがよく伝わってきますよ。色とりどりの宝石を備えた美しい翼と、天真爛漫な振る舞いをする金髪の女の子の姿が」

 

 特徴を言い当てたことに少し驚いたが、それも当たり前かと納得する。心を読むとは、なにも思考内の言葉に限ったことではない。抱いた感情、浮かべた心象、およそ表層意識と呼ばれるすべてを見通すことを言うのだろう。

 

「『そういえば原作でも、主人公の頭の中にある弾幕を再現したりしていた』って、本当に変なことばかり考えますね」

「あ、その、えっと」

「まぁ、今は追及しないでおきますよ。せっかくこいしの連れて来たお客さまに粗相を働くわけにはいかないので」

 

 サトリに隠し事をしようという考え自体が無意味なことは最初からわかっていたことだ。もしかしたらさとりは、すべてとは言わずとも、俺の秘密をすでにほとんど読み取ってしまっているのかもしれない。

 

「…………それより続きを話してください。こいしがそのフランさんと会って、どうしたんですか?」

「ん。えーっと……次の日から、三人で一緒に遊ぶようになったんです。とは言っても、最初はいろいろと大変だったんですけどね」

「ただ心のままに遊んでいる心象しか見えませんが」

「大変だったんですけどね」

 

 二回目を言い切ると、くつくつとさとりが笑った。

 

「それである日、霊夢と魔理沙、霖之助……えっと、最近付き合いの多い人間のお三方をこいしに紹介して、コーラを飲んで帰ってる途中に、地霊殿に来ないかって誘われたんです」

「その時は断ったみたいですね」

「……まぁ」

 

 こいしの方をチラリと窺う。断った時の、無表情ながらもどこか気落ちした様子だった彼女の姿は今でも記憶に焼きついていた。あの日から今日まで、ちょっとばかり後ろめたい気持ちを抱いていたことは否定できない。

 こいしが俺の視線に気づいて、なにー? と無邪気に笑いかけてくる。その表情にあの日見たはずの暗さは一切見えず、無意識のうちに安堵のため息を吐いたことに、した後に気づいた。

 

「条約のことを霖之助に聞かされたばかりでしたから。あの後に紫を……ちょっとばかりインチキくさい知り合いの妖怪を探して、この狐の仮面に、一定の条件を満たした上でかぶっていたら周りから人間に見えるカラクリをしかけてもらったんです」

「ここに来る途中、こいしに気配を消してもらうなら、それもいらなかったんじゃないかと思ったみたいですね」

「ちょっとトラブルがあったせいで、前言……前思撤回しましたけど」

「知り合いの鬼に絡まれたんですか。よく無事でしたね……」

 

 俺が言葉にしようとしたことをさとりが先に口にするものだから、なんだか謎の対抗意識が出て来て、さらにその先を言おうとしてしまう。その繰り返しをしていたせいで、こいしが目をぱちぱちと瞬かせて不思議そうな顔をしてしまっていた。

 

「あ、ごめんなさい。えぇっと、そういうわけで、この地霊殿までたどりついたんです。実質的にはこいしとは、数か月程度の付き合いですね」

「ふむ……」

 

 これで語れることは大体終わりだ。大雑把になってしまったが、細かいところは俺の心象が読める彼女なら理解できているだろうと思う。

 しゃべったおかげで口の中が乾いてきて、そういえばお茶がないな、と倉庫魔法を発動して空間に手を突っ込む。紅茶の茶葉と水を入れると数秒で温かいお茶ができ上がる急須――最近"変換急須"と名付けたそれと紅茶の茶葉、湯呑みを三つ取り出した。

 さっと茶葉を入れ、魔法で水を作り出して注ぎ、蓋を閉じて数秒間放置する。そろそろいいかと思った頃に三つの湯呑みに湯気の立つ緑色の液体を注いで、それぞれこいしとさとりに渡した。

 

「ありがとー」

「そうですね、本が近くにあると濡れて大変でしょうから……ああ、魔法の倉庫に入れておいてくれるんですか。それならお願いします」

 

 俺の心を読んださとりがすっとテーブル上に積んであった本を差し出してくる。最初は戸惑ったものだが、ここまで心を読まれながら話しているとさすがに慣れてきた。特に驚きもなく受け取って、それを自分の空間の中に丁寧に格納する。

 三人でお茶を飲んで、一息を吐いた。

 

「レーチェル、おかわりっ!」

「わかりました。あとレーツェルです」

「こいし。レーツェルさんはさっきからずっと訂正してるみたいですが、『なんだか親しみが感じられるからレーチェル呼びでもいいか』って思ってますよ」

「ほんと?」

 

 どこか期待の込められた目でこいしに見つめられる。思っていないと言えば嘘になるので、いやでもやっぱりレーツェルでもいいんだよ、なんて考えつつも小さく頷いた。

 途端に満面の笑みになるこいしに、これからもレーチェル呼びが続いてしまうという未来を夢想しつつ、空になっていたこいしの湯呑みに新しい緑茶を入れた。

 

「……ふふっ」

 

 小さくさとりが笑っていた。本当、心を読めると知っていなかったら幻覚でも見えるんじゃないかと疑っていることだろうと思う。もしくは周りから心配されてもしかたがないレベルの妄想癖があるとか。

 って、こんなこと考えていたら……恐る恐るさとりの方に視線を上げていくと、俺をじっと見つめる第三の目になんだかただならぬものを感じて、鳥肌が立った。

 

「ごめんなさい……」

「よろしい」

 

 心を見透かされるとは恐ろしいものだ、と戦々恐々としつつ、しかし同時に新鮮な体験だとも感じている自分がいることに気づく。

 普通なら嫌な気分になるのかもしれないけれど、どうしてかそんな風には思えなかった。むしろもっと一緒にいたいと、このまま話していたいと。そんな変わった考えが駆け巡る。

 ――レーツェルは今、期待を抱いてる。心が読めるというサトリなら自分の寂しさに絶対に気づいてくれるって、きっと自分の気持ちを察してくれるって。

 即座に思考をシャットする。半ば反射的にさとりの方に視線を向け、彼女が偶然にも中庭の方に視線を向けていることを確認し、どうしてか安堵の息を吐いた。

 ……本当にそれは安堵から来たものなのか? 本当は、実際は――。

 

「レーチェル、おかわりー」

「って、さっきもおかわりしたばっかりじゃないですか。あとレーツェルです」

「えへへー」

 

 紅茶の茶葉を無理矢理に変換してるだけだから、普通の緑茶の茶葉には味が劣る。ここまでずっと飛んだり歩いたりしてきたため、案外こいしは喉が渇いてるのかもしれない。

 そんなことを考えながらこいしの湯呑みに三度目のお茶を注いで、ついでに自分やさとりのそれも足しておいた。

 

「ありがとうございます……ところで、レーツェルさん」

「なんですか?」

「いつもこいしが世話になっているようで、ありがとうございます。今後とも迷惑をかけることがあると思いますが、よろしくお願いしますね」

「あ、いえ、こちらこそお世話になってますよ。それに……」

「それに?」

 

 せっかくこうしてさとりとも顔を合わせて話したのだから、できるのなら仲良くしていきたい。

 そんなことを思ってみると、さとりが呆然としたように瞬きを止めた。こいしが「お姉ちゃん?」と彼女の目線の前で腕をぶんぶんさせた辺りでようやく機能が再起動したようで、それと一緒に口元を抑えて笑い始めた。

 

「ふふ、ふふふっ……そうですね。いろいろとご迷惑をおかけしますが、私のこともどうかよろしくお願いします」

「もちろんです」

 

 ――それからは、さとり自身のことを聞かせてもらった。地霊殿は灼熱地獄の上に建てられており、そこから溢れてくる怨霊を抑える役割をさとりが担っていること。それは怨霊にさえ嫌われるサトリだからこそできるのだということ。灼熱地獄や怨霊の管理は、普段は人型化できるようになったペットに任せていること。

 やはりニートじゃなくて家業だった、と思ったところでそれを見透かされてニートってなんですかと問い詰められたりと、いろいろとあったものの、おおむね賑やかに三人で話し合った。

 気づいた時には思っていたよりも時間がすぎていて、帰らなければいけない時間帯になっている。こいしは「もっと案内したいところいっぱいあったのに」とどこか名残惜しそうだったが、地霊殿に行くことはその気になればいつでも可能なことなのだ。

 また今度、次に来た時に案内してほしい。そんな約束をこいしと交わして、俺は地上に戻ったのだった。


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