東方帽子屋   作:納豆チーズV

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七.数多の妖怪、神、そして御阿礼の子

 ――映姫との対談から、すでに一月近くの時が流れていた。この頃になると季節から外れた花をようやく見なくなり、幻想郷も普段の様子を取り戻していた。

 あの日、あの時、閻魔からの教えで、俺はかつての自身の行動に罪がないことを知った。館に帰ってから今に至るまでずっとそのことについて考え続けていたけれど、やはり俺の中で導き出される『答え』はいつだって『俺に責任がある』だ。

 罪がないのに、それが絶対の存在から証明されたのに、どうしてそう感じてしまうのか。

 映姫は俺が消したいものは罪ではなく罪悪感だと口にしていた。閻魔が言うのなら、ああ、きっとその通りなのだろう。そこから思考を広げ、そして、俺はだからこそ自身に責任があるのだと結論を出した。

 母と父とその眷属が死んだのは、きっと俺のせいではない。運が悪かった、間が悪かった、元々そうなるはずのことだった。なるほど、言いようはいくらでもある。だけど、違う。逆だったのだ。俺が背負うべきは彼女たちを殺した罪ではなく、彼女たちを救えなかった責任だった。

 死にゆく運命にある三人を救えるだけの要素が手元に揃っていて、それに気づこうとせず、行使しなかった。自身の正体がバレることを恐れ、未来を考えることを忌避し、ただ臆病だったがゆえに生きる意味を失って、『答えのない(元々いなかったとしても変わらない)存在』になった。

 愛されていたのに、救われていたのに、俺だって心の底から慕っていたのに、紛い物の娘を育ててくれた礼が果たせなかった。彼女たちの気持ちを無為に、俺のせいで『答え』のないものにしてしまった。

 もうなにも取り返しなんてつかない。ありがとうも、ごめんなさいも、なにも言えない。残ったのは、どうして未来を見据えなかったのかという後悔だけ。

 "狂った帽子屋"とは、あの三人の無念を引き継ぎ、己が幸福のすべてを大切なモノへと捧げ、命と心を賭して恩返しにも似た懺悔を繰り返す狂人なのだ。

 

「日差しが……この時期になると、強くなってきますね」

 

 霖之助製のローブを纏い、フードをかぶり、人間の里の中を歩いていた。人間化魔法によって翼をなくし、悪魔としての気配もできる限り断っており、観察眼がある者でも『半人半妖』等としか窺えないだろう。見破る系統の能力を備えた者が人里にいるのなら別であるが。

 真夜中に素の状態で行くと、人間妖怪問わずに皆怯えて俺から離れていくから、変わった風貌にちょっと目を向けられるだけというのはずいぶんと気楽だった。

 そうして一人歩いていると、視界の奥に結構大きな和風の屋敷が見えてくる。慧音から聞いた話によれば、今俺が進んでいる方向にある大きな屋敷とのことだから、あそこが俺の目的地となるところのはずだ。

 そうして歩いていると、やがてその建物の門の前にたどりつく。表札を確認すると、そこには『稗田(ひえだ)』と書かれていた。俺が目指していた場所で間違いない。

 

「……さて、行きましょうか」

 

 そう呟いて門に手をかけた時、背後に誰かが立つ気配を感じた。

 半ば確信しつつ、ゆっくりと振り返る。

 

「おはようございます」

「ええ、おはようございます。私の家になにかご用でしょうか?」

「僭越ながら、見せていただきたい資料があるんです。ここには幻想郷のすべてが詰まっていると慧音から聞いてきたので」

 

 俺より少し高い程度の身長しかない少女が、おそらくは俺が半妖であると判断した上で、控えめながら憮然とした面持ちで対応する。人間は普通なら、たとえ半妖であろうと少なからず警戒して威圧的か、もしくは保身的になりがちだが、未だ若いはずの彼女にはそれがなかった。

 若草色の長着の上に、花の柄が描かれた黄色の着物を羽織り、長い赤いスカートを穿いている。セミロングにした紫色の髪の左側に花の髪飾りをつけており、花が咲くような美しさと同時にすぐに散ってしまいそうな儚さを連想させた。

 

「慧音さんから……そうですか。わかりました、どうぞ中に入っていってください。資料は幻想郷に二つとないものばかりなので貸し出すことはできませんが、正当な理由があるならばいくらでも見せることは可能です」

「ありがとうございます。私は、レーツェル・スカ……」

「スカ?」

「すか、スカリエッティと申します。あなたは?」

 

 危なかった。スカーレットなんて言えば、勘がいい人ならすぐに霧の湖にある紅い館の吸血鬼だと気づいてしまう。適当な名字を咄嗟に言ったけれど、なんとなくそれっぽいし、嘘だと見破られることはないはずだ。

 

「私は稗田阿求(ひえだのあきゅう)と申します。どうぞお見知りおきください」

 

 稗田阿求――彼女もまた東方Projectのキャラクターであるのだが、残念ながら、俺の中には名前がうろ覚えで残っている程度で、映姫以上に役に立つ情報がない。というか名前しか情報がない。

 慧音からは「幻想郷が幻想郷と呼ばれる頃より前から人々のために妖怪の弱点や特徴等をまとめ上げて来た、由緒正しき稗田の家系」と聞いている。また、一〇〇年とちょっとを境にして御阿礼の子という、記憶力が非常に高い子どもが生まれることがあるようだ。稗田阿求はまさにその御阿礼の子であり、一度見たものを忘れない力を持ち、頭脳が発達している。反面、その代償か体は弱く、妖怪と比べてただでさえ少ない人間の寿命が彼女の場合は三〇年程度しかないらしい。

 阿求が俺の前に立ち、門を開け、先頭に立って敷地内へと案内してくれる中……ふと、俺の力で寿命の延長は可能だろうか、なんて考える。

 歩きながら試行錯誤を重ね、限定的にならば可能である、という解答が導き出された。

 俺自身の寿命を延ばすだけならばとても簡単にできる。五〇〇年程度もずっと表情をなくし続けてきているわけだから、『年月を経ることによって起こる身体の成長、老化という答えをなくす』とすれば今の体を維持したまま永遠に近い時を生きることが可能だろう。

 しかし他人にそれをやるとなると話が別だ。俺の能力を他人に適用させる場合、基本的には対象に触れていなければならない。しかも手を離すと効果がすべて切れ、元に戻ってしまう。俺と触れ合う等、つまりは手を繋いだりしている場合のみだけ老化を止めることが可能であり、その他の時では普通に寿命を消費していくことになる。

 睡眠時間を九時間と仮定して、その間だけ触れていたらどうなるのだろう。一日が二四時間、そのうち九時間をなくすわけだから二四対九。阿求を対象と仮定すると、寿命が三〇程度なのだから三〇……いや、すでに一〇年と少しの年は取っているだろうだから、三〇から多めに一五ほど引いておこう。その答えは一五だから、x(エックス)を延長ぶんとして一五対x。

 二四対九イコール一五対xで、二四xイコール一三五……xイコール、五点六二五。たぶん。一日九時間寿命を進まなくしていった場合、五年半ほどならば寿命を延ばすことができるということになる。

 

「さきほどからずっと考え込んでいる様子ですが、なにか不安なことや不満な点がおありですか?」

「えっ? あ、いえ、今日の昼のご飯のことを考えてました。この場所が気に入らないとか、そういったことは全然ないです」

「そうですか、それはよかったです。さぁ、どうぞこちらへお入りください」

 

 とは言え、仮定の話だ。阿求とは今知り合ったばかりであり、そもそも毎日一緒に寝るとかよほどの仲でなければ普通はしない。ちょっと気になったから計算してみただけだ。

 考えに没頭しすぎていたのか、無意識のうちかいつの間にか靴も脱いでいて、屋敷の中で一つの和室に案内されていた。

 誘われるままに中に立ち入ると、後から入ってきた阿求が部屋の隅から座布団を持って来て、中央辺りに二つ置いた。どうぞ、と扉から近い方に手を伸ばしていたので、「ありがとうございます」とそこに座る。その後、「お茶を入れてきます」と阿求はしばらく席を外し、少しだけ暇な時間が続いた。

 そうして数分ほど経ったのち、お盆を手に戻ってきた彼女は「お待たせしました」と俺の前に茶托に乗った湯呑みを置いた。お礼を言うと笑顔で返され、阿求は俺の対面に腰を下ろした。

 

「それでは、改めて要件を窺いさせていただきます。資料をご覧になりたいとのことですが、どのような種類のものをご希望ですか?」

「私が知りたいのは、現役で力を持っている妖怪や神などの種族の情報です。ありますか?」

「もちろんありますよ。ですが、神も、となると少々多すぎますね……」

 

 八百万の神、なんて言葉もあり、実際それだけ神類が存在している。いくらか限定する必要があるのは確かだ。

 

「それなら幻想郷と近しい関係にある神の方々の情報をお願いします。あ、力を持っていると言っても、戦闘面での話です。富やらの面で優秀な類の方々の情報はいりません」

「なるほど、わかりました。まずはなにから話しましょうか……」

 

 自分の分のお茶を口に含み、そうですね、とそれを茶托の上に置いた。

 

「天狗にしましょう。力があるのはもちろんですが、新聞を作っている関係上、私たちとも多くの接点があり、非常に有名です」

「えっと、その、話すのですか? 私は資料を貸していただければ、手を煩わせるまでもなく……や、口? 口を煩わせるまでもなく勝手に調べますよ」

「本来なら幻想郷縁起という書物を見せるのが一番早いのですが、あいにくと先代のそれは博麗大結界が張られる前に書かれたものなので、現在力を持っている妖怪や神が対象となると役に立たない部分があります。今代の幻想郷縁起はまだでき上がっていませんし……他の資料もレーツェルさんのように多くのことを知りたいという場合では同じく適していませんから、そのすべての資料と幻想郷縁起を暗記した上で今の幻想郷を生きている私が話した方が、おそらく確実性があるでしょう」

 

 それとも私との会話では得るものも得られませんか? なんて阿求がちょっと不安そうに聞いてくるから、俺はすぐに首を横に振って否定した。阿求と話した方が効率がよくて確実でもあるなら、その方が断然いい。

 

「天狗の前に、一つ聞いてもいいですか?」

「はい、なんでしょう」

「幻想郷縁起って、なんの本なんです?」

 

 ああ、と阿求が頷いた。

 

「妖怪の方なら知らなくても無理はありませんね。幻想郷縁起というのは、元々は稗田阿一……すなわち私の遠いご先祖さまが書き始めたもので、妖怪等の危険な者たちの特徴や弱点、対策法を記載し、人間を守るための書物として機能してきました。御阿礼の子の一代で一冊として、合計八冊ほどこの家に保管されていますね。私も九代目として次の幻想郷縁起の編纂に携わっていますから、近いうちに幻想郷縁起の数は九冊になると思います」

「人間を守るための……いいですね、そういうの。助け合いの精神というのは、人間だからこそっていう気がします」

「今の時代は争いもほとんどなくなりましたから、人間を守るためという意義もあまりなくなってきましたが……その辺りはアレンジを加えることで、新しい在り方を確立したいと考えています。と、脱線しましたね。話を戻しましょうか」

 

 コホンと咳払いをした阿求は、居住まいを正して俺に向き直った。

 

「まずは天狗のことをお話ししましょう」

「お願いします」

「レーツェルさんも幻想郷に住む妖怪なら何度か耳にした、あるいはよく知っているかもしれませんが、天狗とは鬼とともに古来から語り継がれる古参の妖怪です。いえ、ただ一口で妖怪だと表現するのは少々間違いがありますか。天狗は山の神ともされていますから、妖怪であると同時に神であるとも言えます」

「神格化、っていうのですね」

「その通りです。今は妖怪の山の頂点として君臨してはいますが、元々は鬼を天下として、天狗はその配下でした。現在、妖怪の山で独自の社会が築かれていることはご存じだと思います。実はそれは鬼たちがいた頃の社会を基盤として発展した、なんて説もあるのですよ」

「鬼……ですか。知り合いに一人いますけど、滅茶苦茶強かったですね。もう二度と戦いたくないです」

「……よく生きてましたね」

 

 頬を引きつらせ、同時にその表情には若干の驚愕が見られた。今の俺は翼がないし悪魔としての気配も薄いし、ちっちゃいし、鬼とやり合えるほどに強そうな印象がないからだろう。

 

「ま、まぁとにかく、鬼の配下であったとは言いましたが、その力は決して生易しいものではありません。鬼なんて最強の妖怪種と名高い種族なんですから、その配下の代表とされていた天狗が弱いはずがないのです。一部の天狗は、時には鬼に匹敵する力すら持ち得たとも聞きます」

「ははあ、すごいんですねぇ」

「とは言え、天狗は普段は可能な限り力を隠しているので、今どれだけの力を持っているかは実は定かではありません。明らかに弱い相手には威圧的に出ますが、強そうな相手には下手に出るヘタレ……あ、いえ、今のはなしでお願いします。そう、狡猾、ずる賢い……うーん、まぁなんでもいいですね。とにかくそんな感じなので、実際の力のほどはなんとも言えません。ただ、かなりの力を備えているだろうことは確かでしょう。身体能力も妖術能力もどの妖怪にも引けを取らず、特に飛行速度となると右に出る者は吸血鬼くらいしかいません。それだけ強くなければ、鬼がいないと言えど、さまざまな妖怪が存在する山の中で頂点にいたりなどしませんから」

 

 さらっと流れるように辛辣な印象を漏らしていたが、言及するのも怖いのでスルーをしておく。

 

「他に天狗の特徴としては、全体的に陽気で酒豪であることが挙げられますね。同じく酒豪である鬼と最後までともにお酒を飲めたのは天狗だけとまで言われているほどです」

「鬼の酒豪っぷりはすごいですよね。私の知り合いは無限にお酒が湧き出てくる瓢箪を指して『これは空気と同じだよ』とか言ってました」

「それはさすがに飲みすぎですよ……他に天狗の特筆すべき点としては、一つ、多くの種類と役職の天狗がいること。山の自衛隊として機能する白狼天狗、事務をしているという鼻高天狗、新聞等の印刷を担当するらしい山伏天狗、とにかくすばしっこい報道部隊の鴉天狗、管理職の大天狗、すべての天狗のボスである天魔等……それぞれに別々の特性があり、一概に天狗の特徴としてまとめるのには実は無理があります」

 

 それぞれの天狗のことも詳しく説明しますか? と問いかけてくるので、首を横に振っておいた。天狗のことだけ一気にそこまで覚えてもしかたがないし、というかそんなに急に覚えられないだろう。

 

「二つ、仲間意識が高いこと。味方がやられると全員が敵対の姿勢を取り、山に侵入者が現れたとなれば総出で排除にかかります。いざ戦闘になることがあっても、できるだけ戦わないようにすることが賢明です。一人の天狗を相手にするということは、天狗という種の全体を相手にすることと同義と考えるべきでしょう」

「……むぅ、めんどうですね」

「通常の妖怪なら、たとえ自分と同種の妖怪が争っていても無駄に手を貸したりはしませんからね。だからこその天狗の特徴として挙げました」

 

 天狗は種族というよりも、天狗という組織であると考えた方がいいのかもしれない。種類も多いらしいし。

 

「三つ、風を操ること。これは物理や噂に問いません。天狗の怒りに触れてしまうと竜巻を起こされて家を壊されるということもありますし、あることないことを言いふらされてそれが風の噂として広まり、里にいづらくなってしまうなんてこともあります」

「怖いですね……」

「ええ、まったくです。そういう天狗の所業が周知の事実なこと、他にも問題点が数多くあることもあって、人間の間でも妖怪の間でも『天狗とは関わりを持たない方がいい』とか言われていたりします。当たり前ですね。レーツェルさんも注意した方がいいですよ」

 

 あいにくと天狗の知り合いはまだ一人もいない。基本的に来る者拒まずなスタンスなので、関わらない方がいいと言われても、俺には実際にその通りにはできそうにない。そもそもなにも不都合なことをしてきていないような初対面の相手を邪険に扱うなんて失礼に当たるので、拒むという動作自体に拒否反応が出てしまいそうだ。

 

「天狗はこの辺りで終わりにしましょうか。あと語れることと言えば起源と新聞を作っていることくらいですが、起源なんて今となってはどうでもいいものですし、新聞に関しては誰でも知っているようなことです。さて、次はどの妖怪の話をしましょうか……」

「あ、鬼のことは省いてもいいですよ。さっきも言いましたが、知り合いに一人いるので、鬼のことはそっちに聞いてみたいと思います」

「すでに鬼がいなくなってしばらく経ちますから、幻想郷にはあまり鬼の資料がありません。現役の鬼に聞いた方がいいことが聞けるのは確かですね。わかりました。では鬼はなしとして……天狗の速度の話の際に一度吸血鬼のが出たので、吸血鬼のことでも話しましょう」

「えっ」

「……? どうかしましたか?」

「い、いえ、なんでもないです」

 

 反射的に声を出してしまった。すぐに口を閉じたけど、怪しまれたことには変わりなかった。

 

「吸血鬼ですが、これは初めて現れてから数百年程度と歴史が浅いながら、すでに幻想郷でパワーバランスを担うほどに強大な力を備えた夜の帝王です。鬼に届き得る身体能力、一声かけるだけで数え切れないほどの悪魔を召喚できる想像を絶する膨大な魔力、天狗に匹敵する飛行速度、頭以外が吹き飛んでも一晩で完全回復するような超再生能力、霧状になったり大量の蝙蝠に変化したりなどの多くの特殊能力等、これでもかというほどに強力な要素を詰め込んだ、まさしく最強種の悪魔です」

「そ、そうですね。強いですよね、吸血鬼」

「幸い吸血鬼異変と呼ばれる事件でかなり数が減ったので全体的な脅威度としては言うほど高くはありませんが、その個々の力が一騎当千であることには変わりありません。仮に天狗と真正面から衝突したとしても、天狗の最大の特徴である飛行速度が吸血鬼とほぼ同等である以上、それ以外の能力をすべて上回る吸血鬼に分が上がるでしょう」

 

 全体的な脅威度についてを語った後に天狗を例に挙げる辺りから察するに、阿求は「組織としては天狗の方が恐ろしいですが、個々としては吸血鬼の方が強大です」と言外に告げているのだろう。

 

「ただし、多くの莫大な能力を身につけているだけあって、逆に数多くの弱点も備えてしまってもいます。日光に弱いため昼間は大人しく、流れ水は渡れないので雨の日も大人しく、イワシの頭にも折った柊の枝にも近づけませんし、炒った豆も触ると火傷をするみたいです。後半は鬼としての弱点ですね」

「あー、わかります。炒った豆、すっごい熱いんですよ。でも、お姉さまは納豆が好きなんですよね。炒ってないなら平気みたいです、不思議です……あ」

 

 気づいたら、阿求が俺を呆れた目で眺めていた。いや、普通に流せばよかったのに、『同意できる話』が出たせいで「あーわかるわかる」と反応してしまった。なんでこんなところでドジをしたんだ。もう完全にバレてるなと、俺はあははと作り笑いを浮かべる。

 阿求は湯呑みを取って、中身を口に含み、茶托に戻した辺りで、改めて俺の方を見た。

 

「まぁ、最初からわかっていましたけどね。もうすぐ夏という時期に全身ローブでフードまでかぶって……日差しが苦手だと主張しているようなものです。天狗のことを話している最中に吸血鬼の単語が出た時も地味に震えてましたし、吸血鬼のことを話そうと言ってみた時は過剰反応しましたし、丸わかりでした」

 

 吸血鬼について話し始めるまでは完全に隠し切れていると思っていたのに、全然だったらしい。どうやら玄武の沢と違って人間の里という場所は、スニーキングミッションの難易度が桁違いのようだ。

 

「うぅ……すみません。騙そうというつもりではなかったんですが、なにぶん悪魔って人間も妖怪も問わずに嫌われているので……」

「いえ、大丈夫ですよ。これまでの応対の中であなたが悪い妖怪ではないことは十分に把握していますから」

 

 そう言って、阿求が小さく微笑む。悪魔であると公表して、こんなに穏やかに迎えられたことが今まで一度としてあっただろうか。いや、ない。

 霊夢や魔理沙、咲夜は例外として、阿求もまた慧音と同様、人間でありながら俺を悪魔としてではなく一個人として見てくれたというわけだ。

 

「さて、続きを話しましょうか。吸血鬼に関してはもう省いてもいいですね? 吸血鬼のことなら、私よりもレーツェルさんがわかっているはずです」

「はい。あの、えっと、阿求」

「なんですか?」

「またいつか、ここに来てもいいですか? 今度はこういう資料を借りたいからとかじゃなくて、個人的に仲良くなりたいという感じで」

「ふふっ、もちろんいいですよ。何百年も生きるような妖怪の友達は、大歓迎です」

 

 ――その後も、力を持つ妖怪や神についての話を続けた。紫のような一人一種族の中でも特に強力な個体、天人、神霊、八百万の神のうち武に富んだ者たち、それから幻想郷の最高神と言われる龍について等。

 当初は、事前に危険そうな妖怪や神をチェックしておくことで対策を立てやすいようにしておくことが目的だった。そうすれば大切な者たちに害が及ぶ可能性を、ほんの少しかもしれないが、下げることができる。

 しかしこうして向き合って話していると、そんな思いとは別に、友人と語り合うような気分にもなってくる。

 稗田阿求。齢三〇ほどが限界という、体の弱い人間。この日、俺はそんな彼女と友達になった。




今話を以て「Kapitel 6.嘗ての過ぐる日を悔い続け」は終了となります。
他の章と比べると話数が少ないですが、一話の文字数が結構多いので、全体的には「Kapitel 1」と同程度の文の量だと思われます。
また、単なる繋ぎだった「Kapitel 5」と比べ、「Kapitel 6」は外の世界との繋がりに関してのこと、かなり雑な伏線張り、レーツェルくんの若干の心情の変化という三つを書くことができたので、少ない話数にしては十分すぎるくらい進みました。

さて、実はここから二年(作品内時間)ほど、ろくな異変がありません。強いて言うなら「東方文花帖」ですが、あれにはストーリーなんてろくにないのでスルーします。
二年先の「東方儚月抄」と「東方風神録」が始まるまでの話が「Kapitel 7」となります。最初は「Kapitel 5」と同様に繋ぎのための章にしようかと思っていましたが、作品内時間と言えど二年もそれをやるのはさすがにキツいので、かなり先にやるはずだった物語の繰り上げをしたいと思います。

なにが言いたいのかと言えば、「Kapitel 7」を繋ぎだけの話にするのはやめました。
次回からもどうぞよろしくお願いいたします。

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