東方帽子屋   作:納豆チーズV

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Kapitel 7.深層に沈む真相の洞観
一.号外飛び交った安寧の後日


 阿求は一〇年と少ししか生きていないらしいが、いろいろなことを知っていて、いつも話の種に尽きない。あれからちょくちょく遊びに行くようになったけれど、そのたびにさまざまな豆知識を聞かせてもらえた。

 幻想郷に存在する名のある妖怪や神の大体のことは熟知したので、今後それが脅威に変貌した時も対処がしやすくなったと思われる。

 さて、一年の中で一番苦手な梅雨の時期も過ぎ去り、晴れ晴れとした心持ちでフランとともに博麗神社に向かっていた。霊夢や魔理沙と知り合ってしばらく経っているからか、「暇ならとりあえず博麗神社に行く」という考え方が定型化してきている気がする。魔理沙も同様に「することないなら神社に行くぜ」と言っていたので、きっと霊夢の人望というか妖望というかそんな感じのもののせいだろう。

 

「お、奇遇だな」

「あ、魔理沙」

 

 飛んでいる最中に魔理沙に遭遇し、目的地が同じということで合流して進み始めた。夏の空に騒がしい声が響き渡り、妖精たちから好奇の視線にさらされる。

 

「あー、そうそう。梅雨明け直前の飛行は注意、らしいぜ。あと落雷が直撃するとかなんとか」

「忠告ありが……って、もう明けてから一週間は経ってるんですが」

「それは私も思ったぜ」

 

 言いながら、魔理沙は懐から新聞を取り出した。それをこちらに渡そうとしてきたところで「こっちじゃなかった」と引っ込め、また違う新聞を押しつけてきた。

 飛行しながらだとうまく読めないので、一度止まってフランと並び合ってそれを見てみる。

 

「号外……ですか?」

「昨日、鴉が一軒一軒配って回ってたんだよ」

「あれ? 号外ってそんなのんびりした仕組みだったっけ?」

「天狗は速い割に遅いんだ。いつものことだぜ」

 

 見出しに大きく「号外!」と書かれている割に、内容は全然大したことないというか、ずいぶんと遅い情報ばかりだ。さきほど魔理沙が言っていた梅雨明けの飛行に関しての注意や、落雷に関してのことなど、昨日の時点ではすでに役に立たない注意喚起等しかない。フランもさすがに呆れた表情をしている。

 これはどこの新聞会社、もしくはどんな名前の新聞なのかと確認してみると、『文々。(ぶんぶんまる)新聞』と書かれていた。

 

「あー、これ、レミリアお姉さまがたまに読んでるやつね。『天狗は速い割に遅いのよ』って、魔理沙みたいな文句漏らしてたわ」

「まぁ、天狗に限らず、幻想郷のやつらはいつものんびりしてるがな」

 

 魔理沙に新聞を返し、神社へ向かって改めて飛び始める。一度変わった新聞を眺めたからか、話題はもっぱらそっちに移っていた。

 

「天狗ねぇ。天狗ってさぁ、たまに空を飛んでるの見るけど、特段急いでないくせに無駄に速く飛んでばかりで、なにしたいのかわかんないわ。私たちはこんなに速く飛べる! って自慢したいのかしら」

「風を切って飛ぶのが気持ちいいらしいな。たまに私もブレイジングスターとかで速く飛ぶこともあるから、あいつらの気持ちはちょっとわかる」

「うーん、速すぎるのも考えものですけどね。『光の翼』……えっと、私はこの翼で妖力と魔力をまとめて噴射すると音を越えるくらいの速度を出せるんですが、制御がすごく大変で。爽快ではあるんですけど」

 

 いつもは妖力や魔力で普通に浮いている。『光の翼』は莫大な推進力を得て、それを正面以外のさまざまな方向へ向けて軌道を操作するので、一歩間違えばどこかに衝突して大惨事になってしまう。さすがに何百年も修行してきた関係で失敗することは万に一つもないが、若干ながら制御に気を張ってしまうことは変わりない。

 

「それに、やっぱりそういう爽快さはたまに味わうくらいでいいと個人的には思うんです。フランの言うように無駄に速く飛んでばかりじゃ、せっかくの幻想郷の美しい風景を楽しめませんから」

「あー、そういえばお前らは外の世界から来たんだったな。私は幻想郷で生まれたから外のことはよく知らないんだ。どんなとこなんだ?」

 

 そんな魔理沙の質問に、フランは「うーん」と困った風に考え込んで、俺を見た。彼女は霊夢や魔理沙と出会ってから地下室の外に出るようになったわけだから、外の世界のものの一切を眺めたことがない。

 

「外の世界とは言っても、私たちが住んでいたのは東洋ではなく西洋の方ですし、基本的に館にこもっていたのでなんとも言えませんね。ただ、幻想郷ほど綺麗な場所が滅多にないことは確かです。世界を旅していた美鈴も幻想郷には舌を巻いていましたし」

「ははあ。あれだ、なんか知らんが嬉しいな。故郷を褒められて喜ぶような感じか」

 

 なんとも言えないというのは、嘘だ。幻想郷の外――おそらくは日本のことならば、俺の前世とほぼ同じだろうからいくらでも語ることができる。

 騙してしまったことを少々申しわけなく感じつつ、他愛のない会話を続けていると、やがて神社のすぐ上空までやって来た。参道に降りながら、魔理沙はすぅーっと大きく息を吸う。

 

「大変だ! 紅魔館に泥棒が入ったってさ!」

 

 そうして、急にそんなことを叫び出した。「そんな話、聞いてないんですけど」「どうせ魔理沙のことでしょ?」と、俺とフランからツッコミが入る。

 キョロキョロと辺りを見渡すと、鳥居の台石に座ってのほほんとしている霊夢を見つけることができた。あちらも魔理沙の大声でこちらに気づいたようで、眠そうに片目を開けて俺たちに視線を向けていた。

 霊夢の横にあるお盆には、未だ手をつけられていないスイカの欠片が一つ、すでに食べ終わった欠片が一つ乗っている。他にも急須と湯呑み、台石の下には小皿に乗せられたせんべいなどがあり、完全に休憩モードのようだった。

 

「って、霊夢昨日も掃除サボってたろ。ほんとサボってばっかだな」

「のんびりでいいの。で? 泥棒って? そいつらは特に心当たりないみたいだけど」

 

 霊夢が新しい湯呑みに急須からお茶を注ぎ、魔理沙に渡す。どこかめんどくさそうに立ち上がろうとしていたので、ああ、と察して倉庫魔法で湯呑みを二つ取り出した。「お願いします」と告げると「ん」とそれにもお茶を注いでくれた。

 その片方をフランに手渡すのと一緒に、魔理沙が霊夢に新聞を渡す。どうやら俺たちに最初に渡そうとして、これは違うと引っ込めた方の新聞紙のようだ。

 

「ほれ、こいつが証拠だ。読めばわかるぜ」

「へえ、なにを盗んで……って、これどう見たって犯人あんたじゃないの」

 

 霊夢が受け取ったそれを覗き込むと、そこには魔理沙が紅魔館の裏口を勢いよく蹴破る写真が載っていた。いつのことかと年月を確認すると、第一一八季の葉月……ちょうど紅霧異変が解決した頃のもののようだ。

 そういえば、裏口が壊れてたから修理しないと、と妖精たちが話し合っていた記憶があるようなないような。あれ、魔理沙のせいだったのか。

「身に覚えがないぜ」とほざく魔理沙に、霊夢とともに呆れの視線を送った。

 

「それにしても犯人が映ってるなんて、あんたもあんただけどこの記者もアレねぇ」

「さっさと捕まえろって話ですね。っていうかこんなの配られたら魔理沙の信用ガタ落ちじゃ?」

「ふんっ、私の信用がこんな記事一枚で落ちるわけがないぜ」

「これも『文々。新聞』でしょ? マイナー新聞ってレミリアお姉さま言ってたし、一般じゃ読んでる人なんていないんじゃない? 読んでる人がいないんなら信用も落ちようがないもんねぇ」

 

 阿求は風の噂をも操るとかなんとか俺に忠告してきていたが、それも天狗によるのかもしれない。有名な新聞を発行している天狗の怒りを買えば当然人里で生活しにくくなるだろうけれど、こういうマイナーの新聞記者が相手ならばそんな被害が起きる未来が見えない。

 前世は学生のまま終えたこともあって、新聞は少々苦手に思う気持ちがある。しかし空中で魔理沙に貸してもらった時や、今こうして霊夢の手元を覗き込んでいて思うことであるが、この『文々。新聞』の書き方には結構好感が持てた。

 前世にたびたび読んでいた新聞のように無駄に複雑な漢字があって『読む気が失せる』ということがないし、ただ単に情報が乱立しているわけではなく、ところどころにユーモアな記述が窺える。本来情報を伝達する役割を持つ新聞としては全然役に立たないというか注目度皆無かもしれないが、雑誌等のように読んで楽しむぶんにはとてもよさそうだと感じた。レミリアが読んでいるのもまた、そういう理由からなのかもしれない。

 ふと、霊夢と魔理沙の間に影が差す。

 

「あら、私の新聞の話で盛り上がっているのですか?」

 

 降りてきたのは、一羽の鴉を従えた一人の少女であった。

 どうしても最初に目が行ってしまったのは、下手な下駄よりも底が長い、変わった赤い靴だ。そこから目線を上げていくと、次に見えるのはフリルがついた黒いミニスカート、少々格式ばった白い半袖のシャツ。黒髪のボブの上には山伏(やまぶし)がかぶりそうな小さな頭巾を乗せ、少々赤が混ざったように見える薄茶色の瞳からは一目で察せられるほどの好奇心が窺える。

 私の新聞、というセリフ。鴉を従えていること。そしてなにより、できる限り隠そうという気色がわずかながら感じられる妖力の気配。この少女はまさしく天狗、それも鴉天狗であると、瞬時に判断を下した。

 鴉天狗――天狗について最初に阿求から話をしてもらった時は詳しくは聞かなかったが、後日訪れた時に「鴉天狗は天狗の代表みたいなものなので」と豆知識として特徴を教えてくれた。それによると、鴉天狗とはただでさえ速い天狗の中でも更に速い移動速度を誇り、それは天狗に匹敵する素早さとされる吸血鬼をも上回るほどのものらしい。

 天狗はやたらとずる賢いとか狡猾だとかよく聞くので、敵対心がまったく感じられない目の前の少女にも、鴉天狗だとわかるやいなや反射的にちょっとばかり身構えてしまった。

 

「噂をすればアレな記者。今日はなんの用かしら」

 

 霊夢も魔理沙もこの少女とは知り合いのようで、二人とも特に驚きもなく迎えていた。

 ……ああ、とここに至ってようやく気づく。最近は天狗の話ばかり聞いていたせいで、今世のその知識に埋もれてしまっていたが、そういえば前世の原作に関しての情報内にも鴉天狗に当たるキャラクターが二人いた。この少女の見た目はそのうち一人と完全に一致している。

 幻想郷最速と名高い、伝統の幻想ブン屋。その名を射命丸文という。

 

「お二人さんは初めましてですね。どうも、しがない天狗の新聞記者の射命丸文(しゃめいまるあや)です」

「あ、えっと、これはご丁寧に。吸血鬼のレーツェル・スカーレットと申します」

「私は妹のフランドール・スカーレット。よろしくねー」

 

 そんな形式的な挨拶を終えると、文はペタンとその場に座り込んだ。

 

「今日は昨日試験的に出した号外というものに関しての感想を集めに来ました」

 

 号外って試験的に出すようなものだっけ、とフランと顔を見合わせた。俺の前世の記憶が確かなら、人々の関心が高い出来事を即座にまとめていち早く街頭で販売するようなものだった気がする。

 どうやらその知識は間違ってはいなかったようで、霊夢も魔理沙も「あれのどこが号外なんだ」と呟いていた。

 そんな二人に、文は指を一本立てて口を開く。

 

「号外ってのを出してみたかったのです」

「じゃあしかたがないわね」

「え」

 

 霊夢がすかさず同意したことに耳を疑うが、のんきにお茶を飲んでいる辺り、大して深く考えて返答したわけではないらしい。否定するのもめんどくさかったのかもしれない。

 

「号外って、世間が大きく変わったりするかもしれないことが起こった時、ここだ! って感じに広めるために出すものじゃないの?」

 

 フランの反論。文は「幻想郷では大きな事件が起きない」、霊夢は「のんびり行こうよ」、魔理沙は「たびたび起きてるような気もするが」と、三者三様の反応を見せた。

 長く生きた天狗である文からしてみれば、この数年間で起きた異変なんて大きな事件のうちに入らないのかもしれない。

 

「んー、でも、裏が取れてきちんとした記事にできた案件の中だと、最近で言えばアレが結構大きかったかもしれませんね」

「アレって?」

「ほら、かなり前に地震があったじゃないですか」

 

 霊夢が湯呑みを置き、腕を組んで頭を働かせ始めるが、思い当たることがないようで首を傾げていた。

 俺も地震が起こったことなんて心当たりがない。かなり前と言っているので、もしかしたら俺たち吸血鬼が幻想郷に来る前のことなのかもしれない。

 

「それってあれじゃないか。ほら、去年の春だか夏だかの」

「あー……萃香がやらかした時のこと? って、去年じゃないの。かなり前ってほどじゃないわよ」

「最近って言いました」

「かなり前とも言ったぜ」

 

 三日おきに宴会を行っていた時期に、地震なんてあっただろうか。なんかフランも納得した風に頷いてるし。

 首を捻るばかりの俺に、どういうわけか文が目を向けてきた。

 

「あの時は本当にビックリしました。いいネタになるかと思って震源を探って飛んでいたら、まさかまだ幻想郷に鬼がいたというだけでも驚きなのに、その鬼とレーツェルさんがやり合っていたんですから。しかもスペルカードなしの正面衝突で。あれだけ激しい戦いなら地震の一つや二つは起こって当然です」

「え?」

「あ?」

 

 「え?」は俺で、「あ?」は霊夢だ。いや、まぁ、確かに俺は音速の二倍以上で動いたり、その素早さと力を乗せて萃香を地面に思い切り叩きつけたり、膨大な魔力を凝縮させた弾幕を放ったりしたけど。萃香も巨大化して暴れたりとかいろいろしてたけど。

 そういえば紫が、俺と萃香の戦闘音が普通に人里に届いてるとか言っていた気がする。音がそうならば、戦闘の余波的なものが大地を伝わっていてもなんらおかしくない。

 そしてどういうわけか、霊夢が目元をピクつかせて、怒り心頭な様子で俺を見据えてきた。

 

「あんたねぇ、あの日、私すっごい大変だったのよ? 人里のやつらがわざわざ私のところまで『助けてほしい』って頼んできてさぁ。満月の真夜中に来るんだから相当よ。それで実際現場と思しきところに行ってみても、なんか荒れてるだけで誰もいないし、一晩中警戒してて次の日疲れて爆睡したし……あー、もう! 思い出したらなんか腹が立ってきた! あんたのせい!」

「ご、ごめんなさい。まさか霊夢に迷惑がかかってるなんて思わなくて……」

「素直に謝らないでよ! なんか罪悪感沸くでしょっ!」

「それはさすがに理不尽だぜ」

 

 魔理沙からツッコミが入る。幻想郷の人妖は大抵自分勝手なので、「お前のせい」だとか言われても素直に非を認めたりはほとんどしないのだろう。霊夢が怒りながらも気まずそうにしているのが印象に残った。

 

「萃香さんに取材をさせていただいて、なかなかいい記事にできました。そういえばレーツェルさんの方にはお伺いしてませんでしたね。『私の売った喧嘩をあいつが買った』とのことですが、結局の真相はどんな感じなのですか?」

「えっと……大体萃香の言う通りだと思います。萃香が私を嘘吐きだって挑発してきたので、それを私が買った感じです。最後には紫の……妖怪の賢者の下、引き分けになりました」

「というかお姉さまのせいだったんだねぇ、あれ。なんとなく感じ慣れた魔力が暴れてる気もしたし、なんだか納得したわ」

 

 文が、どこからか取り出した手帳にメモをする。幾度か萃香と戦った日のことについての質問が飛んでくるので、覚えている限りのことを話すと、文はそれを手帳に書き記していた。

 

「って、今更去年のことなんてメモしてどうすんだよ。どうせ記事にしないんだろ?」

「去年に一度しちゃってますからね。同じネタはつまらないので記事にはしません。今書いてるのは、今度また地震が起こった時に『またあの二人が喧嘩しているのかも』という感じでまとめるためのものです」

「濡れ衣すぎるぜ」

 

 一瞬、ネタ提供やめようかなと思いかけたが、『文々。新聞』はマイナー新聞だということを思い出して我慢する。魔理沙の泥棒現場が押さえられていても話題にすらならなかったんだから、去年のことを話すくらい大した問題にはならないだろう。

 案外ぐいぐい来るなぁ、と天狗の好奇心やらなんやらに感心しつつ、この後は文の新聞の話題で盛り上がっていく。盛り上がるとは言っても「これの内容わけわかんないぜ」とか、記事を適当に読んで「あいつなにやってんのよ。っていうかこれ本当?」とかそんな感じだ。

 さすがにそうして仲良くしゃべっていれば、天狗への警戒心も薄れてくる。

 噂や資料からだけで物事の全部を判断することはできないのかもしれないと、楽しそうにしている文を見て、思い直した。


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