東方帽子屋   作:納豆チーズV

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九.世明けと人間の可能性

 ――"難題『龍の頸の玉-五色の弾丸-』"。

 

「あ、スペルカード使いましたよ」

「始まって三〇秒と言ったところかしら。ずいぶんと早いわねぇ」

「それだけ咲夜と霊夢が手強いのよ。咲夜は私のお気に入りだし、霊夢は私を破った人間……落ちた月人風情に後れを取るはずがない」

 

 咲き乱れる五色の弾や光線を危なげなく回避する霊夢と咲夜は、予想以上に息が合っていて舌を巻いた。

 輝夜を基点としてそれぞれ反対側に位置取ることで一気に両方へ注意を向けることを抑制したり、片方が近接攻撃をしかけた時は遠距離からもう片方が邪魔にならない程度にサポートをする。ところどころに垣間見える二対一の状況を利用したその連携は、春雪異変で二人がタッグを組んだ時よりも格段に協調性や効率性が間違いなく増していた。

 紅霧異変、春雪異変、三日おきの宴会、そして日常にも繰り広げられる多くのスペルカード戦を通して、二人は確実に強くなっている。そしてそれは魔理沙も一緒だった。俺やレミリア、フランがたまに行う"弾幕合戦"を真剣に観察したり、新しいスペルカードを開発したりと、上へ上へと進んでいる。

 その向上心と成長性こそが人間の真骨頂、すなわち無限の可能性とでも呼べるものだ。悠久の時を生きる妖怪には決して持ち得ない、短い生を全力で謳歌しようとする儚くも強烈な輝き。

 

「そういえば、レーツェル」

「なんですか、紫」

「永琳って方には幽々子たちが向かっているんでしょう?」

「はい。それがどうかしましたか?」

「もしかしたら、あっちもここと同じように人間の二人組に任せているのかもと思って」

「二人組というか、一.五人組だねぇ」

 

 妖夢は半分が幽霊なので、人間換算で言えばレミリアの言う通り一.五人組が正しいのかもしれない。どっちでもいいけど。

 

「うーん、どうでしょう。幽々子はそういうことさせそうですけど、アリスもいますし。逆に妖怪側の二人が戦ってるかもしれませんよ?」

 

 とは言ってみたものの、それはないか。春雪異変の時は特殊な例だったとして、あの魔理沙が異変の元凶を前にして大人しくしているわけがない。妖夢も妖夢で、自分は控えて幽々子を戦わせるなんてことはしないだろう。

 アリスは侮辱したツケを払ってもらうと言っていたし、他の全員が戦う気満々なのに面白いこと好きな幽々子が黙っているはずがない。

 

「んー、あっちは一気に戦ってるんじゃない? ほら、永琳とやらと魔法使い組と幽霊組、三組に分かれてバトルロイヤルみたいな感じでさぁ」

「……なんだか、それが一番ありえそうですね」

「そうね。確かに、やりそうだわ」

 

 魔理沙と幽々子辺りが率先してやろうとする光景が目に浮かぶ。アリスも案外乗り気だったりして、妖夢や永琳が呆れた目で三人を眺めていたりするのだろう。

 ――"難題『仏の御石の鉢-砕けぬ意思-』"。

 輝夜がそこら中に光り輝く針をばら撒いたかと思うと、それぞれから青白いレーザーが放たれた。さらにはどこからともなく出現した星型の弾幕が宙を舞い、霊夢と咲夜の回避の邪魔をする。

 さきほどまでのように、二人が輝夜を中心として逆側に陣取ろうとする。しかし霊夢が輝夜の背後に回り込もうとした直後、輝夜のもとから全方位に高速の楔が撃ち出された。後ろ側へ行こうとするたびに同様のことが繰り返されるが、素直に正面にいれば楔は飛んで来ない。よって半強制的に、霊夢と咲夜は輝夜の視界の入る位置で戦うことになった。

 それでも二人が押していることには変わりなく、一分もしないうちに二枚目のスペルカードを打ち破る。

 

「この分なら普通に勝てそうですね」

「甘く見てはいけないわ。相手は月の民なのだから、奥の手の一つや二つ残している可能性は十二分にある」

「それでも、私はあの二人が負けるとは思わないけど……ふふっ」

 

 不意に小刻みに肩を震わせて笑い出したレミリアに視線が集まった。「急にどうしたの?」と紫が聞く。

 

「いやねぇ、まさかこの私がこんなにも自然に人間を信用するような日が来るなんて、とか思って。咲夜を拾ってからか、霊夢と魔理沙に敗れてからか……私ら人外にとっちゃ、人間なんて取るに足らない存在って考えるのが普通なのに」

「いえ……それは違いますよ、お姉さま」

 

 妖怪は人間に忘れ去られない限り、悠久に近い時を生きる。体は丈夫で、力も強く、人間なんて腕を一振りするだけでも殺してしまえる。

 それでも、取るに足らない存在だということは絶対にない。

 

「どんな世界でも、どんな時代でも、どんな物語でも、化け物や悪いやつを倒すのはいつだって人間でした。それはこの幻想郷でも変わりありません。なによりもか弱く、だからこそなによりも強くあろうとできる人間が取るに足らないわけがないじゃないですか」

「レーツェルは、あいかわらず人間が好きなのね」

 

 好きというよりも、ただ、親近感を覚えて…………違う。それもあるが、どこかそれだけじゃない感覚がある。気に入っていることは確かだけれど。

 ――"難題『火鼠の皮衣-焦れぬ心-』"。

 燃え盛る皮の盾が輝夜を守るように囲む。火花を散らし、火炎を放ち、攻撃と防御を両立させたスペルカードが霊夢と咲夜を襲った。

 一見強そうだったが、攻めと守りを同時に行う関係か、どちらも中途半端になっているようだ。適度に避けながら適当に攻撃していれば普通に破ることができてしまいそうだった。

 

「奇遇ねぇ、私もレーツェルと同じ意見よ」

「紫が、ですか?」

「意外かしら」

「……うーん」

「別に意外でもなんでもないわよ、レーツェル」

 

 服が焦げないようにするためか、霊夢も咲夜も通常の弾幕と比べて大回りに炎のそれを避けていた。そんな彼女たちの様子を観戦しつつ、レミリアが続ける。

 

「一つ、妖怪が異変を起こしやすくする。一つ、人間が異変を解決しやすくする」

「お姉さま、それは……」

「スペルカードルールの四つの理念のうちの二つよ。スペルカードは第一に妖怪の弱体化を防ぐため、次いでは幻想郷における人間と妖怪の関係を明確にし続けるために生まれた。でも、どうしてわざわざ人間が異変を解決しやすくするなんて決める必要があるのかしら」

「妖怪は人間が対峙する、という常識を根強くさせるためじゃないんですか?」

「そう。けれどそれは人間が妖怪を倒すことができなければ成立しない。スペルカードルールとは、人間が異変を起こせるほどの妖怪を打倒することを前提として作られている決闘法なのよ」

 

 スペルカードルールならば、普通の戦闘と比べて死人も出にくい上に、人間側の勝率が格段に上がる。それでも人間と妖怪の差は歴然だ。ほとんどの妖怪が空を飛べるのに対して、普通の人間は空を飛ぶなんてことはできない。異変を起こすことを可能とする存在となれば莫大な力量を誇ることは確実で、スペルカードルールを用いようと、ちょっと空を飛ぶことができる人間では偶然の勝利すら得ることはできないはずだ。

 それならば、なぜわざわざ『人間が異変を解決しやすくする』なんて理念があるのか。

 

「幻想郷には、常に英雄とされる人間が……博麗の巫女がいる。そのことを知らしめ、忘れさせないためですか」

「英雄にしては自由奔放すぎる気もするけどねぇ。でも、そういうこと」

「そしてその、人間が強力な妖怪を倒せることが当たり前のように示唆されたスペルカードルールを制定した、もしくは制定するさまを見逃した幻想郷の管理者が、人間を取るに足らない存在だと考えているわけがない、と」

「そうよ、さすがレーツェルね。どうかしら、八雲紫」

「……ふふっ、案外勘がいいのねぇ」

 

 ――"難題『燕の子安貝-永命線-』"。

 どこからともなく泉が湧き、溢れ出す。無限に広がるがごとき勢いを見せるそれは霊夢と咲夜の自由を奪い、その隙を狙って輝夜自身が赤色の弾幕を張って攻めに入る。

 自由を奪うとは言っても、霊夢は元々そこら中を動き回って避けるタイプではないので、泉を生み出したせいか数が少なくなっている輝夜の弾幕程度なら余裕を持って避けられるようだ。

 ――"時符『プライベートスクウェア』"。

 咲夜は運が悪いことに四方八方を水に囲まれ、輝夜に狙われたが、スペルカードの発動を宣言すると同時にすべての弾幕を危なげなく確実に避け始め、むしろ余裕を持ってお返しとばかりにナイフを投擲する。俺の目からは動きが格段に速くなったように見えたが、実際には時が遅くなったのだろう。

 ピクリ、と輝夜の眉がわずかに動いた。

 

「あら、これは……」

 

 ――"難題『蓬莱の弾の枝-虹色の弾幕-』"。

 まだ一つ前のスペルカードを始めたばかりだというのに、輝夜はそれを中断して次のカードを使用した。ズァア、とどこからともなく枝が広がってきたかと思うと、それらが七色の弾幕を宿して飛び散り始める。

 成った実もまた弾幕となり、枝から跳ね返ったのちに直接霊夢や咲夜を狙った。

 

「どうかしましたか、紫」

「……たぶん気づかれたわ。私がやっていたこと……」

 

 ――"霊符『夢想妙珠』"。

 七色の煌めきならば負けないとでも言うように、霊夢がいくつもの虹色に輝く封印弾を生み出しては輝夜へと撃ち出す。三個ほどは途中で相手の弾と衝突して消滅したが、残りはすべて対象へと命中した。

 まだスペルカードを発動し続けることができただろうに、それを機に輝夜が弾幕を生み出すことをやめ、鋭い視線で紫を見据え出す。

 

「なんてこと! そう、夜を止めていたのは……あなたたちだったのね」

 

 永夜異変とは、永遠に続くかと思われた夜の異変。月が歪でも人間には大した影響はないからこそ、そう言われるようになる。そして夜を引き延ばしていたのは永琳や輝夜ではなく解決する側の者たちだ。

 すぅー、と輝夜が非常にゆったりとした動作で両腕を広げた。

 ――"『永夜返し -三日月-』"。

 

「…………マズいわね」

 

 紫が思わずと言った具合に呟く。俺とレミリアも同じ気持ちだった。

 輝夜が撃ち出している無数の青い弾幕は、大した問題ではない。霊夢と咲夜が組めば時間をかければ倒せる相手のようであるし、今更新しいスペルカードを使われたところで脅威とはなり得ないだろう。

 問題なのは急激な速度、それこそ目に見えるほどの速さで沈み始めた満月だった。

 

「あなたたちが作った半端な永遠の夜なんて……」

 

 ――"『永夜返し -子の二つ-』"。

 あまり見ないようにと忠告されていた霊夢と咲夜も、月がおかしなことになっていることに気がついたようだ。輝夜の弾幕を回避しつつ、空を見上げて目をパチクリとさせていた。

 

「術が解かれかけてる。抵抗は……無意味ね。さすがは月の民と言ったところかしら」

「ふぅん、どうするつもり?」

「あら、安心してくれていいですわ。夜明けを迎えても、私が責任を持ってあなたたちをスキマで館に送り返してあげますから」

「そんな心配はしてない」

 

 ――"『永夜返し -丑の二つ-』"。

 

「私の永遠を操る術ですべて破ってみせる」

 

 交差する赤と青の弾を躱しつつ、「紫ぃー! どうすればいいー!」と霊夢が大声で問いかけてくる。

 

「さきほどまでと同じように堅実に戦っていてくれればいいわ! 無理に攻め入って怪我をするよりも、こちらの術を破られてでも堅実に倒すべきよ!」

「わかったー!」

 

 ――"『永夜返し -寅の二つ-』"。

 

「夜明けはすぐそこにあるはずよ」

 

 輝夜がスペルカードを入れ替えるたびに、少しずつ紫と咲夜の術が破られていっているようだった。

 いや、本来ならばあれはスペルカードではないのだろう。なにしろ弾幕が雑だし、近づかれて邪魔をされないようにしているだけにしか見えない。

 

「夜を止める術が解けるだけ、なんですよね?」

「ええ。ただ、夜明けを迎えるだけ。干渉された当初はちょっと狼狽えちゃったけど、よくよく考えたら本当の満月は見つけているし、あんまり問題じゃなかったわね」

「むしろ躍起になって隙が大きくなっている分、早めに終わってしまいそう。霊夢と咲夜の二人を前に他のことに意識を割くなんて、ずいぶん余裕なことだものねぇ」

 

 素直に朝が来るのを待って日差しを身に受けるのもバカらしいので、倉庫魔法で自分の空間からローブを一着出して、それを羽織る。自分用の水色の日傘も取り出して、そちらはレミリアに手渡した。「ありがとう、後で返すわ」と返ってくる。

 

「どう? これで永夜の術は破れて、夜は明ける!」

 

 ――"『永夜返し -夜明け-』"。

 最後と思しきスペルカードの発動が宣言され、段々と満月が色をなくしてきた。反対側の空からも徐々に空の闇が薄れてきており、あと三〇秒もしないうちに日の出を迎えるだろう。

 そしてそのスペルカードは、ありとあらゆるものを無差別にばら撒くだけの非常にシンプルなものだった。

 小、中、大とさまざまな大きさの弾に加え、散らばっている星の成分を利用したであろう小さな星屑、どこにしまっていたのか無数のナイフ、そこそこの力が感じられるお札。全部が混ざり合い、むしろそれこそが一つの美だとでも言うように明るくなってきた中空をさらに彩った。

 ――"霊符『夢想封印』"。

 ――"幻符『殺人ドール』"。

 

「いい加減こっちを見なさいっての!」

「あなたの相手が誰なのか、忘れたのかしら」

 

 封印の力が込められた霊力弾が霊夢の周囲に展開され、また咲夜を囲んで何十本ものナイフが宙を舞う。

 それぞれが発射され、輝夜に殺到するさまを眺めていると、ちょうど夜が明けたようで、太陽の光が背後から差してきたのがわかった。

 霊夢は紫の堅実に戦いなさいという言葉を忘れ、無視され続けて地味に怒っているようだ。しかたがない子ねぇ、みたいにため息を吐く紫を横目で見やりながら、ふと後ろを振り返る。

 真横の延長線上に太陽がある関係で、フードの隙間から日の光が差し込んできて地味に辛い。やっぱり眩しくてうまく見えないし、前世の頃みたいに日の出を眺めることは無理そうだった。

 視線を前に戻す途中で、自然と一瞬だけレミリアの方に向いた。ぴたっと目が合った彼女は、心配そうに俺に問いかけてくる。

 

「レーツェル、大丈夫?」

「全然平気ですよ」

 

 ちょっと太陽を観賞したくらいじゃなんともないことは、同じ吸血鬼であるレミリア自身が一番わかっているだろう。それでもこうして、昔と変わらず俺を気遣ってくれる。

 

「それより、そろそろ霊夢と咲夜が勝ちますよ」

 

 弾幕の合間を縫って霊夢が正面から突っ込み、咲夜が時を止めて輝夜のすぐ後ろに迫った。輝夜は霊夢や咲夜と比べ術破りと称してスペルカードを使いすぎているし、これを回避したとしてもいずれはきっとまた同じような状況になる。

 この異変はこれで終わりだ。本来の月は幻想郷の空に戻り、明日の夜には真実の満月が輝く夜を迎えるだろう。

 霊夢と咲夜が戻ってきたら労わってあげよう。フランも家で待っているし、早く帰って無事を知らせないといけない。寝るのを我慢して妖怪の侵入等を警戒してくれているんだから、そのお礼もしたいな。

 そして、きっと今日の夜にでもなれば、異変解決の祝杯として、霊夢と咲夜が今まさに戦っている相手である輝夜、そして永琳や鈴仙も交えて宴会に興じるに違いない。

 いろんな光景を幻視しながら、紫とレミリアとともに霊夢たちの弾幕ごっこを眺めた。魔理沙たちの方も、そろそろクライマックスに突入しているかもしれない。


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