東方帽子屋   作:納豆チーズV

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Kapitel 6.嘗ての過ぐる日を悔い続け
一.地這う科学と人形の魔法


「はー……」

 

 妹紅と出会ってから、すでに一月の時間が経っていた。半月前には霊夢と紫、魔理沙とアリス、咲夜とレミリア、妖夢と幽々子の四組がそれぞれ肝試しを行っており、藤原妹紅とスペルカード戦を繰り広げたようである。

 後日妹紅に会った時に「なにあれ強すぎ。殺さないでほしいって言ってたから遊んでやろうと思ったのに、本気になっても勝てないってどういうこと」とか文句を言われたが、苦笑いを返しておいた。半ば予想していたことだが、やはり心配は無用だったようだ。

 ヒイラギやヤツデ、ビワ等の美しい花々が顔を見せ始め、広葉樹の葉はとても鮮やかな赤めの色に変化している。人間であればそろそろ肌寒く感じてくるだろう時期であり、いろいろと思うところがあって今は裁縫に勤しんでいた。

 

「よう」

「あ、魔理沙」

 

 満足げにでき上がったものを掲げていたら、横から声をかけられた。目を向ければ、白黒の魔法使いの姿がそこにある。

 

「あいつはどうした?」

「買い物だって言ってました。私は、留守を任されまして」

「へえ、ずいぶんと信頼されてるな。私が留守を任せろなんて言っても『あんたにだけは絶対に任せられない』とか宣言されそうなのに」

「それは、まぁ、しかたがないです」

「御神酒をちょいと漁るくらいしかしないんだけどな。あとはー……なにか食べ物がないとか漁ったりとかか、うん」

 

 博麗神社。その縁側にて座っていた俺の隣に魔理沙が腰をかけた。

 風が吹き、葉の擦れる音が静けさを心地のいいものへと変える。自然に溢れた幻想郷の空気はおいしいので、こういう雰囲気の中で深呼吸をするととても気持ちがいい。

 

「その手に持ってるのはなんなんだ?」

「わかりませんか? マフラーですよ」

「ああ、冬が近いもんな。って、お前は気温の変化に強いんじゃなかったのか? 吸血鬼だからどうだとか」

「それでも季節感は味わいたいものですよ。これはフラン用なので、次はお姉さま用を作ります。最後が私です」

「そういうもんかね。まぁ、アリスも食事や睡眠の必要がないってのに摂り続けてるって言うし、そういうもんかもしれないな」

 

 フランに上げるマフラーは桃色だ。レミリアへのものは青色で、俺のものは橙色にしようと考えていた。雪が降り始めた頃にプレゼントするつもりなので、魔理沙には秘密にしておくように言い含めておく。

 でき上がったマフラーを魔法で倉庫に、針や糸を裁縫箱の中にしまい、ゴロンとその場に寝転がった。手先をずっと動かし続けていたこともあって、若干の倦怠感と達成感を全身が覚えている。今日はできることなら、もうなにもせず過ごしていたい気分だ。

 

「あら? 霊夢はどうしたの?」

「買い物らしいぜ。私とこいつで留守番を任された」

「任されたのは私だけですよ」

「まぁ、魔理沙になんて任せるはずないわよね」

 

 魔理沙に続いてこの場にやってきたのは、七色の人形遣いことアリス・マーガトロイドだった。珍しいものを見るように俺と魔理沙を見やった後、俺とは反対側の魔理沙の隣に腰を下ろす。

 

「なんだ? 霊夢に用でもあったのか?」

「別に。この辺りはよく外の世界から物が流れ込んでくるから、なにかいいマジックアイテムでもあればと思って探してたの。その帰りにちょっと寄ってみただけ」

「その割にはここでくつろいでいくつもりみたいだな」

「休憩よ。さすがに疲れたわ。家主もいないんだし、好きにしててもいいはずよ」

 

 その理屈はおかしい。家主がいないのなら、遠慮するか出直すかするのが普通だと思うのだけど。

 ふと、アリスの視線が俺の膝の上に置いてある裁縫箱に向いた。

 

「レーツェルは、それでなにか作ったりしているの?」

「さっきまではマフラーを編んでましたね。そこそこ昔から裁縫を趣味の一つとして始めたのですが、恥ずかしながらあんまり上達がしなくてですね……まだ難しいものは作れません」

「ふぅん。それなら、今度私が教えてあげてもいいわよ? いつも人形作りで嫌というほど……嫌ではないけど、とにかくたくさん裁縫はやってるから結構自信あるのよ。レーツェルには魔法のことで世話になってるから」

「わっ、いいんですか?」

「うちに来てくれれば、私がいる時ならいつでも教えてあげる。それだけのことを私もされてる」

 

 家主がいないなら好きにしていいなんてトンデモ理論を持ち出していたアリスが、どういうわけか意外に優しい。

 魔法のことで世話になんて言われても、大したことはしていない。魔理沙はどう考えても頼れないし、パチュリーが部外者の魔法に無償でアドバイスするとは思えないし、消去法的に俺かフランしか残らないことはわかっている。それでもちょっと見学して気になったところを口出しするくらいなので、『それだけのこと』なんて言われてもまるで実感が持てなかった。

 アリスやパチュリーからしてみれば、五〇〇年近く魔法を学び続けている俺の助言があるだけで全然違うのだそうだ。感じたことをそのまま口にしているだけなのに恩を抱かれるのは、なんだかちょっと釈然としない。だから今回もこうして「いつでも教えてあげる」なんて言われて萎縮してしまっている。

 

「なんだよ、私と全然対応が違うじゃないか」

「当たり前でしょ? あなた、私になにかしてくれたことなんてあったかしら」

「そりゃあ、あるぜ」

「へえ。たとえば?」

「…………うん、まぁ、いろいろだな」

 

 すぐに答えられないくらいには、心当たりがないということだ。俺も同様に思い当たることは特にないのだが、そのことを告げると「あなたは、あなたにとっての当たり前のことをしているだけなのね」と感心した風に頷かれた。いやだから、と否定しようとして、どうせ今のように変な方向へ評価がされることは目に見えている。これ以上誤解されてはたまらないと、言葉を吐きかけた口を噤んだ。

 

「それでアリス。マジックアイテムやらを探してたって言ってたが、なにか目ぼしいものはあったのか?」

「目ぼしい……って言っていいのかどうかわからないけど、とりあえずこんなものを見つけたわ」

 

 と、アリスが取り出したのは、全長三〇センチほどの黒色を主体とした謎の物体だった。赤や青、黄色の配線が入り乱れていたり、窪みの部分に小さな円柱が埋め込まれていたり、それぞれの角にゴム状のリングが一つずつ、合計四つがはめ込まれていたりする。

 魔理沙がそれを見やって数秒首を捻った後、ああ、と声を上げた。

 

「これは、たぶんあれだ。ラジコンとか言うやつだ。前に河童どもがいじくって遊んでるのを見たことがある」

「ラジコン? わかるような言葉でお願い」

「ラジオコントロールの略ですね。車や飛行機……いえ、乗り物を模した物体を作って、遠距離から電波を介した指示を出すことで半自動的に動作をさせることができるんです」

 

 カバーが外されているからわかりにくかったが、言われてみれば確かにラジコンに使う車の模型だ。タイヤがぐにゃりと歪んでいたり、電池が片方だけ入っていなかったり、配線が一部切れていたりしているので壊れていることは容易に窺える。使えなくなってしまったために放置され、誰からも目を向けられなくなった結果として幻想入りを果たしたのだろう。

 

「電波を介した指示……それはつまり……」

「アリスはよく人形を操る魔法を使いますが、それには魔力を通した糸を使っていますよね。ラジコンはそういうものは必要ありません。なんの繋がりもなしに、一方的に遠くから命令を発するだけであらかじめ設定されていた通りに動いてくれます」

「……なるほど、興味深いわね。これに前もって動作を覚えさせておいて、別の場所からそれをやれという簡単な指示を送れるようにしておく。私が人形を操るみたいに細かい動きは無理だけど、糸のような直接的な繋がりがなくなるから汎用性は高くなる……」

 

 顎に手を添えて考え込み始めるアリスが、虚空を見据えてはぶつぶつとひとりごとを呟く。その間に、魔理沙は俺の手前に乗り出してひょいっと彼女の手元から壊れた車の模型をぶんどった。

 

「うーん……やっぱりだ。なんか足りない気がするんだよなぁ……」

「カバーじゃないんですか? 被せるものが足りないとか」

「もっと根本的なものだ。そもそも、これだけじゃなにも……そうだ! こんとろーらーだ! こんとろーらーが足りないぜ!」

 

 ちょっと発音がおかしいのは気にしないでおこう。アリスが持って来たものは本体だけで、命令を出すための送信機がついていない。幻想入りしたとは言っても両方セットとは限らないわけだからしかたがないことではあるが。

 というより、そもそも送信機があったところで、壊れているのだからなにも変わらない。魔理沙もそれに気づいたようで「まぁ壊れてるしな」と、車の模型を俺の膝の上にある裁縫箱のさらに上部に置いた。

 

「私の魔法は一から十まで私が人形を操ることで成り立っているけど、人形自体に細工を施すっていうのも手の一つかもしれないわね。私の負担を減らしたり、私からの命令がなくても同じ動作だけなら延々と繰り返させられるようになるかも……とにかく」

「アリス。これ、どうするつもりです?」

「研究の価値はある……え? そうね、ちょっと調べてから供養して捨てるつもりだったけど……糸を用いない方式での人形操作の研究に使えるかもしれないし、河童に修理でも……ないわね。どうせ構造はわからないんだから、普通に研究した方がいいわ」

 

 アリスは完全な自立人形を作るのが目的だと言う。なぜそれを目指すのかはわからないが、他の多くの魔法に高い適性があるのにも拘わらず人形に(こだわ)っている辺り、かなりの熱意を持っていることは確かだ。

 糸を介さない遠隔操作が可能になれば、人形の自立化にもまた一歩近づくことができるのは確実だった。あらゆる方面からの魔法の研究、開発した魔法の熟練度を高めることによる応用性の向上、技術の習得。時には視点を変えて俯瞰してみたりすることで、新たな道が開けることもある。

 

「このラジコン、私に預ける気はありませんか?」

「レーツェルに……? どうして?」

「さすがに外の世界の品となると調べるのも一筋縄ではいかないでしょう。それも、魔法とはまったく関係がない技術で作られています。でも、錬金術を嗜んでいる私なら、ある程度の構成は読み取ることができます。そこからいくらか調べ方を絞って、それを書いた紙と一緒にアリスに返すのはどうでしょうか」

 

 そうは言うものの、錬金術を学んでいる程度ではどういう構造をしているかは把握できても調べ方の絞り込みなんてできない。それを可能にするのは俺の前世における経験だ。前世は男性であったこともあって、ラジコンで遊んだ記憶は幾度か存在しているし、どういう作りなのか一部知識もある。これと錬金術を合わせれば、おそらく研究の方法くらいは容易に求められるだろう。

 俺の提案にアリスが悩んだのは、ほんの一瞬だけだった。「そうね」と小さく微笑んで、「お願いしようかしら」。

 

「あなたなら大丈夫だものね」

「……その、さっきもそうでしたけど、買いかぶり過ぎです。横取りしようとしてる可能性とか、少しは疑ってください」

 

 誤解が深まるから否定しまいと思っていたが、ついつい口からついて出てしまう。口を尖らせての俺の発言に、アリスは小さくため息を吐いた。

 

「魔理沙じゃないんだから、誰も横取りしようとしてるなんて考えないわよ」

「なんで私の名前が出てくるんだ?」

「それは、そうかもしれないですけど、私は悪魔ですよ? 前回の異変でもあなたを騙して永琳の方を追わせました。あんまり信頼しちゃいけません」

「私が横取りすることを当たり前みたいに言うんじゃないぜ。私は借りていくだけだ」

「そのお返しはもうしたわ。それに、別に信頼だとか関心だとかを持ってるってわけじゃないの。あなたの普段の行動が、あなたが安全で誠実であるということを証明しているだけ。たとえば、ほら、永夜異変が終わってからしばらくは私に必要以上に気を遣ってくれたりしていたでしょう?」

 

 確かに、宴会では進んで酌をしたし、魔法に関しての悩みも率先して聞くようにしたし、なにか困っていそうだったら声をかけて解決の手伝いをしたりもした。

 

「でも、そんなの当然です。人を嫌な気持ちにさせたり不利益を与えたりしたんですから、その分は絶対に返さないといけません」

「その返しがいつも倍は軽く越えてるんだけど……今はそれはいいわね。とにかく、そういう性格が信用に値するのよ。霊夢も魔理沙も、迷惑はかけるだけかけてくるくせにお詫びなんて欠片もしてこないじゃない? それに比べてレーツェルは律儀だから安心して任せられるってだけよ」

 

 そんなこと言われると、むず痒くなって否定をしたくなる。それがわかっているのか、アリスは「この話はもう終わり」と無理矢理に俺の反論を抑え込んだ。

 再び口を噤んで、裁縫箱の上にある車の模型に視線を落とした。

 むず痒くて、否定したくなる。それでも嬉しくないわけじゃない。律儀だとか誠実だとか、そんな風に褒められて嬉しくないわけがないのだ。

 できるだけ早めに仕事を終わらせようと誓ったところで、足音が境内の方から聞こえてきた。霊夢が帰ってきたのだろうか。裁縫箱とラジコン用の車の模型をしまい、音がした方に視線を向けると、ちょうどその主がこちらに顔を出す頃だった。

 

「……金色の比率、高いわね」

「おかえりなさいです、霊夢」

「おかえりだぜ」

「お邪魔してるわ」

 

 魔理沙とアリスは金髪で、俺は銀の中に幾房か金が混じっている感じだ。ここに紫やフラン、藍でも加われば目に痛いことになるかもしれない。

 ネギ等の野菜の先端が飛び出ている袋を抱えた霊夢は、見せつけるようにして大きく肩を竦めた。靴を脱いで縁側に脚をかけると、顎でくいくいっと中に入るように俺たちに伝える。

 

「まぁ、留守番は任せたけど、レーツェルが来たやつらを追い払えるとは微塵も思ってなかったし……別にいいんだけどねぇ」

「あ、もちろん御神酒が盗まれたりはしてませんよ」

「そうそう、そこよそこ。そこだけしっかりしてればいいやって思ってたし、よくやったと言っておくわ。いっつも魔理沙、勝手に来ては勝手に飲んでいくんだから……」

「借りてるだけだぜ」

「死んだら取り返せばいいとか言わないでよ。お酒はあんたが死んでも返せないでしょうが」

 

 居間の中央にはちゃぶ台と座布団が置かれ、隅に座布団が積んである。これから寒くなってくる季節なので、じきに去年上げたコタツの出番もまた来るであろう。俺の部屋にあるそれと違ってしっかりと役立ってくれそうで、作った本人としては嬉しい限りだ。

 そこからは四人で適当に会話を満喫した後に、最初にアリスが帰った。その次に今日はもう裁縫で疲れたということで、俺が帰宅をすることにした。霊夢と魔理沙に「またね、です」と別れを告げ、紅魔館へと空を飛ぶ。

 アリスに裁縫を教えてもらえる約束ができたのはとてもよかった。でも、いつものお返しなんて言われても釈然としないのは事実だ。だからその分、ラジコンをしっかりと解析して、調べ方のデータを彼女に渡してあげなければならない。

 裁縫で疲れている割にはやる気に満ち溢れているな、なんて考えながら、門の前に立っている美鈴に軽く挨拶をして、ただいまと玄関から紅魔館の中に入った。咲夜に出迎えられて、その後にフランに帰宅を喜ばれる。

 ふと、近いうちにまた魔法談義でも開催しようかと思った。俺やアリスも含め、きっと魔法に関しての理解が深められるだろうと夢想して。


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